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最近、私の悩みの種となっている、雨の日における愛する旦那様の不調について。正直、周りの人たちに話を聞いて以降、数日が経ったがその後特段進展はなかった。
彼は普段通りに見える。相変わらず冷静で、滞りなく仕事をこなし、家臣とも必要な会話を交わしている。しかし、私は感じていた。彼の呼吸の微かな乱れ、言葉を発するときのわずかな間、視線の揺らぎ。
ほんの些細な変化。それらが、彼がどこか追い詰められているような印象を受けるのだ。
(私以外誰もそんな風には見えていないみたいなんだけどね……。
私の勘違い……ってこともまだ可能性としてはあるかもしれないけど、何かやっぱり違和感がある)
周囲の誰も気づいていない。彼は隙を見せることがないし、訴えることもない。
だからこそ、私にしか分からない。……いや、私だからこそ、分かるのかもしれない。
(前世オタクだった私の観察眼を舐めるなよ……!)
私は彼が好きだ。だからこそ、彼を誰よりも見ている。誰よりも、注意深く。
今日は、ノエルが騎士団の非番の騎士たちと剣の稽古をしていた。私が以前贈った子供用の剣を手に、まだ拙い動きで振るう姿は、微笑ましくも誇らしい。もちろん、まだ四歳の子供だ。本格的な鍛錬というより、遊びに近い稽古だが、それでも彼は真剣に取り組んでいた。
「皆さん、非番なのに申し訳ないわ」
そう言った私に、騎士たちは苦笑しつつ、にこやかに首を振った。
「いえ、普段から閣下に助けていただいていますし、姫殿下にもいろいろとお世話になっていますから。ぜひ頼ってください」
騎士たちの言葉に、私は素直に微笑み、「ありがとう」と応えた。
彼らは忠義に厚く、主人に仕える誇りを持っている。そんな彼らにノエルが懐き始めているのは、私にとっても嬉しいことだった。
(後々は、ノエルがこの騎士団を率いていくことになるのだから)
しばらく見守っていると、ノエルが勢いよく転んだ。派手に地面に倒れ込み、思わず息を呑む。騎士たちも心配そうに駆け寄ろうとするが、それを制するように、ノエルが自分で立ち上がった。
「大丈夫!」
幼い声が力強く響く。騎士たちは安心したように微笑み、私は心の中で「成長したなぁ」としみじみ思った。
その後、稽古が終わると、私はノエルの元へ向かった。
「ノエル、カッコよかったわよ!でも転んだところは、大丈夫だったかしら?」
「大丈夫!」
「そう、偉いわ!」
元気いっぱいに答えるノエル。
しかし、そう言われても心配なものは心配だ。私は念のため、隅々まで確認する。
「お母様、心配しすぎだよ」
ノエルがくすくす笑う。それに釣られて、周囲の騎士たちも微笑ましげに見守っていた。
(誕生日以降、「お母様」と呼んでくれるようになったけど、何回呼ばれても嬉しいものねぇ)
そんな和やかな雰囲気の中、ふと騎士の一人が声を上げる。
「……閣下?」
その言葉に、私はそちらを見た。少し離れた場所に、ノクス様がいた。
(あれ?この時間は仕事をしているはずなのに、なぜここに?)
私は軽く手を振った。しかし、彼はそれを確認したのかどうか分からないまま、ふいっと目を逸らし、そのまま背を向けて去っていった。
「……?」
(どうしたのかしら。見えなかった?)
気になりながらも、その答えを見つける前に、頬にひんやりとした感触を覚えた。
ぽたり、ぽたり。
雨が降り始めた。
「姫殿下、急ぎましょう」
騎士たちが屋根のある場所へと私たちを促す。
私はノエルの手を取り、駆け足で建物へ向かいながら、先ほどのノクス様の様子が頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇
雨が激しくなってきた。
窓にぶつかる雨音を聞きながら、私は愛する旦那様の先ほどのことを考えていた。
あの後、服が濡れてしまったため、自室へ戻って着替えを済ませた。ノエルも同じように着替えさせ、髪が冷えて風邪を引かないように丁寧に拭いてやる。元気な彼は、すっかり乾くとけろっとした様子で「本を読む!」と言い、自分の書斎へ向かうことにしたので、彼の侍女にしたミモザをつけて見送った。
私はというと、執務が残っていたため、執務室に戻り机に向かったものの。
(いや、無理でしょ!気になる!)
どうにも集中できなかった。
ペンを握る指に力が入らず、視線は書類を滑っては、またぼやける。手元のペンをくるくると回しながら、思考は執務ではなく、別の場所に向かっていた。
(なぜ、ノクス様はあんな表情をしていたのだろう?なんで避けるようにいってしまったの?)
確かに、彼は私たちを見ていた。しっかりと視線を向けていた。
なのに、まるで見続けていられないかのように、目を逸らして去ってしまった。
雨のせいだろうか。
最近感じる彼の不調と関係しているのか。けれど、それだけではない気がした。
(気になって仕方がない………)
私はペンを置き、深く息をついた。執務はまだ終わっていない。やらなければならないことが山積みだ。
けれど、これではどうせまともに仕事にならない。
(なら、どうするのか……)
私は椅子から立ち上がった。
(もちろん、行動あるのみ!そうに決まっているじゃない)
考えるより、確かめる方が早い。気になるのならば、直接聞くのが一番だ。
そうと決めたら、迷いはない。
私はすぐに部屋を出て、ノクス様の部屋へと足を向けた。




