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誕生日会が終わった後、仕事がある者は戻り、まだ余裕のある者たちは談笑を続け、宴の余韻に浸っていた。和やかな雰囲気の中、ノエルは自分の侍女であるミモザとともに、私からもらった白い剣やノクス様からもらった防具を手に取っては、触れたり持ち上げたりしながら楽しそうにしている。
その様子を少し離れた場所で座って見守りながら、私は微笑んだ。
(嬉しそう……本当に良かったわぁ)
ふと、隣に気配を感じて視線を向けると、ノクス様が静かに私の隣に立っていた。
「素敵なプレゼントも渡せたし、良い父親への第一歩ですね」
そう声をかけると、ノクス様はほんの少しだけ目を細めた。
「今度二人が稽古する時には、見学してもいいですか?」
そう尋ねると、彼は私を見つめたまま、一拍置いて答えた。
「危ない場所にいないでくれるなら、構いません」
その返答に、私は思わず笑みをこぼし、「わかりました」と頷いた。
窓の外に目を向けると、季節はもうすぐ春が終わり、夏が近づいているのを感じる。けれど、その前に梅雨の季節がやってくる。
(ノエルの誕生日が終わった今、次に訪れるのはノクス様の誕生日ね……。どんなお祝いにしましょうか)
そんなことを思いながら、私はノクス様を見上げ、楽しみと思いつつ言った。
「次は、ノクス様の誕生日をお祝いですね!」
その瞬間——。
ノクス様の身体がわずかにびくりと動いた。まるで、予期していなかった言葉を投げかけられたかのように。その反応に、私は驚いた。普段の彼らしくないほど、わかりやすく動揺している。
「どうか、しました?」
心配そうに問いかけると、ノクス様は私から視線を逸らし、小さく呟いた。
「……なんでも、ありません」
しかし、その表情はどこか硬い。どことなく、顔色も悪く見える。そして、彼は続けて言った。
「……私の誕生日なんて、祝わなくていい」
その言葉に、私は息をのんだ。
◇ ◇ ◇
その後、ノクス様はいつもの無表情に戻ると、「仕事に戻ります」とだけ告げ、自分の執務室へと戻っていった。
私の愛する旦那様には、最近ふとした瞬間に、違和感を覚える仕草や沈黙があった。それが何なのか、私はずっと考えていたけれど。
「誕生日」
その言葉に、彼ははっきりと反応した。
他人には優しいくせに、自分を蔑ろにするところ。別館のことを聞いたときに見せた一瞬の表情。そして、幼い頃から親に与えられていた仕事や、時期当主としての重圧。
そう言ったことが垣間見える時に、見えてくる彼の一瞬の、側から見ると本当に分かりにくい小さな心の揺らぎは前から感じていたことだった。
(あの人の過去には、きっと数えきれないほどの苦しみや孤独があったのだろう……)
けれど、今日までの様子を思い返しても、ノエルの誕生日を祝うことには、彼なりに前向きに関わっていたように見えた。不自然な様子はあったものの、そこにマイナスの感情は見受けられなかったのだ。
(なら………問題は、ノクス様自身の誕生日ってことかしら)
それが彼にとって、あそこまで動揺を見せるほどの何かがあるということ。
たまに見せる、彼の心の奥底にある深い苦しみ。
それを、どうにか和らげることはできないだろうか。
私は、胸の奥に痛みを感じながら、彼の背を見送った。
こちらで「春」完結となります!
続いて、「夏」の章。アイリスと彼女の愛する旦那様との関わりが増える章になる予定です。
ぜひ、次の章も読んでくださると嬉しいです!
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