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私が嫁ぎ先である辺境伯家へやってきてから、すでに6日目の朝を迎えた。到着した際にライナーから聞いた話では1週間ほどで戻ると言われていたから、旦那様はあと遅くとも数日で戻ってくるだろう。


昨日、ノーラとの面会を終えた私は、アンドレアやレオたち側近とライナーやノーラと共に、城内のあらかたの人事配置を終えていた。残すところはあの、厄介な別館のみとなっている。今日はその別館の侍女たちをどうにかする日だった。


すでに朝食は終え、ノエルを自室に残して、私はアンドレアやレオ、ヴィヴィと共に部屋を出た。ノエルにはミモザを付けてある。


(流石にあの侍女たちの元へ行くのにノエルは連れていけないものね)


ノエルには、今日は午前中に一緒にいられないのだと朝食の最中に告げた。少し不安そうにしていたが、お昼ご飯は一緒に食べようと約束をしたらそこまで長くいなくなるわけじゃないと理解し安心した表情を浮かべていた。


(でも…一刻も早く私の可愛い可愛いノエルの元へ戻らないといけないのだし、チャチャっと片付けてしまいましょう)


そんな決意を胸に、例の別館へと続く渡り廊下のところまで来ていた。ライナーがすでに到着しており、私たちに頭を下げる。

 

「ライナー、別館の現状は?」


私の端的な問いかけに、ライナーはわずかに苦い顔をする。


「おそらく、まだ何も知らぬかと」

「……なるほど」


私は短く息を吐く。これから対峙する別館の侍女たちが、どのような態度を見せるかは想像に難くない。そんな私の横では、レオが苦笑しながら肩をすくめた。


「奥方の消えた別館なんて、今や羽を伸ばす楽園だろうな。どんな面をしているか楽しみだよ」

「そうね…私も少し楽しみだわ」


軽く微笑む私だったが、その目は微塵も笑ってはいなかった。


別館の前まで到着すると、数名の騎士たちが待っていた。彼らは私が連れてきた騎士たちだ。今日は別館の侍女たちを地下牢へ移す予定だから、人手が必要だと思って呼んでいた。簡単に挨拶を交わし別館に入ることにする。

別館の扉を開くと、豪奢な装飾が目に飛び込んできた。金銀の細工が施された調度品、これでもかと並ぶ美術品の数々。まるで芸術品の倉庫だ。


「……悪趣味ですね」


中を見渡したアンドレアがぼそりと呟く。


「ええ、本当に」


私は同意しつつ、部屋の片隅にあった金細工の花瓶を手に取る。


「いらないものは売れそうね」


冗談めかした声に、レオが小さく吹き出した。だが、その言葉は冗談では終わらないだろう。

広間には数名の侍女がいた。急な来訪者に驚き、彼女たちは目を丸くする。私はゆっくりとした足取りで進み、彼女たちを見渡した。


「他の者たちも呼びなさい」


命じると、侍女たちは戸惑いながらも急いで広間を出ていく。そして数分後、侍女たちのトップであるあのオリビエを先頭に、煌びやかなドレスを纏った女たちが姿を現した。


「……使用人とは思えませんね」


アンドレアが呆れたように呟く。


「一応貴族の出だからでしょうけど、もう侍女としての自覚はないのでしょうね」


私は冷ややかにそう言うと、オリビエが恭しく挨拶をした。


「これはアイリス姫殿下、何かご用でしょうか?」


そのしれっとした言葉に、私は頭を抱えたくなった。


「まさか何も知らないの?」


私の問いに、侍女たちは顔を見合わせる。城の改革など、何も耳に入っていない様子だった。


「いいでしょう、では教えてあげるわ」


私はゆっくりと視線を巡らせ、静かに告げた。


「あなたたちには、別館を…というかこの辺境伯家から出ていってもらいます」


その言葉に、広間がざわめいた。


「な、なぜですか!」


オリビエが声を荒げる。


「あなたたちには、もう仕えるべき主人はいない。まして、前夫人の息子であり次期テネブレイド辺境伯当主であるノエルを見捨てるような者に、この城で働く資格はないわ」


私の冷たい声が広間に響く。


「私には、優秀な侍女たちがすでにいる。前夫人の息子であるノエルの世話をするでもなく、ただ贅沢に浸り、本来の仕事をしようともしないあなたたちに任せる仕事は一つもないの」


「わかったかしら?」といったように伝える私の言葉に、侍女たちは明らかに動揺した。何か反論しようとしたが、その中の何人かは初めて気づいたような顔をしていた。


「……そういえば、あの子のこと忘れてたわ」

「誰が担当だったかしら」

「…えぇ?私じゃないわよ?」


侍女たちのその反応に、私の中で怒りが沸騰する。


「そこのあなた。それにあなたと…そこのあなた。今、初めて思い出したような顔をしたわね」


静かな声が響く。その場の空気が張り詰めた。すると、レオが前に出てきて、低く言った。


「前夫人が存命の頃から、お前たちは夫人を唆し、予算を好きに使っていた。次期当主になるはずの幼子を虐げ、育児放棄し、さらには……別館に男娼を呼んでいたな?」


最後の言葉に、私は目を見開いた。アンドレアやヴィヴィは顔色を変えていないが、ライナーは私と同じく驚いたように目を見張っている。


「……男娼ですって?」


初めて聞く事実に、愕然とする。幼い子供がいる場所で、そのようなふしだらな行為に及んでいたなどあり得ない。


(なんて汚らしいのだろう。こんな悍ましい存在と今までノエルが生活範囲を共にしてきただなんて…)


私は怒りに震えつつも、笑みを浮かべたまま言った。


「……なんとも素敵な趣味をしているのね」


静かに息を吸う。


「全員、地下牢へ連れて行きなさい」


冷徹な命令が響く。


「そ、そんな……!」


 顔を青ざめる侍女たち。しかし、オリビエだけは笑った。


「何が悪いのです? 無能なあの女のせいで、私たちは売られるようにこの辺境伯家へときたのです。逃げるばかりで何もできない者が当主夫人だったから、私たちが代わりに贅沢を楽しんだ。それの何が? それに、あの呪われた悍ましい黒髪の化け物を虐げて何が悪いのかしら?」


その言葉に、私の中で何かが弾けた。


次の瞬間—— 


轟音が響く。


ふっと軽い風が吹いたかと思えば、広間の家具が粉々に砕け散った。


私の側近たち以外の全員が息をのむ。

レオは「あ〜あ、怒らせちまったよ」といった表情を見せ、ヴィヴィは「わぁ、さすが姫様〜」と何故か喜んでいる。アンドレアは特段表情に変化はない。


私はゆっくりと手を下ろした。周囲にはまだ風が渦巻いている。


「ごめんなさい。少し、手が滑ったわ」


ふふっと穏やかな笑みを浮かべるが、その目は鋭かった。


「……連れて行きなさい」


護衛たちが侍女たちを捕らえる。その様子を見ながら、私はふと思い出したように近づいた。


(あの魔法、試してみようかしら?)


私が闇系統魔法を発動させると、紫がかった紺色のモヤが侍女たちを覆う。何も起こらないように見えるが、彼女たちの顔には恐怖の色が浮かぶ。


特段変化はなさそうで訝しがる彼女たちに、私は改めてにっこりと微笑んだ。


「……それじゃあ、さようなら。良い夢を」


恐怖に震える侍女たちを見送りながら、私はひとつ、息を吐いた。



◇ ◇ ◇


オリビエたち別館の侍女が連れて行かれた後、城の方から人を寄越して、私たちは別館を改めることにした。そこには贅沢品だけでなく、侍女たちが独自に雇った使用人が20名ほどいた。私は彼らの処遇を一旦ライナーに一任し、ヴィヴィを連れて別館を歩く。レオやアンドレアには、使用人たちと共にこの別館に何が残っているのかなど確かめてもらっている。

1階の奥まったところに元々は書斎として使われていたような、壁が一面本棚になっている部屋があった。足を踏み入れると、そこには埃をかぶった書物と、後から置かれたような部屋に似つかわしくないベッド、そして子供用の衣服などがあり、少し前まで生活していた様な雰囲気を感じさせる。


(ここが、ノエルの過ごしていた場所なのかもしれない)


そう思い、中へ入って少し歩き回る。本棚を眺めていると、いくつかの本には埃がなく、読まれた形跡があった。おそらくノエルが読んだのだろう。その中の一つを手に取ってみる。

私が手に取ったそれは一冊の児童書だった。パラパラとめくってみる。ふと止めたページには、母が子を抱きしめて、その子の額にキスを贈る挿絵と『大好きよ』の言葉。私はそれを見て微笑んで、近くを通った使用人にここにある本を城へ運ばせる様に命じた。



自室に戻ると、私を待っていた様子のノエルが、私をみてその金色の綺麗な目を輝かせた。そんなノエルにクスッと笑ってしまいながらも、両手を広げて「おいで」と言う。


ノエルは嬉しそうに飛び込んできた。私は抱き上げ、その額にキスを落とす。


「ねぇ、ノエル。大好きよ」


ついに別館の厄介者が断罪されました…!

アイリスが最後に使った闇系統魔法はなんだったのか、答えは後々に判明します。


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