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工房の奥から現れたのは、白髪交じりの職人だった。彼の肌には鍛冶仕事の熱気が染みついたような浅黒さがあり、手には長年の労働による無数の傷跡が刻まれている。分厚い革のエプロンをつけた彼は、ゆっくりと歩み寄ると、私たちを奥の工房にある応接室へと案内した。


部屋には頑丈な木製のテーブルと椅子が並んでおり、壁には大小さまざまな剣が整然と掛けられている。座ると、職人は少し興味深げにこちらを見つめた。


「俺はデリーってもんだ。さて、坊ちゃん……結婚したとは聞いてたが、大層可愛らしい姫をもらったもんだな」


デリーと名乗った彼が愉快そうに言い、ノクス様の方へ目を向ける。私は思わず目を瞬かせた。確かに、ノクス様と親しげな口調だ。


「……お前まで坊ちゃん呼ばわりはやめてくれ」


ノクス様が少しうんざりしたように言うのを見て、私はなるほどと納得した。この職人も、ノクス様と旧知の仲なのだろう。


「デリー、改めてよろしくお願いするわ。私はこの人の妻アイリスよ」


私が微笑んで挨拶をすると、デリーは苦笑しながら肩をすくめた。


「俺はただの職人で、貴族でもなんでもねぇ。そんなかしこまった挨拶をされる柄じゃないさ」


「そう? じゃあ、気楽に話すわね」


私が軽い調子で応じると、デリーは意外そうに片眉を上げた。そんなやり取りを眺めていたノクス様が、ふと私に視線を向ける。


「……アイリスは、どんな相手ともすぐに打ち解けるのですね」


「そうねぇ。人見知りはしないし、基本フレンドリーかもしれないですね。それに王女という立場上、社交の場でいろんな人と話す機会も多いから、そういう能力は自然と鍛えられるところもありますわ」


すると、ノクス様は少し考えるような仕草を見せ、それから穏やかに言った。


「……あなたはすごいですね」


その言葉に、私は素直に「ふふっ、ありがとうございます」とお礼を言った。デリーはそんなやり取りを眺めながら、くつくつと喉を鳴らして笑った。


「なんだ、いい夫婦じゃねぇか」


彼の冗談めいた言葉に、私は「でしょう?」と言い、ノクス様はわずかに動揺したように見えた。




私は改めて姿勢を正し、デリーに向かって本題を切り出した。


「実は、息子のノエルの誕生日に剣を贈りたいの。その剣を、あなたに作ってほしいのよ」


デリーは私の言葉に目を細め、顎に手を当てながら「ほう」と興味深げに呟いた。


「なるほどな……どんなものがいいか、具体的には決まってるのか?」


その問いに私は少し言葉を詰まらせた。剣を贈ることは決めていたものの、細かい仕様までは考えが及んでいなかった。


「正直、まだしっかりとは決めていないわ。ただ、いくら子供用といえど、危険なものだと困るわよね。でも、いずれノエルが騎士に憧れ、本格的に剣術を習うこともあるかもしれない。その時にも使えるものなら、長く大切にできると思うの」


そう考えを伝えると、デリーは「ふむ」と唸りながら腕を組み、しばらく考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開く。


「……光属性魔法を付与した魔剣なんてのはどうだ?」


その言葉に私は目を瞬かせる。


(魔剣……?)


デリーは続ける。


「光属性魔法には癒しの効果があるからな。万が一怪我をしても、剣が持つ力で多少は回復する。安全面を考えたら悪くない選択肢だと思うぜ」


「なるほど、それはいい考えかもしれないわね…」


私がそう言うと、ノクス様も小さく「確かに」と呟いた。しかし、デリーは「ただな……」と少し言葉を濁した。


「光属性の魔法石は貴重だ。魔物が多く生息する地域で採れることが多いから、あまり市場には出回らねぇ。光属性魔法を付与するには、それなりの魔法石が必要になる」


「なるほど……」


ノクス様も考え込むように視線を落としたが、私はあっけらかんと笑った。


「なんだ!それでいいなら、あるわよ」


「……え?」


デリーが目を丸くし、ノクス様も驚いたように私を見た。後ろに控えていたヴィヴィがうふふと笑いながら言う。


「昔、皆で腕試しに取りに行きましたもんね〜!楽しかったです〜」


「そうそう。だから手持ちの分でも結構あって、それで足りるんじゃないかしら。どのくらい必要なの?」


デリーは呆れたように苦笑しながら、「それなら十分だ」と頷いた。


「いやはや……すごい姫さんを奥方にしたもんだな、坊ちゃん……いや、閣下と言ったほうがいいかぃ?」


デリーはノクス様の肩を軽く叩きながら言った。彼は視線を逸らしながら小さくため息をつく。


「そういや坊ちゃん、お前もそろそろ剣を新調してもいい頃だろ。せっかく頼れる奥方がいるんだ、何かねだってみたらどうだ?」


「……私は別に、今ので十分だ」


淡々とそう答えるノクス様を見て、私は彼の性格を改めて思い出した。彼は、領地のことや家臣のことなど、自分以外の誰かに関わることならば素直に受け入れる。しかし、自分自身のこととなると途端に遠慮がちになるのだ。


実際、洋服も最初は遠慮していたけれど、一緒にお揃いのものが欲しいと私がねだったら、結局折れてくれた。


……ならば、この剣も同じようにすればいい。


(あとで、ノクス様がいない時にデリーに相談しましょう)


私は心の中でそう決めた。



◇ ◇ ◇



そして、あっという間にノエルの誕生日の前日になった。


可愛いノエルの生まれた日という素晴らしい一日には相応しい装いを、と以前からフルオーダーしていた衣装たちが今日、城へと届けられた。今日は、ノエルとノクス様、それからおまけに私のも一緒に、どんな仕上がりになったのかを確認し、気に入ったものを明日の装いとして選ぶ予定だった。


ケイシーの部下たちが衣装を並べた部屋へと足を踏み入れると、色とりどりの生地が目に飛び込んできた。華やかな刺繍が施されたもの、シンプルながら上質な生地の光沢が映えるもの、そして細かな細工が織り込まれたものまで、見事な衣装がずらりと並んでいる。


「姫様、どうかしら?」


ケイシーが、誇らしげな笑みを浮かべて私に問いかける。その目は、自身の仕事に対する自信と誇りに満ちていた。


「さすがねケイシー、最高よ!」


思わず満面の笑みを浮かべて答える。彼女の作る衣装はいつ見ても素晴らしいが、今回は特に力を入れてもらっただけあって、どれもこれも目を奪われるほどだった。


「気に入ってもらえて何よりよっ。さっそく試着してみましょうか?」


ケイシーの言葉に頷き、職人たちが手際よくノエルとノクス様へと衣装を差し出す。ノエルは期待に満ちた目で私を見上げると、小さな手で衣装を撫でながら「これ、着ていいの?」と嬉しそうに尋ねた。


「もちろん!今日もあの時みたいにたくさん試して、一番気に入ったものを明日着る服として選びましょう?」


そう言うと、ノエルは無邪気な笑顔を浮かべ、手伝ってもらいながら衣装に袖を通していく。その姿を見つめていると、あの小さな身体がこうして特別な日の衣装をまとい、少しずつ成長していくのを感じた。


一方で、ノクス様はいつものように落ち着いた様子で、淡々と衣装に袖を通していた。彼の黒髪と金色の瞳に似合う色を考えて選んだ衣装が、彼の美貌をより際立たせている。


「どうかしら?着心地は悪くないです?」


私が問いかけると、ノクス様は鏡越しにこちらを見て、静かに頷いた。


「申し分ありません」


私はくすりと笑いながら、「それなら、よかったわ」と告げた。


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