三話:あいつの目的
俺はより一層足に力を集中させる。
後ろからは「マーテー!」とこれまた鬼のような声が聞こえてくるので「待てるわけないだろ!」と返答しておく。これには先ほどまで不安そうにしていたアマちゃんの顔も綻んでいる。
しかし男の方は全く逆だ。言い方か、内容か、何かが男の気に障ったのか男はさらに足を速めてこちらに近づいてくる。草を踏む音がすぐ後ろから聞こえてくると共に、街の建物もあと数百メートルという所に来た。追い風の力もあり、アマちゃんも、俺も勝った、と思った。
しかし速かった。
俺は襟首を後ろから引っ張られて強制的に止められてしまった。アマちゃんも突然の事に驚いているようだ。アマちゃんの事を考えると転倒しなかっただけましだが、かなりマズイ状態だ。
「逃げてくれ!」
俺はそう言うとアマちゃんの足を地に着かせた。アマちゃんは俺の方を見たり街の方を見たり右往左往としている。
「早く逃げてくれ!こいつの狙いは俺じゃない。こいつの狙いは……………」
案の定、男はアマちゃんが逃げようとしているのを見て、標的を俺からアマちゃんに変えた。同時に用無しと判断され、俺は後ろの方にそのまま投げられた。
「ぐっ……………。」
受け身など取れず、衝撃で全身が痛く、体が強張って上手に動かせない。
「動ける…………動けるに決まってる。早く………早く、アマちゃんに……………」
なんとか起き上がる事だけはできた俺はすぐさまアマちゃんを探した。
アマちゃんはいた。男に頭を捕まれて。苦痛に顔を歪ませて。
「ようやく…………………ようやくだぁ!」
男は奇声にも聞こえる笑い声を上げてアマちゃん事を見ている。獲物をとったぞ、と言わんばかりに。
「これで俺は英雄なぁ。お前よ。俺がお前を殺せば、俺は英雄よ!」
俺は男にバレぬよう、できる限り素早く体を動かした。這いつくばるような姿勢で、服も土で汚れている。
男はギラギラとした目で手に持ったナイフをアマちゃんにチラつかせている。今から自分がどうなるか、それを想像したのかアマちゃんの目には涙が浮かんでいる。
「泣いてもなぁ。俺たちが仲間の死に流した涙はこんなもんじゃねえからなぁぁ………………………そうさ。旅立った仲間よ!」
男がより声を荒げる。「急げ」と直感が告げている。
「俺たちの!悲願が!目的が!ようやく叶うぞ!」
「まだ届かない………あいつの足にも届かない」
「死んだ者たちに捧げるぞ!こいつのカシラをよぉ!!」
男は宙吊りになったアマちゃんの首めがけてナイフを振りかざす。アマちゃんは目をつぶっている。
「だめ……………なのか?」
異世界がこんなに過酷で、残忍だとは思ってもいなかった。スローライフ?あれは夢だったんだろう。俺の目の前にあるのは人が、幼い人の命が奪われそうな瞬間だけである。アマちゃんが何をしたっていうんだろう。いやなにもしていないはずだ。なのに………なのに………。
アマちゃんの首に刃が当たろうとした瞬間。突然あたりに突風が巻き起こり、周囲の草を勢いよく揺らす。
「っ!?」
男は一瞬怯みナイフの動きを止める。ナイフはアマちゃんの首に当たるすんでの所で止まっている。男はそのままアマちゃんをつかんでいた手を離し、周囲を見回している。「俺の邪魔をする奴は容赦しない」という感情が、目だけで伝わってくる。
「風……………」
俺は耳を澄ませる。風の音に交じり微かに聞こえてくる別の音がある。そしてそれは俺の視線を空に上げた。
「あっ」