世界の創り方
休日になり、朝から凪の部屋に集まる二人。ノートを広げ、どんな世界を作るのか、膝を突き合わせて話しあう。
不気味なものだらけの部屋の中央に座り、真剣な顔でノートを見つめる二人の男。何も事情を知らない人が見ると、怪しげな儀式をしているようにしか見えないだろう。
「まず魔法は使えるようにしたいな。ナギも使ってみたいと思ったことはあるだろ?」
「そうだね。ゲームを参考にして、魔素っていう概念を入れれば使えるようになりそう」
「神パワーが引き起こす不思議現象ってことにはできないのか?」
「ある程度説明できる現象じゃないとダメみたい。多少無理矢理でも論理的にする必要があるね」
「神にも面倒な制約があるんだな」
基本方針はよくありがちな剣と魔法のファンタジー世界にすることとなった。
昼食をはさんでからも話し合いは続き、凪の祖母が晩御飯に二人を呼びにくる頃、ようやく作る世界が決まったのだった。
「それじゃあ、作る大陸は五つ。大きな大陸を中心に、東西南北に一回り小さな大陸を作ろう。地質とか水質は地球基準でいいかな」
「生物と植物は進化して種類が増えてくれることに期待して、とりあえず生物が1000種で植物が500種だ。人間はある程度自然豊かになってきた頃に作ろうぜ」
基本的な環境は地球をもとに考えた。
「ファンタジックな要素として魔素を追加だね。他の元素に変化しやすくて、生物の体にある程度蓄積する新たな物質。体内に蓄積した魔素を放出することで、周囲の魔素に影響を与えて他の元素に変化させる。これが魔法だ」
「体内の魔素に脳から出る電気信号を帯びさせて体外に放出することで、その電気信号を受け取った周囲の魔素が変化するんだ。鮮明なイメージが大事だな」
これが二人で考え出した魔法理論だった。
「魔素が一点に集まりすぎると、自然に変化を起こして生物が生まれるんだ。これが魔物だね。魔物は魔素の塊だから、倒すことで魔素となって霧散する。一時的に辺りの魔素濃度が跳ね上がるから、生物の体がそれに適応するために、体内に溜め込める魔素のキャパシティーを上昇させる」
「同時に体のリミッターを外して環境に適応しようとするから、体中が重度の筋肉痛になるんだが……筋肉痛は要するに筋肉にできた傷なわけだから、脳は無意識に傷を治す電気信号を送る。これを受け取った魔素が傷を修復してくれる。魔素は周囲に大量にあるから使ったそばから供給される。一瞬で猛烈な筋トレ後並みの筋力が付くわけだ」
「魔物を倒すことで急激に上昇する、魔素のキャパシティーと身体能力。同時に魔素も満タンになるし、多少の傷であれば回復する。これがレベルアップの原理だね」
ゲームで見たレベルアップの不思議現象を、なんとか論理的に整理し直すことができた二人。問題なのは……
「レベルとか状態異常を数値や文字として可視化させる『ステータス』の原理だな。魔素を使って作るパネル上に文字を可視化させることはできるだろう。だが、レベルアップしたり状態異常になったりするたびに数値や文字を更新する原理が俺には思い浮かばんぞ。ナギ、何か思いつかないか?」
「それなんだけどね。ある程度は最初にサトシが言ってた、神パワーが引き起こす不思議現象でいけるんじゃないかと思うんだ」
「はぁ?論理的な現象じゃないとダメってナギが言ったんじゃないか」
「確かに物事に干渉する場合は論理的な説明が必要だ。だけど自分だけに『ステータス』が見えるなら干渉に当たらない」
「まあそうだが……じゃあ数値や文字が更新されることへの説明は諦めるのか?」
「もう少し論理的に説明できる部分を増やそうか。同じものを見て違うイメージを持つことは誰にでもあるでしょ?例えばこの像を見てどう思う?」
凪は棚に置いてある、怒りの表情を浮かべる像を取り出した。
「この世の全てを憎んでいそうな不気味な像だな」
「そうだよね。でも不動明王って知ってる?恐ろしい顔をしてるんだけど、それは悪人を力尽くでも正しい道に引き戻そうとする慈悲の心からなんだ。この像も同じさ。悪魔を寄せ付けないために怒りの表情を浮かべているんだ。さて、この話を聞いたうえでこの像を見て、サトシはどう思った?」
「言われてみれば優しさも感じるような……」
「そう!経験によって見え方が変わるものもあるのさ。話をもとに戻そうか。つまりだよ、経験によって『ステータス』は見え方が変わるんだ。だから見てる『ステータス』はみんな一緒でも、見え方はそれぞれ違う。……説明がつかないところもあるけど、地球でも解明されてない不思議現象だってあるでしょ?この程度なら不思議現象で誤魔化せる範囲だと思うよ」
「屁理屈な気がしないでもないが、ナギが言うなら問題ないんだろう」
話し合いがまとまり、二人は顔を見合わせ頷き合った。
二人が作る、新たな神話の始まりだ。
夜、凪の部屋に並んで布団を敷く二人。
「これを近くに置いて眠ることが、新たな世界に行くトリガーなんだな?」
「多分ね、昨日もそうだったし」
二人の間には、凪が目覚めた後は何事もなかったかのように動かない天沼矛の欠片を置いている。
「……おいナギ、狭いぞ。このアフリカンな不気味なお面どけてくれよ」
「まあ、そう言わないでよ。そのお面は神様が着けたっていう伝承があるらしいんだ。神様に見守られて安眠できるかもよ?……そのお面付けた後に発狂した人がいるらしいけど」
「一気に不安になったぞ!」
凪の部屋は大人三人が余裕をもって寝られるほどの広さがあるはずなのだが、その半分以上の面積を不気味なアイテムの数々が埋め尽くす。
「大丈夫、それはまだ安全な方だから。ほら、もっとヤバいのはあの鞭。ギリシャ神話に出てくるんだけど、あれで体を打たれると、もがき苦しんで死ぬらしいよ。天沼矛以外では一番神の存在に近付けたアイテムだったなぁ」
「目をキラキラさせてえぐいことを語るな!」
わいわいと騒ぐ二人だったが、やがてどちらからともなく寝息をたてはじめた。
数時間後、天沼矛が動き出し、放つ光が二人を包み込む——
「……マジかよ、ちょっと疑ってたけどナギの言ってたこと本当だったんだな」
「二人で来れるか分からなかったけど上手くいったようで良かったよ」
「俺たち浮いてるけど、急に落ちたりしないよな?」
「さぁ?まあ僕が前回来たときは落ちなかったし大丈夫だと思う」
聡思は少し不安げな表情を浮かべる。
凪はまだ何もない世界を見渡しながら、矛を持つ手に力を入れた。これからこの世界は、二人によって命を吹き込まれるのだ。
「ところで、今ナギが持ってるその矛が、アメちゃんか?」
「まだその呼び方続けるのか……そう、これがこの世界を生み出すキーアイテム、天沼矛の真の姿だよ」
「どうやって使うんだ?」
「神話ではこれを海に突っ込んで、落ちた雫で島を作ったみたいだけど。多分イメージを強く持つことが大事なんだよね。だからこう、矛を掲げると同時に大陸ができるイメージで……」
凪が天に向かって矛を掲げると同時に、陸地が盛り上がって来た。凪の考えは合っていたようだ。
「おお、すげぇ!」
「よし、この大陸を中心にして他の大陸も作って……あれ?」
目の前が暗くなっていく凪。
「お、おいナギ!?しっかりしろ!」
聡思のその声を最後に凪の意識は途絶えた。
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