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今日は、前々から進めていたブランド立ち上げの件で、ケイシーや彼女の部下たちと話をすることになっていた。その他にはジェラールも来ていた。彼は主にノクス様の補佐官をしているが、私が商会の話をここでするということを聞きつけて、見学したいと申し出てきた。特段断る理由もないので同席させている。


執務室にはすでにケイシーたち服飾人が集まっており、部屋の中には上質な布地や装飾品の見本が並べられている。私は椅子に腰を下ろし、彼らに向かって微笑んだ。


「では、話を始めましょう」


私の言葉に、ケイシーたちは一斉に頷く。まずは、以前からフルオーダーしていたノクス様とノエルの服の進捗状況について報告があった。順調にさまざまなデザインの服が仕立てられており、特にノクス様の衣装には威厳を保ちつつも柔らかさを加えた新しいスタイルを取り入れたという。ケイシーの部下の一人が、私の分も彼らの服と合わせて作成していると言い、それに「ありがとう」と微笑む。


次に話題は、黒を取り入れた服について移る。


「王国を含めた大陸の南側では、やはり黒に対する忌避感が根強いようねぇ。いきなり全面に取り入れるのは難しいと思うわぁ、姫様」


ケイシーの言葉に、私は過去のノクス様やノエルへの周囲の反応を思い出し、頷いた。黒髪の彼らは今でこそ認められつつあるが、それでも偏見が完全になくなったわけではない。


「ただ、大陸の北側では少し状況が異なるみたいなの。北の帝国を中心に、黒に対する偏見は薄れつつあるようねぇ」


確かに北の帝国は大国であり、黒についての偏見を主に広めているといってもいいとある宗教の影響が強い南の国々とは異なる文化を持っている。私はふと、ジェラールが以前北の方の国に滞在していた際、黒髪の人物と行動していたと聞いたことを思い出し、彼に問いかけた。


「そういえば、ジェラール。北の方の国では黒に対する扱いはどうなのかしら?」


ジェラールは少し考えるように顎に手を当てた後、ゆっくりと口を開いた。


「確かに、南ほどの忌避感はないようですね。特に最近、北の帝国の皇女の一人が黒髪の隣国の王子を婚約者に迎えたそうです。皇女は現皇帝にそれはそれは愛されている末娘と聞きます。その影響もあってか、黒という色に対する価値観も変わりつつあるのかもしれませんね……」


「なるほど……」


それは興味深い情報だった。黒髪の王子が婚約者に選ばれるということは、黒という色に対する見方が少しずつ変わってきている証拠かもしれない。


「では、どうしようかしら?」


私は服職人たちに問いかける。しばしの沈黙の後、若い職人の一人が手を挙げた。


「王国内ではなく、北の国々を中心にブランドを展開するのはどうでしょう?黒に対する抵抗感の低い地域から広めていくことで、やがて南にも受け入れられるようになるかもしれません」


「確かに…それはいい案ですね」


他の職人たちも頷き、意見がまとまる。

続いて、黒の使い方についての話になる。


「いきなり黒一色の衣装を出すのではなく、まずは一部にアクセントとして黒を取り入れるのが良いのではないかしら。例えば、ドレスの裾にグラデーションとして黒を加える、あるいは刺繍やレースで黒を用いる形で試作品を作ってみるわね、姫様」


ケイシーからのその提案に、私は深く頷いた。


「それと、宝石を使うのも良いかもしれません」


ある職人が、テーブルに置かれた試作品を示しながら言う。その布には黒曜石のビーズが丁寧に縫い込まれ、黒の上品な輝きを演出していた。


「これは……」


私は手に取ってじっと眺めた。黒曜石が繊細に縫い込まれたドレスの装飾は、黒という色の美しさを見事に際立たせている。


「とても素敵だわ。この方向で進めましょう」


服職人たちは満足そうに頷いた。


「それと、広告塔としては私自身が黒を取り入れた服を着ることで、一種の流行を作るという形で様子を見ながら進めてみましょう」


そう告げると、職人たちは更なる意欲を見せた。


「もうそろそろ、フルオーダーの洋服も完成するわよ、姫様。仕上がり次第、お持ちするわねぇ」


「楽しみにしているわ、ケイシー」


そうして、今日の会議は満足のいく形で終わりを迎えた。

ふと、ケイシーは思い出したように口を開いた。


「そういえば、このブランドの名前はどうしましょうか?」


職人たちが興味深げにこちらを見る中、私は微笑んで答えた。


「もう考えてあるの。『シャノワール』と名付けるわ」


その言葉に、職人たちが静かに耳を傾ける。


「意味は、遠い国の言葉で黒猫という意味なの。私の愛する旦那様と息子は黒髪に金眼で黒猫のようだと思って。これでどうかしら」


(まぁ、遠い国というか前世の国の言葉だけど…)


私の言葉に、職人たちは頷き、それぞれ納得したような表情を浮かべた。

こうして、ブランド『シャノワール』の名のもと、新たな挑戦が始まるのだった。



◇ ◇ ◇



次の日、私とノクス様とノエルは完成したばかりの別館に足を運んでいた。今日は別館が完成してから迎えるノクス様の仕事の休みの一日だった。


私の今日の装いは、少し動きやすめのストンとした華美な装飾がない緑の生地のドレス。ノクス様も同じくカチッとしていないシャツにズボンという軽やかな服装だ。身につけているネクタイの色は緑。

それを見て、最近になってノクス様が私とノエルの服装の色合いを気にするようになったことを思い出す。


朝、ライナーがたまに私たちの服装について尋ねてきていたが、どうやらその情報をもとにノクス様は自身の服を選んでいるようだった。その行動が愛らしく思えて、私は思わず微笑む。


(この前のお揃いが嬉しかったのかしらね)


ノエルの装いは薄い黄緑のシャツに、私と似た色合いの緑の膝丈のズボン。彼の可愛らしい姿を見て、改めて家族がこうして揃っていられることに喜びを感じる。


(はぁぁ、今日も私の愛する旦那様と息子は可愛らしいわぁ)


「今日は何をします?」


私がそう問いかけると、ノエルは目を輝かせながら図書館の方を見やった。


「今日は騎士物語の続きを読む!」


騎士物語がお気に入りらしい。ノクス様も少し考えるようにしてから、「私も図書館の二階で少し研究をしたいです」と呟いた。どうやら今日も二人は図書館で過ごすつもりらしい。


(二人とも本が好きね…。図書館を気に入ってくれたようでよかった)


私はそんな二人を微笑ましく思いながら、「わかったわ」と返事をした。


「アイリス様は何をするの?」と、ノエルが私を見上げて尋ねる。


私は微笑んで、「今日は食事を作るから準備をするわ」と答えた。


その言葉に、ノクス様とノエルは同じような期待に満ちた表情を私に向ける。まるでお揃いのようなその顔が可愛らしくて、私は思わずくすりと笑ってしまう。


「頑張りますね?」


そう言ってから、私たちは別館の中へと足を踏み入れ、それぞれ好きな場所で過ごすこととなった。



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