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昼食を終えたばかりの私とノエルは、自室でくつろいでいた。


今日の私は、空色の生地に銀糸の刺繍が施されたドレスを身に纏っている。そして隣に座るノエルは、前回「アイリス様の瞳に似てる!」と言って選んだサファイアのブローチを胸につけていた。ノエルは時折、小さな指でそれを撫でては嬉しそうにしている。その姿があまりに愛らしくて、思わず口元が緩んでしまう。


(私の可愛い可愛い黒猫ちゃん(ノエル)は今日も最高に可愛いわぁ)


そんな折、ライナーとノーラが私のもとへやってきた。


「姫殿下、今よろしいでしょうか?」

「えぇ、もちろんよ。何かしら?」

「先ほど、城の内装があらかた完成いたしました。それと、ノエル様のお部屋も準備が整っております」


その報告に、私は満足げに微笑む。


「随分と急ピッチだったけれど、皆のおかげね」


今回の城内の改革には、私の商会からさまざまなものを取り寄せ、魔法を駆使して迅速に進めた。結果、この数日で城の内部はまるで別の場所のように生まれ変わったのだ。


「ねぇ、せっかくだから見て回りましょうか?」


そう提案すると、ノエルは少し驚いた顔をした後、小さく頷いた。


私とノエル、それにレオとヴィヴィ、アンドレアとライナーを加えた一行で、城内を巡ることにする。ノーラは城の現在の使用人たちの様子を伝えてくれた後、退出していた。


ノエルは私の手をしっかりと握りしめながら歩いていた。その足取りには軽やかさがあり、心なしか表情も和らいでいる。いつもなら私の部屋から出たがらないし、私もあまりノエルを外に出すことはしていない。黒髪の彼を不必要な視線に晒したくなかった。一応、黒髪の当主が主人であるこの城だから、一定理解があったり、給金をもらえるのであれば気にしないといった者たちも多い様だったが、まだ全ての使用人たちを把握しているわけではない。そんな中で出歩くのはリスクがあると考えていた。

今日は、あらかじめそろそろノエルの部屋が完成しそうと報告を受けていたのもあり、私たちが城内を出歩く時間には遭遇しないように使用人たちに命じている。それもあって、城内はいつも以上に静かだ。でも、雰囲気が良くなったおかげかそこまで暗く見えない。ちなみに、私と旦那様の部屋、ノエルの部屋があるエリアには今後許可された者以外立ち入らないように別で命じていた。ノエルが自室と私の部屋を行き来しやすくするためだった。

手を繋ぐノエルを見ると、金眼がキラキラと輝いている。自分の知っている顔ぶれだけで巡る場内ツアーは、彼にとって安心できるものなのだろう。


(使用人たちに命じておいて良かった)


そう思いながら、私はノエルの小さくて可愛らしい手を握り直した。



城内の雰囲気は以前とは見違えるほど変わった。陰気で重苦しかった空間は、明るく開放的になり、柔らかい色調の装飾が施されている。ところどころに置かれた花や観葉植物が空間に生気を与え、まるで光が差し込んだようだ。時折壁にかけられていたり、廊下の壁際に置かれた美術品たちも品が良いものを選んで飾ってくれている。


(今回も、うちの商会のみんなは良い仕事をしてくれたようね)


そう思い、嬉しくなった。

一通り巡り終え、私たちは当主夫妻とその子供が使うエリアへと戻ってきた。私の自室もここのエリアにある。旦那様の部屋に関しては特段何も手を加えていない。部屋の主人がいない間に、勝手に行うことはできないため、後回しにしている。


そうしてある一つの扉の前で私たちは足を止めた。私は途中から少し疲れた様子のノエルを抱っこしていた。そして、その抱っこしていたノエルを扉の前に降ろして、優しく微笑んだ。


「ここが、ノエルのお部屋よ」


ノエルは不思議そうに私を見上げる。そんな彼の様子にくすっと笑い、「さぁ、開けてご覧?」と促した。

この扉は、小さな子供でも簡単に開けられるよう、軽い素材に変えてある。少し躊躇いながらも、ノエルはそっと扉に手をかけた。


そしてゆっくりと開くと――。


広がるのは、空色を基調とした素敵な子供部屋だった。


部屋は三つに連なっており、扉の目の前にある手前の部屋にはふかふかとしたソファーや可愛らしいぬいぐるみ、商会から用意したおもちゃが並べられている。窓辺はテラスになっていて、そよ風にカーテンがふわりと揺れていた。


「わぁ……!」


ノエルは小さな声を上げながら部屋に駆け込む。ソファの上には、三匹の猫のぬいぐるみが置かれていた。大きな黒猫と、小さな黒猫、そしてラベンダー色の猫。ノエルはその中のラベンダー色の猫を手に取ると、嬉しそうに私を見上げた。


「これって!」


興奮気味に抱きしめ、ぬいぐるみを私へと差し出す。


「アイリス様に似てる!おんなじ色!」

「ふふっ、よく分かったわね」


私はノエルの頭を優しく撫でながら、微笑んだ。


「この三匹の猫、私たち家族なのよ」


するとノエルはきょとんとした表情を浮かべた。


「大きい黒猫があなたのお父様、ラベンダー色の猫が私、そして……一番小さい黒猫が、ノエルよ」


ノエルはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、私を見つめた。


「喜んでくれた?」


その問いかけに、ノエルは大きく頷く。その仕草がたまらなく愛おしくて、私はそっと彼を抱きしめた。


「これからも、ずっと一緒よ」


小さな手が、ぎゅっと私の服の裾を握る。どうやらとっても喜んでくれたようだ。私は抱きしめた手を緩めてノエルを見つめると言った。


「さぁ!まだお部屋はあるのよ。次のお部屋に行ってみましょうか」

「うん!」


そうして二つ目の部屋へと進む。


「次のお部屋も見てみましょうか?」


扉を開くと、そこは書斎だった。全ての壁に本棚が敷き詰められ、薄茶色を基調とした落ち着いた空間。これは私がノエルのために一番こだわって用意した場所だった。


「本だ!」


ノエルは瞳を輝かせ、部屋へと駆け込む。その姿を見て、私は作ってよかったと心から思った。将来、彼が成長し次期当主として執務を行うようになった際には、ここが執務室としても機能するよう、執務机も完備されている。本棚には商会から取り寄せたこの大陸中のさまざまな本がぎっしりと詰められ、窓際には腰掛けて読書ができる出窓も設えていた。


ノエルは小さな手を伸ばし、本棚の背表紙をなぞる。その瞳には興味と好奇心が満ちており、どの本を最初に読むべきか真剣に悩んでいるようだった。


「どれにしようかな……」


そんな様子を微笑ましく見守りながら、私は一冊の本を取り出して彼に手渡した。それは、別館で見つけた児童書だった。


「あっ!」


ノエルは驚いた表情を浮かべる。


「別館の本たちもここに持ってきたわ。好きな時に読めるわよ」


ノエルは大切そうに本を抱きしめると、嬉しそうに微笑んだ。


「アイリス様、ありがとう!」


その仕草があまりに愛らしくて、私は思わず彼の頭を優しく撫でた。

私たちに続いて入ってきていたレオがニヤリと笑って私に話しかけてきた。


「すごい仕上がりだな。俺も商会のみんなも頑張った甲斐があったよ」

「でしょう?本当にありがとう」


私は微笑んだ。

そして、最後の扉へと向かう。扉を開けると、そこは寝室だった。


温かみのある色調のカーペットが敷かれ、柔らかな光が差し込む静かな空間。寝台の上には、ふかふかの枕と共に、たくさんのぬいぐるみが並べられていた。


「わぁ……」


ノエルは感嘆の声を漏らしながら、そっとベッドの端に腰掛ける。黒猫やラベンダー色の猫の他にも、様々な動物のぬいぐるみが彼を出迎えていた。けれど、その小さな手でぬいぐるみを抱きしめながら、ノエルは一瞬だけ戸惑ったように視線を彷徨わせる。


(また、不安になっちゃったかしら?)


私はノエルの隣に腰を下ろし、そっと問いかけた。


「ここで寝てもいいのよ。そのために作ったのだから。でも、今はまだ、私と一緒に寝てくれたら嬉しいわ。ノエルがいつか、ここで寝たいと思った時まで」


ノエルは私の言葉を聞いて、ほっとしたように微笑むと、小さく頷いた。私は彼の小さな手を包み込みながら、穏やかな気持ちで寝室を見渡す。


「大丈夫よ。ここはあなたの、あなただけの部屋。だけど、いつでも私のところに来ていいの」


その言葉に、ノエルはもう一度しっかりと頷く。温かな時間が、寝室にゆっくりと流れていった。



◇ ◇ ◇


部屋を見終えたノエルに、この後の時間どうしたいか問いかけると、2番目の部屋にあたる書斎で過ごしたいと言うので、ミモザに見守りは任せて、それ以外のメンバーは私の自室へと戻ってきた。私の自室も同じように3つの部屋に分かれていた。メインの扉を開いた先は執務室兼応接室。その隣にプライベートな部屋と寝室がそれぞれ並び、寝室にはもう一つ扉がついていた。それは夫婦で使う寝室に繋がる扉だ。おそらく、旦那様の部屋も同じような構造になっているのではないかと思う。


執務室へと入った私たちは、執務机の手前に置かれたソファーに腰掛けて、今日の城内巡りの感想を言い合っていた。


「結構、いい感じに仕上がったんじゃないか?」

「そうですね。アイリス様らしいセレクトのものもありましたし、使用人たちも居心地が良さそうでしたわ」


レオとアンドレアが満足そうに言う。


「食堂も素敵になってました〜!」

「お前はほんっとにそればっかな!」


食堂に想いをはせるヴィヴィにツッコミを入れるレオ。そんな二人の様子にふふっと笑ってしまってから、私はふと気になったことをライナーに尋ねてみた。


「ねぇ、ライナー。良かったら教えてくれないかしら?」

「はい、なんでしょう?」


不思議そうな顔をするライナーに私は言った。


「私の部屋って、誰が用意したものなのかしら」


その質問に、私の側近たちも「あぁ…!」という表情になる。今回、私の自室は特段変更を加えていなかった。なぜなら、私の好みの部屋だったからだ。変える必要性を感じなかったくらい、良い仕上がりだった。まるで私が今まで過ごしてきた部屋や私の好みを知っている人が手配したような、そんな気がするくらい素敵な部屋だったのだ。


「姫殿下のお部屋でございますね。あれは、ノクス様がご自身でここに置かれた家具から全て、用意されていました」

「閣下が?自ら?」


ライナーの答えに私は少々驚いた。まさか、旦那様自らその忙しい合間を使って用意したと言うのか。驚いた表情の私にライナーが苦笑したように言う。


「珍しく国王陛下や皇后陛下、皇太子殿下など、姫殿下のご家族でいらっしゃる皇族の皆様方に手紙を書いたりしながら熱心に用意されているご様子でしたね」

「まぁ…!お父様たちにまで聞いてくれたのね…」


(やっぱり、私の旦那様ってば優しい方なのね)


ただでさえ忙しいのに、そんなに手間をかけてくれていたとは思わず、さらにびっくりする私。「ただ…」っと少しライナーが憐れむような顔で続けて言った。


「姫殿下が、前夫人と同じ様に別館に行かれたいと仰る可能性もあるから、その場合は姫殿下の仰せのままに案内するんだ…とも仰っておりましたね」


前夫人は旦那様を避けて別館に行かれたまま、この城の妻の部屋には来なかった。母君である先代の夫人も同じ様に別館を使っていたと言うから、後妻である私も同じ様になるのではと思わずにはいられなかったのだろう。


(それでも、ちゃんとしっかり部屋を整えるあたり、なんともお人よしなのよね…)


私は、まだみぬ旦那様の人となりをまた少し知り、早く旦那様に会いたくなるのだった。


次回、ついに黒髪の旦那様、登場です!


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