7話 メジャー100勝の男
ヴィンセント・ケントは大きな歩幅で、肩を揺らし、ガムを噛み、日本人を見下ろしながらグラウンドを闊歩する。
今日は東京ウォーリアーズと大阪カウボーイズのオープン戦。
ケントにとっては来日して最初の対外試合となる。
アメリカのテキサス出身の彼は、去年のオフに東京ウォーリアーズと年俸四億で契約した。
彼は若い頃、メジャーリーガーとして活躍し、多くの栄誉を手にした。
23歳の若さでMLBの先発ローテーションに定着し、複数年に渡って活躍。
カンザスシティ・セレブズのワールドシリーズ制覇にも貢献した。
積み重ねた勝利は102勝で、最多勝のタイトルを獲得した年もある。
33歳となったケントは、プレーしていて年齢的な衰えを感じることが多くなってきた。
若いころは才能に任せきりの投球でも打者を抑えることができたが、近年は自分の思うような投球ができない。
豪速球に頼っていた彼は、加齢とともにボールのスピードが低下し、活躍できなくなっていった。
また暴飲暴食、不摂生がたたり、体は肥え、ケガも多くなっていく。
ついにメジャー契約をしてくれる球団はなくなった。
ケントはそろそろ野球界から引退し、新たにビジネスでも始めようかと考えていた。
そんな中、ウォーリアーズからの破格のオファーが届いた。
今や全盛期の姿は影も形もない自分に、四億の契約を与えてくれる球団などアメリカにはない。
迷わずオファーを承諾した。
日本の野球についてのイメージは、非力な打者が多いということだ。
日本からアメリカにやってくる打者は、当然日本プロ野球でトップクラスの成績を残した選手だと思うが、彼らは一部の例外を除いて皆パワー不足だった。
上澄みでさえあの程度のパワーならば、日本プロ野球の多くの打者など取るに足らない。
メジャーリーグで通用しなくなった選手や、メジャーに上がれずマイナーリーグ止まりだった選手が、日本に渡り大活躍し、大金を掴んだ話もよく聞く。
一緒にプレーしたことがある知人にも、そのような者はたくさんいる。
彼らを否定するわけではないが、自分よりずっと劣る彼らでさえ活躍できるのが日本のプロ野球だ。
おそらく、衰えた今の自分でも余裕で活躍できるだろう。
適当に二年程度活躍して、お金をたんまり貰いアメリカに帰る。
その金を元に新たなビジネスを始める。
そうだな、地元のテキサスに大きな牧場でも作ろうか。
ケントは頭の中にそんな未来を描いていた。
今日の試合は、なんとかカウボーイズとのオープン戦。
カウボーイズといえば、彼の出身地であるテキサスのアメリカンフットボールのチームと同じ名だ。
ケントは野球よりもアメフトの方が好きで、地元のフットボールチームの猛烈なファンだった。
なんのカウボーイ要素もない日本人がカウボーイズを名乗っているのは、正直不快だった。
一回表のカウボーイズの攻撃、先発のケントはマウンドに上がっていた。
日本のマウンドはアメリカのマウンドに比べて柔らかく、投げづらい。
だが、ストライクさえいれておけばそんなに打たれないだろう。
思った通り、日本のバッターは非力だった。
一番、二番とあっさりと打ち取った。
どちらも体が小さく、打たれる気がしなかった。
三番打者が打席に入る。
こいつも小さい。
適当にストレート二球で追い込んで、チェンジアップで落とせば空振り三振に打ち取れるだろう。
「三番センターいがら……」
ドーム内に日本語のアナウンスが響くが、聞き取れない。
“こんにちは”と“ありがとうございます”以外の日本語を覚える気はない。
この二つを言っておけば日本人は喜ぶことを来日してから知った。
一球目、ケントは左打者の外角低めにストレートを投げ込んだ。
しっかりと指にかかった、力のある球だった。
左打者は踏み込んで、打ってきた。
快音が耳に飛び込んできた。
「ワット?」
打球はぐんぐん飛んでいく。
そのままセンターのフェンスを越え、ホームランとなった。
「フ〇ック!」
ケントはマウンドを蹴った。
スピードも申し分なし、コントロールミスもなく、外角低めいっぱいに制球できた。
では、なぜ打たれた?
『四番ファースト、三浦豪成』
大柄な男が右打席に立つ。
タケナリ・ミウラ、ケントはこの男を知っていた。
あまり日本球界に関心のないケントでさえも、ミウラの話は聞いたことがあった。
日本球界では一番のバッターで、野球の世界大会、ワールドベースボールクラシックでも各国のメジャーリーガーを相手に豪打をふるった。
その時の試合をケントは見たことがある。
来年にはアメリカに渡るらしいが、間違いなくあっちでも成功するだろう。
「ボールフォア」
明らかなボール球が四つ続いた。
警戒しすぎたか、それとも前のバッターに打たれたホームランによる動揺が、ケントの想像以上に精神を乱しているか、いずれにせよ、自分の投球ではなかった。
ひ弱そうな五番打者をあっさりと内野ゴロに打ち取った。
ケントは相変わらず大げさな足取りでゆっくりとベンチに戻ると、寄ってきた投手コーチに言った。
「あの三番はなにものだ?」
投手コーチは口を開けてポカンとしていた。
くそ、なぜ日本人は英語ができないんだ。
メジャーリーグにくる世界中の選手はほとんどの選手が英語を話せる。
例外はいつも専属の通訳とべったりで、特別待遇な日本人だけだ。
慌ててケントたちの元へやってきた通訳にもう一度、“三番”の正体を問う。
通訳は、紙のデータを参照しながら言った。
「この選手は……昨年の一軍出場は1試合のみ。決して有望株というわけでもなく、ただの無名の若手かと」
「なん……だと……」
信じられなかった。
あれほどの力強いスイングをするやつが無名の若手?
詳しくそいつの成績、来歴、特徴を聞く。
ハルト・イガラシ、確かに特筆すべき球歴は見当たらない。
だとすれば、あの選手はオフの間に急成長したというのか。
それとも、日本野球というのは無名選手でもあれほどのポテンシャルを抱えているというのか。
日本よりもメジャーリーグの方が当然、体格の良い選手が多い。
ただ大柄な選手たちの中、5.7フィート(約173センチ)にも満たないような小柄な体格でも、活躍している選手も中にはいる。
アメリカでも大柄な部類のケントだが、そういった小柄ながら活躍する選手たちは好きで、尊敬に値すると思っていた。
メジャーで元同僚だった日本人選手も、小さいながらも極限まで体を鍛え上げ、パワーで勝負をしていた。
まさかこのイガラシという男も、それほどのポテンシャルを持っていると言うのだろうか。
「クク……」
ケントは不敵に笑った。
何の楽しみもないオープン戦の一試合だったが、気が変わった。
決して体も出来ていないし、調子も良くないが、全力でやってやろう。
この際、イガラシが有望な選手かどうか、このオフに成長したかはどうでもいい。
ただ、勝負を楽しめる相手というのは確かだ。
二回、三回のケントは完璧だった。
打者六人に対し奪三振五つと、支配的な投球を見せる。
一回よりも球速がかなり上がっている。
明らかにギアを入れ替えた。
そして四回表、先頭、お目当ての相手がやってくる。
『三番センター、五十嵐陽翔』
ケントは左打席に入ったイガラシを見据える。
日本人はどいつもこいつも童顔で、皆若く見えるが、こいつはなおさらだ。
22歳らしいが、高校生ぐらいに見える。
しかしスイングは、メジャー級だ。
「レッツエンジョイベースボール、ボーイ……」
一球目を投げ込む。
一打席目に打たれたのはストレートだが、あえてもう同じ球で行く。
バッターの体に近い、内角の高めの球でビビらせる。
「ボールっ!」
イガラシは多少ボールを避け、仰け反る。
すぐにケントをキリっと睨む。
少年のような顔だが、ハートは強いようだ。
それよりもケントは、自らの投じた球の球速に我ながら驚いた。
若いころは100マイル(160キロ)を超える球を持っていたケント。
しかし近頃は劣化で、ストレートの球速は150キロをたまに超える程度となっていた。
それが今の球は157キロと、近年はまったく投じることのできなかった球速である。
この春先の時期、全然体が出来上がっていないというのに、どういうことだろう。
昂ぶりを感じる。
メジャーに上がりたての若いころ、テレビで見ていたスーパースターたちとの対決に、胸を躍らせたときのような、わくわくが心を満たしている。
ただの出稼ぎのつもりだった日本行きだが、思ったよりスリリングな日々となりそうだ。
二球目、ケントは決め球のチェンジアップを選ぶ。
低めにきっちりと制御され、失速し、落ちていくボール。
並みのバッターなら、一球目の速い球とのスピード差で、態勢を崩してしまうはず。
けれども、イガラシはついてくる。
ボールを追いかけず、自身の間合いまで呼び込む。
多少低めに外れたボール球だったが、構わず拾う。
テニス選手のラケットのようにバットを操り、ボールを捉えた。
快音を残し打球は右中間を割っていく。
ライトがボールを処理し、内野にボールが返ってくるころには、イガラシは二塁に余裕で到達していた。
ツーベースヒット、現状のケントが投じることのできる最高の球は、またも打ち砕かれた。
タイムがかかったことを確認したケントは、自らマウンドを降りた。
予定イニングは四回までだったが、もういい。
これ以上の投球は意味を成さない。
ケントがダグアウトに戻ると、コーチは慌ててやってくる。
今度は通訳も一緒にやってきた。
「次回の登板はキャンセルだ」
「えっ」
ケントが言った言葉に、コーチは目を丸くした。
「すまない。このままだと日本では通用しない。体を作り直す。四月中には一軍で投げられるようにするから、待っていてくれ」
コーチは通訳を介して「君に任せるよ」と言った。
マウンドでは変わったウォーリアーズの二番手が、カウボーイズの四番、タケナリ・ミウラにホームランを打たれていた。
ミウラ、来年には海を渡りメジャーリーグに挑戦するらしい。
奴も間違いなく、メジャークラス……いやメジャートップクラスのバッターだろう。
試合後、ケントは報道陣の取材に対し、コメントを残した。
今日の投球はどうだったか、という質問だったが、自分自身の投球には一切触れなかった。
ただ、メジャーリーグの伝説的な内野手、170センチにも満たない身長ながら3000本安打を達成し、アメリカ野球殿堂入りを果たした選手の名前を挙げた。
そしてイガラシは彼のようになるだろうというコメントをし、球場を去った。
◇◇◇◇
四回表、ワンアウトから陽翔は二塁打を放った。
ウォーリアーズ先発のヴィンセント・ケントから、一回表のホームランに次ぐ一打だ。
自分でも調子の良さにビビるぐらいだった。
「久しぶりだな、陽翔」
ケントがマウンドを降り、次のピッチャーが投球練習を始める。
その間に二塁上で、ウォーリアーズのショート、坂根勇気が話しかけてきた。
坂根はウォーリアーズのキャプテンにして、日本代表の正遊撃手である。
「どうもっす」
坂根にはお世話になった。
陽翔がウォーリアーズ時代に一軍にいた期間は数か月ほどだが、坂根には主に守備のいろはなどの技術的なことや、プロ野球選手としての心得などの精神的なものなど、たくさんのことを教わった。
「今年は、レギュラーになれそうだな」
「おかげさまで」
「それは良いことだ。だけどある意味残念だな。俺の後継者はお前だと思ってたからな」
「またまた調子いいことを」
ウォーリアーズ時代の陽翔といえば、ただの守備固め兼代走要因だった。
それを、坂根の後継者であるショートのレギュラーポジションなど、恐れ多い。
「俺は本当にそう思ってたぞ」
陽翔の遥か上の目線から坂根は言う。
190センチ近い高身長に、端正なルックス、毎年のようにショートのベストナインに選出されるほどの成績、まさにスーパースターだ。
「あざっす」
「ま、頑張れ。日本シリーズで会おうぜ」
◇◇◇◇
結局、今日の成績は一打席目でホームラン、二打席目で二塁打、三打席目で四球と、言うことのない完璧な結果だった。
「どやった? 古巣との対決は?」
ロッカーでグラブを手入れしていると、島岡が話しかけてきた。
「別に、なんもないですよ」
古巣との対決といえども、特に意識せず、普段通りのプレーができた。
「ホンマかぁ~? 付き合ってた監督の娘とか思い出さんのかいな」
「付き合ってないですって」
「ああ振られたんやったか」
「振られてもないし、そもそも自分は森田監督の娘とやらにあったこともありません。その話、もう壮太さんしかいじってないですよ」
ネットのどこからか生まれた、陽翔が森田監督の娘に手を出したという噂は、最初のころは知り合いに真偽を確かめられたり、いじられたりもした。
中には「高校性に手を出すなんて最低。〇ね」という誹謗中傷が陽翔のSNSに届くこともあった。
しかしそれは昔の話。
今なおこの話題を出しているのは、目の前の島岡だけだった。
「しかし見たか。五十嵐が打った瞬間の森田の顔。めっちゃ悔しそうにしとったで。そりゃそうやろうな。自分が捨てた選手にめちゃくちゃ打たれよったもんな」
「どうでもいいですよ、もう昔の話は」
森田監督は嫌いっちゃ嫌いだが、ある意味感謝もしている。
あの時干されていなければ、今でも自分はウォーリアーズで森田監督の元で控えに甘んじていただろう。
それが干されて、カウボーイズに人的補償として移籍して、今がある。
嫌われたことは、結果としては良かったかもしれない。
「まあ、今日で相当森田も参ったやろうが、やっぱ日本シリーズで直接叩きのめしてやらんとな。そしたらめっちゃスカッとするで」
「五十嵐くん、ちょっといい?」
島岡との話を遮るよう、カウボーイズの球団職員が声を掛けてきた。
「いいですけど、何でしょう?」
「実はウォーリアーズ関係者で君に会いたいという人がいるみたいで」
「はあ……誰だろう?」
球団職員とともにロッカーに出ると、今度はウォーリアーズの職員がいた。一応ウォーリアーズ時代にお世話になったことがある人で、挨拶を交わし、彼に連れられ通路を歩く。
「誰なんですか? 自分に会いたいって」
「それは……ちょっと言えない」
「えぇ……大丈夫なんですか?」
何だか嫌な予感しかしない。
頭によぎったのは、森田監督の顔だ。
少し歩いた先にある部屋の前で、職員は言った。
「その人はここで待ってる」
職員は扉を指した。
どうやら自分はここまでだ。
あとは一人で行ってくれ、という感じらしい。
「し、失礼します……」
そっとドアを開けた。
目に飛び込んできたのは、なんだか人が使っている気配のない白色の暗い部屋と、目が眩むような華やかな背の高い女性だった。
その女は、開口一番言った。
「やあ!」
「や、やあ……」
女は強く陽翔を見据える。
その吸い込まれそうな大きな瞳に見つめられると、どこか心が落ち着かなくなる気がした。
こんな人、一度でも会ったことがあれば忘れやしないだろう。
背は高く、陽翔よりも少し小さいぐらいの長身で、170センチはありそう。
黒色のスキニージーンズに白色のジャケットの彼女は、日本人離れしたそのスタイルのせいか、ランウェイを歩くモデルのような雰囲気がある。
茶色と朱色が混じった綺麗な長髪は、一本も縮れることなく重力に身を任し、長く地面に伸びている。
開けたデコの下からは、印象的な二つの瞳が陽翔を覗く。
全体的に大人っぽい印象を与えながらも、どこかまだ少女の面影が残っているような瞳だった。
女は、少し笑みを浮かべて言った。
「初めまして、わたしの名前は森田楓。東京ウォーリアーズ監督、森田潤二の娘だよ」
◇◇◇◇
242.牛を飼う名無しさん
五十嵐陽翔 .455 5本 14打点 OPS 1.419
244.牛を飼う名無しさん
>>242
化け物やん
245.牛を飼う名無しさん
>>242
五十嵐でポジるのやめられん
247.牛を飼う名無しさん
>>242
今年三浦の三冠王阻止するとしたら五十嵐だと思うわ
250.牛を飼う名無しさん
>>247
五十嵐首位打者は全然あるやろな
251.牛を飼う名無しさん
ヴィンセントケントも大したことなかったな
254.牛を飼う名無しさん
>>251
五十嵐と三浦以外に打たれてないし
全然活躍すると思う
341.牛を飼う名無しさん
五十嵐も良かったな
彼女の父親にアピールできて
342.牛を飼う名無しさん
>>341
ソース無し定期
350.牛を飼う名無しさん
五十嵐と森田の娘が付き合ってるのはデマだと知ってるけど
母親はめっちゃ美人な女優だったんやろ?
358.牛を飼う名無しさん
>>350
せやで
当時ワイ中学生ぐらいやったけどめっちゃ好きやったわ宮井明美
森田と結婚するから引退するって聞いたときはショックやったから森田嫌いや
森田の遺伝子が薄かったら娘もめっちゃ美人やろうな
361.牛を飼う名無しさん
>>358
20年以上前に中学生だったとかおっちゃんやん
362.牛を飼う名無しさん
>>361
敬意払おうや