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雨音が大きく音を立てている。その音を感じながら、私は深い色合いの布が掛かる大きな窓が連なる廊下を歩いていた。


目的地は、もちろん愛する旦那様の執務室。


私はやや急ぎ足に歩を進めて執務室の前へ足を止めた。

ノックをすると、いつもの落ち着いた音色ではなく、何やら素っ気な気配の混じる声で「誰だ」と帰ってくる。


(いつもは「どうぞ」って言ってくるのに……)


一瞬のちょっとした違和感。


「私ですわ」


しばらくして、「……どうぞ」と帰ってきた声はやはりいつもと違う。一度考えようとした合間のある声。そんな声にためらうことなく、私はドアを開けた。



執務室には思った通り、放っておけば何時間も仕事をしているであろうノクス様のいつもの姿。執務机の椅子に座って書類を読んでいるようだった。俯きがちな彼の顔はよく見えない。


(いつもなら顔を上げてちょっと嬉しそうにこちらを見てくるのに……)


「ノクス様、少しお時間よろしいですか?」


やはりいつもとどこか違った様子のノクス様をみつつ、私はそのまま彼の執務机の方まで進み、回り込んで彼の座っている横に立つ。

無言で自分の近くまでやってきた私に、流石に書類をみるのをやめて「どうかしましたか?」と座っている自身の体をこちらに向けて言うノクス様。


いつも斜め上にある彼の顔は、座っているから私の少し斜め下にある。そして、彼の顔は今日の私の目には、少し、いややけに疲弊した様に見えた。


「そのセリフは私がノクス様に言いたいことなのですけれど」


ノクス様の金色の瞳がわずかに大きくなった。




「どうしたんです?」


そう問いかけると、ノクス様はわずかに目線をずらし、淡々とつぶやいた。


「別に、何も。問題ありませんが……」


私はその言葉を聞いて、露骨にため息をつく。


(この人、さっき私が手を振った時に無視したの気にしてるのかしら…。それにしてもそんなに顔色悪い状態で問題ないだなんて……)


私は今まで、ノエルやノクス様に対して、こういったため息をついたりマイナス面の感情を露骨に出すような気配を出したことはない。なるべくいつでも明るく、充分な愛想を持って接しているつもりだ。

だからなのか、私がため息をついたことに、ノクス様はわずかにだが、不安そうな表情をした。


(心配して、と言うかあまりにも自分のことを蔑ろにしている彼に少しむかついて、つい感情を出してしまったけれど。ため息一つで不安になるって、もしかしたら私の愛想表現がまだまだ不十分なのかしら?)


より一層、大きな愛でもって彼らに接しなければと少し心の中で意気込みつつ、


「先ほど、ノエルと私を見ていませんでしたか?」


そう問いかけると、ノクス様はきまずそうな表情をしながら、どこかを見つめていた。


「たしかに、そこには、行きました」


と呟く。


「楽しそうにされていたので、邪魔をしてはいけないと思って……」


ノクス様のその声を聞いて、私は思わず笑った。この人は、家族が楽しそうにしている中に自分が入って邪魔だと本気で思っているのだ。最近は3人で過ごすことも増えてきていたし、少しはその考えが変わったかと思っていたのだけれど。どうやら私の考えは甘く、彼の考えは根が深そうだった。


「邪魔なんてことはありませんよ」


なるべく彼が傷つかないように、そして邪魔になんてなることはないのだと伝わるように優しい声で言う。



すると、ノクス様は声にならない声でつぶやいた。


「あなたは、きっとそう言うのでしょうね」


彼の金色の瞳は、私を見やり、そして雨音が響く窓の向こうを見て続けて言った。


「あなたのような母を持てたノエルは、やはり幸せなのでしょう」


そんなことを言ったあと、ノクス様はしばらく雨の落ちる音に耳を注いでいた。

まるで何かを思い出すように。


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