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夕食の時間は私と旦那様の二人で過ごした。私は自分の部屋の扉を開け、少し躊躇っている様子の旦那様の手を取る。「遠慮せずにどうぞ?」と微笑めば、旦那様は視線を伏せて小さく頷きながら部屋へと足を踏み入れた。


広々とした室内には、温かな灯りがともされ、6人がけのテーブルには綺麗に並べられた食事がルームサービスのように整えられている。私は自分の席につきながら、向かい側に立つ旦那様に目を向けた。


「閣下も、どうぞお掛けになってくださいな」


彼は一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、やがて諦めたように席についた。その動作はどこかぎこちない。静かな食事の始まり。私は食事をしながら、ふと今日の仕事について尋ねた。


「今日はどのようなお仕事をなさっていたのです?」


旦那様は一瞬、手を止める。金色の瞳がちらりとこちらを見たかと思うと、落ち着いた声で答えた。


「今回の視察は領地内の主要都市の状況確認のために赴いていました。なので、この商業都市が通常通り機能しているか、問題はないかを見て回ってきました」


その言葉に、食前にレオと交わした会話を思い出した。レオには視察に同行し、旦那様の仕事の様子を見てきてもらっていた。そこで彼の仕事ぶりを目の当たりにしたらしい。


「姫さんの旦那はすげぇに有能な御仁だったよ。人手が足りない中でも、この辺境伯領が問題なく機能しているのは、ひとえに姫さんの旦那の手腕のおかげだろうな」


レオのその言葉には確かな敬意が感じられた。レオは仕事ができる人間が好きだ。そんな彼は、今ごろヴィヴィと共にホテルの外へ食事に行っていることだろう。食べることが好きなヴィヴィに引っ張られる形で、きっと賑やかに食事を楽しんでいるに違いない。


そんなことを考えていると、何やら視線を感じた。視線の主を探ると、旦那様がじっとこちらを見ている。食事の手を止め、私を観察するような、そんな視線だった。


「どうかしました?」


穏やかに問いかけると、彼はすぐには答えず、ふっと視線をそらす。


「……いや」


それだけを言うと、再び食事を取り始めた。あまり人と食事を共にすることがないのだろうか。そう思いながら、私は微笑みを浮かべて食事を再開した。


(まだちょっと警戒している黒猫って感じかしら?普段と違う状況に戸惑っているみたい)


食事を終えた後、旦那様は席を立とうとした。そんな彼にせっかくだからと、お茶を勧めると、彼は再び少しだけ迷いながらも頷いた。


「ここのお茶は香りが良いのですよ」


私は湯気の立つカップを手に取り、ゆっくりと口をつける。その香りを楽しむ私を、旦那様は再びじっと見つめていた。


「……本当に、不快ではないのですか?」


ぽつりと零されたその言葉に、「自分と過ごすことを不快に思わないのか?」という質問だと捉えた私は、カップを置いて微笑んだ。


「ええ、先ほども伝えましたが、不快ではありませんよ?不快だったらこんな風に過ごしていないでしょう?」


旦那様は無表情のまま、考え込むように目を伏せる。そして、ぽつりと呟いた。


「……そんな方は、姫殿下が初めてです」


その言葉に、「やっぱり可愛い人」と思いながら笑ってしまった。



◇ ◇ ◇


お茶を飲みながら、話題は私が嫁いできてから主に行なっていた城の改革とノエルのことへと移った。


「城の内装をあらかた変えました。あとは私が連れてきた者たちもいたので、使用人の人員配置も見直しました。ライナーから閣下が好きにして良いと仰っていたと聞いたので。それから、家政婦長には閣下の乳母をされていたノーラを起用しましたわ」


私がそう言うと、旦那様は少し驚いた様子を見せたが、やがて小さく頷いた。


「……あなたの過ごしやすいようにしてくれて構いません」

「ありがとうございます。それと、私の部屋を閣下が用意してくださったと聞きました。本当にとても過ごしやすい部屋でした。ありがとうございます」


そう伝えると、旦那様は一瞬驚いたように目を瞬かせ、意外そうに呟いた。


「……あそこを使っていらっしゃるのですね」

「……?もちろんですわ。ライナーに案内されたのはあそこでしたし、とても素敵なお部屋でしたから」


私は微笑みながら言うと、さらに続けた。


「ところで、旦那様の部屋や、旦那様が関わる場所はまだ手をつけていません。帰ったら一緒に考えていただけませんか?」

「……わかりました」


一緒にという私の言葉に目を瞬かせながらも、素直に頷く旦那様。その仕草が可愛らしくて、思わず口元が緩みそうになる。


(す…素直…!)


そして話題はノエルのことへと移る。


「別館の侍女たちがノエルの世話をしていなかったことが発覚しました。ほかにも罪状があったので、今は地下牢に入れています。帰ったら適切に処理するつもりです」

「……好きにしてくれて構いません」


旦那様はそう言った後、ぽつりと呟く。


「…ノエルに会ったのですね」

「ええ。もう1週間ほど一緒に過ごしています。元気にしていますよ?」

「……そうですか。ならよかったです」


納得したように頷いた旦那様は、少し間を置いて再び口を開いた。


「……ノエルのことも、不快にはならないのですか?」

「あんっなに可愛い子を不快に思うなんてありえませんわ!!」


私が力強く言うと、旦那様はわずかに引いたような表情を見せつつも、またぽつりと呟く。


「……そう、ですか」


無表情ではあったけれど、どこかほっとしたような雰囲気があった。

こうして、お茶会はお開きとなった。隣の部屋へ戻る旦那様に、私は微笑みながら声をかける。


「おやすみなさい、閣下。良い夢を」


旦那様は再び私を不思議そうにじっと見つめ、何と返せばいいのか悩むような表情をした。そして、少しだけ考えた後、小さな声で「お休みなさい」と呟き、静かに部屋へ戻っていった。



◇ ◇ ◇



「集合!」と言う私の連絡に、側近3人が私の部屋へと集まった。それぞれソファーに座っている。テーブルにはワインボトルと、人数分のワイングラス。この世界では16歳からお酒を飲んでも良いことになっている。前世では酒好きだった私は、前世を思い出したあと今世でもすでに酒を飲める歳ということに、とっても喜んだ。ホテルの外に食べに出ていたレオとヴィヴィが美味しそうなワインを片手に私の部屋にきてくれたので、ありがたくそれを飲みながら談笑中だ。


「このワイン、お〜いしぃ!!」

「おっ!だろ?姫さん好きだと思ったわ」

「姫様、口調が乱れてますよ」

「あら、アンドレア。ここには私たちしかいないのだからいいじゃない?」

「ですが…隣には閣下もいらっしゃるというのに」

「聞こえてても問題ないんじゃないか?いい人っぽいし、姫さんの旦那」


そんな会話が続く。


「姫様〜!今日レオと行ってきたレストランのステーキ!とっても美味しかったんです〜!」

「よかったわね、ヴィヴィ。ここはホテルも買ったことだしまた来ると思うから、その時私にも案内してちょうだいな」

「は〜い!」


私とヴィヴィの会話に、レオが続いて言った。


「それにしても、姫さんの旦那は綺麗な顔してたな?」


それに対して私は興奮気味に同意する。


「そうよね!?すっごい美形だったわよね?あれが私の旦那様だなんて…さいっこうでしかないわ」

「まぁ、顔はそうだとして、念願の黒髪はどうだったんだ?」

「もちろん最高よ?想像していた何パターンもの旦那様よりも数倍素敵だった!!」

「何パターンも想像してたのかよ…」


若干引き気味のレオ。そんなレオは気にせず、私は先ほどまで一緒に過ごした旦那様を思い出してうっとりした。


(さいっこう…!!私この世界に生まれてよかったぁ)


「帰ったら姫さんの旦那の仕事も少しずつでも調整したほうがいいだろうなぁ」


そんなレオの言葉に私は同意する。


「そうね…。レオも同行した視察だけど、任せられる者がいるなら旦那様じゃなくても良さそうな内容ってことだし、あの美貌に影を落とす隈を私は一刻も早く取り除かないといけないと思うの」

「そこかよ!?」

「もちろんよ!お顔もやつれてるように見えるし、きっとあんまり休んでいないわ。あれは」


前世でいう典型的な社畜、ワーカーホリックの気があるように感じた。これではせっかく出会った最高級の黒髪美形に過労死されてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。


「ズバリ!かんっぺきな黒髪イケメン旦那様に戻そう大作戦!明日から決行よ!みんな手伝ってよね!」

「なんだそのヘンテコな作戦…」

「姫様、気合十分ね〜」

「承知いたしました」


レオ、ヴィヴィ、アンドレアの順番に思い思いの返答を聞き流しつつ、明日はどうしようかしら?と考えるほろ酔い気分の私だった。





「かんっぺきな黒髪イケメン旦那様に戻そう大作戦」次回から早速始動です!



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