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奏でる愛の唄  作者: しげは


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3/4

#3 クソみたいな町

「え!? 今住んでる地域の保育園に!?」


 奏を迎えて数日。

 私は相談所の人との通話を終え、パタンと携帯を閉じる。


「参ったな……空いてる所、ここしかないのか」


 奏の保育園、自宅近くの園に決まるかもしれない。

 まあ客観的に見れば、東京都の区内にある保育園だし、自宅から近いのはありがたい。

 待機児童が問題視される昨今、こうしてすぐ見つけられた事は幸運だ──そう思うかもしれない。


「あ、タバコ切れた。奏、散歩がてらコンビニに行こうか」

「うん」


 朝──奏を連れてマンションを出る。

 車の走行音が鳴り止まぬ道路を抜け、区の繁華街へと足を運ぶ。

 目の前に広がるのは、慣れ親しんだ騒がしい町。


 ハッキリ言おう。

 この町はクソである。


 油とタバコが混ざった臭い。

 夜の店とせんべろ居酒屋。

 そして日雇い会社とサラ金が群を成す、塗装の剥がれた雑居ビルの数々。

 酒、金、女……そんな、昭和時代を思わせるような欲望渦巻く首都の暗部。


 それがこの町──耄王町(もうおうちょう)だ。


「なあ、奏。奏の保育園な……この町のに決まりそうなんだ」

「そうなんだ。わいわいしててたのしいところだね」


 流石に子供には分からないか。

 この町のヤバさが。


 まずメインの大通り。

 朝に嗅ぎたくはない、中華や揚げ物の香り漂う店が軒を連ねる、常に騒がしい飲み屋街だ。


 まあ、チェーン店や町中華が並ぶただの通りだし。

 ここはまだマシだ。

 酔っぱらいのゲロが染み付いてない地面が1平方メートルもない事以外は。


 この町が問題なのは別にある。

 大通りを抜けた瞬間、人間を堕落させる悪魔の路地に辿り着いてしまう事。

 大通りの他に、大きく分けてもう2つ繁華街がある。


 1つは夜の店が並ぶ婆王(ばおう)通り。

 たまに大通りにまで、偽りの笑みを浮かべたキャッチが魔の手を差し伸べるピンキーロード。

 下半身と自尊心で判断するような男女は、迷い込んだが最後……骨の髄までしゃぶり尽くされるのがオチ。


 もう1つはギャンブルひしめく翁王(おうおう)通り。

 パチンコ。

 場外馬券場。

 怪しい雀荘。

 絶対に怪しいカジノ。

 そういう賭博場のオンパレードだ。


 だが特筆すべきはギャンブル店じゃない。

 通りの手前と最奥に並ぶ店だ。


 銀行店、サラ金、質屋。

 これがヤバすぎる順番で並んでいる。

 まず銀行で有り金を全て吐き出し、それが尽きると隣の消費者金融で借金して捻出する。

 ここで終われば、まだ良心が歯クソ程残っているなと判断できる。


 が、それを嘲笑うのが、更に隣に建つ質屋だ。

 金が無くなり、借金も出来なくなれば、身に付けてる物を全てを売れと言わんばかりである。

 そんな、人間の悪意を凝縮したような通りになっている。


 こんな並びが通りの手前と奥に2店舗ずつ配置されてるんだぞ?

 これが違法じゃないのならば、この道を作ったヤツを六法全書の角でぶん殴っても法には触れないだろう。


 後、良心なのかは知らないが、通りの最奥にポツンと小さな病院がある。

 普通の内科なんだろうけど、この並びでは腎臓を売れと言っているようにしか見えない。


「はぁ……」


 パチンコ店の喧しい音がここまで漏れている。

 マジでこの繁華街は行く度に辟易する。


「あ、そういえば今日スーパーのチラシ入ってたな」

「おかいもの?」

「……そうだね。寄っていこうかな」


 クソなのはそういう店だけじゃない。

 町のスーパーもそうだ。


 周りに競合店がないので、価格競争もない。

 近隣住民はここを利用せざるを得ないのだ。

 それをスーパー側も理解しているのか、品揃えも値段も粗悪そのもの。


「うわ、今まで見向きもしなかったけど、生鮮食品ってこんな高いのか……」

「お肉? かうの?」

「うん。料理用にね。あと牛乳と調味料と──」


 惣菜も安くもなければ、旨くもない。

 そのクセに、閉店30分前になってやっと割引シールを貼る始末。

 そんな割引だって20パーセント以上のモノは見た事ない。

 日本の食糧廃棄率上昇に一躍買っているクソ素晴らしい店だ。


「よし、色々買えたし帰るか。ほれ、ジュース」

「わあっ、ありがと」

「おう。ご飯の後に飲もうな」

「うん」


 こんな町で奏を育てる事になるとはねえ。

 保育園だってそう。


 風営法により、夜の店からはある程度の距離は空けなきゃならないってのに。

 なんと規制の最低限から3メートルしか余裕がないんだから驚きだ。

 一応100メートル以上は空けてま〜す(笑)ってか?

 アメリカ人でも遠慮してもうちょっと距離空けるぞ。


 しかも、立地的に必ずここを通る必要があるという。

 子の福祉ってなんだろうか。


 こんな堕落人間製造工場みたいな通りを毎回通ったら、将来は性に溺れるか賭けに溺れるかの二択になる。

 どっちにしろ金に溺れるんだからロクなもんじゃない。


 通りを避けて別の路地に行っても、大体似たような店が並んでるだけ。

 飲食店も大手ではなく、どこかマイナーなチェーン店が多かったりと、痒い所を無理やり痒くさせられている感じ。


 逃れられない地獄の箱庭。

 故に、この町はクソなのだ。


 まあ、手榴弾がその辺に落ちてた私の地元に比べれば、マシなのかもしれないが。

 こうして挙げた汚点だって、駅チカで家賃激安というデカすぎるメリットの前では許せてしまうんだから。


 私は耄王通りを後にし、自宅マンションへと戻る。


「帰宅〜」

「ただいま〜」


 スーパーの袋をリビングに運び、食材を冷蔵庫に詰める。

 タバコはカバンに入れた。

 もう家じゃ吸わないし。


 カップ麺やレトルトも極力控えてよう。

 奏の為に、健康的な料理を勉強して作るんだ。


 なんか、家に子供がいるっていいわ。

 責任感というか、自然と自己を律する事ができる。

 5歳は1人で留守番も出来ない年齢だ。

 常に私が側にいて、守ってあげなくちゃいけない。

 この子は絶対私が幸せにしてやる。


「昼飯作るか。ちょっと待ってな」

「うん」


 こないだ古本屋で買ってきたレシピ本。

 今日もこれを参考に作ってみるか。


 買ってきた食材は肉といくつかの野菜。

 それとなんとなく買ってきたカレールー。


 お、レシピ本にもある。

 野菜たっぷりキーマカレー。

 これにするか。

 カレーなら野菜も食べやすいだろう。


 米を研いで新品の炊飯器にぶち込む。

 野菜を切り、フライパンに油を引いて肉と一緒に炒める。

 色が変わったら調味料と水を入れて煮る。

 5分経ったらルーを投入。

 かき混ぜて粗熱を取ったら、ハイ完成。


 なんだ、意外とできるじゃん私。

 やっぱ大事なのは正しい手順と正しい分量だな。

 私が昔から器用で、なんでもできちまうってのもあるが。

 うーん、しかしカレーだけってのもな。


 お、本の端っこに副菜としてオススメのサラダが。

 ふむ……これなんか食材が揃ってるな。

 コールスローサラダだって。


 余ったニンジンとキャベツ、ハムを薄く切り、ドレッシングと混ぜて完成。

 おお、サラダって簡単なんだな。


「あ、ご飯炊けた」


 器にご飯をよそい、ルーをかける。

 トドメにパックの温泉卵を乗っけて完成。

 私はカレーとサラダの小皿をテーブルに運ぶ。


「できたよ」

「わあっ、カレー?」


 奏は読んでた本をたたみ、ぱあっと顔を明るくする。

 私もテーブルにつく。


「いただきます」


 カレーを口に運ぶ奏。

 私はコップに麦茶を注ぎながら、様子を見守る。


「おいしい!」

「おお、良かった」


 とりあえずは安心だ。

 サラダも美味しそうに食べてくれている。

 奏って好き嫌いないのかな?


 5歳児って野菜嫌うんじゃないのか。

 私がガキの頃なんて、全ての野菜を『草』と呼称して憎悪の目を向けてたってのに。


 素直だし、可愛いし。

 本当に完璧な子供だな、奏は。


「ごちそうさま」

「おお、よく食べたな」


 頭をぽんぽんと叩くと、奏は照れくさそうに微笑む。

 小一時間ほど抱きしめてキスしてやりたいが、そんな致死量の愛を与えては奏の身が持たない。


 なんかこの笑顔を見てると、仕事の疲れとか、これからの不安とか消し飛ぶな。

 癒やされるんじゃなくて、覚悟がキマるっていうか。

 この笑顔を絶対に絶やすなって、私の中の鬼が目覚めるんだ。


「よーし、奏。せっかく新品のボールあるんだし、公園に遊び行くか」

「うんっ」


 私の子育て物語はまだまだ序奏だ。

 気を緩めないよう、しっかり保護者しないとな。

 私は奏の手を握って家を後にした。

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