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応接室の扉を開けると、年嵩の五人の男性たちが静かに立ち上がり、一斉に私へと頭を下げた。


「顔を上げてちょうだい」


そう告げると、彼らはゆっくりと姿勢を正し、こちらを見つめた。彼らの表情は一様に落ち着いていたが、その瞳の奥にはさまざまな感情が交錯しているように見える。彼らはかつて、テネブレイド辺境伯家に長年仕えていた者たち。彼らに微笑んで私は応接室の中へと入った。その後ろから、ノーラとヴィヴィ、アンドレアの三人が部屋へと続く。


今日は、以前から考えていたこの城の人員補強、及び執事長を務めてもらいたいジェフリーとの面会の日だった。いつも私が過ごしている当主家族の部屋のエリアからは外れた、城の応接室の一室。そこで私は彼らと対面していた。

応接室に備え付けられた長机の椅子に腰を下ろし、私の隣にはノーラが座る。そして私の後ろにヴィヴィとアンドレアが控えている。向かいの男性たちもそれぞれ席についた。私の正面に座る、端正な顔立ちの白髪交じりの男性が、深々と礼をしながら口を開いた。


「アイリス姫殿下、お初にお目にかかります。ジェフリー・カーライルと申します。このような場を設けていただき、誠に光栄です」

「こちらこそ、お忙しい中お時間を取らせてしまって申し訳ないわ」


私がそう微笑むと、彼は穏やかに目を細めた。隣のノーラは静かに座っていたが、ジェフリーの隣にいる男性の一人がふっと口元を緩めた。


「それにしても、ノクス坊ちゃんはまた随分とお美しい姫をお迎えしたものだ」


軽妙な声に、ノーラが即座に睨みを利かせる。


「ロータル!無礼ですよ」

「はっはっは、申し訳ない。つい、感心してな。だが、確かに美しいのは事実だ」


愉快そうに笑う彼に、私は特に気にした様子もなく「ありがとう」と微笑んだ。それにノーラはため息をつきながらも、苦笑を漏らした。


「さて、本題に入りましょう」


私は姿勢を正し、真向かいに座る元家臣たちを見渡す。


「今日、皆さんにお集まりいただいたのは、城に戻ってきてもらえないかとお願いするためです」


その言葉に、一瞬の静寂が訪れた。だが、彼らの反応は驚きではなく、納得したような表情を浮かべる者が多い。あらかじめノーラから少し詳細は聞いていたのだろう。やがて、先ほどの軽口を叩いたロータルが肩をすくめながら言った。


「こんな年寄りにできることがあるのかねぇ?」

「もちろんありますわ、ロータル元騎士団長」


私がそう告げると、ロータルは目を丸くした。


「よくご存じで」

「今の騎士団には若い者が多いと聞いています。彼らには、あなたのような経験を積んだ者の指導が必要だと思うのです」


私は、ノクス様に騎士団のもとへ連れて行ってもらったときのことを思い出した。現在の騎士団は数年前の大規模な入れ替えを経て、若手が中心となっている。ほとんどがこの領地で生まれ育ち、領地のために尽くしたいと願う者たちだった。

彼らの筆頭に立つのが、現騎士団長——ノクス様より十歳ほど年上の、明るくおおらかなリアムという男性だった。ノクス様は騎士たちから厚く信頼されており、リアムもまたノクス様を尊敬しているらしかった。


挨拶をした際に対面した騎士たちの中には、視察先でノクス様に同行していた者たちもいた。彼らは、ホテルでの出来事を騎士団内に伝えたらしく、私が騎士団の騎士たちに挨拶をした際には、なぜか騎士たちから温かく迎えられた。その様子に、私は「ノクス様は本当に慕われているのね」と、心が温まったものだ。


だが、当の私の旦那様はというと、騎士たちが自分に対してなぜ友好的なのか、まるで理解していない様子だった。ただ無表情に彼らを見つめ、特に何かを感じ取る素振りもなかった。


(きっと、慕われていることにに気づいていないのね)



そんなことを思い出しながら、私は元騎士団長のロータルをじっと見つめた。


「騎士団と私の旦那様には、あなたのような方が必要です。どうか、手を貸していただけませんか?」


しばしの沈黙の後、ロータスは豪快に笑った。


「まったく、こんな美しくて強かな姫様に頼まれてしまったら、断る理由がないな」


そんなロータスに微笑んで頷き、私は目の前にいるジェフリーに向き合う。


「ジェフリー、あなたには執事長を引き受けてもらえないかしら?」


私がそう切り出すと、正面に座るジェフリーは深く頷き、柔らかく微笑んだ。


「お引き受けいたしましょう」


他の者たちも、それぞれ城に戻って力になると誓ってくれる。この城を離れたのは、彼らの意思ではなく、ノクス様が「彼らを解放するため」と決断した結果だった。だからこそ、彼らを戻すことにノクス様は抵抗があるのではないかと私は考えていた。しかし、今の城には人手が足りない。何より、若い使用人や家臣たちには指導者が必要だと思うのだ。


「最初は申し訳ないんだけど、実務も担ってもらうことになると思うの。でも、いずれはあなた方には次の世代を育てていく仕事を任せたいわ」


彼らが戻ることで、新たな家臣たちが育ち、城が本来の姿を取り戻す――そう確信しながら話を進めていくと、応接室の扉が控えめにノックされた。


(あら?ちょうど良いタイミングね)


「どうぞ、入ってくださいな」


入ってきたのはライナーに連れられたノクス様だった。


「……坊ちゃん」


誰かが驚いたように呟く。

どうやら、ノクス様はライナーから私が呼んでいるとしか聞かされていなかったようだ。当主家族の部屋のエリアから出たためか、今日もフードを深く被っている。

フードの奥、金色の瞳が戸惑いに揺れていた。立ち上がった私は、迷うことなく彼の手を取った。


「お仕事中にごめんなさいね?こちらですわ、ノクス様」


驚いた様子の彼をそのまま部屋へ引き入れる。元家臣たちはその様子を、一様に嬉しそうに目を細めていた。


「……お久しぶりです、ノクス坊ちゃん」


ジェフリーが、静かに穏やかな口調で、口を開く。


「……ああ」


ノクス様が短く答えたその瞬間、隣からロータルが破顔して「これまた随分と男前になったな!」と軽快に笑った。それにも、ノクス様は小さく頷くだけだったが、口元がほんのわずかに緩んだように見えた。


(やっぱり、ノクス様にとっても懐かしい人たちなのね)


そう確信した私は、迷うことなく手を伸ばし、ノクス様のフードを外した。


「……っ」


ノクス様の肩がわずかに揺れる。


「この部屋には、あなたを知っている人しかいませんわ。だから、もうフードはいらないでしょう?」


黒髪がさらりと揺れ、金色の瞳がわずかに揺らぐ。少し乱れた黒髪を私はそっと直してあげた。


「……わかりました」


ぼそりと呟いたノクス様の横顔に、元家臣たちは言葉なく微笑みを浮かべていた。


「彼らには、この城に戻ってきてもらうことになりましたの。勝手にごめんなさいね?……でも、彼らはノクス様とこの城のために快く引き受けてくれましたわ。今後、直接指導者となって、次の世代を育ててもらうために」


「……ですが」


ノクス様の声は、ほんの少し、不安げだった。

私は、そんな彼の手をそっと握る。


「大丈夫、大丈夫ですわ」


そう言って微笑むと、家臣たちもまた、静かに頷いた。

その光景を見つめたノクス様の瞳に、一瞬だけ、迷いが浮かび――そして、ふっと小さく息を吐いた。


「……すまない。よろしく頼む」


そう言った彼の声は、僅かに掠れていた。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、年嵩の家臣たちの表情が安堵に綻んだのを、私は見逃さなかった。


(これで良いわ。この城は、こうして徐々に本来の形を取り戻し始めるの)


元家臣戻ってまいりました…!黒髪が忌避されている中でも意外と周りにはノクスを慕うものが多いのです。それに気づいたのはアイリスですが、これからノクスもアイリスに教えてもらいながら気づいていくはずです。


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