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数時間前に仲間たちと作戦会議をしたはずの私は今現在、人目を忍びつつ別館前に立っていた。みんなよろしくねなんて言っておきながら…そう…黒髪少年に会うのを明日まで待つことができなかったのである。てへっ!
少しくらいみに行ってもいいじゃない?旦那様もまだしばらく帰ってこないし、そろそろ私の我慢は限界に近かったのである。ここまでどんな容姿なのか妄想し想像しさまざまなパターンを考えてきた。どんな子供でも私の中の受け入れ準備はバッチリ整っている!!
そんなわけで、すでに時刻は次の日に入る一歩手前。使用人たちも仕事を終えてそれぞれの部屋に戻っていることもあり、周囲は静まり返っている。別館は城の裏側に位置し、渡り廊下を挟んで立っていた。2階建ての館で城よりはもちろんこじんまりとしてはいるが結構広そうだ。薄くても一応王族の血を持つ者が住んでいたのだから妥当な大きさなのだろう。辺境伯家に嫁いでいた代々の妻たちの中には、私のように直系や直系に近しい令嬢も最初の方は多かったらしいし。今現在ここには私の旦那様と前夫人との子供と、あのうるさいオリビエ率いる侍女たちがいるはずだ。キィキィと喚き散らしてうるさかった侍女たちもすでに就寝中なのか別館は人がいるのかわからないくらいの静けさだ。
「さて、どこに旦那様の息子はいるのかしら…」
「正面から入るのは流石にまずいので、裏手から入れるかと思いますよ姫様」
「なるほど…!そうしましょう!…ってアンドレア、あなたついてきていたのね…」
「もちろんですわ!姫様をお一人にするわけないではないですか!それに、どうせ明日を待たずに動き出すぞとレオが申しておりましたので」
「なんでレオにも筒抜けなのよ…」
「何年一緒に過ごしてきたと思っているんです?わかりますわよ?」
「はい…すみません…」
「裏手に回れば食堂から中に入れたはずですわ。こんなこともあろうかとすでに別館の地図は頭に入っておりますので、目的地までさっさと参りましょう。きっとご子息は寝ていらっしゃるでしょうからこっそり見るだけですからね?姫様」
「うぅ…わかってるわ!見るだけ、見るだけよ!!じゃあ行きましょう!」
そうしてアンドレアをお供に私は別館の裏手へと進むことにした。裏手に回るとアンドレアの言った通り、裏口っぽい扉を見つけた。アンドレアに鍵を解除してもらって、裏口から入る。うちのアンドレアは鍵の解除もできる万能な侍女だった。入った先は食材が色々と置いてあるキッチンになっていた。静かに歩みを進めて、キッチンから食堂を抜けて別館1階の廊下に出た。念の為、光系統魔法を応用して認識阻害の魔法を自分とアンドレアにかけておく。
そういえば当たり前のように使っていたが、この世界には魔法が存在していて、全ての魔法は基本8つの系統に分かれている。氷・水・火・風・土・雷・光・闇のそれぞれの系統は、どれか一つは必ずこの世界に生まれてきた人間には適性が備わっており、貴族や王族などの魔力量が高い人間ほど複数の系統の適性を持っている。適性のない系統魔法は基本的に使えないというのが通説で、例外としては特殊スキルを持つものが稀に生まれるということだろうか。特殊スキルというのは8つの系統以外に分類される魔法をさし、現在確認されているスキルとしては鑑定スキルなどがあげられる。我が王国の王族はほぼ光系統の適性を持って生まれることが多いというように生まれた家によって適性が決まることもある。遺伝するといった感じだと思うけれど。ちなみに、レオは代々受け継ぐ火系統の中でも火力が高く扱いにくい炎系の魔法を扱う家の生まれなので、火系統はもちろんのことだが風系統も適性がある。ヴィヴィは水と雷。アンドレアは闇系統に適性がある。私はというと魔力量が比較的多めだったため、氷・風・雷・光系統の4つの適性を持っている。ただ、前世を思い出してから、私はなんと全系統使えるようになってしまった。原因は完全に前世の記憶が影響していると考えているけれど、この辺の話はまた後で詳しくしたいと思う。今は何より我が子を見に行く方が大事だ。
「1階は真ん中に玄関ホールがあり、それ以外は食堂や倉庫、使用人の部屋や書庫がメインとなっている作りのようです。2階が前夫人やご子息の部屋があるようでした」
「そうね…2階に行ってみましょうか」
玄関ホールから2階へ続く階段を上がっていく。すでに別館の地図を頭に入れているアンドレアを先頭に子供部屋と思われる部屋の扉の前までたどり着いた。
「ここですね…」
「覗いてみましょうか!」
「姫様…常識的にこんな夜に勝手に侵入するなんてあり得ないんですから見つからないように気をつけてくださいね?」
「わかってるわよ…」
アンドレアの小言を受け流しつつ、私は風系統の魔法を使った。空気の流れを操作することで扉を開ける音や私たちの動く音が周囲に聞こえないように慎重に操作しながら扉を開ける。慎重に人一人分入れるくらいの扉の隙間を作り出し、私たちは中へ入ることに成功した。
「ねぇ、アンドレア。普通ならここって子供部屋なのよね?」
「…そう、ですね」
「じゃあ、なんでここにはお目当ての私の子ではなくてドレスの収納部屋みたいになっているのかしら?」
「…どうしてでしょう」
子供部屋だと思って入った部屋には、お目当ての息子はおらず、代わりに大量の女性用ドレスが置いてあった。おそらく前夫人のドレスなのだろう。とりあえず、部屋全体を見てみたが、子供どころか子供にかかわるものはこの部屋には全く置いていなかった。
ドレス部屋になってしまっていた子供部屋を後にした私とアンドレアは、試しに2階の全ての部屋を覗いてみることにした。元夫人の部屋らしき場所や来客用のゲストルーム、書斎があったがそのいずれにも子供はいなかった。
「2階はこれで全てよね?」
「はい…そのはずですわ」
「となるとどこにいるのかしら…」
「残るは1階ということでしょうか…」
「仮にも辺境伯家の子供を1階に住まわせるかしら」
「先ほど回った部屋を見ても子供に関わりそうなものは全くございませんでしたわ。通常の常識とは違う頭をしていらっしゃったのかもしれませんよ?前夫人は」
「1回戻って改めて確認した方が良いのではないでしょうか…?」
「そうね…もう少し情報を集めた方が良さそうね」
「明日は別館とご子息をメインに情報収集してまいりますね」
「えぇ、お願いね」
1階には前夫人についていた侍女たちがいるはず。流石に2階のように動き回っては魔法を使っているとはいえバレる可能性がある。私たちはこれ以上の捜索を諦め、戻ることにした。
旦那様に続き息子にも会えないなんて…。いつになったら私の愛する黒髪ちゃんたちに会えるのかしら…。一目拝めると思っていただけに、残念に思いながら私は部屋へと戻って就寝した。
明日まで待てなかったアイリスさん。
別館へ侵入の回でした…!
侵入までしたのに結局息子には会えませんでしたね…
きっとそろそろ会えるはず…!
(すごく適当に魔法について説明していますが、この辺も後々しっかりと出していきたい…)