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あの後、ライナーが執事長となったジェフリーと話をしていた。
「お久しぶりです。ジェフリーさん」
ジェフリーは、その声に振り向きにこやかに微笑む。
「おや、この前の孤児院で会った時以来かな?こうしてこの城で会えるとは嬉しい限りだ。しっかりと坊ちゃんを支えているようで何より」
それに対し、ライナーは苦笑しながら「自分はまだまだです。ぜひ色々と教えてください」と頭を下げる。
「ふふ、頼もしいことだ。一緒にこの城と坊ちゃんを支えていこう」
そう言って手を差し出したジェフリーに、ライナーは嬉しそうに微笑みながらしっかりと握手を交わした。そのやり取りを見て、私はこの城が少しずつ、より良い場所へと生まれ変わっていくのを感じていた。
私が話をした五人の家臣たちは、彼らが声をかけた他の領地内に残っていた元家臣たちと共に城へ戻ってきてくれて、現在は他の家臣たちや使用人を指導しながら、徐々に城の体制を整えつつある。
そんなある日、ノクス様の仕事量を確認した家臣の一人が「これは多すぎる、補佐官を置くべきではないか?」と私に話を持ちかけてきた。なぜ私に話をしてくるのかというと、その手の話はノクス様が聞かないからだそうだ。
(まぁ、自分のことには無頓着だものね…私の可愛い旦那様は)
その時、ちょうど一緒にいたジェフリーが「姫殿下、それなら私の孫はどうでしょうか?」と提案する。
「あなたの孫……?」
私はジェフリーの言葉に少し驚きながらも、その人物について尋ねた。ジェフリーは静かに頷くと孫について語り出した。
「あやつはことのほか優秀でして、学園都市のあの学園を主席に近い成績で卒業しております。姫殿下も通っていらっしゃった学園ですので、あやつは姫殿下の先輩に当たりますな」
「あら、あの学園で?」
「ええ。卒業後はしばらく他国で自由気ままに行政に携わっていた様ですが、最近領地に戻ってきたのです。特段やることもないと言っておりましたので、微力ながら力になれるのではと」
私は学園時代のことを思い出しながら、ジェフリーの孫について考えた。確かに、あの学園の卒業生であれば、能力は保証されているようなものだ。
その時、しばらく別行動を取っていたレオが戻ってきた。「姫さん、ただいま〜」と気軽な口調で私に声をかける。
「なんか、城に人が増えたか?それにこちらの御仁は?」
「えぇ!領地に残っていたノクス様が城から出したという例の人たち、彼らを呼び戻したのよ。こちらは執事長を務めてくれているジェフリーよ」
レオは初対面となるジェフリーに簡単に挨拶を交わした。
「何の話をしてたんだ?」
レオが興味を示しながら尋ねる。私は「ジェフリーの孫をノクス様の補佐官にするのはどうかという話よ」と答える。ジェフリーから孫の名前とその詳細を聞いたレオは「あっ」と驚いた表情を見せた。
「その名前、つい昨日に俺が知り合った人の名前だな。領地内で偶然出会って、少し話をしたんだよ」
驚いた私が詳しく聞くと、レオはこう続けた。
「なんでも領地で生まれ育ったから家族に会いに戻ってきたって言ってたな?それに、姫さんと俺たちがビオラ嬢やカトレア嬢と学園時代に作成した論文にも興味を持っててさ……」
「論文?なんの?」
「ほら、あれだよ。空間転移の魔法理論について」
私は思わず息を呑んだ。その論文は、私が親友たちと共に考え、研究を進めたものだった。今もなお私の領地であるイリス領で実験段階にあるが、そろそろ実用化が可能なのではと期待されていた。
「なるほど……」
さらにレオは、「それに、あの人は黒髪に偏見を持ってないみたいだ。他国で閣下と同じ黒髪の人と過ごしていたらしくて」と続けた。私は、その人物がノクス様の補佐官として相応しいのではないかと確信した。
「ジェフリー、悪いけど彼を呼んでもらえるかしら?」
「もちろんです。かしこまりました」
翌日、現れた孫は、ジェフリーに似た爽やかな青年だった。私を見て、丁寧に一礼し穏やかに挨拶する。
「姫殿下、お初にお目にかかります。ジェラール・カーライルと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。話は聞いているわ」
彼と話してみると、イリス領にも興味を持っており、また空間転移魔法についても個人的に興味があるようだった。私はそんな彼に提案する。
「よければ私の旦那様の補佐官として、この城に留まってもらえないかしら?イリス領やあの論文について知りたいのであれば、いつでも教えるわ」
彼は少し考えた後、にこやかに言った。
「姫殿下がそうおっしゃるのであれば、ぜひお引き受けしたいです」
「ジェラールさん、イリス領については俺が実質回してるところも多いし、色々教えますよ」
そうレオが口を挟み、ジェラールと固く握手を交わす。ちゃっかり「色々考えてることあるんで手伝ってくださいよ」と頼み込んでいるレオ。それに「本当か!楽しみだな」と返すジェラール。その様子を見て、私は「二人は馬が合いそうね」と微笑んだ。
そして、ジェラールをノクス様へ紹介する日がやってきた。
「ジェフリーの孫が私の補佐官に?」
私の提案を聞いたノクス様は、静かに彼を見つめた後、「ジェラールの孫なら問題はない。君が私の様なものにも仕えたいというのであれば、私も構わない」と応じる。すると、ジェラールは「是非ともよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。
それから、補佐官として城に留まることになったジェラールは非常に有能で、ノクス様の仕事を適切に整理し、より効率的に進めることに成功した。その結果、ノクス様の負担が軽減され、少しずつ余裕が生まれたのだった。
◇ ◇ ◇
午後の陽が傾きかけたころ、私はノエルと並んで床に座り、ノエルの自室で一緒におもちゃで遊んでいた。このおもちゃは、私の商会が開発した教育系のもので、簡単な文字や数字を学べる立体パズルだ。本来なら四〜五歳向けのものだが、ノエルはやはり物覚えが早く、最初の説明を聞いただけで仕組みを理解すると、夢中になって遊び始めた。
「うん、そう。そこをこうするとぴったりはまるのよ」
「……できた!」
嬉しそうに目を輝かせるノエルの姿は、見ているだけで心が温まる。彼の小さな手が器用にピースを組み合わせ、時折こちらを見上げては、誇らしげに微笑むのがたまらなく愛しい。
(はぁぁ。本当に可愛い。こういうのを尊いっていうのよ。本当に尊いわぁ)
こうして、昼間はノエルと過ごし、夜にはノクス様も入れて家族三人で食卓を囲むのが最近の習慣になりつつあった。
城の状況が整い始めたこともあり、最近は私の自室ではなく、ちゃんと城の食堂で夕食をとるようになった。食堂には、ジェラールやノーラ、それにアンドレアが選んだ使用人たちが控えている。彼らは選ばれた者たちであり、黒髪のノクス様やノエルに対して不躾な視線を向けることは決してない。そのため、食堂での食事も随分落ち着いてできるようになった。
ノクス様も、ここではフードを外している。もちろん私がお願いした。その美しい黒髪と金色の瞳が燭台の光に照らされ、改めて見惚れるほどの美貌だと思う。
(ん〜!今日も素敵な私の旦那様)
食事が始まり、私はノエルのために食事を小さく切り分け、スプーンで口元へ運んでいた。彼は素直に口を開けてくれる。
「はい、あ〜ん」
「あ〜ん!」
この流れももう何回も繰り返しているが、ノエルは飽きてこないらしい。毎回嬉しそうにしている。もちろん、全てを手伝うのではなくて途中からはしっかりと自分で食事をしていた。
私がノエルに食べさせていたその時、何気なく視線を向けると、ノクス様がこちらを見ていた。普段と変わらない無表情だったが、私は気づいた。
(すっごくみてるわね…?羨ましい…のかしら?)
彼は自覚していないかもしれないが、最近私は彼の感情がなんとなく分かるようになってきた。他の者たちは相変わらず無表情な彼のことを「閣下は何を考えているか分からない」と言っているので、どうやらそれができるのは今のところ私だけらしい。
思わず口元を緩めた私は、ノクス様の目の前でフォークを手に取り、小さく切った料理を刺した。
「はい、ノクス様。あーん」
……沈黙。
私の可愛らしい旦那様は目を丸くし、明らかに戸惑っている。座っていたノエルも、見たことのない光景に驚いたように私とノクス様を交互に見つめていた。使用人たちも静かに控えているものの、どことなく緊張した空気が漂っている。
私はその空気をものともせず、フォークをノクス様の口元へ近づけた。
「はい、どうぞ?」
ノクス様はしばらく戸惑っていたが、やがて意を決したように口を開いた。フォークの先から料理を口に含み、ゆっくりと噛む。
「……美味しいですか?」
私が微笑んで尋ねると、ノクス様は少し照れたように視線を落とし、無言でこくんと頷いた。その口元は、飲み込んだあと、微かにほころんでいた。
(か…可愛いっ!!なんて可愛いの!可愛すぎこの旦那様)
後で聞いたらその場面を見守っていた使用人たちは、無表情なノクス様が何を考えているのかわからず焦ったと言っていた。
(あら。嬉しそうにしてたけど)
あの表情をもっと引き出したい。私は心の中で密かに決意する。
またやってあげよう、と。
だいぶアイリスの周りに人が増えてきてちょっと混乱してきている作者です。引き続きお楽しみいただければ幸いです!




