62
ジリジリと照りつける日差しを、私は木陰から見上げた。
(……暑い。やっぱり外は暑いわねぇ)
梅雨が明け、燦々と輝く太陽が城の庭を照らしている。夏の盛りというにはまだ少し早い気もするけれど、それでもこの暑さは容赦なく肌を焼いてくる。日陰にいてもじんわりと汗が滲みそうなほどだ。
ここは別館の外にある一角。風通しの良い場所に設えた休息スペースに、私はノクス様と二人で座っていた。
ここ最近、領地内では夏の準備が進んでいて、城内も衣替えが行われている。涼しい装いへと変わる人々を見て、私の商会で作ったブランド「シャノワール」の夏用の新作も、そろそろ本格的に動き出す頃だと実感する。
今日の私の装いも、その新作のひとつ。
肩まで露出したオフショルダーのドレスは、涼しい素材で作られた軽やかなものだ。布地はさらりとしていて肌にまとわりつかず、足首までの丈が上品さを保ちつつも、風を通して心地よい涼しさを感じさせる。
隣に座るノクス様をちらりと見やる。
彼の服もまた、私が用意したものだった。
彼は普段、背中の傷を隠すために常にインナーを着ている。そのせいで夏場は特に暑そうだなと気になっていた私は、商会の職人たちやイリス領にいる研究者たちに頼んで、通気性が良く、それでいて肌触りのいい布を研究させたのだった。
「ノクス様、暑くないですか?」
私の問いかけに、ノクス様はちらりとこちらを見て「問題ありません」と淡々と答えた。
だが、その直後、彼はそっと手を伸ばし、私のドレスの裾を指先で摘まむ。
「これ……涼しくて、いいですね」
ほんの少しの間を置いて、ぽつりと感想を述べるノクス様。
その何気ない言葉に、私は思わず満足げに微笑んだ。
(喜んでもらえているのであれば、作った甲斐があったわね)
愛する旦那様のために作ったものが、彼に喜ばれている。それだけで、今日も私は良い仕事をしたと思える。
木陰を吹き抜ける風が、私のドレスの裾をふわりと揺らした。
ふと、ノクス様の目線が奥の方へ向いた。それに気づいた私は、つられるように同じ方向を見る。
そこでは、花壇の縁にしゃがみ込み、熱心にスケッチブックに絵を描くノエルの姿があった。彼の視線の先には色とりどりの花々。幼い手で鉛筆を握りしめ、一生懸命に線を引いている。彼の服もまた、私が用意した涼しい素材のもので、かぶっている帽子の陰から覗く横顔は特段暑そうには見えない。それを見て、私は自然と微笑んだ。
(よく集中力が続くわねぇ)
少し目線をずらし、目の前の花壇へと視線を移す。
(それにしても……増えたな、花が)
そこには、様々な種類の花が咲き誇っていた。中でも、一際目を引くのは数多くの薔薇たち。鮮やかな色の花弁が風に揺れ、美しく咲き誇っている。それらは、ノクス様が私へ贈るために品種改良を重ねた結果、生まれたものだった。
そして、もちろん今日の私の髪には、彼から送ってもらった金と黒の薔薇が美しく飾られていた。
ピンク、白、赤、紫……色とりどりの薔薇が花壇に溢れ、もはや一つのバラ園といってもいいほどの景色が広がっている。夏の強い日差しは薔薇には厳しいはずなのに、ここのバラは萎れることなく凛と咲いていた。
その理由を私は知っている。
ノクス様が魔法を用いて、常に美しく咲くように改良した結果なのだ。
隣に座る愛する旦那様をちらりと見る。
ぼんやりとした表情で遠くを眺めるその横顔は、相変わらず端正で美しい。
(この人、本当になんでもできちゃうのよね……)
思わず、心の中で呟く。
そんな私の視線に気づいたのか、ノクス様がこちらを振り向いた。
「……?」
なんで見ているの、そんな風な表情だが、その口元には微かな微笑みが浮かんでいる。
それを見て、私は思った。
(今日も、最高に可愛いわ。毎日見ても飽きない。最高に愛しいわね)
よく見ると、ノクス様の額には汗が滲んでいる。いくら涼しい服を着ているとはいえ、こうして外にいれば暑さは感じるのだろう。
私はドレスのポケットからハンカチを取り出し、ノクス様の額へとそっと押し当てた。
「……」
ノクス様は特に言葉を発することなく、されるがままになっている。額の汗を拭いながら、少し乱れた黒髪を撫でて整える。すると、彼は目を細め、心地よさそうにしていた。
その様子があまりにも愛らしくて、私は思わずふふっと笑ってしまう。
「そろそろ中へ入りましょうか?」
そう声をかけると、ノクス様は無言でこくりと頷いた。
私はそんな彼を微笑ましく思いながら、今度は花壇の近くで絵を描いているノエルに声をかける。
「ノエル!そろそろ中へ入りましょう?」
ノエルはスケッチブックを抱えたまま、元気よく「はーい!」と返事をした。
暑い夏の日。
私たち家族は、今日も穏やかに、仲良く過ごしていた。
夏の章、後半スタートです⸜(*ˊᗜˋ*)⸝




