「君との婚約を、破きあぁぁぁぁ!」「次は人差し指をへし折りますわ」
「ジェイン・ワルプルギス! 私は君との婚約をはきあぁぁぁぁ!」
「次は人差し指ですわ」
突きつけた人差し指でなく、親指を折られ、ムルタ王太子は悶絶した。断罪のためと徒党を組んだお決まりのグループは、早くも二人から距離を取ろうとしていた。
「ごっごまかしても無駄だ! お前はレベッカ伯爵令嬢に嫌がらせをしただろう!」
「誰ですのそれ」
「クラスメイトの名前くらい覚えろ!」
ジェインは首をかしげたまま、同じ言葉を繰り返した。あまりにも礼を失する仕打ちに、レベッカは憤怒に顔を歪めて身を乗り出したが、小指を折られてその場に蹲った。
「なんにせよ......お前の立ち振舞いは公爵家に相応しく......ないわけではない、かもしれないが、少なくとも私の婚約者としては、あまりにも......その、えっと」
「私、お父様から教えられましたの」
執事に日傘を用意させ、優雅にティータイムを始めたジェインは、紅茶の味に頬を緩めた。
「女は男を尻に敷き、常にキンタマを握っておけと」
「お前のところの家はどうなってんだ!?」
紫色になった親指を押さえながら、取り巻きの一人にしてジェインの弟である、ジョンに食って掛かる。彼は眼鏡を押し上げながら首を振った。
「誤解です殿下!」
「だよな?」
「言ったのは母です!」
王子は顔を覆って、ジョンの肩を優しく叩いた。
ジェイン・ワルプルギスの経歴は華々しいものだった。前科八犯という驚異的な数字を誇り、若冠5歳にして父親の毛根に対する暴行容疑で貴族裁判所を経て、令嬢院に送られた。その後はシャバと令嬢院を往復し、着々と前科を増やしていった。
「なんでこんなのが私の婚約者なのだ」
「お似合いですよ、殿下」
「慰めの言葉じゃないぞそれ!」
王子は唾を飛ばしながら腕を振り回し、痛みに蹲る。しかし、再び顔をあげたとき、そこに満面の笑みを浮かべていた。
「だが、それも過去の話だ。お前はレベッカに嫌がらせをしていた。この事実が公となれば、お前は身の破滅だ!そして私はお前から解放される」
「そういわれましても、私はそこの......まあなんでもいいや。そこのにはなにもしていませんよ」
「今小指を折ったじゃない!」
「知ってる? 小指ってもっとも折れやすいの。いつのまにか折れていても気づけないほどにね」
この女には舌鋒でも勝てそうにない。早々に格の違いを思い知ったレベッカは沈黙した。
「嘘はつかない方がいいぞ、ジェイン。ひとつの些細な罪が、大きな破滅を招くのだからな!」
「殿下は私の小指が些細なことだと仰いますの!?」
「こいつから解放されることを考えれば些細だろうが!」
ジェインが手を下すより早く破局へ突き進んでいる二人。その様子を頬杖をついて見守っていた彼女は、ふと気づいたように尋ねた。
「ところで、そこの小指さんが受けた嫌がらせと言うのは、どんなものですの?」
「とぼけても無駄だ。親から贈られた万年筆を隠し、葬式の花を送りつけただろう!」
「なんですのそれ?」
心底不思議そうに首をかしげるジェイン。
「前科八犯のお前がしなければ、誰がするというんだ、ええ? 言ってみろ!」
「私なら、そんなまどろっこしいことなどしないで、指をへし折りますけれど?」
「あ」
沈黙が場を支配した。
「ところで人の指ってソーセージに見えますよね」
「おい、誰がレベッカに嫌がらせをしたというんだ? ジェインではないとしたら」
「さあ......我々ははじめから、姉上がやったものだと決めつけておりましたし......」
「他に前科が目立つ令嬢はいないのか」
「普通いませんよ前科持ち」
「じゃあなんでその普通じゃない令嬢が、よりにもよって私の婚約者なんだ!?」
「大丈夫ですよ殿下。真犯人が見つかれば、すぐに前科くらいつきます」
「経験者が語るな!怖いわ!」
「私にいい考えがあります」
ジェインが目を輝かせながら言った。
「......いってみろ」
「クラスメイトたちが自白するまで、片っ端から指をへし折ると言うのは」
「姉上それ拷問って言うんですよ」
「殿下、殿下が思いを寄せる......なんとかさんのためにも! 是非拷問しましょう!拷問をさせてください!」
その後。
「あー、レベッカに嫌がらせをしていた人間は直ちに名乗りでなさい。さもないとジェイン・ワルプルギスが皆の指を喜んでへし折ろうと」
「何でもしますから、それだけはやめてください!」
呆気なく犯人は見つかった。
「ところでジェイン・ワルプルギスの前科って?」
「暴行と麻薬の密売」
「なんで公爵家は家から追い出さないんだ」
「ワルプルギス家の主な収入だし」
「あー......」
「売り付ける先が敵国だし」
「あー......」