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自室の扉の方まで行くと、今日も麗しい私の愛するノクス様、そしてノエルも一緒に来ていた。二人とも爽やかな色合いの装いで、今日もとても美しい。並んでいるのを見ると、より一層素晴らしさが増すようだ。
(ほんっとに最高……!今日も私はこの大陸一幸せ者だと思うわ………!)
そんな私を見て、こちらをじっと見つめたまま動かないノクス様とノエル。きょとんとした顔をしている二人は、まるで鏡映しのようにそっくりだった。その姿に思わず微笑んでしまう。
(はぁ、今日も私は幸せよ……)
そう心から思いながら、「お待たせしました」と優しく声をかけた。
その瞬間、ノエルはぱっと笑顔になり、小さな足で駆け寄ってくる。そして勢いよく私の腰にぎゅっと抱きついた。その温かさと愛らしさに頬が緩み、私は優しく抱きしめ返す。
「迎えにきてくれてありがとう、ノエル」と囁くと、ノエルは嬉しそうに頷いた。
そんな様子を見ながら、ノクス様もゆったりとした足取りでこちらへと歩み寄ってくる。私は片方の手でノエルの柔らかな黒髪を撫でながら、もう片方の手を伸ばし、ノクス様の手をそっと握った。その感触を確かめるように指を絡めると、彼の金色の瞳が静かに私を見つめる。
「私の愛するノクス様、お誕生日おめでとうございます」
そう言って微笑むと、それを下から見上げていたノエルもすぐに「お父様、おめでとう!」と元気にノクス様へと告げた。
ノクス様は一瞬、目を丸くする。無表情のままの顔にかすかな戸惑いが浮かぶが、次の瞬間、彼の瞳はほんのわずかに柔らかく揺れた。そして、静かに、けれど確かに穏やかな声で「ありがとうございます」と返してくれた。
その声はとても優しく、心に温かく響いた。
朝食をいつも通り取った後、私たち三人は別館へと向かうことにした。
別館へ続く道を歩いていると、城の使用人たちが「おめでとうございます」と次々にノクス様へ声をかけてくる。普段は彼に声をかけることはほとんどなく、皆、最低限の報告と仕事を果たすことに徹していた。けれど、今日は違う。事前に私が「ぜひ声をかけてあげてほしい」と伝えていたのだ。
ノクス様は少し驚いたように目を丸くしながらも、使用人たちを見渡し、「……ありがとう」と静かに返していた。その声音には、嫌そうな気配はない。むしろ、どこか穏やかで、ほんのわずかだが柔らかな空気を感じる。そんなノクス様の様子に、私は安堵の息を吐いた。
やがて別館の入り口近くにたどり着くと、数人が揃って私たちを待っていた。ジェフリーやライナー、ノーラやジェラールに、ロータルやリアムまでいる。そしてもちろんレオたち私の側近たちも。彼らはこちらに気づくと、お辞儀をする者、静かに微笑む者、さらには軽く手を振るレオなど、それぞれの形で歓迎の意を示していた。そして、手にはそれぞれ包みが抱えられている。どうやら、プレゼントを用意してくれたようだった。
(みんな用意してくれていたのね……)
きょとんとするノクス様を尻目に、ノエルは最近懐いているレオの元へと駆け寄る。
「レオだぁ!」
「ノエル坊ちゃん、今日も元気だなぁ」
レオはすぐにノエルの頭を優しく撫で、そのやり取りに私も思わずくすりと笑ってしまった。
そのまま手を繋いでいたノクス様の方へ顔を向け、「さあ、私たちも行きましょう」と声をかける。
ノクス様は私の言葉に少し間をおいた後、頷く。
そして、一緒に皆の元へと歩み寄る。
この城の雰囲気も随分と変わった。もちろん、良い方向へ。以前は冷たく閉ざされていた空間が、今では温かみを持ち始めている。その変化を感じながら、私は心の中でそっと誓った。
(こんな温かい空間を、これからもこの愛しい旦那様に与え続けることができますように)
◇ ◇ ◇
別館の入り口に集まっていた家臣たちとしばらく話を交わした後、私たちは彼らと別れ、別館の中でくつろいでいた。
机の上には、家臣たちから贈られた様々なプレゼントが並んでいる。ノエルはそれらを興味津々に眺め、小さな手で包みを触ろうとしていた。その様子に思わず微笑みながら、私はノクス様の方へ顔を向けた。
「開けてみたらどうですか?」
そう促すと、ノクス様は静かに頷き、隣に座る私の横でひとつずつ包みを開け始めた。
中から現れたのは、華美なものではないが、どれも実用的で質の良い品ばかりだった。ライナーからの書きやすそうなペンを手に取り、指先で感触を確かめるノクス様。
「よかったですね」
私が声をかけると、ノクス様は小さく頷いた。その表情はどこか穏やかで、出会った頃の彼なら見せなかった反応に思えた。
そんなノクス様の様子をじっと見ていたノエルが、少しもじもじしながら声をかけた。
「お父様」
ノクス様はノエルの方へ無言で視線を向ける。「なんだろう?」と言いたげな雰囲気だ。
「これ、あげます」
ノエルが差し出したのは、一枚の紙だった。ノクス様がそれを受け取り、広げると、そこには家族三人の似顔絵が描かれていた。
まだ拙い筆跡ながらも、一生懸命に描いたことが伝わる温かみのある絵。その絵には、ノクス様、私、そしてノエルが並んで描かれており、どの顔も満面の笑みを浮かべていた。
「誕生日だから……」
ノエルは恥ずかしそうに視線を落としながら言う。
ノクス様は少し目を瞬かせた後、静かに自分の息子の頭に手を置いた。そして、ぎこちなく撫でながら、低く落ち着いた声で「ありがとう。大切にする」と告げた。
かつてはぎこちなさのあった二人の関係。けれど、こうして自然に言葉を交わせるようになったことに、私は胸が温かくなるのを感じた。
(前は気まずそうにしてたのに……良いことだわ)
隣で絵をじっと見つめているノクス様に寄り添い、「素敵な贈り物をもらいましたね」と微笑みかける。
彼は再び小さく頷いた。
その横顔は、どことなく嬉しそうに見えた。
もう1話更新します!




