一話:暖かい異世界
澄み渡る青い空。
ポカポカとした暖かい陽気。
草の海と髪を揺らす心地よい風。
目を開けると俺は木の下にいて、日陰に守られている。
立ち上がり、見回すと一面に広がる草原と目の前には土が固められたようなレンガ色の小道。遠くの方には楽しい笑い声が聞こえてきそうな明るい色の建物が見える。
突然の突風に日陰を出て小道に出てみると、遥か遠い上空に見える白色の五匹の翼竜。赤が映えていてとてもかっこいい。おそらくあの力強い羽ばたきにより風が巻き起きたのだろう。彼らは十字架のような形を一切崩さずに飛んで行った。
「………………」
一瞬の沈黙の後、俺はもう一度日陰に戻り横になり目をつぶる。
ある程度の所で目を開けてみる。目の前に広がる先ほどと同じ光景にため息をついてしまう。
「異世界か」
残念ながらこの状況を理解できてしまう、飲み込めてしまうほどの知識が俺にはある。単なるあにめーとか、らいとのーべる、などで知識を得たわけじゃない。もっと専門的でしっかりとした本。異世界の…………みたいな本で知識を得たんだ。その本には異世界の特徴や生きるための方法。その他もろもろ書かれていたんだけど……………………。やっぱり本の名前は覚えていない。
「その場所に見覚えが無い場合、その場所に来た方法が思い出せない場合。それが誘拐ではないのならあなたは既に異世界に転生しています」
これはその本に書かれていた一節で、要は慌てる前に状況を把握しろという事だね。
まあ把握するまでもなく異世界だけど。竜がいる時点で異世界だけど。
ただその言葉で気づいたこともある。記憶がない。この場所に来た方法が思い出せない。
「何かを忘れた時は思いっきり声に出してみよう。君の物語はそこから始まる!」
意外と覚えているもんだ。だけど正直そんなことは必要もない気がする。
「まあ……やってみるか」
俺は覚えている限りの事をまとめてみる。
「俺の名前は波木浪也。高校生………………16歳で、誕生日は…………覚えてない」
意外と思いつくようで思いつかない。困ったな。知らないうちに記憶が無くなっている。
「うーん………………あ」
都合良い解釈が思いついた。
「そうか。全てを忘れてスローライフを送れということか」
棒読み?いえ。普通に喋ったはずだが?そう聞こえたのなら解釈が間違っていると思う。これだけは確信できる。
「まあ…………………寝るか」
異世界の本にはこうも書いてあった。「スローライフはまず寝るべし!」
俺は目をゆっくりと閉じる。そうすると感じる感覚が変わってくる。
視覚が無くなった分触覚が鋭くなった。
日陰にありある程度伸びていない草に背中全体が触れる感覚。
前髪を揺らす風の音。
ゆったりと時間が流れる。
……………。
……………。
z……………。
zzz……………。
ツンツン。
誰かにつつかれる。上から下に、「生きてるかー」と言わんばかりのなかなか強い突き。
「n?」
言葉にならない言葉で返事をして起き上がる。
そんなに安らかな顔だったのかな。
一体誰がと辺りを見回すが変わらない穏やかな景色のみが広がっている。不審者かと少し警戒したがその心配は無かったようだ。
と思ったのに。
突然後ろから目を隠される。
「そうか」と気づいた時には遅かった。寝ぼけた頭ではこんな簡単な事にも気づいていなかったのだろう。後ろの木に。
隠れる場所?あるじゃない。後ろに。
次に何をされるか分かったもんじゃない。全力を出して対処するしかない。
そんな思考も一瞬で終わり俺は目を隠してきた手を逆手で掴み、無理矢理視界を開ける。
「痛っ!」
「?」
突然の悲鳴のような声。てっきり強盗の類かと思っていたが聞こえてきた声は女の子の声だ。かわいい。幼さを感じる声だ。それに俺が掴んでいるこの手。柔らかい。肉自体がそもそも固くなっていない感じだ。
一瞬で手が引き抜かれた同時に一体誰なんだろうとそちらの方向を見ると、木の陰にサッと隠れる青色の服の裾が見えた。そしてすぐに可愛らしい顔が恐怖を纏ってこちらの様子をうかがっている。幼女と少女の中間ほどに感じる年齢。健康的に焼けた褐色の肌に白い大きな目がこちらに明らかな敵意を向けている。鶯色の髪は青色のゆったりとした服に沿って長く伸ばされている。
あまりにも突然の事だったので反射的に全力で手を掴んでしまったが、本人は遊び感覚であれをしたのだろうか。顔をまじまじと見ると恐怖と驚きが混じっているようにも見える。
それがあまりにも怖かったのか女の子は恐怖の値を増幅させ完全に木の陰へ隠れてしまった。
「っちょ…………ちょっと待って」
今ここで誤解されたままではマズイ。俺は急いで後を追う。
女の子は腰を抜かしたのか木の幹に体を寄せていた。こちらを見る目が、誘拐犯を見るそれなのだが、あれもこれも状況が悪い。
「さっきはごめんね。俺の名前は浪也って言うんだ。その…………別に怪しい奴じゃないからね!ほんとにごめん!」
俺はできるだけ体を二つに折り曲げるように頭を下げる。
ただひたすらに謝る事だけを考えて出てきた言葉がこれだ。他に言う言葉は無かったのかと今後悔しても遅いのだが。
これで誤解が解けないなら俺はもうどうすればいいか分からない。長い長い沈黙の後、か細い声が聞こえてきた。ただあまりにも小さく、うっかり俺は頭を上げてしまう。
そこには女の子が、先ほどまで怯えていた女の子がいつのまにか俺の前に立ち、顔を赤らめてうつむいている。服の裾を形が変わるほど握っている女の子は俺の方を見上げると「私こそごめんなさい!あと、私の名前はアマって言います!」と大きな声で言った。遠くまで届く透き通ったその声に風すらも止んで完全な沈黙となった。
一応、誤解は解かれたのかな?でもこれからどうすればいいのか。女の子……………アマ………ちゃん?は肩で息してる状態だしこれ以上何か話せるような話題を俺は持っていない。
八方塞がりだ。そう思ったときこちらに駆けてくる足音が聞こえた。