8話 森田楓
「初めまして、わたしの名前は森田楓。東京ウォーリアーズ監督、森田潤二の娘だよ」
陽翔はこの場で適切な返事が思いつかず、ただ立ち尽くすだけだった。
森田潤二、ウォーリアーズ監督、陽翔の元上司にして、自分を二軍に干しカウボーイズへの移籍のきっかけを作った男。
目の前にいる整った顔立ちの女が、どちらかといえば強面の森田監督の、血のつながった娘とは思えない。
しかし、驚く部分はそこではない。
なぜこのナイトゲーム終わりの夜、森田監督の娘が自分をこんなとこに呼び出したのか、ということだ。
「ごめんね、急に呼び出したりして。びっくりしたでしょ」
「う、うん。それはそうだけど……なんで俺を呼び出した?」
「うーん、なんていうかな。簡潔に言えば、あなたに興味があるから」
彼女との接点など無い。
ネット上でどこからともなく現れた、陽翔が高校生の彼女に手を出したという噂以外は。
興味を持たれる理由も、筋合いもない。
「ていうか、高校生がこんな時間にこんなとこ居て大丈夫なのか」
「わたしはもう大学生だよ。二年前はホントに高校生三年生だったけどね」
ということは今年で20歳になるのか、と陽翔は頭で計算した。
「あなたが東京ドームで試合をする日を待ってたんだ。そしたらパパのコネを使ってこうして呼び出せるから。もちろんパパには内緒にしてもらってる」
“興味があるから”というだけで、会ったこともない人を強引に呼び出すなんて、ずいぶんぶっ飛んでいるなと陽翔は思った。
「ねえ、とりあえず、明日、会えない? 明日もナイトゲームでしょ。昼ごろに時間あったら」
これは俗にいうハニートラップ?
陽翔の頭に最悪のシナリオがよぎった。
この女の誘いに乗り、約束の場所に行ってみると、そこには週刊誌が張り込んでいる。
あのネットのデマ、自分が森田監督の娘に手を出したという事実は晴れて真実と化す。
そしてなぜか高校生のころから自分たちが関係あったということになり、未成年に手を出した自分は球界追放。
陽翔の思考が堂々巡りしていると、森田楓は、
「ホントにパパは関係ないよ。だって、ここであなたと会っていることがパパにバレたら、わたしは親子の縁切られちゃうかもだし」
「そんなに俺嫌われてる?」
「うん。口には決して出さないけど、めちゃくちゃ嫌ってると思うよ」
「ふーん」
そこまで嫌われる筋合いはなかったが、別に今となってはどうでも良いことだ。
「それで、返事は?」
「う、うーん……」
冷静に考えると、ハニートラップはないかと思う。
なにもかもが不自然すぎる。
目の前の女は、真っすぐ陽翔を見つめる。
こうも純粋な瞳に当てられると、疑いを持っている自分が悪い気がしてくる。
「ま、まあ、ちょっとだけなら……」
「いいの!? ありがとう」
楓は顔を輝かせた。
「じゃあ明日の――」
待ち合わせの時間と場所を伝えられ、あと連絡先を交換した。
「あ、そうだ。今日の試合見てたよ。すっごいかっこよかった! じゃあね! また明日!」
そう言って楓は部屋を出て去っていく。
陽翔は一人残され、本当に明日の約束をしてよかったのだろうか、とんでもないことに巻き込まれるのではと思った。
◇◇◇◇
翌日、約束のカフェに行ってみると、既に楓はテーブルに座って待っていた。
昼の時間、人でにぎわうカフェの中でも、彼女の容姿は際立っている。
なんだか、彼女の周りだけオーラで空間が歪んでいるように見えた。
「あ、あれは……」
そして、そんな楓に近づいていく男が一人いた。
「ゆ、勇気さん……」
東京ウォーリアーズ主将、坂根勇気だった。
近づき、耳をすましてみると、
「ねえねえ、君一人? 一緒にお茶しない?」
疑いようもなくそれはナンパだった。
プロ野球のスーパースターであり、大柄な体格を持つ坂根は、楓以上にこのカフェと言う空間にふさわしくない。
というか、こんなウォーリアーズの本拠地近くでナンパなどして大丈夫なのだろうか。
坂根のことを知っている人も結構いるはずだ。
ある程度の距離から近づけないでいると、楓が陽翔に気づいた。
そして、陽翔のほうへ大きく手を振る
「おーい陽翔。こっちこっち!」
陽翔は他人のふりをしようかと思ったが、時すでに遅かった。
坂根は睨みつけるように陽翔を見ると、つかつかと歩み寄ってきた。
「陽翔じゃん」
伊達メガネにマスクと変装をしてきた陽翔だったが、一瞬で坂根に正体がバレてしまった。
「お前の女?」
「いや友達と言うか……なんというか」
「ふっ。試合前にいい身分だな」
そう言って坂根は店を出ていく。
“あんたに言われたくないわ”と陽翔は心の中で呟いた。
「ありがとう。助かった。坂根さんもよくやるよね」
陽翔が向かいの席に座ると、楓は言った。
「何回も週刊誌に取られてるのに。しかもドームの近くでな。週刊誌が怖くないのかな」
何度もスキャンダルがありすぎて、今さら一個や二個増えようとノーダメというわけか。
「……わたし高校生のとき坂根さんに会ったことあるけど、気づいてなかったね」
「気づいてたら顔青ざめるだろうな。監督の娘をナンパしたなんて」
「パパにチクっとこうかな」
二人でメニューを見る。
スイーツからドリンクまで、豊富なメニューの中から楓はパフェを注文した。
陽翔は試合前ということもあり、コーヒーだけにしておいた。
「ねえ、わたしたちの、あのネットのデマは知ってるよね?」
「デマって……あの? 知ってるよ。おかげで誹謗中傷を受ける羽目になったから」
「へえーどんな感じの?」
「ロリコン、きもい、死ね。みたいな」
「ふーん。まああれが事実なら言われてもしょうがないか」
「……こんな話するために呼び出したの?」
「いいじゃん」
やってきたコーヒーをすする。
楓が注文したイチゴがたんまり乗ったパフェも、やがてやってきた。
「あの、あなたが干されたことだけど。パパも、単にあなたが嫌いだから干したわけじゃないと思うよ。ちゃんと、考えを持ってああいうことをした。ただ人を見る目がないのと、頑固者だからああいうやり方しかできないだけで」
やっぱり父親をかばいたかっただけか、と陽翔は、楓の言動になぜかがっかりした。
「父親をかばいたくなる気持ちはわかるけど……今の俺にとっては、別にどっちでもいいよ。カウボーイズに移籍できて良かったし」
「そうだね。わたしもそう思う。きっとあの出来事は、あなたにとっても、日本野球界にとっても重要な出来事になるはず」
「日本野球界って、そこまでは知らんけど……ホントにそんなこと思ってる?」
「ホントに思ってるよ。わたしは、パパと違って人を見る目があるもん」
楓はクリームが絡まったイチゴを一口頬張ると、話し始めた。
「パパに干されたという話を聞いて、わたしはあなたに興味が出た。それで、ウォーリアーズの二軍の試合を見に行った。何回も。去年は、カウボーイズの二軍の試合も見に行った。それで確信したの。陽翔、あなたはトリプルスリーだってできるし、三冠王だってとれる。それでプロ野球の、いやメジャーのスーパースターになる」
「ちょ、ちょっと待て。調子良い事言い過ぎ」
「ううん、本気で思ってるよ。わたしは野球をやってて、パパ譲りの才能を持ってたから、野球に関しては自信があるの」
陽翔は頭を掻いた。
目の前の女が、本気で言っているのか、調子良いこと言って自分をからかっているだけなのか、ただのアホなのか、天性のおだて屋なのか、判別がつかない。
ただ、純粋無垢な瞳で、はっきりと言われると、悪い気はしなかった。
「お母さん、めっちゃ有名な女優だったんだろ?」
なんだか照れくさくて、陽翔は話を変えた。
「うん。ちなみだけど、わたしも女優目指してる」
「へえ。お母さんの影響でみたいな?」
「うん。ホントは小っちゃいころからやりたかったんだけど、パパに反対されてたから。大学生になってようやく始められた。でもまだパパには言えてない。まあそのうち国民的大女優になるつもりだから、絶対バレちゃうんだけどね」
「でもまあ、もう大人なんだから、反対されても突っぱねたらいいんじゃないか」
「そのつもりだけど、できればちゃんとパパには認めてほしいかな……」
楓がそう言うと、しばらく沈黙が流れた。
陽翔はコーヒーを飲み干す。
楓がパフェを食べ終え、二人は立ち上がる。
会計を済ませると、陽翔たちは店を出た。
「今日は会ってくれてありがとう」
楓が言った。
「ううん、こっちも面白い話が聞けて良かった。気分転換になったし」
「そっか。今日は舞台の稽古があるから応援いけないけど、試合、頑張ってね。あ、そうそう、開幕戦は福岡まで応援に行くから」
陽翔は「そっか」と言って帰路につこうと背を向けようとしたが、楓は、
「ところで、陽翔は今、付き合ってる人いるの?」
「……いないけど」
「そっかよかった!」
そして背中を見せ、顔だけ陽翔の方を見て言う。
ポカンとする陽翔を残して楓は去っていく。
妙な人間と知り合いになってしまっとと、陽翔はため息をついた。
◇◇◇◇
その日の夜の試合、陽翔はスタメンで出場した。
三回の第二打席、四球で出塁すると、盗塁で二塁に到達した。
「なあ陽翔」
するとウォーリアーズのショート、坂根勇気が話しかけてきた。
「今日、お前が会ってた女だが」
陽翔はぎくっとしながらも、平静を装って「何でしょう?」と言った。
「俺、あの女とどっかで会ったような気がするんだが」
「き、気のせいですよ。たぶん……」
絶対に気づかないでくれと思った。
それが一番丸く収まる。
◇◇◇◇
オープン戦が終わる。
結局陽翔はオープン戦三冠王を逃した。
本塁打王と打点王の二冠王にはなったが、首位打者をチームメイトの三浦に奪われた。
結局、三つの打撃タイトルをチームの三番と四番で分け合う形になった。
そして今日、プロ野球が開幕する。
陽翔たちカウボーイズは、開幕戦は敵地で迎える。
試合前のウォーミングアップまであと少しというところ、チームの面々はロッカールームで各々音楽を聴いて集中力を高めたり、スマホゲームをしたり、雑談したり、思い思いの試合前を過ごしていた。
陽翔はというと、ある一枚の画像とメッセージを見ていた。
それは森田楓が送られたものだった。
“ドーム着いたよ! 頑張って!”というメッセージに添えられていたのは、カウボーイズのユニフォームとキャップを被って、メガホンを前に突き出した楓の画像だった。
「なんや、彼女か? 可愛い子やな」
いつのまにか隣にいた島岡が、陽翔のスマホ画面を覗き込んで言った。
「ち、違いますよ!」
「そんな慌てるなんてなあ」
島岡はニヤニヤしていた。
陽翔は、この人には何を弁明しても無駄だとため息をついた。
「まあ女のことを考えんのも、これまでにしとけよ。アップ、始まるで」
「わかってますよ」
今日の試合の陽翔は、プロ五年目で初の開幕戦スタメンとなる、三番センターで先発出場だ。
陽翔は、適当に楓へメッセージを返した。
心を、戦闘モードに変える。
今日の舞台は福岡ドーム。
相手は昨年のパリーグ王者にして日本一、福岡シーホークスだった。
◇◇◇◇
464.牛を飼う名無しさん
両チームスタメンキターー
カウボーイズ
1(遊)島岡壮太
2(左)ウィル・パーキンス
3(中)五十嵐陽翔
4(一)三浦豪成
5(DH)アルバラード・ロペス
6(三)前川航平
7(二)田中栞緑
8(右)宗村亜真也
9(捕)坂本翔太
先発森本玲央
シーホークス
1(二)本田忠勝
2(遊)川端倫弥
3(中)柳沢来斗
4(一)松山武彦
5(DH)ホルヘ・デルパイネ
6(左)デヴィッド・ライヤ―
7(三)下川佑馬
8(右)東口晃生
9(捕)嘉山優太
先発千堂孝宏
467.牛を飼う名無しさん
>>463
こうしてみると両方強そう
472.牛を飼う名無しさん
>>467
解説者のパリーグ順位予想のワンツーやからな
481.牛を飼う名無しさん
>>472
なお一位シーホークスと二位カウボーイズの差
ほとんどの解説者がシーホークス優勝を予想してる模様
487.牛を飼う名無しさん
>>481
誰か忘れたけどカウボーイズ優勝を予想してた人もいたけど
三浦が三冠王
森本が投手全冠
パーキンスが3割30本打つ
五十嵐がトリプルスリーする
こんだけあったら優勝するって言ってて笑ったわ
逆に言うとそんだけ上手くいかない限りはシーホークス優勝ってことや
501.牛を飼う名無しさん
でもとにかく今年は楽しめそう
Aクラス
いや優勝してくれ
503.牛を飼う名無しさん
ワイ的には五十嵐がどれだけやるかが楽しみや
510.牛を飼う名無しさん
>>503
オフシーズンずっと無双してたからやってくれるよ
515.牛を飼う名無しさん
いよいよ開幕…
今年はワクワクする
517.牛を飼う名無しさん
三浦と森本の日本最終年
夢見せてくれ