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予言

その日は非常に珍しいことに、朝からザーザーと雨が降り続けていた。


ユドル王国の民は貴族から平民まで、全ての人がその恵みの雨に頬を緩め、近くにいる人と顔を見合わせ、喜びを分かち合った。


宮殿の廊下を慌ただしく歩く男も例外では無かったが、主君から火急の呼び出しにより、喜びに浸る余裕はない。


戦士として最低限の身だしなみの上に黒いマントを羽織り、戦士長の証である官帽を目深に被っている男は、傍からみると宮殿に不法侵入した賊に見えても仕方がない様相である。


時たますれ違う武官や、文官たちは不審者に一瞬臨戦態勢をとるが、それが戦士長だと認識すると一様に警戒を解き、それぞれの仕事に戻っていく。


宮殿の奥深く、ユドル王国の主が住まう一室に辿りついた男は、素早く呼吸を整え、主君からの入室許可を待った。


◆◆◆


広大な砂漠にある数少ない(みずうみ)の一つ、ルーナライン()を囲むようにユドル王国は存在する。


日頃は湖の波のように穏やかな奥宮殿だが、今は外の雨模様のように暗雲が垂れ籠め、ピリピリとした緊張感が漂っていた。


ユドル王国国王レペンシスは、自身の目前で絨毯の上に跪いている筆頭予言官ネリスを無言で睨みつけるのと、眉間を揉み部屋の入口に視線を向けるということをゆっくりと繰り返している。


ネリスはその度に、小刻みに体を震わせ生唾を飲み込んでいた。


「……で? その無礼極まりない予言は、嘘偽りなしと誓えるのか?」


静かな怒りを滲ませた声でレペンシスが問いただすと、ネリスは反射的に顔を上げそうになるのをグッと堪え、切々と訴える。


「っ! 私は真実を口にしております! 陛下と我が神に誓って! 決して神の名を汚すような戯言は口に致しませんっ」


下手に動くと首元に感じる刃の冷たさで、自らの首と胴が離れ離れになるのは確実だった。


ネリスが見た未来をレペンシスに伝えると、こうなるだろうとは分かっていたが、それでも伝えたのはネリスがこの国を愛し、陛下を尊敬し、(おのれ)の目と神を信じているからである。


神よ……。私の命はここで潰えるのでしょうか。悔いは無い……と言いたいですが、流石に成人したての歳で死にたくありませんっ! せめて素敵なお婿さんを貰って、可愛い子どもや孫に囲まれて、幸せな一生を過ごしてから死にたいですーー! なんで自分の未来は見えないの!? 陛下も陛下よ。別に赤子を殺せと言った訳じゃないでしょっ! 将来、国を滅ぼす原因になるから跡継ぎにするなと助言しただけなのに……。


「……遅かったなバルダー戦士長。危うくネリス予言官の首が無くなるところだったぞ」


ネリスの命運がかかった永い時間は、戦士長バルダーの登場によって幕を閉じた。


「主君。国境からこの宮殿がどのくらい離れているか分かってて言ってます? 緊急用転移石まで使ってきたんですが。予言官まで脅していったい何があったんです?」


黒衣の男バルダーは、レペンシスが愛用の長剣を、跪いている若い女性の首に突きつけているのを確認すると、若い女性ネリスに憐れみの視線を向け、長剣から解放する。ついでに、レペンシスから庇うようにネリスの前に立った。


◆◆◆


「という訳で、余の息子を其方(そなた)に預けたい。大切に育ててくれ」


「主君……? レペンシス陛下? 予言の内容は分かりましたが、今の言葉には脳が理解を拒んでしまいました。なんて言いました?」


そもそも王妃様には納得して貰ってるのだろうか?


突然のことに動揺を隠せないバルダー。官帽に隠れて見えない目が、落ち着きなく揺れる。


「余の唯一の息子、アムレスターを其方に託すと言ったのだ」


「正気ですか!? 部族長達が黙ってないのでは?」


誰か陛下を止めてくれ! この場に王妃様が居ないのはなぜだ!!


「皆の者には死んだと伝える。赤子は死にやすいからな。疑問に思う者はいないだろう」


「ですが! 私には妻がおりません。そんな私に急に子どもができたら婚外子のそしりは免れません! 王子に辛い思いをさせたいのですか!?」


「前から妻がいた事にすればいいだけではないか。どうせ其方は辺境の村からなかなか出てこないのだから」


嗚呼むりだ。俺にはこの男を止められない……。


「さりげに我が部族を貶すのは辞めてもらっていいですかね!? それから、私には妻候補すらいませんから!」


遠い目になったバルダーだが、一言添えるのは忘れなかった。


「そこに居るではないか。未来を見れる、優秀な妻候補が」


「……ネリス予言官のことですか? 彼女は王国筆頭予言官ですよ……ね」


レペンシスの視線をたどると、斜め後ろに庇っている女性と目が合う。


バルダーとて、女性には興味がある。ましてや、その相手はうら若き乙女だ。馬賊との戦いに明け暮れている自分には勿体ない女性である。否やはないが、断られるに違いない!


「わ、私ですかああぁ!?」


自身の未来は見れないネリス、人生最大の驚きに我を忘れて悲鳴を上げたのであった。


それでもネリスは思考を巡らせる。


戦士長は陛下の凶刃から庇ってくれた恩人だ。この時点で既に好感度はうなぎ登りだった。ネリスと歳が近いのも知っている。辺境とはいえ、部族長の一人でもあるんだよね……。ん? この先これ以上の婿候補には出会えないのでは!?


「分かりました! バルダー戦士長と結婚いたします!」

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