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皆さん、ご機嫌よう!
アイドルグループを共に応援していた推し活メンバーたちとの飲み会の翌日に、自分の家で寝たはずが謎の美少女になっていた私です。アイドルグループはさておき、ただのオタクを極めし26歳の社会人だった私は今現在、謎の中世ヨーロッパ風の地球ではない異世界で王女になっております。
素直にここはどこ、私は誰?という典型的な記憶喪失者の発する言葉を目の前の人たちに投げかけた私ですが、実はその後から断片的に姫様と呼ばれる美少女の記憶が戻ってきた。見知らぬ誰かさんの中に入り込んでしまったというわけではなく、オタクを極し私というのはおそらく前世の記憶みたい…。なんらかのショッキングな出来事に衝撃を受けた際に前世の記憶が蘇り、26年分の膨大な記憶を思い出す過程で一時的に脳を守るために現世の記憶を忘れていたのではないか…というのが私の今の状況なんだと結論づけた。
今の私は、この世界の大陸の南に位置する王国の第5王女アイリス・ヴェントレアである。淡いラベンダー色の髪にサファイアのような透き通った青の瞳を持つ16歳。つい最近まで国外の学園に通っていたが、急遽顔も知らない辺境伯当主との婚姻が決まり、王国へ戻ってきたばかりだ。学園にいた頃に、王国から婚姻が決まったから帰ってこいと連絡があり帰ってきて、婚姻相手が誰かを聞かされた時にちょうど前世の記憶が思い出されぶっ倒れたという感じらしい。
婚姻相手は王国の国境を守る要であるテネブレイド辺境伯家の当主ノクス・テネブレイド。この世界では禁忌の色とされる黒の色彩を持つ20歳の辺境伯なのだとか。第5王女ということもあり自由気ままにやってきた中でいきなりの結婚を命じられ、会ったこともない黒髪の辺境伯閣下が相手だと聞かされたことで衝撃を受けたらしい。そのショックから前世の記憶が呼び起こされたというわけだ。前世の記憶が戻った今となっては両手をあげて喜ばしい色彩の彼なので、最高に幸せいっぱいなのだけれど。顔も美しいとさらに嬉しいため、どんな容姿なのかは気になるところである。
というのも、前世の私は黒髪のイケメンに目がなく、俳優やアイドルといった中でも黒髪が似合う人を推していた。前世の最後の記憶である推し活メンバーたちと応援していたアイドルも、元々子役から役者をやっていた推しの一人がアイドル活動も始めたため応援するようになった。推しが所属するグループの、それぞれ別のメンバーが好きな友人たちが推し活メンバーだった。今となっては再開なんて夢のまた夢だけれど、元気にしているだろうか…。
そんなわけで今世では王女に生まれ落ちた私だが、現状その婚姻相手の辺境伯とは会ったこともなければ見たこともない。禁忌の色を持つ彼は、周囲をその姿を見るだけで恐怖や嫌悪感の対象だった。そして、なんでも16歳の頃から辺境伯家の当主を引き継いだ彼の仕事量は多く、全ての社交界は任意参加として免除されている。王家から直々に呼び出しがない限りは。我が国では、社交シーズンに合わせて各領地の貴族たちが王都へ集まる。その際にさまざまな会議なども行われるため、一応王宮に赴いて仕事をしていることもあるらしい。だが、あまり見かけたことのある人はいないらしいのだ。王宮は一応、私の実家だ。少し前までは学園に行っていたからここ何年かは住んでいなかったが、それでも私は辺境伯に出会ったことは一度もない。そんなところから、おそらく彼自身もあまり人に合わないような生活を意識的に送っているのではないかと思う。
また、禁忌の色というところについてだが、彼だけが特別その色を持って生まれたわけではない。代々テネブレイド辺境伯家では黒の色彩を持った子供が時々生まれるらしい。私の旦那様になる当代の辺境伯はもちろんのこと、その前だと彼の祖父も黒髪だった。黒髪で生まれ落ちた辺境伯家の子供は、魔力量が多く、それは王族に匹敵する量なのだという。その黒髪の子供は、将来は辺境伯家を継ぐ当主となることが約束され、国境を含めて王国を守る立場になるんだとか。なぜ辺境伯家に黒の色彩を持つ者が生まれるのかは、様々と言われているが実際のところよくわからない。
そして、この世界での人間の魔力保有量は高位貴族になればなるほど多く、そのトップが王族たちだ。そんなわけで王族に匹敵する魔力保有量を持った子供が生まれる辺境伯家は階級でいうところの王家の下の公爵家と同列に扱われる。しかし、テネブレイド辺境伯家はその忌避される黒髪のせいで、王国内で公爵家と同等の扱いを受けているとは言い難い。階級は同列だが、その下の階級の貴族たちは影で辺境伯家を軽んじている。なんとも陰湿な差別だ。
さて、今回私が急遽婚姻することになった背景もここで説明しておこう。なんでも王国と辺境伯家の契約が関わっているらしい。代々黒の色彩を持つ次期当主候補の子供が生まれ落ちるテネブレイド辺境伯家と王家は、辺境伯家当主に黒の色彩を持つものがなった時の伴侶に王族の血を受け継ぐ女性を置くことを条件に、辺境伯家は代々国境と王国そのものを守るという契約を交わしているんだとか。そのため、辺境伯家には王家の血を受け継ぐ女性が時折嫁入りし、その代わりとして辺境伯家は王国全体を守る義務が課された。なんだか辺境伯家にとってメリットなんだかよくわからない契約だが、昔からそんな契約が結ばれている。
もちろん、現当主ノクス・テネブレイドにも当主になった16歳の時点で、王家に縁がある女性が嫁いでいた。ただ、契約とはいえ黒髪をもつ者に王家の直系を嫁がせたくないと考えたこれまでの王族は、血が繋がっているのか?と思うくらい当縁の女性を辺境伯の花嫁にしてきたらしい。ノクスが当主となった時の我が国の国王は、私の祖父にあたる人物だ。小さい頃、何回かお会いしたことがあるがあまり良い人柄とは言えなさそうな性格をしていた。そんな祖父も歴代の王族の考えと同じだったらしく、ノクスの妻には遠縁の伯爵令嬢が嫁いだ。王族である私もよく知らない令嬢だ。本当に血が繋がっているんだろうか?
そんなノクスの妻が今回亡くなったことで、状況は大きく動き出した。まだ20歳の若き当主であるノクスに再婚をさせたいということで、未婚の王家の血を濃すぎるほどに受け継いでいるであろう私に白羽の矢が立った。なぜ、王家直系の私なのかというところについてだが、実を言うと彼に釣り合う年齢の王家の血を持つ子女は全員別の嫁ぎ先に行っていたり、婚約していたりと当てはまる女性がいなかったらしい。私は王位継承権を持ってはいるが、兄たちがいるので国王になる予定は今の所なかったこともあって、ここまで珍しく婚約者を定めてこなかった。それに、今現在の国王はすでに代替わりをしていて私の父だ。父は歴代の王たちと違って黒髪への嫌悪や忌避みたいなものは無いらしく、今回の再婚の相手にはうってつけだと私を指名したというわけである。それにしても私以外いないなんてどういうことかと思ったら、ノクスと同世代の王族の血を持つ女性たちは自分が辺境伯家の花嫁になる万が一の可能性を考えて、みんなさっさと嫁入り先やら婿やらを幼少期に決めてしまっていたらしい。なんという徹底ぶりなんだろうか。
(黒髪かっこいいじゃない…!解せぬ…)
そんな急遽の婚姻だったわけだが、私が意識を失って前世の記憶を思い出している間にささっと結婚式もなく婚姻の手続きは済ませてしまったらしい。この世界では婚姻の1年後に結婚式を行うんだとか。私は結局嫁ぎ先の辺境伯家に行くまでに、自分の夫の顔も知らないまま馬車に乗せられて旅立った。
ちなみに、私の家族である国王を筆頭とした王家のみんなと私の関係は至って良好である。呪われた辺境伯家へ嫁がされるなんて、家族に虐げられていたのか?と言う感じになりそうなものだが、普通に仲の良い家族だ。父は穏やかな王様だし、母は賢く美しい王妃だ。私の上にいる4人の兄や姉たちもそれぞれ嫁ぎ先に行ったり国で働いていたりしているが、高位貴族の家庭にしては珍しく仲の良い家族だった。
王である父と王妃である母は、夫になる辺境伯ノクスに会ったことがあるようだった。それとなく聞いた感じでは結構美しい容姿をしているらしい。それは期待が高まるばかりよね!
そのほかにもなんだか色々と言っていたような気がするが、私は黒髪×イケメンであるのならなんでも良いのだ。容姿が美しいと聞いた時点で安心してしまい、あまりちゃんとそのほかの話を聞いていなかった。ちなみに王太子である私の一番上の兄は、仕事で関わることがたまにあるんだとかで辺境伯のことが前々から気になっていたらしく、絶対に仲良くなって俺と辺境伯の仲もとり持ってくれよと笑顔で送り出された。
まぁなんとかなるだろう。
今世でも黒髪美形を愛でることができるのであれば全て良いのだ!!
ガタゴトと揺れる馬車の中、ここまでのことを振り返っていた私に、向かいに座っていたレオことレオンハルト・フランベルンが話しかけてきた。
「姫さん、ぼーっとしてるけど大丈夫か?」
「ええ、なんでもないわ。大丈夫よ」
「ならいいけどさ、いきなりぶっ倒れた時はマジで焦ったんだからな!?」
「その後の記憶喪失騒動も私としてはびっくりしたわ〜。気をつけてくださいね〜。姫様〜」
「ごめんなさいね、二人とも心配かけました」
私が前世を思い出してすぐに駆けつけてきた二人のうち、男の子の方は赤ワインのような黒味をおびた深く艶やかなえんじ色の髪にオレンジがかったシトリンのような瞳をもつレオンハルト・フランベルン。近しい人たちがレオと呼ぶ彼は、私の幼馴染兼右腕のような存在で私の側近の一人。炎系の魔法を代々得意分野とするフランベルン伯爵家の三男として生まれた彼は、同い年に生まれた王女である私の遊び相手として王宮に連れてこられてからここまで、ずっと一緒に過ごしてきた。伯爵家の三男となれば兄が家を継ぐため外に出なくてはならない。それもあってゆくゆくはどこかに嫁ぐであろう私のそばでずっと過ごしている。家柄的に魔法も得意ではあるが文官の才能があるため、公務などでは非常に助かる相棒だ。
もう一人の女の子の方は、空色の透き通った水色の髪にトルマリンのように美しいネオンブルーの瞳をもつヴィヴィエンヌ・アクアリス。レオンハルトがレオと呼ばれるように近しい人たちがヴィヴィと呼ぶ彼女は、水系統の魔法を扱う王家の次に古い家柄であるアクアリス公爵家の四女。王家との繋がりが深いアクアリス公爵家は代々騎士団の団長を輩出する家柄でもある。現在の騎士団団長はヴィヴィのお父様で、次期団長となる現在の副団長はヴィヴィの一番上のお兄様。そんなわけでヴィヴィは私の護衛兼友人という立ち位置で同じく私の側近の一人だ。レオと同じように幼少期から遊び相手として、ゆくゆくは私の護衛になるために王宮にきていた彼女は、レオ含めて幼馴染である。
姫さんと私を呼び少し軽い口調のレオと、姫様〜と語尾が伸びるようにおっとり話すヴィヴィ。そんな二人が私の最も近しい側近だ。この二人は当然だと言わんばかりに私の輿入れについてきて嫁ぎ先へ向かう馬車に同乗している。
あとはもう一人の側近として、今は違う馬車にいる私の専属侍女筆頭のアンドレア・スキュテリオンがいる。彼女は私が目覚めた時に他のメイドさんたちに指示だしをしていた女性だ。スキュテリオン子爵家は代々王家に仕える侍女や執事を輩出してきた家柄で、あまり知られてはいないが王家の暗部組織も担っている。彼女の母は私の乳母で、アンドレアは私の乳姉妹になる。彼女もスキュテリオン家らしく、優秀な暗器使いであり、私の個人的に所有している暗部組織のまとめ役もしてくれている。私が個人的に所有している暗部組織については、話すと長くなるため今は置いておくことにする。
「それにしても、辺境伯家はどんなところだろうな?」
「美味しい食べ物いっぱいあるかしら〜?」
「ヴィヴィはいつも食べ物のことだけ考えてるよな…」
「レオだって食事は美味しい方が嬉しいでしょ〜?」
「まぁ、それはそうだけど…」
「姫様がこの前作ってくれた異国の料理も美味しかったわよね〜!ヴィヴィはまた食べたいです〜」
「あぁ、唐揚げとかプリンとかのことかしら?また作ってあげるから楽しみにしてて」
「やった〜!ヴィヴィはそのためならなんでもしますから〜」
「お前ほんと食べ物のことだけだよな…」
「そんなヴィヴィが可愛いのだからいいのよ」
「姫さんがそう言うなら俺もいいけど…」
「うふふ〜」
「そういえば姫さん、俺たちこの間まで学園にいたしこの輿入れも急だったから辺境伯家や領地の情報が少ないんだよな。とりあえず、領地に着いたらアンドレアの部隊も使って色々情報収集に入るけど、いいよな?」
「えぇ、構わないわよ。よろしくね」
「おう!わかった」
前世の記憶を思い出して、料理やら色々試してみたのがヴィヴィには高評価だったらしい。とはいえ、材料もこの国のものだけだと限りがあるし、出発まで時間がなかったからそんなに作ってはいないのだけれど。米とか大豆とか辺境伯領地にあったりしないかしら?やっぱりお米食べたいわよね〜。
この間まで学園にいた私たちには、辺境伯家やその領地、その近辺の国境沿いの他国などあまり情報が揃っていないのが実情だった。私の旦那様がその辺しっかり情報収集しているか、していたとしてもそれを私たちに共有してくれるのかもわからないため、自分達でも情報収集は欠かせないだろう。私の部下たちは非常に優秀なので、得られた情報はきっと旦那様の助けになるだろう。
そんなわけでのんびりと会話を楽しみながら私たちは辺境伯領地へ向かっていった。
主人公アイリスとその仲間、レオンハルトとヴィヴィエンヌが登場です〜!
若干腹黒なアイリスの右腕レオくんと、のんびり屋さんで食のことしか頭にないヴィヴィちゃんです。
アイリスが個人的に所有している暗部組織とはなんなのか…
後々出てくるはず…
次回はついに辺境伯家へ到着です!