第2話 夜の邂逅
ひゅっ!
空気を切り裂く音がした
恐怖で硬く目を瞑っていた涼は薄っすらと目を開け、前を見ると
そこには長い艶やかな黒髪の背中があった
「あなた、怪我は?」
澄んだ少女の声に、情けなくも涼はびくっと体を震わせた
投げ出した足元近くに切り落とされた白い腕が見えたが、黒いモヤを纏いながら急速に形を失い、見る間に消え去った
涼の返事を待たず、少女は手にもった長い刃物で、次々と腕を切り落としていく
それは黒い禍々しい景色を歪めるような濃い闇の様なモヤを纏った日本刀の様だった
助けられた…のかも知れないが、涼は全く安心出来ずにいる
少女自身も手に持つ日本刀程ではないが、黒いモヤを右腕に纏っている。…まるで幽霊達の様に
涼はそこで気がつく
黒いモヤを一段と濃く纏い、夜闇に紛れて長く迂回した腕が背後から少女にのたうちながらモヤを脱ぎ去る様に素早く伸びて襲い掛かる!
「あ!危ない後ろ!腕!」
涼は咄嗟に警告する
振り向きざまに少女の右足に掴み掛かる腕に、恐怖を一瞬忘れて手を伸ばす
びゅるん
腕には避けられたが、少女は生まれた隙に腕の根元に近い部分を切り裂く
巨大な蛇よりも長い腕が力を失い黒く崩れていく
「あなた、見えているの!?それに…」
何か言い掛けたが、
白い腕が先程よりは大分少なめだが、暗闇からどぷんと纏めて溢れたのを見て、苛立たしげに舌打ちする
「キリがないわね…」
少女は小さく呟くと、コートのポケットから何かを取り出してばら撒いた
何かの白い粉の様なものが腕の固まりに向けて散らされると、腕達はゆっくりと地面に向かって落ちていき、パタリと動かなくなる
動かなくなった腕をブーツで踏みつけながら、堂々とした足取りで、黒々とした艶めいた長い髪を翻し、発生源の黒いモヤに近づき、日本刀でモヤを両断した
涼が息を詰めて見つめる前で、黒いモヤは左右に分かれる様に拡散し消滅する
刀を鞘に仕舞いながらこちらを振り返る
「本来なら私に会ったことは忘れてもらってそれでお終いなのだけれど、あなたはどうもそう言うわけにはいかないみたい。あなた、名前は?」
少女は振り向きながら、何故か厳しい目つきと口調で詰問する
頼らない街灯の灯りに照らし出されたその整った顔を見て涼は呆然と息を呑む
美しい少女だった
暗がりに浮かび上がる人形の様に整った白い顔は、女優やアイドルでもそうは居ないだろう程に、完成された美そのものだ
作り物の様な無機質な非現実性があり、無表情なのも相まって幽霊だと思った方が信じられそうだ
大きな美しい瞳に厳しい光を宿しているが、その宝石の様な輝きに目が吸い寄せられる
息を吸うのも忘れそうな触れ得難い美貌に圧倒されてはいたが
涼は彼女を知っていた
彼女は涼の通う清崎学園高校一番の有名人
「えっと…篠塚…さん?」
それを聞いた篠塚小夜子は、その大きな目をさらに見開いた