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第1話 忍び寄る恐怖

ホラーミステリーを目指します


最初の被害者、遠野達也は、私立清崎学園高等学校の古文の教師だ


「さあ、終わり終わり!」


大きな声で宣言し、机にまだ山積みの仕事に無理やり区切りをつけた


凝り固まった肩を揉みながら、保管されている鍵束を片手に、

遠野は後輩と共に職員室を後にする


こいつも雑用なんか断って、自分の仕事優先すれば良いのにな


先輩として、そうアドバイスしてもどうせ曖昧に笑って誤魔化すんだろうな


そう思いながら、若手教師のつむじを何となく見やりつつ、フフ、と遠野はこっそり笑みを浮かべた


遠野も最近遅くまで仕事をするようになって気がついた


この後輩はいつも周りから押し付けられた雑用で、本来の仕事が中々手につかず一人遅くまで残っていたのだ


雑用を押し付けられるのは若手の運命としても、少し生真面目すぎて、兄貴分を気取る遠野としては心配だ


クラス担任を受け持つのはこの後輩は今年が初めてなのだ


去年は副担任として自分の補佐をしてくれていたが、独り立ちして初めての文化祭、クラスの出し物で悩んでいる様子だ


春に怪我を負って心配していたが、治った後も心配は尽きないな


皆の頼れる兄貴分としてはいつでも助けになるつもりだ


秋も深まるにつれ陽が落ちるのも早くなってきた


背が高い分大柄な遠野は薄ぼんやりとした廊下を大股で歩く


背の高い遠野が隣にいるせいか、その若手教師はいつもよりも小さく見える


遠野は革靴に履き替え歩き出したが


後輩がデスクに私物を忘れたと言い、慌てて職員室に戻って行った


コツコツと硬い足音が校舎の中に足早に消えて行く


今日も随分と遅くなってしまった


手持ち無沙汰で暗い中で光る、校内の自販機が目に入ったので少し歩いてコーヒーを買い、近くのベンチに座りながら、物思いに耽る


一応まだまだ若手に分類され、また、気持ちも若いつもりの遠野は、生徒との距離感の近く、クラス担任として、部活顧問として、文化祭の出し物の準備を主導している


可愛い生徒達に頼られて中々気分も良い


後輩も自分を慕っている


今日もこれから頼れる兄貴分として若者の話を聞いてやるのだ


「おっと、少しのんびりし過ぎた」


ひとりごちながら、缶を傾けコーヒーを急いで飲み干して、立ち上がり、ゴミ箱に入れてから少し急足で旧校舎へ向かう


生徒が部活動中歌っていた歌をうろ覚えで小さく鼻歌で歌いながら、旧校舎の玄関に着いた


鍵束を掲げて見せながら声をかける


「よお!待たせたな」


小柄な影がぺこりと頭を下げた


肩に届く程度の長さの髪が顔を隠す 


「とりあえず腹減ったな!夕飯まだだろう?この後行こう!年長者として奢るから遠慮するなよ!ラーメン食うか?ラーメン!あー…でもお前ラーメンとかあんまり食わなさそうだよな!駅前のパスタ屋とか好きそうだな。俺まだあそこの店行った事ないんだ。オシャレすぎてさ!一人じゃ何となく行きづらくてさ!そこで良いよな?」


何か言われる前に、遠野は持ち前の押しの強さの出ている


無駄にハリのある声で遮り、勝手に夕食を二人で食べる決定をする


マイペースで相手が男だろうが女だろうが関係なく、常にこんな調子の為、遠野を慕う生徒も多いが、心底嫌う生徒も少なくない


玄関の鍵を開け、廊下を進む


旧校舎は土足で良いので、下駄箱をそのまま通り過ぎる


「夜の旧校舎来たのは初めてだ」


一方的に話しながら階段をだん、だんと大きな足音を立てながらのぼる


その後ろをきゅっきゅっきゅっきゅっと遅れないように小刻みに響く足音


遠野は手すりに捕まりつつ一段飛ばしでのぼる


そんな遠野に遅れないようにするのは、背の低い人間には大変なのだが、そう言うところが気が利かない


だん、だんと力強い革靴の音に続いて、その斜め後ろからきゅっきゅっと摩擦音が階段を足早に追いかける


遠野が鍵穴に鍵を差し入れ、扉を開けたタイミングでようやく追いついたようだ


雲の合間から既に星が輝いているのが見える


日中とは全く違うヒヤリとした風が遠野の頬を撫で、遮るものの無い開けた空間はなかなか気持ちが良い


「しかし、屋上か!普段入れない分それだけで興味持ってきてくれる生徒もいそうだよな!ナイスアイデアだと思うぞ!」


屋上の使用許可を今から上に申請するのは中々骨が折れそうだが、普段周りに合わせて自分の意見を見せないのに、こうして提案してくれたんだ、何とかしてやろう


安全対策については確実に指摘される。特に気をつけて事前に対策を考えておかないといけないだろう


柵が少し低くてやっぱり危ない気もするんだよな


でも流石に柵を別なのにというのは土台無理な話だ

ここら辺をクリアさせてから話をしに行った方が良いな

それに雨天どうするかだな


頭の中できたるべき文化祭を思い描きながら遠野は後ろを振り向いた


月も厚い雲にちょうど遮られ、電灯の明かりもあまり届か無いからか、黒い服の細身の影はぼんやり暗闇に包まれて輪郭がハッキリしない


「あのよー!」


声を掛けながらそちらに向かい、足を踏み出した



その時


右足首を掴まれ後ろに強く引かれた


「っ!いっ痛あ!」腹と腕と膝を思い切り屋上のコンクリートにぶつける


「な、なんだ!?」


強い力でそのまま後ろに引きずられる


足を吊り上げられる


逆さまの視界で柵に顔面と腕を叩きつけ、そして宙で足はようやく自由に


浮遊感


その日、10月10日以降、遠野達也は目を覚ましていない


毎日遅くまで残業していた事は、同僚の証言で判明している


仕事の悩みから自殺を図ったものと結論付けられている






第二の被害者、青木莉央は素行が悪かった


それなりに美人言っても良い容姿だが、化粧が得意では無いのか顔立ちに少し似合わないケバケバしい派手さがある


年の少し離れた彼氏と夜会っていたり、彼女持ちから男を取ったり地味なクラスメイトや教師に多少イタズラしたりする程度の事で、本人は自身を不良などとは思っていない


留年するほどは学校もサボってないし


中学まではウザい教師に目をつけられて、髪も染められず、ダサい制服も折ることすら禁止され地味に過ごすしかなかった


高校デビューを無事果たして、ここ半年は今まで好きに出来なかった分人生で一番楽しい


制服もオシャレなことで有名だ。アレンジも出来るが、彼氏がスカート丈も短くしない規定そのままのが良いと言うので、学校外では逆にちゃんと着ている


今日は社会人の彼氏の家で呑んできてちょっと気分が良い


彼氏は高校のOBらしく、学園祭で声を掛けられた


オシャレなワンルームで一緒に過ごすと、莉緒ももう大人になった気分になれる。彼氏にいつまでも子供扱いしてくる親の愚痴を言うと、早く一緒に住みたいね、と言ってくれた


家が近づいてくる


でも、酒臭いまま家に帰ったら、高校入ってから急に口うるさくなってきた父親に説教じみたことを言われるかもしれない


水でも飲んだ方が臭い消えるかな?


少し歩いて自動販売機でミネラルウォーターを購入する


ガコン


静かな夜にペットボトルの落ちる音が響く


と、ポツと顔に冷たい感触


「やば!雨降るんだっけ?」


天気予報なんて確認してなかったが、雨音は少しずつ勢いを増していく


雨宿りしつつ座って時間潰せるところを求めて歩き出した莉央は突如前にツンのめる


「…うぅ」


アスファルトに強かに膝と腹と手のひらを打ちつけて、呻き声しか出ない


ペットボトルが音を立てて転がって行く


何かが足首に巻き付いている?


上体を起こしながら髪を払いつつ上半身だけ振り向く


瞬間


凄い勢いで足が引き摺られる


「わ、ちょっと!ま…」


アスファルトの上を手のひらが引き摺られて痛みから逃れようと、


掌と顔がアスファルトにすらないように


膝がこれ以上擦りおろされないように


腹以外を地面から離したような変な体制を取るが、今度は服が捲れて腹の皮膚が擦れる


莉央は慌てて体を捩って丸め頭を守る体制を取る


雨に濡れた髪が顔に張り付く


引き摺られている足の方を見る


その先、暗闇の中にビニール傘をさした黒い人影が見えた



後は、暗闇



素行不良の若者が行方不明になるのは珍しいことでは無い



よく学校をサボり、よく無い付き合いがあったと噂のあった青木莉央もその中の一人と考えられた


家族から捜索願いが出され、学校は休学届けを受理した


血の跡は雨水が流して行く






そして、

今確認されている最新の被害者も、私立清崎学園高等学校の生徒だ


春休みに宿題を出すのは法律で禁止すべきだと涼は思う


日中は日差しが強くなってきて、半袖でも過ごせそうな陽気だったが、日も落ちて深夜近いこの時間になれば流石に肌寒い


上着を羽織ってくるべきだったと、井守涼いもりりょうは少し冷たくなった二の腕をさする


高校生活も、もう2年目の4月だ


春休みの宿題は数学と読書感想文に、英語も出ている


特に数学はプリントの枚数がやたらと多く、3月中は怠けて遊びにアルバイトにと過ごしてしまった


もうそろそろ始めないとヤバいなと思いつつ、日中は結局やる気を出せず、夜になってようやく手をつけたところだ


それでもやる気が出ないので、コンビニにでも行ってエナジードリンクでドーピングしようと思い、夜の静かな住宅街を一人歩いている


「やっぱり最近多いな…」


視界の端に黒い暗いモヤがチラつく


去年の秋あたりから特に増えてきた気がする


黒いモヤの中に白いものが一瞬見えた気がして、目線だけ動かしてチラッと見た


「……」


人の顔に見えたが、もう見えない。確認しようがない

特に害は無いが、気分はあまり良く無い




…涼はいわゆる見える人、というやつだ




物心つく前から見えていたのだと思う


幼少期は落ち着きなくあちこちを指差し、視界に映るものを周囲に言っていたようだ


親の気を引こうとしているものと両親とも考え、特に問題になっていなかった


落ち着きが無いのも、男の子だからと深くは考えなかったのだろう


しかし、小学校に入り、同い年の子との交流の中で、自分が見えているのは一般的な事では無い、普通の人はそれら見えていないという事に涼はようやく気がついた


そこでやっと両親に自分の見えている不思議な黒いモヤとその中にいる、現れては消える存在を訴えた


そこからの、周囲の理解を諦めるまでの数年を思い出して、涼の気分は陰鬱になる


もっと早く諦めていれば…


コンビニで適当にエナジードリンク数本と、夜食に菓子パンを買い込んで店を出る


あいつらのことは、なんだか分からないからとりあえず、心の中で幽霊と呼んでいる


あの幽霊だかなんだかは夕方以降、暗くなると見えることが増える


日中見える時もあるが、薄暗い場所にたまにいるくらいで、滅多に見るものでは無い


まあ、ここ半年ほどは学校で見かけることが多くなり、ゲンナリしている


見えることで他の生徒から変に見られないかが気になる


夜には良く見かけるが、特にこちらに何をしてくるわけでも無い


それに物心ついた時には当たり前に近くに存在していたこともあって、涼は特に夜歩きを避けたりはしていない


幽霊のすぐ脇を掠めるくらいに普通に歩きもする


害は無いのだ


直接は


しかし、奴らを家庭崩壊の原因と考えている涼としては、実に目障り極まりない


近くを平気で歩くのも、奴らのために避けて通るのを癪だと思っての事でもある


ふと、涼は足を止めた


二の腕が鳥肌を立てている


妙に冷える


確かに肌寒かったが


足元から底冷えするこの体の芯を緩やかに、確実に冷やしていく感覚は、


「…なんだ?」


小さな呟きが住宅街の闇に妙に大きく響く


音がない


確かに閑静な住宅街だ

しかし余りにも静か過ぎやしないか


それに、


それに、


少し先の人が住まなくなって何年も経たボロい木造の平屋の玄関先に、地面近くに集まる、いつも見るモヤよりも何倍も大きい、何倍も濃い黒い、暗いモヤ


その足元に広がる白く蠢く縄のようなものは


こんなに見つめても消え去らない


地面から湧き出すように数を増やし、存在感を増す


無数の人の腕は


「なんなんだよ…これ」


口腔が乾き、喉が張り付き掠れた声て呟いた


白く蠢き、数を増やし、長く長く人の腕ではあり得ない長さに伸びた、その腕達はすでに道路の半分を塞ぐほどになっている


いつもなら


いつもならモヤの中の白い存在は、視界の端にしか存在せず、目を留めたら掻き消えるのに


来た道を引き返す為に、アレらに背を向けるのも憚られ、ジリジリ後ずさる


のたうつ腕達がアスファルトを叩き、引っ掻く僅かな音と、自分の心臓がバクバクと立てる音を聞きながら、ゆっくりと後ずさる



腕を排出し続けているモヤが一瞬縮んだのが視界の端に映る


唾を無理やり飲み込む


腕が


腕が


腕が


腕が


腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕


溢れ出した


悲鳴も上げられず、咄嗟に身を翻して駆け出そうとした涼の左足元に掠めてズボンの裾を揺らす


「ひ…うわ!うわぁ!」


引き攣った悲鳴をあげながら転び、膝を地面に打ち付ける


エナジードリンクの缶が転がり、派手な音を立てる


喚きたい痛みだが、それどころではない


「あっち行け!」


鎌首を跨げた人間ではあり得ない長さと軟体性を見せる腕に恐怖する


掠れた叫びをあげるが、もう


大量の腕が



こちらに迫っていた






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