#4 職場
暫く経った後、正式に保育園の入園が決まった。
書類やら面接やら、意外とトントン拍子に進んだな。
費用が無償だったのもビックリした。
ウチは状況的にかなり優先になるらしく、児相も手厚くサポートしてくれた。
決まるまで奏を預かる事も提案してくれたけど、私は1秒でも長く奏と一緒にいたい。
仕事で溜まってた有給をフルに使う。
抱っこできる内にたくさんしたいから。
そして当日。
仕事を終えた私は、奏を迎えに保育園へと向かう。
中に入り、他の親達に混ざって奏を探す。
「あ、いた。奏〜! 寂しかったぁ〜」
「わわっ」
その場でぎゅっと奏に抱きつく。
仕事中、心配で心配で仕方なかったんだもん。
ていうか、奏より私の方が保育園嫌じゃんこれ。
「ああ、奏君の。こんにちは」
奥から現れたのは、動物柄のエプロンを着た若い女性。
私の方へ駆け寄り、笑顔で挨拶してくれた。
私も軽く会釈する。
「あの先生。奏の保育園での様子って……」
遠慮気味にそう問うと、先生は笑顔で答えてくれた。
「とてもいい子ですよ、奏君は。自己紹介の時も礼儀正しくてねえ」
「おお……流石だ。ちなみに、他の子達との関係って」
「うーん、そうですねえ。男の子達と遊ぶというより、女の子達と遊んでいましたね」
女の子達と? 趣味が女っぽいっていうのか。
でも、おままごととかするタイプじゃないんだけど。
「というより、女の子達が奏君を囲んで質問攻めと言いますか……男の子達も外で遊ぶよう誘ってくれてたみたいなんですが、離してくれないみたいで」
奏を見る。
私に視線を合わせないように、恥ずかしそうに俯く奏。
「なんだ〜? 奏。お前その年齢で女たらしか」
その時、児童らしき女の子が奏の前を横切り、バイバイと手を振る。
奏は顔を赤くして、ぎこちなく手を振り返した。
なんだか笑ってしまいそうになる。
「モテる男は辛いねえ」
「う……」
奏の頭を撫でていると、視線に気付く。
奏と同い年くらいの男の子が、じっと私を見つめていた。
「奏の母ちゃん、綺麗だな〜」
感心するように頷く男の子。
なんだコイツ。
奏の友達かな?
「も、もう……ヒロキくんやめてってば!」
奏はその少年の背中を押す。
ヒロキと呼ばれた少年は、笑いながら何度も頭を下げる母親らしき人物に手を引かれ、その場を去っていった。
なんだ。
男の子の友達もいるじゃん。
しかも名前まで……ねえ。
思ってた以上に、奏って交流広げるの上手いのかも。
「んじゃ、行こうか。奏」
「う、うん」
保育園の門をくぐった所で気付く。
あれ? 私さっき母ちゃんって呼ばれた?
母親として見られた事に喜ぶべきか、それ相応のオバサンに見えたって事に憂うべきか。
なんかモヤモヤするな。
「保育園、上手くやっていけそうか?」
「うん。たのしいよ」
無邪気に笑う奏。
私が心配しすぎだったのかもれない。
いい子が沢山いるという事にも感謝すべきなのかも。
「んじゃ、私の職場に行くぞ」
「おしごと? 家じゃないの?」
「うん。まだ終わってないからね」
私はまだ仕事中。
昼休憩を夕方にしてもらって、その間に奏を迎えに来た。
まだ帰れないので、社長に頼んで奏を職場に連れて行く事にした。
「私の仕事、見てみたくない?」
「みたい!」
「よーし。んじゃ、行こうか」
辺りが薄暗くなってきた夕暮れ。
私は奏を連れて、職場へと戻って来る。
「ただいま〜っす」
職場に声を響かせると、皆の一斉に視線が向く。
私が誰を連れてくるか分かっていたからだろうけど。
「わ、その子が奏君? か〜わいい〜!」
「こ、こんばんわ」
こちらに駆け寄り、猫撫で声で奏に両手を伸ばす女性社員。
私は彼女の顔面にアイアンクローをかまし、その行動を制する。
「もごぉっ、なにふんのぉ……」
「私の奏に触るな」
「んむぅ、だっこはへてぇ〜……」
私の手のひらに顔面を埋めながら尚、その手を奏に向ける事は止めない。
ポニーテールに束ねたブロンド髪が特徴的な彼女。
名は桃堂恵──通称モモ。
私含め2人しかいない女性社員の内の1人だ。
私より5歳上だが、言動や行動が中学生から進歩してないガキ。
彼氏ができない事が悩みで、婚期を逃すまいと焦っている。
「ぷはぁ……! あー、死ぬかと思ったっ」
「モモ。彼氏ができないからって、いくらなんでも5歳児に手を出すのはさ──」
「いや、そんな目で見てないよ!? ほらここ、オッサンしかいないじゃん? 奏君みたいな子供の癒しが欲しかったんだよ〜」
そこら中から「誰がオッサンだ〜」という間伸びた声が聞こえてくる。
モモは聞こえないフリをしつつ、しゃがんで奏と視線を合わせる。
「いやあ、本当にかわいいねえ。そういや、どうして職場に?」
「仕事が終わないから、終わるまで置いてもらおうと思って。家に1人にしておく訳にもいかないし。社長にも許可取ってあるよ」
「そうなの? しっかりしてそうだし、お留守番くらいできるんじゃない?」
「バーカ。させる訳ないでしょ。5歳は大人が常に近くにいなきゃダメなの」
私はしゃがんで奏を抱きとめる。
5歳児に留守番を任せるなんてとんでもない。
暫くは目を離せないし、離すなとも言われてるからね。
「そっか〜。じゃあ、あっちでおねえちゃんと遊ぼっか奏君。面白いパソコンゲームあるんだ〜」
「ゲーム?」
「うんうん。ウチの会社が作ったアニメのDVDもあるよ〜」
「アニメっ?」
目を少し輝かせる奏。
まあ、無理もないね。
アニメとゲームなんて、嫌いな男児いないだろうし。
デジタルメディアに触れさせるいい機会なのかも。
あーでも、オタッキー方向に成長する懸念が……まあ、奏が幸せならいいか。
私はモモに奏を任せて、自らの仕事を片付ける事にした。
完全に夜が更けた20時。
私はようやくパソコンの電源を落とし、椅子へともたれかかった。
「かー……終わった。これで最終回まで字幕入れ完了っと」
チラリと奏の方を見る。
逐一確認はしていたけど、まだモモとパソコンで遊んでるみたいだった。
表情も明るいし、結構楽しそう。
なんだ……子供だけじゃなく、他の大人とも一目知りせず接せるんじゃん。
なんかちょっと複雑だけど。
「奏。仕事終わったよ」
「あ、音彩」
モモのデスクへ向かい、奏の頭をぽんっと撫でる。
パソコン画面を見ると、会社で作ったアニメを観ていたようだった。
「音彩? あれ、奏君、ママって呼ばないの? まだ恥ずかしい感じ〜?」
「え、あの……」
奏の頬を突っついて茶化すモモ。
私はガシッと頭を掴む。
「親子じゃねーの。養子縁組じゃなくて後見人」
「いだだ……え〜? でも、気持ち的には母親なんじゃないの?」
「……」
モモの頭を離す。
親子か……改めて言語化するとむず痒いな。
奏の事は勿論愛してるけど、息子って思うと……まだそんな立派な大人じゃないっていうか。
「何よ難しい顔でダンマリしちゃって。いつかは親子になるんでしょ? ねえ、奏君もこの人がママになった方が嬉しいよね?」
「えっと……」
「彼女は立派な人だよ〜。普通は分担する翻訳と校正を1人でこなしちゃうくらいだし。ママにするならお得だよ〜」
私は再びモモの頭を鷲掴みにする。
「いだだだだ! ごめん、ごめんなさい!」
「奏を困らすな。ったく……見守りあんがと。私達は帰るよ」
「ふう……分かった。じゃ、また明日ね〜奏君」
モモと同僚に別れを告げ、私と奏は職場を後にし、騒がしい夜の街へ。
そんな眩い繁華街を歩いていた時、奏のお腹がくるくると可愛らしい音を立てる。
「あ、そういえば夜ご飯まだだったね」
「うん。おなかすいた……」
どうすっかな。
こんな時間だしやっぱ外食か……けど、夜遅い時にファーストフードはなあ。
「奏、何食べたい?」
「んと……わしょく」
「うお、渋いな」
あ、そうだ。
駅前に確か和食のチェーン店があったはず。
お子様セットもあったし、定食も健康的……よし、あそこにするか。
「よっし、んじゃ行こうか」
「うんっ」
私は奏と手を繋いで店へと向かう。
親子か……やっぱ他人から見たらそうなるのか。
勿論、奏の後見人になるって話を受けた時には、それは浮かんでいた。
でも、すぐに頭から消えていたんだ。
まだ未熟だし、立派な人生を歩んできていない私にとって、その話題はあまりにも畏れ多すぎたから。
後見人と養子縁組は、近いようで何もかもが違う。
母親かあ……そんな立派な人に、私もいつかなれるんだろうか。




