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Gimlet

作者: 白縫




ギムレット


 7年前


男:(タバコを蒸している)


女:らしくないわね。何してるの?


男:ん?見ての通り。タバコ吸いながら黄昏てる


女:貴方でも物思いに耽るのね


男:なんだと思ってんの?


女:ふふ......いつもよりまずそうに吸うわね


男:あ〜...そうかな、気のせいじゃないか?


男:...なんて、君には通じないだろうな


女:貴方でも感傷に浸るのね


男:おいおい俺だって人間だぞ!...後ろで馬鹿騒ぎしてるあいつらだって、笑って呑んでばかやって気持ちを紛らわせてるんだよ


女:私も...呑まないとやってられない


男:...ギムレット


女:え?


男:名作の台詞になぞらえたカクテル言葉は「長いお別れ」だ。俺達の中のいわば礼節で、この世界から足を洗うもしくは死んでしまった奴にギムレットで乾杯するんだよ


女:私あのカクテル嫌い


男:奇遇だねぇ、俺もさ


男:次に俺がこれを呑む時は、神様の隣か、俺が足を洗う時であってほしいもんだ


女:だったら、ふふ...!向こう数十年は来なさそう


男:っははは!違いない









 現在。ある街のバーにて


女:...ねぇマスター?私なんでずっとここで待ってるんだろ


女:健気よね、私


女:え?いやね、嫌いよあんな奴


女:そう。面と向かって大嫌いって言ってやるの!その為に、ここで待ってる


女:......えぇ。必ず、いつか来る





男:...マスター、ギムレットを


女:...!?


男:この街はいつまで経っても変わらないな。綺麗な街だ


女:なんで 


男:ん?


女:...だって、嘘


男:あ〜...どの噂を聞いた?捕まったってやつ?極限まで拷問されて植物状態ってやつ?それとも


女:死んだって...!!


女:貴方2年前に死んだって...新聞の一面にまでなってた


男:死人に口なし。でも俺は見ての通り喋りまくってるしピンピンしてる


女:...私、身体中の水分が枯れるくらい泣いたのよ!?それなのにこんなにしれっと...!


男:死の淵を彷徨ったのは事実さ、だがどうも神様は性格が悪いみたいでね。まだ向こうには行けなかった


女:生きてるなら、なんでもっと早く来てくれなかったのよ...!


男:悪かった。"仕事"の準備が長引いたんだ


女:ずっと待ってたのに


男:俺の事は忘れろと言ったろうに


女:分かってたわよ。苦しくなるのも分かってた...でも無理だったの


男:......手紙、読んだよ。俺が言った場所覚えてたんだな


女:へぇ、捨てられてると思ってた


男:そんな薄情な男と思われてたとは心外だ


女:薄情なのに違いはないでしょ?貴方は一人を愛さない


男:分かってた筈だろ。俺はただの悪党だぞ


女:...えぇ、自分でも馬鹿だと思うわ。分かってたのに貴方みたいな人を愛しちゃったんだから


女:...ここには何を盗みに来たの?


男:え?それはもちろん


女:私の心を、だとかしょうもない事言ったら殴るから


男:やべぇ!先手打たれた!


女:ここに来たのはついで、でしょ?


男:ついでなんて事はない


女:どうだか。私だけが目的じゃないはずよ、大泥棒さんが縁の遥々こんなところまで来るんだから


男:まいったな...


女:教えなさいよ亡霊


男:分かったよ、話す


男:......明日、この街でどでかいオークションが開かれるの知ってるか


女:知ってる。大昔にここの領主だったフレド公爵が開いたものが最初で、開催される時は街が何週間も前から祝賀ムードに包まれる


男:そう、そこで名だたる名品の中...締めに、イザリの瞳が出品される


女:なるほどイザリの瞳か。貴方がわざわざここに飛んでくる訳ね


男:ずっと狙ってたからな、やっとだよ


女:本当貴方って昔からお宝〜だとか盗む対象の話になるとまるで子供よね


男:童心はいつまでも忘れずにいたいね


女:人生楽しそうで羨ましいわ


男:どうせ地獄に堕ちるんだ。ならせめてこっちにいる内は大層楽しんでおかないとな


女:私もそうなりたかった


男:いつだって死の側にいるこの稼業よりそっちの暮らしの方が幾分かましじゃないか?ま、俺はこっちのが好きだけど


女:いいえ、私にとってはそっちの方がましよ。スリルを楽しむ余裕があるじゃない


男:おすすめしない


女:絶望と隣り合わせの日々より、貴方みたいに...緊張とかスリルとか、そういうの楽しめる人生がいい


男:...どうやらよっぽど酷い男に巡り合ったみたいだな


女:男運がないのかもって、貴方の時から思ってたわ


男:本人を前にして言うんじゃないよ


女:ま、でも貴方は...殴ったりしないもんね


男:...綺麗なもんに傷つけたくないだけだ


男:職業病でね


女:ねぇ今夜は...しばらくここにいて


男:もちろん。今夜は空けてきた!大変だったよ〜この街の美女全員から誘惑の嵐だったんだ!


女:最悪、やっぱりどっか行って


男:すみませんでした


女:ふふ、もう...!





男:(タバコを蒸す)


女:あれ、禁煙やめたの?


男:どれくらい前だったかな。ついに我慢の限界が来ちまった


女:あれだけ頑なだったのに。女に捨てられた?


男:...いいや。それぐらいでへこ垂れたりしないよ


女:...何があったの?


男:...親父が死んだんだ


女:ごめんなさい


男:いや、いいんだ。何が起きたっておかしくない仕事なんだから


男:あの人の好きだった銘柄がどうも口に合った。血が騒いでねぇ...こらえきれなかったよ(煙草を蒸す)


女:......


女:ね、火貸して


男:あれ。そっちこそ煙草辞めたんじゃなかった?


女:最近また吸い始めたの


男:へぇ。やっぱり似合ってる


女:それ褒めてる?


男:ははっ!よし、ほら(煙草を咥え差し出す)


女:え、なに


男:なにって、昔よくしてただろ?


女:あぁ...懐かしい


男:ほれ


女:...!ん。


女:(煙草を蒸す)にしても、相変わらずまだ泥棒なんてやってるのね


男:まぁね。一度足を洗おうと考えたんだが、出来なかった


女:貴方が一度でもそれを考えたのが驚きよ。死ぬまで泥棒やってそうだもん


男:いやほら、死の淵を彷徨ったって言ったろ?あの時、あぁもう潮時だなって一度引退を決意したんだ


男:でもな、運命って奴が俺に悪戯してきた


女:もしかしてそれがイザリの瞳?


男:その通り。仕事仲間が情報屋からその情報を仕入れてきた時、俺の決意は崩れたよ


女:馬鹿な男...


男:自分の欲望を乗りこなしてるだけさ


女:もう後戻りする気はないのね


男:そうだな。というか、とっくの昔にそれが出来ないとこまで来てる


女:ならせめて神様に会う事にならないようにしてよね


男:はは...俺だって二度とごめんだよ


女:そうだ!サラとウォルター、あの二人まだ生きてる?


男:あ〜あの二人か!サラは元気に詐欺師やってる。ウォルターはあの変装スキルを活かして色んな仕事をしてると聞いたが、何年か前の仕事から動きがない...といってもたまに美女との写真が送られてくるから多分その子と仲良く逃避行してるんじゃないか?


女:そう...生きてるならよかった


男:...あいつらの事まで覚えてたとは


女:あれだけ毎日一緒にいたんだから当たり前よ。忘れる事が出来てたら貴方にだって手紙送ってない


男:「本当は今までみたいに生きてるんでしょう?毎月25日、あのバーで待ってる」


女:この馬鹿読み上げるな!


男:なぁマスター聞いてくれよ!死んだって聞いても尚こんな健気で可愛らしい文誰かと思ったらいててててて


女:その口角引きちぎって二度と笑えないようにしてやる...!!


男:いててて悪かった悪かったって!!


女:......


男:はぁ...はぁ...ほんとに引きちぎれるかと思った...


女:...ただ旦那に愛想尽かしただけよ


男:愛想尽かした、ねぇ。本当にただ“愛想尽かした“だけで済んでるのか?


女:どういう意味よ


男:俺の記憶が確かなら、君は左利きだったよな


女:な、んで


男:あれっ、衰えちまったかな記憶力


女:なんでそんなとこまで覚えてるのよ...


男:お、よかった!まだ健在だったらしい。でもにしては今日君が左手を使ってるところを全然見てない


男:寧ろ最初から右利きかのようにしてる。ずっと左手の何かを隠そうとして右手を使っていて慣れたか、俺にベッドの上で言った左利きだってのが嘘か


女:......


男:...でも俺に嘘をついてたにしてはただ唯一、タバコを持つ手だけは左手だった


女:っ...!


男:君の綺麗な左手にはなにが隠れてる


女:言えない


男:怖いのか、旦那が


女:......


男:君がここに場所を指定したのは昔二人でよく来てたからだろ?


女:そうよ。ここしか落ち着ける場所がないから


男:最初俺が二人でくつろぐバーにここを勧めた理由、そういえば話してなかったな


女:マスターの人柄は良いし外観も内観も君が好きそうだみたいな事は言われた気がするけど


男:それももちろん理由の一つではあるが...本当の理由は、マスターが俺の“先輩“だからだ


女:えっ!?嘘!マスターほんとなの?


男:色んな街に顔馴染みがいるけどここのマスターは特に、現役時代は至るところでその実力の一端を魅せてた大泥棒だった。何度も世話になったよ


女:なんてこと...


男:だからもちろんここには君の旦那の通信はジャミングして入れないようにしてあるので、ここにいる以上君の旦那の監視網には引っかからない


女:どこまでも読めない男ね貴方って


男:泥棒冥利に尽きるよ


男:で、だ。なにをされた?教えてくれないか


女:......一度手紙で言ったし知ってると思うけど、旦那...ウィル・ハンターはこの街の裏を牛耳ってる若手の実業家よ。彼とは二年くらい前に出会った...こことは違う街外れのバーで、貴方が死んだって聞いて咽び泣いてる時にね


男:ぐっ...悪かったよ


女:彼は出来ない事がないってぐらい完璧で、最初のうちはそれに加えて優しさも持ってた。良い男だった。貴方を忘れようと、彼を愛した


女:でもある日、全てが変わった


女:彼の浮気を見ちゃった


女:帰ってすぐに問いただしたわ...だけど、私は彼に殴られた。それからだったわ。彼が決壊したみたいに本性を出しはじめたのは


女:浮気やなんて可愛いもので...軍事品やクスリの商売、人殺し、裏で彼がやってる悪事を知って、私に対する態度もどんどんひどくなっていって...力で私を制するようになるまでにそこまで時間は掛からなかったわ。傷の痕は、途中から数えるのをやめた


男:...絵に描いたような外道だこと


女:この左手には、契約の証として強制的に彫られた蛇のタトゥーが入ってるの。彼が部下や自分に忠を尽くす"駒"に彫るタトゥー...この街のお偉いさん方に紛れ込んでる彼の配下は見えないところに彫られてるけど、私は薬指を巻きつくように入れられた


男:そのダイヤまみれの豪華な指輪の下に隠れてるのは悪趣味な婚約指輪って事か


女:はっ“愛想尽かした“で済む訳ない...反吐が出る...!(酒を飲み干す)


男:残虐非道で冷酷、甘いマスクの裏は金と力に溺れた哀れな悪魔がいる。映画の敵ボスみたいなやつだな


女:貴方にだけはその悪魔との契約の証を見られたくなかったんだけど、察しが良いわね。貴方を舐めてた


男:ごめんよ。癖でね


女:そうだった...ほんと、なにも変わってない


男:時代を抱くのはごめんさ。俺は良い女と孤独しか愛せない


女:安心した。そうだ、そんな貴方を愛したんだった


男:...光栄だよ。君こそなにも変わってない


女:...変わったわよ。あの頃の私はもうどこにもいない


男:そうか?俺の目にはなにも変わってないように見えるな...出会った頃から、なにも


女:へぇ、出会った頃なんて覚えてるの?


男:もちろん!ちゃんと覚えてるよ。君と出会ったのは確か、俺がスコットランドの片田舎にあるなんとか伯爵の宝を盗んだ時だ


女:ライネス伯爵ね


男:そう!そいつ!あの変態伯爵懐かしいな...!


男:コレクターだった奴の邸宅の宝物庫から目的の品を拝借しようとしたところを、偶然休憩してた庭の掃除係に見つかり牢屋に入れられた。そこで奴隷として囚われていた沢山の人の中に、君がいたんだ


女:あの時も馬鹿な男だと思った記憶がある。白昼堂々バレないと思ったの?


男:いや?バレても出れるからいいやと思って


女:貴方ねぇ...


男:実際すぐに鍵開けて出ただろ?


女:そうね、牢に囚われてた奴隷達も連れ出してた


女:それに目的の品も


男:もちろんありがたく頂戴した。ついでにライネスが大事にしてたっていうルドラの仮面とかレッドダイヤモンドとかもいただきたかったけど、売られたのかその姿を拝むことすら出来なかったなぁ


女:ふふ...貴方を繋いでおけるものはもうこの世にないのかもね


男:おいなんだよそれじゃあつまらないじゃないか!世界は広いんだ、どっかに俺を繋ぎとめておける場所があるかもしれないだろ?


女:貴方を捕まえておけるものがあるとしたら、泥棒稼業とその探究心ぐらいだと思ってる


男:ははっ!言えてる


女:......ねぇ


男:ん?


女:...これは、酔っ払いの戯言と思って聞き流してくれても構わない


男:なんだい?


女:......


男:......


女:私を、盗んで


男:......


女:貴方に盗めないものはないはずでしょう?だったら、お願い


女:私を彼から盗んで...!


男:......


女:私は本気よ


女:私は貴方と違って裏の世界に居座ってる訳じゃない。貴方から離れた後は、貴方に救われたこの命を無駄にするもんですかと思って普通に生きようとしたわ


男:......


女:でも今は彼のおかげで地獄の上を綱渡りしてる。今にも千切れそうな綱の上で


女:...少しの間だけでも現実から離れたかった。貴方といた日々を思い出して、過去の思い出となってた蜘蛛の糸を藁にもすがる思いで掴んだ


女:死んだって聞いた時だって、貴方の事だからいつかふらっと現れるんじゃないかって...そう思ってずっとここで待ってた。そしたら貴方は何食わぬ顔で現れて、こうやって昔と変わらない態度で接してくれる


女:私は救われた。昔と同じ居心地の良さに癒されて、絆されて、あの頃に戻りたいと...思ってしまった


女:普通になれなくても、私はまた貴方といたいの...!だからお願い...私を連れ出して


男:......明日のパーティーが終わったら、ここでまた会おう


女:ほんと...!?


男:今言った言葉が君の本心なら...君を盗むよ


女:そんなの、この指輪が答えよ


男:なら明日の14時にここで待ち合わせだ


女:...!分かった、待ってる


男:マスター!ここのバー開けてもらえるか!明日の14時!...助かるよ、ありがとう!


女:明日の例の仕事は大丈夫なの?


男:それなら問題ない。朝早くから準備して早くに終わるよ、時間厳守がポリシーだからね俺は


女:そういえば貴方どうやってイザリの瞳を盗む気?貴方の事だからもしかして...


男:もちろん正面から堂々登場だろ!会場に予告状も出してある


女:はぁ...ほんと、昔っからそうと決めたら前しか見ないよね貴方って...他もしっかり見とかないとそのうち痛い目見るわよ


男:ありがたい言葉だ。肝に銘じておこう


女:でも大丈夫?朝早いなら良い子は寝る時間じゃないの?


男:面白いジョークじゃないの。俺は良い子じゃないし、ショートスリーパーなのさ


女:そう。なら...夜をもっと楽しみましょ?


男:...あぁ、喜んで





 翌朝、海沿いを男が歩いている


男:...もしもし、あぁおはよう。ねぼすけのお前の方から電話かけてくるとは張り切ってるな...!ありがとう、お前のおかげで首尾よく事が運んだよ......さていよいよパーティーの幕開けだ、他の奴らも準備完了?サラももう来てるのか!...よし完璧だ


男:俺も今から向かう。分かってる、時間は厳守だ。馬鹿言えお前らが早く来すぎなんだよ...彼女は大丈夫なのかって?あぁ、今頃ホテルでぐっすりだ...なにも変わらなかったよ、ただ...もっと良い女になってた


男:なに心配ないさ...昔から、最後に笑うのは俺だったろ?





 朝、ホテルの一室にて


女:...ん......あれ、いない


女:...もうこんな時間か


女:ん?指輪...あ〜...


女:さすがね





 昼間、バーにて入店の鈴が鳴る


女:...マスター、ありがとう昼間なのに店開けてくれて


女:時間厳守って言ってた亡霊さんはどこよ...これ...


女:...携帯と、指輪


 携帯から男が喋り出す


男:あ〜...もしもし聞こえるかい?時間通りに来てくれてありがとう


女:...これはどういうつもり?貴方が約束の時間に来なかった事なんてなかったじゃない


男:...そうだな。今日が最初で最後になるだろうね


女:サプライズでも準備してるの?それなら良いリアクションはできないと思うけど


男:いやぁそれはどうかな!テレビを付けてくれマスター


女:......


キャスター:速報です!本日開催されているフレド・オークションにてシークレットとされていた商品が、何者かに盗まれました!!


女:......


キャスター:当初オークション会場に予告状が出されていましたが、なんと会場に輸送される前に何者かに盗まれたようです                                 


女:......


男:...どうだい、良いサプライズだろ?


女:なんで、だって貴方は


男:そうだね、予告状を出して公衆の面前に現れ大胆に盗むってのが俺の今までの手法だ。今までそれを裏切った事はない...幾度となくこの古典的な方法で潜り抜けてきた


女:......


男:だけど今回はそうはいかない。だから、今までの自分のイメージを裏切ったんだ


女:どうして分かったの


男:これには色々カラクリがあるのさ!お!聞きたいか!?


女:(舌打ち)


男:おや?なんだか不機嫌そうだな...?いや〜にしても!今の君の顔をこの目で拝めないのが残念だよ


女:いつから気付いて...


男:まぁまぁ焦るなよ。ピロートークはまったりやろうじゃないか


男:まず、この計画をスタートしたのは2年前の頭。俺が世間で死んだ事になってる間に始まった


男:最初俺の耳に入ってきた情報は「フレド・オークションにイザリの瞳が出品される」と言うことだけだった。今までの俺ならなんの疑問も持たずに計画を練って予告状を出して、正面から派手に盗みに行ってたけど...俺は疑問に思ったんだ。あのイザリの瞳がオークションに出品された...長らくどこかのコレクターの手にあるとされ見つからなかったイザリの瞳が、だ


女:よくある話じゃない。裏のルートで大金によって流し流され、オークションに出されるなんて話


男:もちろん、普通の代物ならね。でもあれは普通じゃない、他のお宝とは訳が違う...持ってるだけで世界中の物騒なマニアや大富豪から狙われるほどの代物だ...何か裏があると思ったんだ。そこで!俺はあらゆるデータを辿ってイザリの瞳の出品元を探した


男:何人もの仲介人が介され、それぞれの連絡にも無数のダミーサーバーが使われていて辿るのにまぁ苦労したけどなんとか根元にいる人間に辿りついた。するとそこには...昔一緒にギムレットを呑み交わした、絶世の美女がいた


女:貴方といたのは何年も前の話よ。それに私は...名前も、髪型も髪色も変えたし、何より老けたわ。それなのに何故


男:やっぱり俺の記憶力は健在だったって事さ。あと、俺に言わせりゃ美しい果実が熟れただけのことだよ


女:っ...!


男:俺は目を疑った。何故彼女がイザリの瞳を持ってるんだってね!それで君の現在の名義の経歴を調べさせてもらったら、俺達と離れた6年前からまる2年の記録がどこにもなかったんだ


男:その2年間の記録を調べ回っていたある日の事、その間活動していて話題になっていたある泥棒の記事を見つけた。背丈は165cmぐらい、左利きで、行方が分からなくなっていたルドラの仮面ってお宝を被っていて...逃走中一瞬仮面の下を見た人間がいるんだがそいつが言うには相当の美女だったそうだ...


女:はは...まったく...貴方の執念深さには恐れ入るわ


男:その女泥棒は今の今まで逃げ果せてるらしい...謝るよ、君の言う通り確かに君は変わっていた。久々に姿を見たと思ったらこんなに大胆不敵で危険な女になってるとは


女:あら、そういう女、貴方の好みじゃなかった?


男:ははっ!その通り。さてそうなってくると、俺のいつもの戦術も知られてるから予告状送って素直に会場に飛び入り参加って訳にはいかない。それで仲間を招集して、狙いをオークションじゃなく君自体に定めた


女:仲間?誰よそれ


男:なんだよ!覚えてたんじゃなかったのか?


女:え?


男:ウィル・ハンター。おっと失礼もう違うな。カメレオンのウォルターさんだよ


女:なっ、嘘...なんて事...


男:元々ウィル・ハンターなんて人間この世にいなかった。俺達が“作った“んだ...君があの時既にこの街にいたのはサーチ済みだったから、場所を掴んで例のバーにウォルターを寄越した。そしてあとは、愛の赴くままだ


女:神経疑うわ...人の愛を利用するとはね


男:言っただろ。俺はただの悪党だ


女:...


男:彼の仕事は、2年後開かれるオークション当日までにイザリの瞳の保管場所と保管されている場所の解錠方法等を探る事


女:...た、確かに彼には教えたわ...信頼していたから。でもずっと監視はしていたはず、どうやってそれを貴方が知ったの...


男:...君の旦那さんと浮気相手が入っていったのはゼイデンホテル、そうだよな?


女:っまさかウィルの浮気相手...!


男:ご名答...君はホテルに入っていく二人を見た。予定外だったが見られてしまった。でも女の顔はちゃんと見たのか?サングラスをかけマスクをしていたはず


女:くそ...サラね...!!


男:...イザリの瞳はオークション当日まで家の地下室の金庫にあり、鍵はその「指輪」


男:サラを経由してそれを知った


女:私は...貴方が作った舞台の上で踊らされてた...


男:残念ながらそういう事になる。ウィルがやったっていう取引や殺人も、全て役者を用意して、彼らがそれを脚本通りにこなしてくれただけさ


男:そして恐らく唯一、賢く強い君に会い指輪を手に入れ戻ってこられる俺が...そのフィナーレを飾る事にした


女:......はぁ...完敗よ。いや、気が付かなかった私も馬鹿ね。カモに化けたたぬきに見事に騙されちゃった


男:いや久々に滾ったよ...!いつかもし俺より先にイザリの瞳を盗んだ奴がいたなら尊敬しちゃうな〜と思ってたけど、まさか君だとはね


女:良い見本がすぐそばにいたもの


男:そりゃ恐縮だ...ただ、まだ分からない事がいくつかある


女:なに?この際だからなんでも聞きなさいよ


男:よしありがとう。一つ...なんでウィル、いやウォルターが自分を殴ったなんて嘘ついたんだ?あいつが本当にやったんだと思って殴っちゃっただろ!!二つ...なんで俺に手紙を出した?こちらとしては手間が省けたが何か狙いがあったのかい?


女:手紙を出したのは...貴方に会いたかったから、それだけ。しぶとい人だからまだ生きてるんじゃないかって希望を込めて殴り書きした。ウィルに傷付けられたって嘘ついたのは...ふふ、彼には申し訳ないけど貴方の同情を買う為よ。昨日ここで貴方に嘘もついたけど、私を盗んでほしいと言ったのは本心よ...その為に悲劇のヒロインを演じるのが、色男の貴方には一番効くと思ったの


男:なるほど...実際効いたよ...!すこぶる揺らいださ。でも、君みたいな綺麗な子がこれ以上こんな汚い世界に染まるのは見てられないから、踏みとどまった


女:恐れ入ったわ


女:......足、洗うの?


女:...貴方は泥棒以外向いてないわよ


男:辛辣だな!どうなるかは分からないが、まぁうまくやるさ


女:ねぇ


男:ん?


女:本当にこれで最後なの...?


男:あぁ、最後だ。もう君には会わない。まぁでも君ならすぐにまた良い男に出会うよ!あ、俺には勝てないかもしれないけど!


女:はぁ...最後の最後まで減らない口...イザリの瞳はもう拝んだ?


男:いや、まだ箱開けてない


女:そう。卒業祝いよ...他の奴に盗まれないでね


男:そんな真似しないよ


女:...さようなら、大泥棒


女:(大きく息を吸う)大嫌い...!!


男:...はは、そりゃよかった。これで悔いはない


男:次会う時はあの世だろうから、その時は酒でも飲もうじゃないか...楽しかったよ。またな


 電話が切れる


女:...「またな」か





男:ん?あぁ大丈夫だ。終わったよ...これで、全部。皆お疲れさん!





女:そうね、また会いましょう





男:さて...イザリの瞳を拝むとするか





女:...そう遠くない未来にね





男:っ!!......やりやがった...ははっ!あの子やりやがった...!!









女:カモは貴方よ...馬鹿な男


女:あの中身喜んでくれるかしら...え?あぁ、あの中にはレッドダイヤモンドを入れておいたわ。彼昔欲しがってたし、折角だからプレゼントしてあげようと思って...!


女:ひどい女だって思う?...私なりの愛よ。彼は泥棒してる時の方が良い男だし...ふふ、彼の為


女:にしても長かった〜!カモのふり!ウォルターは顔が変わってもカマかけた時に嘘つく時の癖が出てたし、サラは一瞬見えた首のタトゥーが見えて確信したの、やっぱりあの人はまだ生きてて、私からイザリの瞳を盗もうとしてるって!あ〜あ、彼の悔しがってる顔見れないのが唯一心残りね


女:ここまでやってこれたのは間違いなく貴方のおかげ。ありがとう、マスター


女:随分昔に貴方から教わった仕事の術(すべ)がなきゃうまくいかなかった。貴方にイザリの瞳を預かってもらってたからあの人に盗まれずに済んだ...彼からしてみれば“灯台下暗し“でしょうね。感謝してもしきれないわ


女:貴方が裏切る可能性?まぁ確かに賭けだったけど...貴方がまだまだ駆け出しの私に賭けてくれたから、私も貴方を信じる事にしたの。それに、貴方だって最後に笑える方に付きたいでしょ...?


女:...もう潮時ですって?なに言ってるの!彼はまだこれからよ。彼はイザリの瞳をその手に掴むまで泥棒をやめることができない、そして私も渡す気はないから、まだ当分ギムレットは呑んでやらない


女:多分今頃他の二人と一緒に「くっそやられた!!これじゃまだ足洗えないじゃねぇか!!」って笑いながら揉めてるんだろうなあ。ふふふ...!


女:久々に会えて嬉しかったな...なにも...なにも変わってなかった。残念?いいえ、これでいい...私、やっぱり追うより追われる方が向いてるもの


女:さて、そろそろこの街を出ないと大泥棒御一行が戻ってきちゃうわ!分かってるとは思うけど貴方も早く逃げてね。あ!その手袋の下の蛇のタトゥー、消さないでよ?顔が変わっても分かるように...私達の“契約の証“なんだから


女:あ〜楽しかった!!私のサプライズに付き合ってくれてありがとう


女:それじゃ...ふふ...また、ね









 冒頭、7年前のイタリア


男:さて...!そろそろ泣きべそのあいつらのところに戻ってやらないと


女:...ねぇ


男:ん?どした


女:貴方もいずれ...私の前からいなくなるの?


男:(煙草を蒸す)...いつかは


女:...火、貸して


男:...はいよ。ん


女:...ん


女:(煙草を蒸す)死ぬなら死に目には会わせて。もし急に私を置いていったら絶対探して見つけ出すから


男:はは...追われるのは慣れっこだけど、君にそう言われると自信なくしそうだよ


女:...それか


男:それか?


女:......それか、貴方が無視出来ないレベルの泥棒になって貴方に追われるか


男:君が泥棒になって、しかも俺が追う側?


女:そう。貴方が欲しいものを貴方より先に盗むぐらいの実力


男:君は聡明で強い女性だからもしそうなったらと考えるだけで恐ろしいね...


女:...それでイザリの瞳も先に盗んじゃって、それを知った貴方が私を追いかけるの


男:...っははは!もしそうなったら俺は君に教えを乞うよ!


女:馬鹿にしてる!?


男:ははっ、ごめんごめん...!


男:ただ、そのもしもが起こって、それで君からイザリの瞳を盗み返せたとしたら...その時以上の去り際はないだろうな


男:その時はちゃんとギムレットを呑んでくれよ?よし!先戻ってる...!


 男が皆の元に戻る


女:いいえ


女:言ったでしょ?


女:(煙草を蒸す)私、ギムレットは嫌いなの






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