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ノクス様とは私の部屋の前で別れたあと、しばらく私はノエルと一緒に過ごしていた。私の可愛らしい旦那様は、どうやら執務室へと戻り仕事を始めたようだった。


(疲れているでしょうに…真面目な人ね)


それからしばらくして、遅めの昼食の時間となった。いつも通り、自室でノエルと食事を取ろうと考えていたが、ふと、ノクス様も誘ってみようと思いつく。再会した時から、ノエルはまるで私から離れたくないかのように常にぴったりとくっついていた。その小さな身体を抱きながら、私はノクス様の執務室へと向かった。執務室の扉の前には誰もいなかった。そういえば、私の旦那様は王国でも有数の強さを誇ると聞いている。護衛をつけないのは、つける必要がないのと彼があまり人を置きたがらないからなのだろう。そんなことを考えつつ、軽く扉をノックし、中へと足を踏み入れる。


「ごめんなさい?邪魔したかしら?」


室内では、ライナーがノクス様に何かを報告している最中だった。おそらく、留守にしていた間の城の状況についてだろう。私の言葉に、ライナーはすぐに姿勢を正し、「姫殿下!問題ありませんよ」と答えた。


「そろそろお昼ご飯にしようと思うのだけれど、一緒にどうかしら?」


そう誘いかけると、ノクス様は一瞬驚いたようにこちらを見つめた。すぐに表情はいつもの無表情に戻ったが、それでも、わずかに目元が和らいで見えた。彼は無言のまま、小さく頷く。その仕草がどこか愛らしく、私は思わず微笑んだ。


(誘ってよかった…。私の旦那様ってば可愛いんだから)


そして片腕で抱いているノエルを支え直しながら、もう片方の手でノクス様の手を取る。


「行きましょう?」


繋いだ手は、少しひんやりとしていた。それでも、私が指を絡めると、わずかに力を込めるのが分かる。そのまま三人で、私の部屋へと向かった。


食事が始まると、ノクス様は不思議そうな顔をしながら、私とノエルのやり取りをじっと見つめていた。しばらく離れていた反動か、ノエルは私の膝の上から降りようとしない。甘えん坊な様子が可愛らしく、私は彼の背を優しく撫でながら、フォークを手に取った。


「あ〜ん」


フォークに載せた食事を口元へ運ぶと、ノエルは嬉しそうに目を輝かせながらパクッと頬張る。その様子に、私もつい顔を綻ばせた。


「……子供には、そうやって食べさせるものなのですか?」


旦那様の静かな問いに、私は彼の方へ視線を向けた。金の瞳が真剣にこちらを見ている。


「自分でできる時にはやらせます。全てを手伝うのは子供にとって成長を妨げてしまうこともありますから。でも甘えたい時もあるでしょう?そういう時はこうして食べさせてあげることにしてるんです」

「……そう、ですか」


旦那様はどこか考え込むように、再び私たちの様子を見つめる。その姿を見て、私はふと気がついた。


(もしかして、この人はこういった家族の営みを、幼い頃に経験したことがないのではないだろうか)


夫婦で食卓を囲むこと。子供が甘えながら食事をすること。優しく声をかけられながら、口元へ運ばれる食事を食べること。手を繋ぐことや抱きしめること。家族で会話することさえも。そのどれもが、彼には初めての光景なのかもしれない。胸が、少しだけ痛んだ。


私は再びフォークを取り、ノエルの口元へと運ぶ。ぱくりとそれを食べるノエルは、満足そうに微笑んでいた。そんな私とノエルのやり取りを見ながら、私の可愛らしい旦那様もまた少しずつ、家族というものに慣れていくのかもしれない。そんなことを思いながら、私は穏やかに食事の時間を過ごしたのだった。



食事を終えた後は、私はノクス様と共に食後のお茶を楽しんでいた。ノエルは私の膝の上で、私に抱かれて大人しくしている。食後にそのままノクス様を部屋に戻せば、彼はきっとまた執務に戻るのだろう。


(少しは休ませなくては…)


温かい香りが広がる中、ふと腕の中のノエルを見ると、彼は小さくあくびをしていた。ほんのりと上気した頬に、ゆっくりと閉じていく金色の瞳。しばらく私の膝の上で身を寄せていたかと思うと、ゆるりとうとうとし始めた。私は自然と彼の背を優しくトントンと叩く。規則的なリズムを刻むうちに、やがてノエルの小さな寝息が聞こえてきた。


そっと腕の中を覗き込むと、ノエルは穏やかな顔で眠っている。ふふっと小さく微笑みながら、私はいつものように彼を寝台へと運ぶことにした。静かに立ち上がり、ノエルの体が揺れないよう細心の注意を払って抱きかかえる。幼いながらも、体の温もりが心地よく伝わってくる。寝室へ向かうと、いつの間にかノクス様も一緒に後をついてきていた。


私は特に気にすることなく、静かに寝室の扉を開ける。そして寝台へとノエルをそっと横たえた。その額にかかった黒髪を指で払い、優しくキスを贈る。すると、まるで安心したかのように、ノエルは小さく身じろぎしながら、再び深い眠りへと落ちていった。


ふと気配を感じて顔を上げると、ノクス様がこちらをじっと見つめていた。興味深げな視線——けれど、どこか不思議そうでもあった。


そんな彼に、私はそっと人差し指を自分の口元に当てる。


「しぃっ……静かに」


小さく囁くように口の動きを合わせ、いたずらっぽく微笑む。旦那様は何か言いたげだったが、結局何も言わずに頷いた。


私たちはそっと寝室を後にした。



◇ ◇ ◇


その後、二人でティータイムを少し続けた後、ノクス様を解放してあげた。彼はやはり執務室へと向かっていったようだ。そうして私もノエルが寝ている間に、自分の執務を行うことにする。数時間経つとノエルが起きてきたので、また一緒に過ごす。今日はずっと私から離れるつもりはないようで、私の膝の上に座っていた。安心できるのであれば、そうさせてあげるのが良いと思い、私はノエルの好きにさせた。


夕食の時間になり、昼と同じようにノクス様も誘おうとしたら、ライナーがやってきて「執務が残っているから夕食は共にできない」と伝言をもらった。


(私が誘うだろうと思ってわざわざ伝言をよこすなんて、律儀な人)


彼の人柄を昨日から直に知っていき、私は自分の旦那様をより好ましく思っていた。そうして夕食はノエルと二人でとり、いつものようにノエルが眠るまで寝台のうえで一緒に過ごした。



家族で過ごす回でした…!


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