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仲間内での話し合いを終えた私は、ライナーを自室に呼んでもらうことにした。いくら私の仲間たちが優秀でも、所詮は外部の人間だ。内部の人間からの話を聞いた方が状況がはっきりすると思ったのだ。
(本当であれば旦那様に聞くのが一番なんだけど…いないしねぇ…)
しばらく帰ってこない旦那様を待っていては何も始まらない。留守を任されているライナーが何か旦那様から聞かされていたり指示を受けている可能性もあるから、とりあえず話を聞いてみる。
「姫殿下、お待たせして申し訳ございません。お呼びと伺いましたが…」
「呼びつけてごめんなさいね、ライナー」
「とんでもございません!」
呼んでもらったライナーは数分後にやってきた。私の言葉に恐縮しながらもその表情はどこか硬い。自室の椅子には私とレオ、ヴィヴィとアンドレアがすでに座っており、空いている椅子へ彼に座るように言う。同席することに戸惑っていたが、結果として観念したように席についた。
「では改めて、話を聞かせて欲しいのだけれど」
私の言葉に、ライナーが静かに頷いた。続けて私はまずノエルのことを話題にあげる。
「ノエルは今、隣で寝かせているわ。あの子の状態的に、別館の者たちがノエルの世話をしっかりと行っていたようには思えないのだけれど…、このことについてあなたはどこまで把握しているのかしら?」
ノエルと出会った時にそばにいたライナーは、そのことについて聞かれると思っていたようで、一度視線を落とし、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「ノエル様については、一度お話ししたかと思いますが、私がこの城を任されるようになった時にはすでに別館で過ごされていると伺っておりした。別館からお出になることは全くございませんでしたので、私も本日初めてお目にかかった次第です」
ライナーの言葉に私は頷いて、先を促す。
「実のところ、私たち城にいる家臣の多くは、別館に立ち入ることができませんでした。前夫人が立ち入ることを拒否されていらっしゃると侍女のオリビエ様から言われていたためです。ですから、ノエル様についてはどのようにお過ごしになられていらっしゃったのか、どのようなお方なのか分かりかねていたのです」
(あぁ…あの面倒そうな侍女か…)
出迎えの時の光景を思い出し、私はゲンナリする。どうやらオリビエは前夫人から多くの権限をもらっていたようだった。
「つまり、この城に仕える者たちの中でも、ノエルついて知る者は限られていたのね?」
「はい。おそらく、別館に勤めていた一部の使用人のみが詳細を知っていたはずです。しかし、前夫人が亡くなられた際、その多くは辞職し、現在残っている者はほとんどおりません。オリビエ様を含めた前夫人の侍女が数名残っているくらいですね」
私は拳を軽く握った。出迎えの時のオリビエの様子からしても、黒髪を持つ私の旦那様やノエルに良い印象を持ってはいないらしい前夫人子飼いの者たちと一緒に生活をしていたとなると、あまり良い待遇は期待できないだろう。こんなにも孤独な環境で幼い子が生きていたことを思うと、胸が締めつけられる。
「私の旦那様──つまり辺境伯閣下は、ご自身のご子息について何かあなたに伝えていたことはあるのかしら?」
「いえ、ノエル様に関しては特段申し付けられていることはございませんでしたね…。一応気にしてはいたようなのですが、我々家臣と同様に別館への立ち入りを拒否されていらっしゃいましたので…」
(辺境伯家当主が自分の家の別館への立ち入りを拒否されるってどう言うことよ…)
私の微妙な表情にライナーが慌てて自分の主人をフォローするように言う。
「いえ、あの、ノクス様はお優しい方ですので、前夫人のお気持ちを考えて従っていたのではないかと…。その、前夫人はノクス様を避けていらっしゃいましたから」
なるほどね。そう言うことか。ノエルのことを知っている人物はあまり多くないようだから、ライナーとこのまま話を続けていても仕方がない。私は少し違う話題をふることにした。
「じゃあ、この城の使用人たちや管理体制についても改めて確認させてもらいたいのだけれど。この城の運営や采配に、私がどこまで関与できるのか閣下は何かおっしゃっていて?」
「その点につきましては、ノクス様より預かっているお言葉がございます。『姫殿下はこの辺境伯家に嫁いできていただいたのだから、もしご希望なのであれば自由に采配を振るっていただいて構わない』と」
私はその言葉に少し驚いた。旦那様とはまだ顔を合わせてもいないというのに、すでにそのような権限を委ねられていたとは。
「…分かりました。その、自由に采配を振るって構わないと言うのは、この城全体のことを指すわよね?」
「はい、その通りです」
「では、この城に住まう者として、ノエルは私が預かることにしても良いかしら?別館に返すのはちょっと安心できないし」
私のノエルを預かりたいと言う申し出に、ライナーは少し考えたそぶりを見せた。続けて私は言う。
「閣下はノエルについて何も言わなかったのでしょう?だったら、采配を振るっていいと言われた中に入れても文句は言われないでしょう。何かあれば私が責任を持つわ」
「いえいえ!この城に姫殿下へ異を唱えるものなどおりません。ノクス様もおそらく姫殿下がそうしたいと仰せならそのようにするといいとおっしゃられるのではないかと思います」
「そうかしら?じゃあ決まりね!」
とりあえずノエルを手元に置けることが決まり、私は嬉しくなる。
(ひとまずあの細っこい身体をなんとかしないとね…。いっぱい食べさせて、たくさん遊ばせてあげなくちゃ!)
そんなことを考えて今から楽しみになってくる。今まで話を聞いていただけだったレオがふと気づいたように言った。
「坊ちゃんを姫さんのところに置くとして、別館に残ってる侍女たちは何か言ってこないか?」
その言葉に私も確かに言ってきそうだし面倒そうだと考える。ライナーも若干遠い目をしていた。
「そうね。確かにどこかで私の元にノエルがいることを知るか、そもそも最低限世話をしているなら数日以内には彼女たちもノエルがどこにいるか知ることになるでしょうね」
そう言って、私はライナーに問いかける。
「ねぇ、ライナー。別館の侍女たちは今後も雇い続けるような予定で閣下は考えていたりするのかしら?」
「いえ、そのようには考えていらっしゃらないかとは思いますが、おそらく姫殿下の意向に応じて処理する予定だったのではないかと思います」
どうやらあの侍女たちは別に解雇しても良さそうな感じだ。であれば何か面倒なことを言ってくる前に、こちらから動いてしまった方がいいだろう。そう考えた私は、席についている皆の顔を見て言った。
「それならば、まずこの城の現状を踏まえて必要な改革を始めます。特に、使用人の管理体制と人員配置、別館の対処も先決ね。私が連れてきた者たちもいるから、彼らの配置も一緒に考えてしまいましょう。みんなにはそれぞれ動いてもらいたいわ。やってくれるかしら?」
「「かしこまりました」」
私の前にいる皆が一様に頭を下げた。それを見て、私は一人ずつ指示を出していく。
「ありがとう。ではまずライナー、あなたはこの城を知る人物でもあるから全体的に私たちがわからないことや現状について教えてちょうだいね」
「承知しました」
「アンドレアには、私たちが連れてきた彼らも含めてこの城の使用人たちの管理体制の把握から再配置を任せるわ」
「かしこまりました」
ここまで指示を出したところで、私はレオを見て言った。
「レオ、あなたには別館の対処を優先的にお願いしたいんだけれど、どう?」
「あぁ、いいよ。好きにやっていいのか?」
「もちろんいいわ。徹底的にやってちょうだい」
私の言葉に、レオが新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりの楽しそうな表情をする。
(そろそろノエルが起きるころかしらね…)
近くにいて欲しいと言って眠ったあの子が起きた時に私がそばにいないなんて、約束を破ったことになってしまう。
その後もあらかたの指示を終えて、それぞれ対応に入ってもらうことにした。動き出すのは早ければ早いほど良いのだ。私の自室にはヴィヴィだけが残り、私はそろそろ起きそうなノエルの眠っている寝室へと向かう。寝台の端に腰掛けて、まだすやすやと眠っているノエルの寝顔を見つめた。この子が起きたら、まずは何から話そうか。そう考えながら、ノエルの黒髪を優しく撫でる。
ノエルとまだ見ぬ旦那様のためにも、そして何より私が黒髪の旦那様と息子を気兼ねなく全力で愛でることのできる環境にするべく、この城をより良いものへと変えていこう。
すうすうとノエルの寝息が聞こえる寝室で、私はそう決意を新たにするのだった。