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その後も私たちは、ノクス様が帰ってくるまでの数日間、時間を見つけてはイヤーカフを通して話をして過ごした。離れている間も彼の声を聞けるのは嬉しかったし、彼もまた私との会話を楽しんでくれているようだった。


(素敵な機能をつけておいてよかった!)



そして今日は、ついにノクス様が帰ってくる日だ。


「そろそろお帰りになられるという連絡が入りました」


そう声をかけられ、私は城の入り口へと向かった。すでに使用人たちも整列し、主の帰還を待ち構えている。ちょうど昼過ぎで、ノエルは昼寝の時間。だから、今日は私一人で迎えることになる。


「そろそろ帰ってくるかしら?」


そんな私の呟きに、ライナーが「もう間もなくかと思いますよ」と答えた。


その時、遠くから蹄の音が響いてきた。一定のリズムを刻む音は、間違いなくノクス様と帯同している騎士たちのもの。道の方へ視線を向けると、先頭を行く馬に乗ったフードを深く被った男性の姿が見えた。そのシルエットを認識するだけで、私は思わず口元を綻ばせる。


(はぁ、私の愛しの旦那様ったら馬に乗っている姿もなんて素敵なのかしら……!)


ほどなくして、騎士たちは城の入り口へ到着し、次々と馬を降りた。そして、ノクス様もまた馬を降りると、騎士が彼の馬の手綱を引き取った。


それを見て、私は歩み寄ろうとした。


だが、それよりも早く、ノクス様がズンズンとこちらへ向かってきて——


「——きゃっ!」


気づけば、私は彼の腕の中にいた。両腕でしっかりと支えられ、優雅に横抱きに持ち上げられる。

これはまさに、お姫様抱っこ、である。


(えぇっ!?)


心の中で思わず叫んでしまう。驚きすぎて声も出ない。

視界の端には、使用人たちが皆目を見開いて驚いている様子が映った。


「……えっと?」


言葉を発しようとしたが、それよりも先に、彼はまるで当然のように城の中へと歩を進めた。


フードも取らず、無言のまま。しかも、まっすぐに進むその速度が尋常ではない。

足が長いのは知っていたけれど、こんなに歩くのが早いなんて。


(いや、そこじゃなくて——!)


「え、あの、ノクス様?」


問いかけても返事はなく、私はただ彼の胸の中で揺られるばかり。

そして、次の瞬間には——


「——もう寝室!?」


私の抵抗も、戸惑いも関係なく、彼は一直線に寝室へと入っていた。


「お、お疲れ様です……?」


戸惑いながらそう言うと、ようやく彼が動きを止めた。

そっと私を降ろし、ゆっくりとフードを取る。


中から変わらず美しい黒髪が現れる。そして金色の瞳が、じっと私を見つめていた。


「……会いたかったです」


静かな声だった。


その一言に、胸がきゅっと締め付けられる。


彼は、私が思っている以上に、私を求めてくれていたのだろう。


「私もですわ」


そう微笑んで言うと、彼の腕がそっと私の腰に回された。


「もう、離れたくありません」


それは、彼が今感じている愛情を、たどたどしくも必死に伝えようとする、不器用な告白だった。

だからこそ、私はそっと彼の背に腕を回し、囁くように答えた。


「ええ、私も同じ気持ちですわ」



◇ ◇ ◇



とりあえずソファーに並んで腰を落ち着けると、ノクス様は無言のまま、私の手をぎゅっと握った。

それは、まるで離れてしまうことを恐れているかのような強さで——。



私はノクス様の顔を見つめた。

普段と変わらぬ無表情に見えるけれど、金色の瞳の奥には、うっすらと滲む疲労と、拭いきれない不安の色があった。それに最近はあまり見ていなかった睡眠不足からきているであろう隈がうっすらと目元に乗っていた。


「……どうしました?」


優しく問いかけると、ノクス様は少し目を伏せたまま、唇を噛む。

まるで、言葉を紡ぐことを躊躇っているかのように。


「……一週間と少し離れただけなのに、こんなにも恋しくなるなんて思わなかったのです」


掠れた声で、ノクス様はぽつりと呟いた。


(それは……私もそうね)


私は彼の言葉を噛み締めるように、そっと手を握り返す。


「それに……」


ノクス様は少し口ごもると、ぎゅっと手の力を強めた。


「その……」


勇気が出ないのか、言い出せなさそうな雰囲気のノクス様。そのまま沈黙してしまう。


(最近ちょっと様子が変だった理由がこれ、なんだろうか?)


私はそう思った。彼が言い出しやすいように、私から優しく声をかける。


「どうしました?何か不安なことでもありましたか?」


その声に、握られた手を少し震わせながら、ノクス様は話し出した。


「……私の不安など、くだらないことなのはわかっています。でも……その、アイリスとレオンハルト殿の距離が最近近いのを見て、どうしようもなく不安になってしまったのです」


「レオと?」


「ええ……もちろん、そんな関係ではないことも、彼が貴女の幼馴染であることも、すべて理解しています。でも、それでも……貴女と過ごした時間の長さでは、彼の方が私よりもずっと上なのだと、そう思うと……」


私の隣に座りながら、ノクス様の手はずっと私を離さない。


(………なるほど。だから、私がレオと一緒にいた時に、彼はどこか不自然な態度だったのね?)


思い返してみれば、いつもは冷静なノクス様が、些細なことで言葉を詰まらせたり、視線を逸らしたりしていた気がする。もしかしたら、その時からずっとこんなふうに不安を抱えていたのだろう。


(あ〜、レオとは外部の人間からそんなように勘ぐられることは確かに今までなかったわけじゃないけど、最近なかったしちょっと油断してたわね……。それで最愛のノクス様を不安にさせてしまったなんて)


自分の爪の甘さに悔しくなる私。


「……面倒な夫で、すみません」


ノクス様は俯きながら、ぽつりと呟いた。


「でも、どうしようもなくて……こんな私でも、どうか……捨てないでください」


懇願するように囁かれる言葉に、私は思わず胸がぎゅっと締めつけられた。



(可愛い……。っていうかそれ、嫉妬してくれたってことですよね!?私の愛しの旦那様が尊すぎて私はどうになかってしまいそうよ……!!!)


心の中でそんな歓喜の叫びをあげつつも、なんとか理性を保ち、不安そうにしている彼に優しく微笑んだ。



「捨てるなんて、ありえませんわ」


「前にも言ったでしょう?」そう言って、そっと彼の手を包み込むように握り直した。


「私は貴方の、ノクス様だけの妻ですわ。これからもずっと、貴方の隣にいます」


ノクス様の金色の瞳が揺れ、ゆっくりと細められる。

少しだけ、不安が和らいだように見えた。


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