表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/72

54


「んん……」


朝日が差し込んでいる。まぶたの裏がじんわりと明るくなり、私はふと目を覚ました。

どうやら愛する旦那様の看病をしながら、そのまま寝入ってしまったらしい。


昨夜は、夜中に何度かノクス様がうなされて目を覚ますたび、冷たい布で額を拭いたり、水を飲ませたりしていた。そのまま付き添っていたはずが、いつの間にか寝台の端で眠ってしまっていたようだ。



ゆっくりと顔を上げると、目の前には寝台の上で体を起こしたノクス様の姿があった。


金色の瞳がこちらを見つめている。そして、彼の手がこちらへと伸ばされ、不自然な位置で止まっていた。


(きっと、私に声をかけようとして、触れようとした時に目が覚めたのね)


そう思いながら、私はノクス様の方を見て、穏やかに微笑んだ。


「おはようございます、ノクス様」


私の声に、ノクス様は少しだけ間を置いてから、伸ばしていた手を引っ込める。そして、静かに「おはようございます、アイリス」と返した。


顔色は悪くなさそうだったが、念のため確認しようと、私は寝台の上へと身を寄せ、片手をノクス様の額へとそっと当てる。


彼は何も言わず、大人しくされるがままだった。


(熱は……ないわね)


安堵の息をつきながら、私は彼に微笑む。


「熱、下がったみたいでよかったです」


すると、ノクス様は少し考えるように視線を落とし、ぽつりと呟いた。


「……ずっと、ここにいてくれたのですか?」


「もちろんそうですよ」


当然のことのように答えると、ノクス様は微かに目を見開いた。


「……誰かに看病されるのは、初めてです」


それを聞いて、私は少し切なくなる。


(彼の過去を思えば、それも当然なのかもしれない)


そう思いながら、私は続けた。


「でも、これからはあなたに何かあれば常に私が看病するのですから、慣れた方がいいですよ」


そう言うと、ノクス様は一瞬きょとんと目を瞬かせた。そして、ゆっくりと微笑む。


「……そうですか」


朝日に照らされた彼の微笑みは、あまりにも美しくて眩しかった。


(やっぱり、私の旦那は素敵だ。本当に)


そう思いながら、私も同じように微笑み返した。





「着替えます」


そう言うノクス様に、私は服を選んでやることにした。


少しゆったりとした首元の空いた紺色のシャツに、合いそうなズボンを合わせる。落ち着いた色合いで、彼の金色の瞳によく映えるはずだ。


(やっぱり誰かの服を選ぶのって楽しいわよねぇ)


そう思いつつ選んだ服を手に取り、寝室へ戻ると、ちょうどノクス様が服を脱いでいるところだった。


露わになった背中には、痛々しい傷跡が刻まれている。


私は思わず足を止め、そっと口を開いた。


「……触ってもいいですか?」


ノクス様は振り返ることなく、静かに答える。


「聞かなくても、好きにして構いません」


その言葉を受け、私は昨日と同じように光系統の魔法をかける。

淡い光が手のひらから広がり、彼の背を優しく包み込んだ。癒しの魔力が傷跡に染み込んでいくのを感じる。


施術を終え、そっと指先で触れると、昨日よりわずかに薄くなったように見えた。


(やっぱり、完全に消すのは難しいわね……)


傷跡を見つめながら、完全に消し去る魔法はないかしらと考える。

あとで調べてみようか。


そう思いながら、私はノクス様の背中から前へと回り込み、選んだ服を手渡した。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


ノクス様は受け取ると、いつものインナーを着てから、紺色のシャツを羽織る。


その仕草すら優雅で、思わず見惚れてしまう。


「……今日も素敵ですわ」


自然と呟いた言葉に、ノクス様はわずかに動きを止める。


そして、ほんの少し恥ずかしそうに目線を逸らした。



その反応が微笑ましくて、私はくすりと笑った。



◇ ◇ ◇



着替え終わったノクス様が、私の方を見て尋ねる。


「アイリスも着替えに戻られるのですか?」


「そうしますわ」


そう答えると、ノクス様はわかりましたと軽く頷いた。

そして、何の躊躇もなく執務室へ向かおうとする。


私はすかさず、彼の手を掴んで引き止めた。


「……?」


驚いたように振り返るノクス様に向かって、私ははっきりと言う。


「今日はお仕事はしちゃダメです。一日お休みです」


ノクス様は少し口を開き、「いえ、私は大丈夫です」と言いかけた。


ちょうど「大丈夫」のあたりで、私は言葉を被せる。


「大丈夫はまだ禁止!」


ノクス様は目を瞬かせ、「あ、そうだった」と言わんばかりの顔をした。


そして、少し考え込むように視線を彷徨わせた後、ぽつりと呟く。


「じゃあ……なんて言えばいいんでしょう……?」


困ったような表情を浮かべるノクス様が、なんだか可愛らしくて、思わずくすりと笑ってしまう。


「ダメなものはダメです」


私はきっぱりと言いながら、さらに念押しをする。


「違う言葉にしたって、今日は一日仕事はさせませんからね」



ノクス様はまだ何か言いたげな様子だったが、私の次の言葉で完全に沈黙した。


「そもそも、今日の分の仕事は私とジェラールですでに片付けてありますから」


ノクス様の目が大きく見開かれる。


「……いつの間に?」


「あなたが寝ている間に」


驚きの表情を浮かべるノクス様に向かって、私は胸を張って宣言する。


「今日は一日、私と一緒に休んでもらいます!もちろん大丈夫と言う言葉も禁止です!いいですね?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ