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暖かな朝の光が、厚手のカーテンの隙間から差し込んでいた。

私はぼんやりと目を開け、ゆっくりと瞬きをする。目に映る景色がいつもと違うことに気づき、ほんの少しだけ驚いた。

 

(そういえば……昨夜はこっちの寝室で、家族三人で眠ったんだったわね)


ふわりとした黒髪が隣に揺れている。小さな寝息を立てる愛らしいノエルの姿を確認して、私は自然と頬を緩めた。昨日までは、ノエルと二人で眠るのが当たり前だった。


(………でも)


視線を感じ、そちらに目を向ける。

黒髪に金の瞳。その瞳が、静かに私を見つめていた。


「……っ」


まるで絵画のような、美しく、どこか現実離れした光景。


(朝日を浴びる黒髪の美形……。最高に素敵な光景を朝から拝めるとは……)


「……おはようございます、ノクス様」


驚きを隠しつつ、私は微笑みながらそう言った。彼は一瞬、きょとんとした顔をした。

そのまま少し考えるような仕草を見せて挨拶を返してくれた。


「……おはようございます、アイリス」


低く、落ち着いた声。綺麗なその声に、くすぐったいような気持ちになる。


(ちゃんと名前で呼んでくれるのね…)


昨日、お願いしたことを素直に守ってくれるその姿に、優しい人だと心が温かくなった。


「よく眠れましたか?」


寝起きの穏やかな時間を壊さぬよう、小さく問いかける。

ノクス様は一瞬だけ視線を落とし、私の問いに答える前に、小さな寝息を立てるノエルへと目を向けた。


「……はい」


言葉少なに返しながらも、その視線はどこか柔らかい。それが嬉しくて、私はまた微笑んだ。


「……ん……んぅ……」


ノエルが、もぞもぞと小さく動いた。

ぱちりと目を開ける。少しだけぼんやりとした表情。


「おはよう、ノエル」


私が声をかけると、まだ寝ぼけた様子で口を開く。


「……おはよ……」


呂律の回らない、小さな声。思わず微笑ましく思いながら頭を撫でると、ノエルはようやくまばたきを繰り返し、ぼんやりと視線を巡らせた。

そしてふと、彼の視線がノクス様へと向かう。

途端に動きを止めた。


まるで、夢を見ているのか現実なのかを確かめるように、じっとノクス様を見つめるノエル。

ノクス様もまた、その視線を静かに受け止める。

小さな沈黙。


「……おはようございます、お父様」


そう言った。


ノクス様がほんのわずかに目を見開く。


「……おはよう」


短く、けれど確かに優しく、彼はそう返した。


その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。


(ふふっ、家族って、いいものね)


私は、そっと目を細めた。



◇ ◇ ◇


ノクス様に1日休暇を与えて休ませるということを私が実行してから、少し経った。相変わらず、私の愛する旦那様の仕事量は多く大変だが、家臣たちも補充されてきて、だんだんと改善されてきている。1週間に1回は休みの日が作られ、その日は家族みんなで過ごした。外に出るのはまだ、ノクス様もノエルも難しそうだったため、基本は城の中で過ごしていた。


そして今、私は新しくなった別館の前にノクス様とノエルと立っている。


「アイリス様!すごい!」


「…………すごいですね」


「ふふっ!でしょう?」


生まれ変わった別館を前に感嘆の声を上げるノエルとノクス様。そんな二人にイタズラっぽく微笑んで、「さぁ中へ入ってみましょうか!」と二人の手を取り入口へと進んだ。



すべての始まりは、私の何気ない思いつきだった。外に出るのが難しいノクス様とノエルのために、城内でより快適に過ごせる場所を作れないかと考えたとき、ふと、今は使われていないあの別館が頭に浮かんだ。あの場所には、ノクス様とノエルが過ごした記憶が染みついている。だからこそ、どうせなら彼らにとって新しい思い出を築く場所に生まれ変わらせることができないかと考えた。


ノクス様と相談しながら、計画を立てた。まずは別館の解体作業から始め、完全に更地にすることにした。


正直、まっさらにして作り直すのと、今ある状態で改装するのとで悩んだ私。ここは二人に聞いてみて、その反応次第で決めようと彼らに別館への想いを聞いてみた。


ノエルは「ん〜、今はあんまり覚えてない」と呟き、でも「今の方が楽しい!」と満面の笑顔で伝えてくれた。対するノクス様は、いつもと同じ無表情で沈黙し「……特には」と私のやりたいようにすればいいという返答だった。もう少し聞いてみようと思った私は、あの別館はあなたにとってどんな場所だったか教えて欲しいと聞いてみた。すると彼は少し思い出すようにして考え込み、「私もあまり良い思い出はない場所……ですね」と言った。その表情は変わらず無表情のように見えたが、目の奥では深い悲しみが見えたような気がした。


(辛い記憶を思い出させてしまったのかしら……)


あの別館でノクス様がどのように過ごしていたのかはわからない。しかし、彼の深い悲しみの色を感じて、未だに数多くの苦しく孤独な記憶が残っているのかもしれない。

そんなに辛い記憶を呼び起こす場所なのであれば、思い切って建て壊し、新たに自分たちが楽しく過ごせる別館として立て直すのはどうだろうかと私は提案した。その提案にノクス様とノエルは同じような顔できょとんとしたが「いいんじゃないか」と同意してくれた。


そうして、解体されることとなった別館。建物が取り壊されていく様子を見つめるノクス様の横顔は、どこか不安そうだ。


「……本当に壊すんですね」


ノクス様がぽつりと呟く。


「えぇ、壊しますわ。そして、ここはもう新しい家族のための場所になるの」


そう告げると、彼は小さく息を吐き、静かに頷いた。


そこからは、建築に関わる家臣たちや私の商会の者たちと打ち合わせを繰り返しながら、細かい設計を決めていった。別館は家族だけが過ごせるこじんまりとした空間に、そして隣には図書館を本好きなノクス様とノエルのために特別に造ることにした。


そしてついに、別館と図書館が完成した。


新しい別館は、優しい淡い緑色の外壁に、暖かな茶色い木の扉。窓は大きく、陽の光を存分に取り込めるように設計されている。入口をくぐると、広々としたリビングが広がり、ふかふかのソファや、特注の座り心地の良い椅子が並んでいた。キッチンも備え付けられており、私が自由に料理を楽しめるようになっている。


(ヴィヴィにもまた私の料理が食べたいと言われていたし、ここで作れるのは楽しみだわ)


その隣には、館と通路で繋がる二階建ての図書館が佇んでいた。外装は別館と同じく温かみのあるデザインで、内部は本の香りに包まれた静謐な空間だ。本棚は壁一面に設置され、内部にも迷路のように設置されている。そしてそこを、吹き抜けの天井が開放感をもたらしていた。ゆったりと読書できるように、柔らかなクッションや暖炉のある読書スペースも設けた。また、本棚へ行ってすぐに本を読みたい時のために、本棚のところどころにはさまざまなソファーや座席を置いてみていた。2階はロの字に廊下が設置され、そこから吹き抜けの1階をみることができるようになっている。壁には本が並んでいるが、それぞれスペースがあって部屋のように区切られていた。


すべてが整ったとき、私は改めて深く息を吐いた。


「これでよし、と」


新たな別館と図書館は、過去の傷を抱えたまま、それでも前を向くための場所として生まれ変わったのだ。



◇ ◇ ◇



そうして完成した別館と図書館を巡る日がやってきた。


二人の手を繋いで、入口へと向かう。私は両手が塞がっていたので、ノクス様が玄関の扉を開けると、まず広がったのは暖かな雰囲気に満ちた空間だった。柔らかな色合いの内装に、足元にはふかふかのカーペット。奥には2階へ続く階段があり、右の通路の先は、そのまま図書館へと繋がる道となっていた。


「どこから見たいですか?」


二人に問いかけると、即座にノエルが「図書館!」と答える。予想通りの反応に微笑みながら、3人で右の通路を進んだ。


扉を開けた先には、圧巻の光景が広がっていた。天井まで届きそうな本棚が整然と並び、ところどころにソファーや椅子が備え付けられている。長椅子のような形状のソファーもあり、本を読みながらそのまま眠ることもできそうだった。新しい別館を囲むように木々を配置しているため、大きな窓から差し込む陽の光が温かさを演出している。


「わぁ……!」


ノエルが駆け出してその光景を眺め、小さな手を胸の前で握りしめて目を輝かせる。そして私の横で、ノクス様は声こそ出さないものの、静かに辺りを見回していた。表情こそ変わらないが、その金の瞳がわずかに見開かれている。


「ふふ、まだまだ仕掛けはあるんですからね?」


くすりと微笑み、私は二人を先へと導いた。


1階は本棚がひしめきつつも、さまざまな場所に読書スペースを設けていた。迷路のように本棚が並び、中央部分は吹き抜けになっている。2階へ視線を向けると、そこにはいくつかの部屋が見えた。


「1階は、気軽に本を読めるように設計しました。どこでも座って読めるし、好きな場所でくつろげますわ」


そう説明しながら階段を上り、2階へと案内する。2階の部屋はそれぞれ仕切られており、学術書を読むための机が置かれた部屋、仮眠が取れるベッドのある部屋、さらには研究や実験ができる部屋まで用意していた。


「2階には専門的な本を置いてあります。より深く知識を吸収できるように、用途に合わせた空間を作ってみました。例えば、ここは実験や研究ができるスペースなんですよ?」


そう説明すると、ノクス様がゆっくりと視線を巡らせた。


「……学術書や魔法関係の論文が多い部屋なのですね」


「ええ。ノクス様はこういうのが好きでしょう?だから、実際に試せる環境を整えてみました」


その言葉に、ノクス様の表情がわずかに綻ぶ。そして、ぽつりと「ありがとうございます…アイリス」と呟いた。


「当たり前のことですわ」


私がそう言うと、息子と旦那がそろって私を見つめた。


「愛するノクス様とノエルのためなら、私はなんでもできるし、なんでもしてあげたい。あなたたちが喜んでくれる姿が、私にとって一番嬉しいのですから」


そう言って笑顔で見つめ返すと、二人は揃って嬉しそうに頷いた。


次に、3人で洋館側へと移動する。


1階は広々としたリビングスペースで、柔らかな光が降り注いでいた。その隣にはキッチンが設置されている。


「ここでご飯を食べたり、のんびり過ごすのもいいですね」


私がそう言うと、ノクス様が「アイリスは料理をするのですか?」と問いかけてくる。


「こう見えて、結構得意なんですよ?」


少しお茶目に返すと、ノエルが「食べてみたい!」と目を輝かせた。


「じゃあ、次のノクス様のお休みの日はここで過ごしましょう。そのとき、私が料理を作りますわ」


「……楽しみにしています」


短く答えたノクス様は、どこか微かに期待しているようにも見えた。


2階へと上がると、それぞれの個室が並んでいる。他にもいくつか部屋があり、将来的に使えるよう多めに用意していた。


「こうして見てみると、全く違う場所になったわねぇ」


満足げに呟くと、ノクス様とノエルも静かに頷く。


「いい仕事をしたわ!」


新たな別館と図書館は、家族のための温かな居場所として生まれ変わったのだった。



別館の改装をいきなり手がけてしまうアイリスさんでした!全てはひとえに愛する黒髪旦那と息子のために!



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