天沼矛
聡思が帰って数時間、天沼矛の欠片をいじってみる凪だったが、特に変わったところはない。
「う~ん、光ったり動いたりする様子もないな。何時から動くのか聞いとけばよかったな。眠いな……明日、学校行ったときに……聞こ……」
欠片を抱えたまま寝てしまう凪。しばらくは凪の寝息だけが部屋に響いていた。
1時間ほど経った頃だろうか、凪の持つ欠片が震え、光を放ちだした。その光は凪を包み込んでいく——
夢の中で凪は飛んでいた。いや、空中に浮いているといった表現が正しいだろうか。これまで明晰夢を見たことがない凪は驚くが、だんだんと状況を把握していく。ふと下を見ると、水に浮く油のようなものが見えた。
「なんだか日本神話の国生みを思い出すなあ」
冷静になってきた凪は、右手に何か握っていることに気が付き視線を向ける。握っていたのは天沼矛の欠片だった。その瞬間凪は、欠片を抱えて眠ったことを思い出す。
「えっ、この欠片本物だったってこと!?じゃ、じゃあもしかしてこれを使えば新たな世界を生み出す神になれる……?」
日本神話では、もともと世界は水に浮いた油のように、海に国が漂っていたのだという。それを神様が天沼矛を使い、かき混ぜ、滴り落ちた雫が島になったとされている。これが日本の始まりだというのだ。ならば、自分も天沼矛を使えば世界を生み出せる、凪はそう確信した。
「どうやって使うんだろう。せめて棒みたいな形ならかき混ぜられるのになぁ」
そう思った直後、欠片が光を放つと同時に形を変え、棒状になった。
「え、これ思った通りに変形するの?だったら剣の形になったりできるのかな」
すぐに形を変える天沼矛。剣に変化した天沼矛を見て、楽しくなってきた凪は次々と色々な形を試していく。
「なるほど、2メートルくらいの大きさが限界で、分裂はできない。持ってなくても自分の周り半径3メートルくらいなら意思に沿って動くと」
大きな球状になった天沼矛を自分の周りに漂わせながら凪はつぶやく。
「——じゃあ最後に、お前の本当の姿を見せてくれ」
そう言った瞬間、天沼矛が喜んでいるかのように震え、ひと際明るい光を放ったかと思うと、矛の形状に変化した。
「これが天沼矛か……」
柄に散りばめられた、美しくはあるが、華美すぎない宝石の数々。鉄ですら切り裂いてしまいそうな鋭利な穂先。しばらくの間見惚れる凪。すると再び天沼矛が震え、光を放つ。それと同時に凪の頭に入ってくる知識。
「ぐっ……これは、天沼矛の記憶……?」
跪き天沼矛を受け取る男女。橋に立つ二人。天沼矛を持って海をかき混ぜ、滴り落ちた雫からできた島。そこに手を取り合って降りていく二人——
神代の時代を垣間見た凪は、脳が焼き切れそうなほど多量の情報を受け取ることとなる。普通の人間ならば発狂してもおかしくはないのだが、凪は神になれるという喜びに打ち震えていた——
「おはよう、サトシ!」
「うお、びっくりした!どうしたナギ、テンション高いな。宝くじでも当たったか?」
「いや、それよりも良いことがあったんだ!」
珍しくはしゃいだ様子の凪に聡思は困惑気味だ。
「あのね、昨日の天沼矛なんだけど、本物だったんだ!これがあれば僕も神になれるよ!」
「お、おう。そうか。……えっ、あれ本物だったのか?」
まくしたてる凪の言葉を一瞬遅れて理解する聡思。
「そう、天沼矛の記憶を見て使い方も理解したし、すぐにでも新しい世界が作れるんだ!でも僕だけじゃ不安だからさ、サトシからもどんな世界を作るかのアイデアをもらいたいんだよね」
「ナギが嘘を言うとは思っていないが……今俺は世界を作るアイデアと、今すぐ病院に行くアイデアのどちらを伝えるべきか悩んでいるぞ」
友人の頭がおかしくなったのではないかと心配する聡思。その時、遠くで学校の予鈴が鳴り始めた。
「おい、また遅刻するぞ!俺今日遅刻したら遅刻数二桁に突入しちまう。全力で走れ!」
「まだ入学して1か月も経ってないのにもう9回も遅刻してるのか」
苦笑しながら友人を追いかける凪だった。
日が沈みだし、部活をしている人たちも帰りだす時刻。暗くなってきた教室で帰り支度を始めるのは、まだ部活に入っていない凪と聡思だ。
「サトシは10回遅刻したから反省文を書かされるのは当然として、何で僕まで書かされるんだよ!?」
「先生も言ってただろ。ナギは今回で7回目の遅刻だ。ほぼ同罪だな」
けらけらと笑う聡思。今日もいつものように校門に立っていた体育教師に捕まり、放課後に反省文を書かされることとなったのだ。
荷物をまとめた二人は、街灯の点き始めた道を並んで歩きだす。
「ナギ、朝の話だけどさ。明日から休日だし、ナギの家で一緒に考えようぜ」
「え、信じてくれたの!?わかった、明日の僕の家に集合ね。楽しみだなぁ」
「ナギの家に泊まるから、とびっきり美味しい飯期待してもいいか?」
「そっちがメインだったか。わかった、ばあちゃんに伝えとくよ」
大喜びする聡思と、それを見ながら呆れる凪。空に浮かぶ一番星が、二人を見守るように優しく輝いていた。
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