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私の部屋では私の側近たちとライナーが揃い、城の現状と改革について話し合いが進められていた。机を挟んで座る彼らは、それぞれ手元に資料を広げ、真剣な表情だ。
「では、まず現在の人員配置と城の状況について報告してよろしいでしょうか?」
そう言ってアンドレアが手元の書類を確認しながら説明を始めた。
「現状、城内の使用人はおよそ50名。そのほとんどが年若く、経験が浅めの者で構成されており、短期間の雇い入れにより人数を補強していることも多い状態です。掃除、厨房、警備、管理と役割ごとに配置されていますが、一部の者は業務が重複しており、効率的とは言えませんね」
私は頷きながら、その報告を聞いた。続いて、レオが口を開く。
「問題だった、別館に残されている前夫人付きの侍女たちについてだが、現在あいつらは10名ほど。前夫人が亡くなった際、解雇された使用人と共に出ていったやつもいたようだが、オリビエとかいう侍女を筆頭に数名が残り、今も別館に居座ってるって感じだな。あいつらは職務を果たしてはいないし、実質的にただそこにいるだけの状態って感じみたいだ」
「別館の現在の様子は?」
レオの報告を受けて言った私に、今度はライナーが答えた。
「それまで前夫人の意向により、ノクス様や私を含めた城の者たちは立ち入ることが許されておりませんでした。そのため、内部の状況は未だ不明です。まずはあの侍女たちを別館から追い出し、その内部の状況を調査する必要があると考えます」
私は机に置かれた書類に目を通しながら、静かに考えた。
「わかったわ。それで、私が連れてきた使用人たちは?」
「現在、連れてきた侍女や従者たち、護衛を含め25名が控えております。彼らをどのように組み入れていくかも、今後の課題となりますね」
アンドレアの回答に私は頷いた。そして今度はライナーに向かって問いかける。
「ねぇ、ライナー。この城の使用人たちの中で昔から仕えている者はいないのかしら?」
その問いにライナーは少し視線を傾け考えた後、こう答えた。
「そう、ですね。それであれば、ノーラという女性が一番古くからこの城にいるかと思います。彼女は女性の使用人たちの相談役にもなっていますし、ノクス様も彼女には少し弱い部分がおありのようなので、先代や先先代の辺境伯閣下の頃からいるのではないかと思います」
「その方でしたら」とアンドレアも言う。
「彼女はノクス様の乳母だったと言う話を聞きましたわ。ですので、辺境伯閣下が使用人たちの入れ替えを行った際にも彼女だけは城を出ていくことを拒否して残ったとのことです。だからライナー様が言うように辺境伯閣下も彼女には弱い部分がおありなのではないかと」
(へぇ!旦那様の乳母!関係は悪くなさそうだし良さそうね)
二人の話からもこの城の使用人のまとめ役にはぴったりだと考えた。
「ではそのノーラという使用人を家政婦長にするのはどうかしら?この城の使用人たちも頼られているようだし、良いのではないかしら?」
「私もそれが良いかと思います」
家政婦長とは女性使用人の監督をする立場になる上級使用人のことを指す。私の提案に賛同したライナーが、「ノーラさんには私からお声がけしておきます」と言うので任せることにした。
「できればこの城には人手が足りないみたいだし、もう少し増やしたいところよね?」
「そうですね…それが良いかと思います。ノクス様もその点については考えていらっしゃるようでしたが、なにぶんお忙しくあまり手が回っていらっしゃらなかったので…」
通常、領地運営や外のことは当主が行うが、家の中のことは妻が行うことが多い。旦那様の前の奥様はその辺やってこなかったとなれば必然的に旦那様がそこも担うしかな買っただろう。ただでさえ広い辺境伯領地の仕事もあるのに、それ以上抱え込んでは手が回らないのは仕方ない。
「おいおいこの辺は考えていくことにして、とりあえずは執事と侍従長はライナーに兼任してもらうわね」
「もちろんです。かしこまりました」
執事は邸宅全体の管理を統括し使用人の監督を務め、侍従長は当主の身の回りの世話をする上級使用人だ。これまでライナーがその辺は一手に引き受けていたようだから、良い人材が手に入るまでしばらくこのままを維持することにした。
「アンドレアは引き続き私についてもらうから侍女長として立ってもらうわ。いいわよね?」
「もちろんですわ、姫様」
主に当主の妻など女性の主人の世話をする上級使用人である侍女長はアンドレアに決定した。そしてそろそろ必要かしらと考えていたことを相談することにした。
「ノエルの世話をする使用人も決めたいと思うのよ。今は私と一緒にいるし、私の侍女たちもいるから問題ないけど、これから先に私が外出する時とかに困るじゃない?この辺で決めておくのも良いかと思ったんだけどどうかしら?」
「確かにそうですね…」
私の提案にライナーも頷く。それなら…と声を出したのはアンドレアだった。
「ここ数日間、私も姫様についていたので坊っちゃまを観察しておりましたが、連れてきた侍女のうちミモザが比較的坊っちゃまに合うのではないでしょうか?」
私の連れてきた侍女のうち、私付きは全部で5名。アンドレアを筆頭としてその下にリリー、ラーラ、アニー、ミモザの4人がいる。中でもミモザは穏やかな性格をしており、ノエルも比較的安心感を覚えているように私も感じていた。
(彼女は優秀だし、アンドレアから色々と手解きを受けているからノエルの護衛にもなるわね)
私はアンドレアの提案を受け入れ、ミモザにノエルの侍女を頼むことにした。
「ミモザを呼んでくれる?」
「かしこまりました」
そうしてアンドレアがミモザを呼びに行きすぐにミモザが部屋に入ってきた。
「姫様、お呼びと伺いましたが…」
「えぇ。ミモザにお願いがあって。もちろんノエルの意向を聞いてからにはなるんだけど、あなたにはこれからノエル付きの侍女になってもらいたいの。頼めるかしら?」
私のお願いにミモザは微笑んで、「もちろんでござます。お役目拝命いたします」と丁寧に頭を下げた。
「ありがとう。詳しい話は明日にさせてもらうわね。ノエルにも確認したいし」
「承知いたしました」
そう言ってミモザは部屋を後にした。
その後も使用人たちの人員配置や人手不足の話題が続いたが、あらかた方向性を定めた。そして話は別館の侍女たちに移る。
「別館の侍女たちについては、さすがに旦那様もいない中ですぐに解雇するのは難しいでしょう。しかし、これまでの行いを考えれば、ただ放置するわけにはいかないわね…」
私のその言葉にレオがニヤリと笑って、さらに別館で働いていた元使用人に話を聞いた結果が報告された。
「姫さん、それならいい話があったぜ?」
「何かしら?」
「調査した結果、あの侍女たちは前夫人を言いくるめて、夫人用の予算を自身のドレスや宝飾品に費やしていたみたいなんだよな。あとはやっぱりノエル坊ちゃんの世話を放棄して、暴力行為はないにしても時折暴言を吐くこともあったみたいだ」
その報告を聞いた瞬間、私は何かがプツンと切れるような気がした。
(暴言…!?あの可愛い天使のような私の黒猫ちゃんに暴言だと!?万死に値するわよね?)
「ふふっ!レオ、彼女たちは即刻処刑しましょう」
「あはは!いいな!俺もそう思っていたところだ。でも姫さん、さすがに処刑は難しいだろ」
面白そうに笑いながら言うレオと、「また始まった…」と言わんばかりの表情をしているアンドレア。ヴィヴィは特に表情に変化はなく、目の前のお茶を飲んでまったりしていた。そんな側近たちとは裏腹に、ライナーは顔色を悪くしていた。そんなライナーを見て、私は言う。
「ごめんなさい、ライナー。物騒なことを言ってしまって。冗談よ」
「は…はぁ。そうでしたか」
「えぇ。やっぱりすぐに殺してしまっては、今までノエルが耐えてきた時間に釣り合わないものね。もう少しじっくりじわじわと痛めつけられる方法を探さないとね?」
「そうだな。なんかいい方法ないか考えとくわ」
「よろしくね、レオ」
私とレオの会話に、アンドレアが深いため息をついて言う。
「姫様、それにレオも。あまりさっきから言ってること変わってないですわよ?ライナー様もびっくりされているではないですか」
「ねぇ?」と言った様子でライナーを見るアンドレア。ライナーはまだ顔色が悪いながらも少し落ち着きを取り戻していた。
「それにしても、あの侍女たちには困ったものね。他にも色々と余罪が出てきそうだわ」
「とりあえず、別館も含めて人員配置も変えたいし、姫さん、そういえばアンドレアにこの城に置く装飾品とか頼んでたよな?その辺も含めてあいつら邪魔なんだよなぁ」
レオのそんな言葉に私も同意して、少し考えた後にこう告げた。
「とりあえず、レオの持ってきた報告からしてもすでにあの侍女たちは横領の罪を犯していると言えるわ。よって侍女たちは直ちに城の牢屋へ入れることとします。これまでの行いに対する罰が必要だし、可愛いノエルを虐げた存在にしっかりとした部屋や待遇なんていらないでしょう?それから、別館の内部を徹底的に調査して、彼女たちの余罪含めて、どのような問題があるのか明らかにしてしまいましょう」
私の言葉にレオたちは一斉に頷き、すぐに動き出した。彼らが立ち去った後、私は寝室へ行き、寝ているノエルの寝顔を見つめた。
(こんな可愛い子が、今まで虐げられてきたなんて…許せないわ)
今日は穏やかな寝顔を見せているノエルの頬を撫でてからそっと寝室を出て、私もこれからの行動に向けてレオたちがまとめてくれた資料を読み進めることにした。
別館の侍女たちですが即刻処刑は免れましたが、今後どのようになるのか…
アイリスの侍女はアンドレアの下に4人。リリー、ラーラ、アニー、ミモザです。彼女たちはアンドレアからアイリスを守るための様々な手解きを受けているので、その辺の騎士に引けを取らないスーパー侍女たちです。そんな中でも比較的優秀且つ雰囲気が穏やかなミモザがノエルの侍女に抜擢されました。
ノエルの乳母というノーラは後ほど登場です。