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昨日は残念ながら息子くんには会えなかったけれど、今日はライナーの案内で城内を回る日だ。息子くんに会えないかライナーにも聞いてみようと思う。


「姫様〜!おはよう〜」

「おはよう、ヴィヴィ。今日はよろしくね」

「は〜い」

「それでは姫様、ヴィヴィもきたことですし、私は城内の情報収集に行ってまいりますね」

「えぇ、よろしくねアンドレア」

「はい、行ってまいります」


ヴィヴィと入れ替わるようにして、アンドレアは私の部屋を出て行った。


「ヴィヴィ、レオとは会ったかしら?」

「えぇ、会いましたよ〜。私が姫様のところに行く時に会ったので、すでに城を出ているんじゃないかしら〜」

「わかったわ」


レオもすでに行動を開始しているらしい。

ヴィヴィとそんな会話をしていると、私の部屋にライナーがやってきた。


「姫殿下、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

「おはよう、ライナー。問題なかったわ。ありがとう。今日はよろしくね」

「はい、ご案内させていただきます。姫殿下はどこか気になる場所などありますでしょうか?なにぶん広い城ですので、どこかあらかじめ気になられる場所がありましたらと思ったのですが」

「そうね…本が置いてある図書室や書斎があるなら見てみたいわ。ヴィヴィは気になる場所があるかしら?」

「ヴィヴィは〜、この城のシェフに会いたいですね〜!今日の朝食も美味しかったですから〜、色々お話ししてみたいです〜。あとは訓練場のようなところがあるなら教えて欲しいですね〜」

「かしこまりました。それではその辺はご案内できるようにいたしますね」


私とヴィヴィのリクエストに快く答えるライナー。息子くんのことも聞いてみようかしら。もしかしたら遭遇できるかもしれないし。


「それとライナー、あなたに聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」

「私の旦那様のご子息には、どこかでお会いする機会はあるかしら?私たち、家族になるんだし紹介してくれたら嬉しいと思ったんだけれど」

「ノエル様…でございますね。前夫人がまだご存命の時から別館にてお過ごしでしたので、変わらず別館の方にいらっしゃるのではないかと…。正直、別館にいる前夫人の侍女たちが私を含めこの城の使用人たちを別館に入れてくれないため、ノエル様がどのように過ごされているのか存じ上げないのです…」

「そうなのね…」

「ノクス様がお戻りになりましたら、機会を作って欲しいと姫殿下が仰っていたことをお伝えいたしますね」

「わかったわ。よろしくね」


ライナーもあまり旦那様の息子のことを知らないようだった。そうなると、今日の案内の最中に遭遇することは難しいかもしれない。アンドレアからの情報をもとに、別館へ向かった方が良さそうね。


◇ ◇ ◇


ライナーに城の内部を案内されながら私たちが次にやってきたのは食堂があるエリアだった。ヴィヴィのリクエストであるこの城のシェフに会いにきたのだった。


「ヴィヴィ、あなたが食べることが好きだというのはもう十分すぎるほどに知っているんだけれど、シェフに会ってどうするの?」

「ここのお料理、前に姫様がお忍びで通っていた王都のお店の味付けと似ていたんです〜。数年前にいきなりお店を畳んだので姫様もがっかりなさっていたじゃないですか〜?」

「あぁ、あの店ね!覚えてるわ!いきなりなんの挨拶もなしにいなくなったから残念だったわよね。噂ではどこかの貴族に引き抜かれて領地に連れて行かれたんじゃないかって話だったわよね?」

「そうです〜!」


まだ学院に入る前に、私たちがお忍びで王都に遊びに行った時には必ず通っていたレストランがあった。そこの店主が出す料理は独創的で美味しく、評判も良かったはずだ。でも数年前に店を畳んでからは食べていない味をまだ覚えているなんて、さすがヴィヴィね…。

あのレストランの店主が本当にこの城にいるのならば、前世のお米とか味噌とか大豆に近い食品や料理を一緒に考えてくれるかもしれない。そうでなくても店主は気のいい素敵な人だったからまた会えるなら嬉しい。


「ねぇライナー、ここの料理長を呼んでもらえるかしら?」

「かしこまりました!こちらがキッチンになりまして、シェフたちも今はここにいるんじゃないかと思いますので、料理長を呼びますね」


そう言ってライナーがキッチンの方へ近づいて行くと、何やらキッチン内が騒がしいことに気がついた。


「おい!どうするんだよ…!」

「でもここままじゃかわいそうだろう?」

「だが下手に何か与えちまって後でバレたらどうするんだ?」

「でもこんな小さい腹空かせてる子供に何もしないなんて俺は嫌だぞ!?」


キッチンに続く扉を開けたライナーがシェフたちに声をかけた。


「みなさん何を騒いでいるんですか?この度、ご結婚されてこの城の新しい主となられるアイリス姫殿下がいらっしゃっています。料理長はいらっしゃいますか?」


私がここまできていることを知ったことでキッチン内のざわつきが増した。


「おい…まずいんじゃないか?」

「どうするんだ…?」

「俺は知らないからな…」


そんなシェフたちの中から料理長だろうか、一人の男性がライナーの前に出てきた。


「あぁ、料理長!姫殿下にご紹介しますのでこちらへ。キッチンで何かあったんですか?」

「いや…なんといえばいいか…」


言葉を濁す料理長にヴィヴィが声をかけた。


「ハンスさ〜ん!やっぱりハンスさんですよね〜?お久しぶりです〜!」


声をかけられた料理長はヴィヴィと私をみて驚き目を見開いた。


「お嬢ちゃんたち…なんでここにいるんだい?その髪色、店に来てくれていた時とは違うようだが…」

「お久しぶりですね、ハンスさん。お店に通っていた時はお忍びだったものですから…。またお会いできて嬉しいです」

「そうだったのか…いいところのお嬢さん方とは思っていたが、まさかあの店に姫殿下がいらっしゃっていたとは思いませんで…!というか辺境伯と結婚されたのはあなた様なのですか!」

「そうなの。これからまた、あなたの料理が食べられると思うと嬉しいわ。ねぇ、ヴィヴィ」

「はい!やっぱりハンスさんでしたね〜!」


嬉しそうなヴィヴィに微笑みながら、私はキッチンの騒がしさに目を向けてハンス料理長に話しかけた。


「それで、キッチンが騒がしいようだけれど何か問題でも?」

「あ〜、それが…」


言いにくそうにキッチンの方をみるハンス料理長。その様子に、言葉で説明されるよりもキッチンをみた方が早いと考えた私は中へと入ることにした。


「ちょっと見せてくださる?」

「姫殿下…!?」


中に入ると、先ほどから騒いでいたシェフたちがいて、彼らはキッチンの裏手の外へと続く扉の方をみていた。扉の方まで進んでいくと、シェフたちが道を開けてくれる。扉の近くには、なんと黒髪の男の子がいるではないか。


(黒髪…黒髪!?え!?本当に黒髪!?)


黒髪の男の子は、不安そうにこちらに金色の瞳を向けて立ち尽くしていた。髪の毛には埃がついていて艶もなく、服装もよれていて大きさもサイズがあっていないように見える。袖の先から覗く手首は細く、栄養がその小さな体に行き届いていないようだった。


「この子は…」


唖然とする私の近くに続いてやってきたライナーが、同じように黒髪の男の子をみて驚きの声を上げた。


「あなたは…ノエル様…!?なぜこんなところに!?そもそもそのお姿は一体!?」


(やっぱりこの子が辺境伯家のご子息で合っているみたいね…)


ライナーに名前を呼ばれて、びくりと肩を震わせた黒髪の男の子は、さらに増えた大人たちを不安そうに見つめながら両手を胸の前でぎゅっと握り体を固くさせていた。

私はその姿をみて、彼と目線を合わせながらゆっくりと彼の前へ一歩踏み出した。私が動いたのをみて、またびくりと彼の肩が揺れる。警戒している様子は小さな黒猫のようだった。

しゃがみ込んで、彼の綺麗な金色の瞳と目を合わせながら話しかける。


「こんにちは。私はアイリスよ。あなたのお名前は?」


話しかけられたノエルは、まだ警戒しながら小さい声で言った。


「僕は…ノエルって言います」

「そう。あなたがノエルなのね。よろしくね。ところでなぜこんなところにいるのかしら?」


なぜここにきたのか、そう問いかけると怒られると思ったのか彼の金色の瞳に涙が溜まっていく。


「あらあら、ごめんね。びっくりしちゃったかしら。怒っているんじゃないのよ?キッチンは火を使ったり危ないところだから、心配になったの。ここにはお腹が空いてきちゃったのかしら?」


どう?教えてくれる?そう再び話しかけると、少し警戒を解き始めたノエルは小さい声で言った。


「ご…ごめんなさい。お、お腹が空いて…ここなら何かくれるかもって…」


理由を話しながらまた目に涙を浮かべ始めた。勝手に行動したことで咎められると思っているのだろうか?そんな彼を安心させるように私はもう一歩彼に近づいて話しかけた。


「そうだったのね。今日はご飯食べなかったの?」

「その…昨日の朝からご飯もらえなくて…」

「昨日から!?」


つい大きくなってしまった私の声にびくりとまた肩をゆらすノエル。


「ご…ごめんなさ…!えっと、すみませんでした…!」

「いいえ、ごめんなさいはこちらの方だわ。それはお腹が空いたでしょう。そろそろお昼だもの、あなたも一緒にご飯を食べましょうか?」


また一歩彼に近づいて、彼の目の前まできた私は、胸の前で固く握られている両手を自分の両手でふんわりと包み込み、安心させるように言った。

「…いいんですか?」

「えぇ、もちろん!誰かと一緒に食べたいと思っていたところなのよ。私と一緒にご飯食べてくれる?」


私の質問に困惑しながらも小さく頷くノエル。近くで見ると、更に埃まみれで服も汚い。この様子から数日お世話をされていないことは明白だった。別館の侍女たちはこの子をどのように世話していたというのだろうか。とりあえずそんなことよりもまずは目の前のこの子を安心させ、ご飯を食べさせることが先決だ。


「ちょっとごめんなさいね」


そう言って私はノエルを抱っこした。視界が急に高くなり、ノエルがびっくりした様子で私を見る。思わず私の服に触れた自分の手を見て、汚れていることに気がついたのか焦ったように言った。


「よ…汚れちゃいます…!僕汚いから…」

「あら、大丈夫よ!違う服に着替えればいいし。でもご飯を食べる前にあなたも綺麗にしましょうね」

「そ、それに僕…呪われてるから近づかない方がいい…です…」


普段から言われているのか、自分で言って自分で傷ついた表情をしながら、それでも

私のためを思って言ってくれているのを感じ、更に抱いている力を込めて私は言った。


「呪われてるですって!?誰よそんなこと言った奴は!呪われてなんかいないから大丈夫よ」

「でもみんなそう言ってたから…」

「こんなに可愛らしい子が呪われているわけないじゃない!」

「かわ…いい?僕が?」

「あなたはとっても可愛いわ!私こんなに可愛らしい子をみたの初めてよ!」


私にとってはことさらに愛らしい黒髪を撫でながら言う。ノエルは私の言葉を聞いて、また金色の瞳に涙を溜めながら、抱っこしている私の服をキュッと掴んで俯いた。そんな様子を見て、本当に可愛すぎるわと心の中で絶賛しつつ、顔が緩まないように意識しながら私はキッチンの出口へと進んだ。

シェフたちやライナーまでも困惑の表情を浮かべつつ、ノエルを抱いた私を見つめている。そんな彼らをぐるりと見渡して、ハンス料理長とライナーに指示を出した。


「ハンスさん、悪いけど私の昼食と一緒にこの子のご飯も作ってもらえるかしら?昨日から何も食べていないようだし、軽すぎるから心配よ。念の為、胃に優しい料理をお願いね」

「は、はい。かしこまりました!」

「ライナー、案内は一旦終了にして私の部屋へ戻るけどいいかしら?ノエルを綺麗にしてあげなくちゃいけないし」

「はい!承知いたしました…!」

「ヴィヴィ、行きましょう」

「は〜い、姫様〜」


こうして私はノエルを抱いてキッチンを後にし、自室へと戻ることにした。抱っこして戻る最中も私の目線に黒髪が揺れている。なんて可愛らしいのかしら。抱っこされているノエルは大人しく体を縮めて、私の腕の中に収まっていた。

(可愛すぎる…!!想像以上よ!!最高よ!!)

(神よ…いるかわからないけどいるなら本当に感謝します!!!)


いるのかわからない神に感謝を捧げつつ、最後まで緩みそうな顔を引き締めて、私は自室まで歩いて行った。


ついに息子に会うことができました!

アイリスさんのお気に召す黒髪くんだったようです。



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