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ロータル元騎士団長と私、ヴィヴィ、それから気になるのかついてきたノクス様と騎士団長リアム。私たちは、騎士団の騎士たちが過ごす建物の一室で話をすることにした。
「突然にもかかわらず、ごめんなさいね」
椅子に腰掛けながら、私はまずそう切り出した。ロータルは豪快に笑い、「問題ない、問題ない」と手を振る。
「それにしても……」
私はちらりとノクス様の方を見やる。
「やっぱり、私の愛する旦那様はとってもお強いのね」
その言葉に、リアムが嬉しそうに頷いた。
「そうなんです! 閣下の剣技はまさに無双、我が騎士団の誇りです!」
「ふっ飛ばしすぎたから、まだまだですけどなぁ」
ロータルはからからと笑いながら肩をすくめる。私とリアムの言葉に、ノクス様は相変わらずの無表情を保ったままだったが、ほんの僅かに耳が赤くなっているのを私は見逃さなかった。
(ふふ……!照れてるのかしら)
しかし、次のロータルの言葉で気を引き締めたのか、ノクス様は私の方へ向き直り、真摯な態度で口を開いた。
「先ほどは申し訳ありませんでした、アイリス」
「大丈夫ですわ」
私は微笑んで答える。
「そもそも私があんなところにいたのがいけないのです。それに、いざとなれば魔法でどうにかできたし、ヴィヴィもいましたからね。結果的には、ロータルが助けてくれましたし」
そう言うと、私の可愛い旦那様はまだ申し訳なさそうな表情を崩さない。
(なんて真面目なのかしら)
そんな彼を見て、私は少しお茶目な口調で続けた。
「でも、今日初めてノクス様が剣を振るう姿を見ましたが、とても美しくて素敵でしたわ。さすが私の素敵な旦那様!」
ノクス様の金色の瞳がわずかに揺れる。
「だから、また見せて欲しいのです。それまでにもっと頑張ってくださいね?」
そう言って、私はにっこりと微笑む。
ノクス様は一瞬きょとんとした後、ふっと小さく息を吐いて「……わかりました」と短く答えた。
そんな私たちのやりとりを見ながら、ロータルとリアムが揃って笑う。
「いやあ、仲が良くて何よりだ」
「本当に、こんな閣下を見るのは初めてですよ」
周囲にいるのは、気のおけない者たちばかり。そのおかげか、ノクス様も少しだけ気安い雰囲気を纏っていた。
(こういう時間も、悪くないわね)
私はそう思いながら、改めてノクス様の横顔を見つめた。
◇ ◇ ◇
「さて」
ロータルが腕を組みながら、こちらを見て問いかける。
「それで、私に何の用ですかな?姫殿下」
私はにっこりと微笑み、素直に答えた。
「そろそろノエルの誕生日が近いの。それで、プレゼントを考えていたんだけれど、子供用の剣にしようかと思って」
その言葉に、ロータルが目を細めて「ほう」と興味深そうに頷いた。
「それで、ノクス様の剣も昔あなたが用意していたと聞いたから、おすすめの剣職人はいないかと思って、直接聞きに来たのよ」
私がそう続けると、聞いていたリアムは「ああ、ロータルさんの知り合いならそれは良い職人がいるな」とすぐに相槌を打った。
しかし、その瞬間——。
ちらりと隣を見ると、ノクス様の表情が僅かに固くなった気がした。
(……ん?)
ほんの一瞬だったが、確かに彼の金色の瞳に影が差したように見えた。しかし、すぐにいつもの無表情に戻る。
(なんだろう?何に反応したの……?)
気になりつつも、今は話を進めることにする。
「一応、ノクス様にも確認しておこうと思ったんですけれど、ノエルに剣を贈るのは問題ないかしら?」
私が尋ねると、ノクス様は少しの間を置いてから静かに頷いた。
「構いません」
その返答を受けて、私は本格的に剣をプレゼントすることを決めた。
(ノエルに剣を贈ることに反応したわけではないみたいね……)
ロータルはしばらく考え込んだあと、「領地の城からそう遠くない場所に、良い職人がいる」と教えてくれた。
「ただ、その職人はある程度良い素材を使いたいというこだわりがありましてなぁ。だから、素材集めが難航するかもしれん」
その言葉に、私は微笑を深めて即答した。
「問題ないわ。うちの商会を総動員して集めるし、もし危険が伴う希少価値の高いものであれば、私が直接取りに行くから」
一瞬、場が静まる。
ロータルをはじめ、ノクス様にリアムまでが驚いたようにこちらを見た。ちなみにヴィヴィは「わぁ、楽しそうですねぇ」といつも通りだ。
「……いや、お待ちくださいませ、姫殿下?」
リアムが困惑したように口を開いたが、私は気にせず、ロータルへ視線を戻した。
「とりあえず、その職人を紹介してほしいわ。お願いできるかしら?」
私の言葉に、ロータルは数秒の沈黙のあと、再び豪快に笑った。
「ははは! 本当に面白い姫君だ! よし、わかった。その職人を紹介しよう!」
こうして、ノエルへの誕生日プレゼントのための剣作りが本格的に動き出すのだった。
◇ ◇ ◇
そんなわけで、現在私は城から少し離れた、紹介してもらった剣職人のもとへと来ていた。
もちろん、一人で……と言いたいところだけれど、今日は私の愛する旦那様も一緒だった。
隣に立つノクス様は、深くフードを被っており、その表情はうかがえない。しかし、姿勢の良い佇まいや、ゆったりとした歩調から、周囲に威圧感を与えることなく、それでいて貴族としての威厳を失わない雰囲気を纏っている。
彼は、剣のメンテナンスをしてもらうついでと言ってついてきたのだった。そのため、今日は私とノクス様、そしてヴィヴィの三人で行動している。ヴィヴィはのんびりとした口調で言った。
「どんな職人なのか、楽しみですね〜」
「そうね」
私も軽く頷きながら、目の前の工房へと入った。
工房の玄関は店舗のようになっており、壁際には様々な種類の剣が並べられていた。それぞれが素人目で見ても美しく、手入れが行き届いている。ロータルが推薦するだけあって、確かな腕を持つ職人のようだ。
奥から、比較的若い男性が姿を現した。私たちの姿を見て、「こんにちは」と声をかける。
次の瞬間、彼の視線が隣にいるノクス様へと移り、あぁ、と納得したような表情を浮かべた。
「少々お待ちを」
そう言い残し、彼は奥へと戻っていく。
「師匠、お客様がいらっしゃいました!」
その声が工房の奥に響くと、重厚な足音が聞こえてきた。そして、現れたのはロータルと同じくらいの年嵩の職人だった。
彼は私とノクス様を見て、軽く鼻を鳴らしながら「ふぅん」と興味深げな表情を浮かべた。
「いらっしゃい。聞いてるよ」
低く渋い声が響く。
私は、その職人の鋭い視線を受け止めながら、改めてこの人物に依頼することへの期待を高めるのだった。




