第8話 現場
クラスメイトの死についてのアレコレのせいで忘れていたが、先約があったのだった
「…あー、佐倉またな」
涼は少し残念に思いながらも一方的に約束させられたとは言え、先約の存在を忘れていたのに気まずく思い立ち上がる
そこで沙凪の存在に気がついたらしい小夜子は、チラリと沙凪を見て、意外と涼に対するよりは多少柔らかい声で口元に僅かに笑みを浮かべてみせる
「確か去年は2組だった佐倉沙凪さん…よね。井森君と何か大切なお話の最中だったかしら。それなら私、少し待ってても良いのだけれど」
愛想が全く無いのかと思っていたので意外だが、愛想がないのは男子相手だけなのか
あるいは涼だけに特別キツイとかじゃないと思いたいんだけど…
「ううん!大丈夫!私今から部室の方顔出そうかと思ってたんだ。じゃあね、井森君!篠塚さん!」
まだ高野友梨奈の死のショックはあるだろうが、ブンブン子供っぽく頭を振って小夜子の言葉を否定し、明るい表情を作り、手を振りながら立ち去る
その少し子供っぽい動作に微笑ましくなり、涼も思わずにやけながら手を振る
「あなた、彼女と仲が良いの?」
すっ、と無表情になった小夜子が少し低めの声で聞いて来る
「いやまぁ、去年も同じクラスだったし、隣の席になった事だし」
第三者から見てもやはり仲良く見えるということだよな、仲は割と良い方じゃないかな、そうだよな、
と思いながら、にへら、と思わず答えながら顔がニヤけてしまう
「そう…とりあえず着いてきて。ここでは話せないから」
そっけない声で言いながら、長い綺麗な黒髪を翻しつつ
、こちらの返事も待たずに先導し始める
「どこ行くんだよ…ですか?」
無愛想な様子に涼はムッとしつつ聞く
小夜子は振り返りもせずに淡々と答える
「無理して敬語使わなくて良いわ。私も使わないから。部室棟に行くつもりよ」
部室棟って、旧校舎か
高野友梨奈の死のせいでちょっと近づきたく無いが、他のクラスメイトが学校一の美少女にして有名人をチラチラ見てるので、サッサと立ち去るのには賛成だ
着いていく涼に声が掛かる
「涼!昼はどうする?」
女子に埋もれて殆ど見えない貴樹が隙間からこちらに片手を上げて聞いて来る
「…あー、わりぃ後でメッセージ送るから」
「了解!」
端正な顔に柔らかな笑みを浮かべる貴樹とのやり取りに、高木の昼の予定がまだ決まってないことをチャンスと捉えたらしいクラスの女子達に次々と誘いを掛けている
「杉本君!それなら私達とお昼食べようよ。駅前に去年出来たお店知ってる?行ったことある?」
「あそこパスタ安いし、ランチメニュー特に安いんだよ!ねえ、杉本君も一緒に行こうよ」
「えー、それなら『妖精の小さなお皿』に行こうよ。あそこのデザート可愛いし映えるし」
きゃあきゃあ甲高い声で誘いを掛けてるものの、貴樹も慣れてるみたいで軽く笑顔でいなしている
そんな教室の様子を尻目に、小夜子の後ろについて少し埃っぽい階段を降りていく
「えーっと、部活入ってるんだっけ?」
頭も運動神経も抜群に良いから、大会に出てるなら何か成績でも残してそうだが、そう言った話は特に聞いたことがない
「天文部よ」
「ふーん…そんな部活あったんだ」
「ええ」
…話が中々広がらない
通りすがる生徒がスラリとした絶世の美少女を二度見してから、その後ろに小判鮫のようについて行く涼を不思議そうに見て来る
はいはい。恋人同士に見えない事は分かってますし。別に交際望んでる訳じゃ無いですし、そんな目で見ないでくださいよ
涼は何となく、やさぐれた気持ちで外靴に履き替える
小夜子はスタスタ旧校舎に向かって行く
「部室に行く前に確かめたい事があるの」
「へぇ、何?」
「こっちよ」
小夜子は木造の旧校舎の裏側に近づいて行く
おいおいまさか
涼は嫌な予感を覚える
「君たち、こっちに近づいちゃダメだよ」
普通にスーツの男性に止められた
だよなぁ
男性は怖い顔をしているが、涼はホッとした
「ダメだってさ」
肩をすくめながら小夜子の方を見るが、小夜子は動揺もせず真っ直ぐ、スーツの男の向こう側を見ている
「佐藤さん、その子達は通してください。私が呼んだんです」
スラリとした長身が近づいてきた
細身で縁無しメガネを掛けた30前に見える男だ
ハーフっぽい顔立ちのイケメンだ
陽光に透ける明るい髪色で、眼鏡の向こうの瞳も緑がかったような不思議な色をしている
実際外国の血が入っているのだ
えーっと、授業は受けた事ないけど、何とかルイみたいな名前の英語の教師だった気がする
「安藤先生、遅くなりました」
小夜子が礼儀正しくペコリと挨拶する
そうそう安藤安藤
でも確か本当は安藤じゃなくてアンダーソンとかだけど言いにくいから安藤と皆に呼ばせてるとかだったよな
「君が小夜子の言っていた井守君ですね。君に見てもらいたいものがあります。着いてきてください」
柔らかい物腰で促される
そして、警察らしき人達が何故かその場を少し離れて行く中、涼は小夜子と安藤と共に死体発見現場に到着した