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ノエルの服選びと称した着せ替えショーから数日が経った。その間、私とノエルは大半を二人で過ごし、自然と会話を重ねるうちに、互いの距離が少しずつ縮まっていったように思う。


今日も今日とて、私の自室で過ごしている。そろそろ行動範囲を広げていきたいところだが、今は使用人たちも含めて城の改革を進めようとしている最中だ。それが終わってからの方が、ノエルに不必要なストレスを与えなくて良いと判断した。私は自室に置いてある執務机に向かい、イリス領の管理に関する書類に目を通しながら筆を走らせていた。その向かい側では、ノエルが大きな本を広げ、熱心にページをめくっている。


ノエルは3歳児ながら大変優秀で、すでに5歳児と同じくらいの理解力を示していた。数日前、ノエルが読んでいた本は、この王国の各地を写真と共に紹介するもので、彼はそれを気に入り、端から端まで繰り返し読んでいた。そして、私が仕事をしている間に何がしたいか聞いたところ、本を読みたいと言ったので私が持ってきていた他の本を読ませることにしたのだ。次に読む本を選ぶ際、私が「今度は、この王国の外の世界を見てみるのはどう?」と提案したところ、ノエルは興味を示し、その新たな本を手に取ることに決めたのだった。


その本には、大陸の主要な国々の歴史や文化、名所などが詳細に記され、見開きには壮麗な城や広大な草原、異国の市場の賑わいを写した絵や写真が載っている。私がイリス領のことや商会のことで仕事をする際に、参考になるかと思って持ってきていた本の一つだった。


私は書類の合間に視線を上げ、夢中で本を読んでいるノエルを微笑ましく見つめた。


「さすが私のノエルね」


熱心に読む姿に嬉しくなって思わず口にすると、ノエルは一瞬驚いたように私を見たが、すぐにまた本へと視線を戻した。彼がどのようなことに興味を持つのかを知るのは楽しく、愛おしくさえ思える。別館に押し込められていて小さな世界の住人だった彼の世界が、少しずつ広がっていくのを感じるたびに、私は胸の奥が温かくなるのだった。


「どの国が気に入った?」


ふと問いかけると、ノエルはパラパラと数枚めくって、小さな手をあるページの上に置いた。


「……ここ」


指さしたのは、大陸の中央に位置する学園都市だった。そこには大陸随一の学園があり、かつて私自身も十二歳から結婚するから帰ってこいと言われるまでの間、レオやヴィヴィと共に通っていた場所だった。広々とした石畳の道に沿って、美しい学舎が並び、学問を志す懐かしい制服を着た学生たちで賑わっている様子が写真に収められていた。


「学園都市ね。どこが気に入ったのかしら?」

「……本がたくさんある。あと、ここ、楽しそう」


私は執務机の上の資料をトントンとまとめて机の上に置き、立ち上がってノエルのいるところまで行く。そしてノエルの指し示す本のページを覗き込みながら頷いた。確かにこの都市には大図書館があり、知識を求める者たちが集う場でもあった。学びの場として栄えたその都市は、私にとっても思い出深い場所だった。


(ここ、懐かしい…。よくこの辺の窓際の席にレオとヴィヴィ、それから親友のビオラやカトレアたちと宿題したりしていたっけ)


側近であるレオとヴィヴィは私と一緒に学園に通い、アンドレアは私の侍女として学園についてきていた。そんな学園生活では、中央の学園都市なだけあって、この大陸中から様々な国のいろいろな背景を抱えた者が集まる。ビオラはこの王国の公爵令嬢で、レオやヴィヴィと同じように昔馴染みの私の親友だ。「アイリスが行くなら私も行こうかしら」なんて言って、一緒の年に学園に入学したのである。もう一人の親友カトレアはこの大陸の北の方にある帝国の侯爵令嬢だった。二人とも素敵な私の友人たちである。大図書館で宿題や課題を一緒にこなす日々はとても楽しい毎日だった。


(たまにカトレアの婚約者のテオドールも乱入してきたりして、面白かったわね)


カトレアには2歳年上のテオドールという婚約者がいて、カトレアが大好きな彼は私たちのいる場所に時折乱入してきては一緒に過ごすということもあった。


(懐かしい…)


私は学生時代の記憶に少し思いを馳せた。


「そう。この都市は、大陸中から学問を志す者たちが集まる場所なの。大陸一の学園もあるのよ。ノエルは賢いから大きくなったら、ここで学ぶこともできるかもしれないわね」


ノエルはじっと写真を見つめながら、何かを考えているようだった。


「アイリス様は行ったこと、ある?」

「ええ。12歳になった時から通っていたわ」

「……いいなぁ」


ぽつりと零したその言葉に、私は微笑んだ。数日前のノエルなら、こうして自分の思いを素直に口にすることはなかったかもしれない。少しずつ変化していることが、私にとっては何より嬉しい。


「そうね!きっとノエルがもう少し大きくなって、それでもここに通いたいと思うのであれば、きっと行けるはずよ。そのときまでに、たくさんのことを知って、学んでいきましょう?きっとノエルなら叶えられるわ」

「…うん!頑張る!」


気合いの入った返事をした後、また学園都市の写真をキラキラとした目で眺めるノエルをみてふふっと微笑んだ私は、すでに本の世界に没頭しているノエルからそっと離れて仕事に戻る。

仕事の傍ら、私はふと考える。


(本が好きだというノエルのために、色々と本を取り寄せようかしら。どうせならこの城に新たに作る予定のノエルの部屋の一つに専用の書斎を作るのもありね。きっと喜んでくれるはず)


私も昔から本を読むのが好きだったこともあり、ノエルの気持ちがよくわかる。ノエルの部屋の一つに書斎を作ることを決めた私は、この大陸中のいろいろな本を取り寄せるようにアンドレアに指示をしておくことにする。

ついでに、城の内装もあれこれと変えようと考えていたことだし、現在使われている城の装飾品から家具などで時代遅れなものやあまり見栄えが良くないものを撤去、そしてその代わりに置くものも同じく手配するように指示を出した。


この城は歴史もあり、古き良き雰囲気が漂っていて私としては好きなんだけれど、ちょっと暗い雰囲気だからこの際、良い部分を残しつつ、もう少し明るい雰囲気にしたかった。実際取り寄せるものに関してはアンドレアに一任することにした。おそらく商会に連絡して、色々と用意してくれることだろう。


ふと、もう一度ノエルをみる。ノエルは集中して熱心に本を読み進めていた。こうして時折ノエルと話すたびに、彼が何を思い、何を感じているのかを少しずつ知ることができた。それが、今の私にとって何よりも大切な時間だった。



◇ ◇ ◇



夜、ノエルを寝かしつけた後、レオたち私の側近と、旦那様の家臣であるライナーを呼び、城の現在の状況や今後について話し合うことになった。私の自室にレオとヴィヴィ、アンドレアとライナーが集まりそれぞれ席についた。


「みんな忙しい中、動いてもらって悪いわね。ありがとう」

「とんでもございません…!そもそも姫殿下にこのようなご苦労をおかけすることになり申し訳ない限りです…」


私の労いに、恐縮したように返すライナー。そんな彼に「問題ないわ」と微笑み返し、本題に入ることにする。


「さて、それぞれ動いてもらった進捗を聞かせてもらえるかしら」


私の言葉で、目の前の彼らは頷きそれぞれの報告が始まった。

ノエルとアイリスの穏やかな一コマに、最後は大人たちの会議となりました。ここ数日でノエルはだいぶアイリスに心を開いています。アイリスの親友のビオラとカトレア、カトレアの婚約者テオドールが出てきました。彼らも今後、出てきてもらいたいところですが少し先の話になりそうです。

さて、次回は大人たちの会議からスタートです。


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