20
朝の光が窓から差し込む中、私はいつもの様にノエルと共に朝食を取っていた。すでに嫁いでから1週間と2日が経っている。私の旦那様はまだ帰らない。
ここ数日の間、先日完成したばかりのノエルの部屋は、部屋を気に入った彼がよく向かう場所になっていた。私は溜まっている執務を自室の執務室で行い、その間にノエルは自分の部屋の書斎から本を取り出しては、私の執務室へ来て、いつものソファーに座って本を読んでいた。ノエルの本を読むスピードが結構早いため、彼はトコトコと私の執務室と自分の書斎を行き来する。「自分の部屋で読んでもいいのよ?」と言ったが、私の近くに居たいらしく、さらには部屋にもいきたい彼は首を横にふって、一冊一冊選んでは読みといったことを繰り返していた。ノエルが面倒ではないのであれば私には異論はない。そうして穏やかに過ごしていた。
さて、旦那様が領地を視察している間、私はここで毎日を過ごしていたが、未だみたことのない旦那様の話を城の者たちから聞く機会もあり、そろそろ彼に会いたいと思っていた。そこで、私はライナーを呼び、旦那様の現在の状況を尋ねた。すると、どうやら最後の視察先で足止めを食らっているらしい。
(そんなことなら、迎えに行ってもいいんじゃないかしら?)
旦那様が来れないなら、私が行けばいいではないか…そう考えた私は、思い立ったら即行動に移す性格なのもあり、控えていたアンドレアにお願いした。
「ねぇ、アンドレア。旦那様が足止めされている都市って確か数年前にホテルが建ったわよね?」
「はい、姫様。その通りですわ」
「予約、できるかしら?今日、旦那様を迎えに行くわ」
私の言葉に、アンドレアは頷き、対してライナーは驚いたような顔をする。
「承知いたしました」
「えぇ!?姫殿下自ら行かれるのですか!?」
そんなライナーに私は微笑み返し、続けて言う。
「そうよ。そろそろ私の旦那様に会ってみたいですもの。ライナーには旦那様へ伝言をお願いできる?」
「承知いたしました…!」
これで準備は整った。そうしてふと私は考える。
(旦那様のいる都市はここから片道数時間の場所にある。流石に日帰りというわけには行かないわよねぇ。ノエルはどうしようかしら)
今回は城の中のようにノエルが動く時に都市中の者たちを押し込めておく…なんてことはもちろんできない。黒髪が忌避されるこの大陸で、黒髪のノエルが外に出たら嫌でも視線を集めてしまうだろう。やっとこの約1週間で私の周りの者たちに慣れてきたところなのだ。流石に今回のお出かけはお留守番がいいだろう。そう思った私は、ノエルに向かって話しかけた。
「ちょっとだけお留守番できるかしら、ノエル。あなたのお父様を迎えに行ってくるわ」
ここ最近いつも一緒にいた私と離れると察したノエルは、不安そうな顔をして見上げる。
「どれくらいお留守番したらいいの?」
「そうね…。今日これから出発して、明日には帰ってくるわ」
私とノエルが出会ってから、今までで一番長く離れることになる。不安そうな表情を崩さないノエルに続けて言った。
「大丈夫、必ず1日で戻るから。ノエルはミモザと一緒にいてくれる?私が戻るまで、私の部屋にいていいわ」
ノエルは不安そうな顔を少しふせ、ちょっと瞳に涙を溜めつつも、堪えたように顔を上げて私をみた。そんなノエルを抱きしめて、いつもの様に額にキスを贈る。
「すぐに…すぐに帰ってきてね?」
「えぇ!約束する。待っていてね、可愛い私のノエル」
そう約束してから、私はレオとヴィヴィ、アンドレアを連れて馬車に乗り込み、昼前に城を後にした。
◇ ◇ ◇
馬車に揺られながら、私たちはたわいもない話をする。
「まさか、自ら出向くとはなぁ。さすが姫さん」
「だって!遅いんだもの。早く会いたいのよ」
「まぁ、流石に1週間以上経ってるからなぁ。やっぱり人手不足なのもあって閣下も大変なんだろうな?」
「そうね…。旦那様に会ったら仕事量もちゃんと確認しなくちゃ」
「手伝ってよね?」とレオにニコリと微笑むと、「はぁ、わかったよ…」と苦笑いで頷くレオ。持つべきは優秀な幼馴染兼右腕である。すると、馬車の中から外を眺めていたヴィヴィが声を上げた。
「わ〜!見えてきましたよ、姫様〜!」
「本当ね」
そうして、私たちは辺境伯領地の一つである商業都市へと到着した。テネブレイド辺境伯領は広大な領地を有しており、その中心には辺境伯家の城がそびえる大都市が存在する。しかし、それだけにとどまらず、領地は複数の飛地を含んで広範囲にわたっていた。この商業都市もそんな飛地の一つ、かつ城のある大都市からは比較的近場にある都市だった。
都市の正面玄関から内部へと入る。商業都市といわれるだけあって賑わう中、私たちは都市の中心部近くに作られたホテルへと向かった。
この大陸には、大きめの都市であればよくある平民むけの宿だけでなく、貴族階級向けのホテルが最近宿泊産業の一つとして作られ始めていた。まだ数多く存在するわけではなく、大きな都市に一つあると言った程度だ。ちなみにホテルがない都市や村の場合は、その地域で一番偉い人物の屋敷に貴族たちは泊まることも多かった。
(ホテル事業…そろそろうちでも手を出しても面白いかもと思っていたから、泊まれてよかったわ)
うちの商会の新事業の一つとしてどうか、と商会上層部で意見が出ていたのがホテル産業だ。今であれば、前世の知識もあるし、素敵なホテルが作れそう。そう思っていたこともあり、旦那様を迎えに行くついでにホテルに泊まれることは、ちょうどよかった。
前世のようなビルっぽいホテルではなく、まるで伯爵クラスくらいの豪華な貴族邸宅の様な外観のホテルだった。エントランスに到着し、馬車を降りる。案内されて中に入ると、質の良さそうなインテリアが並ぶ、ロビーになっていた。
「これはこれは、アイリス姫殿下!ようこそお越しくださいました!」
そう言って、奥から支配人と思われる男性が出てきた。男性は自分が支配人だと名乗ると嬉しそうに私に向かって挨拶をする。
「急な連絡にもかかわらず、部屋を用意してくれて助かったわ。よろしくね?支配人」
「我が王国の姫君にお越しいただけるなんて、ホテルのオーナーも喜んでいることでしょう!部屋の用意はできておりますが、ご案内しましょうか?」
そう問いかける支配人に、旦那様とここで待ち合わせをしていると伝えようとした時ーー
先ほど通ってきたエントランスの方がにわかに騒がしくなった。
(何かしら?)
そう思って、私やその後ろに控えていた側近たちが振り返る。するとーー
私の視界の奥に高身長の男性が現れた。フードを目深に被ったその人物に、私は息を呑んだ。おそらく旦那様だろうと思った。
その人物は、騎士たちを従えて、まるで静かな嵐のようにエントランスに現れた。その姿に、私の心臓が一瞬止まる。近づいてくる彼はずんずんと進み、私の目の前まで迫っていた。フードの下から時折覗く金色の瞳が、まるで私を見透かすかのように光っている。目深に被ったフードで顔全体が見えるわけではないが、その素顔は相当な美貌だった。
(え…?ちょっと待って。この世のものとは思えない美形が現れたんだが!?あれ私の旦那様なの!?)
彼の美しさに言葉を失いながらも、私は一歩踏み出す。見知らぬ者同士、初めて会う者同士の微妙な空気が漂っていた。
旦那様が一歩前に進み、私の手を取って体を少し屈めて、その口元を私の手の甲へと近づける。そして元の姿勢に戻った後、初めてその口を開いた。
「アイリス姫殿下、この度は城にてお出迎えができず、大変申し訳ございませんでした。テネブレイド辺境伯家当主ノクス・テネブレイドでございます。以後お見知り置きを」
少し低めの、でも透き通った不思議な声色は、落ち着いたスピードで静かに話す彼とよく合っていて、聴き心地が良かった。
彼の顔はまだ見えない。フードが顔を隠している。だが、そんな彼を見上げると、やはり最高級の美丈夫がそこにいた。
(嘘でしょ…!?前世でも今世でも、今まで生きてきた中で一番、最高級に好みドストライクの黒髪イケメンきたんだが!?!?)
混乱する私をよそに、目の前の私の旦那様はその瞳を静かに私に向け続けるのだった。
自分の旦那様が好みドストライクすぎて、思わず口調が乱れまくりのアイリスさんでした!
や〜っと旦那様登場できましたヽ(;▽;)ノ
次回もアイリスさんの心の中は大混乱!