6話 オープン戦三冠王
陽翔のカウボーイズ一年目のシーズンが終わり、オフシーズンが始まった。
とはいっても、野球のことを忘れ、休むことができるわけではない。
オフシーズンも来シーズンに向けてのトレーニングや、首脳陣への重要なアピールの場でもある。
来シーズン、必ずレギュラーとして一年間活躍する。
陽翔はそんな目標を胸にこのオフシーズン、非常にタイトな日程をこなした。
まずはチームの秋季キャンプからオフシーズンは始まる。
カウボーイズのキャンプは高知県で行われ、主に若手が参加する。
シーズン最終戦、あのホームランで掴んだ感覚を忘れぬよう、そして、さらにスイングに磨きをかけられるよう、徹底的にバットを振り込んだ。
キャンプが終わってからはみやざきフェニックスリーグという12球団の若手が参戦する教育リーグに参加した。
さらには12月、台湾で行われたアジアウインターリーグに派遣された。
カウボーイズのあるコーチには流石に働きすぎ、もっと休めと進言された。
しかし陽翔は自身で志願して地獄のオフを過ごしたのである。
少しでも多くの実践を積む。
来シーズンのレギュラー奪取に向けて、最後まで野球漬けの一年を送った。
一月に入ってから二週間ほどの休養を挟んだ後、カウボーイズのチームメイト、三浦の自主トレに参加した。
二月からは球団単位の春季キャンプが始まるため、プロ野球選手たちはその前に個人あるいは少人数でトレーニングを行う。
チームのレギュラーが確約されたような選手ならシーズンに向けての体づくり。
レギュラー奪取を狙うような若手選手ならキャンプ初日からアピールするための練習。
選手個々にとってその目的は様々だ。
三浦の自主トレにはカウボーイズの選手だけでなく、他球団の選手も参加していた。
中には日本代表に選ばれた選手や、二年前に甲子園で活躍してプロになったばかりの未来の大器の姿もある。
皆、自ら三浦に志願して自主トレに参加させてもらっている。
そんな中、なぜ陽翔が参加しているかというと、三浦自らに参加しないかと誘われたからだった。
三浦の連絡先など知らなかった陽翔であったが、秋ごろに知らない番号から電話がかかってきた。
出てみると三浦で、自主トレに参加しないか、とのことだった。
突然のことで当然驚いたが、二つ返事で「はい!」と答えた。
正直のところ、陽翔は三浦の自主トレに参加したいと考えていて、お願いをする予定であった。
ただ自分でお願いするより先に、三浦自身に誘いを受けたのはなんだか嬉しかった。
ハワイでの自主トレは成果しかなかった。
三浦のトレーニング、練習を見ているだけで、プロフェッショナルとは何か教えられているような感覚だった。
もちろん陽翔は、ただ彼についていくだけでなく、その技術の源を盗もうと積極的に教えを乞いたり、観察を欠かさなかった。
毎日が充実し、成長できる場となった。
ちなみに陽翔にとっては、今回のハワイが初海外だった。
二月からはチームの春季キャンプが始まる。
一軍と二軍に分かれ、シーズンへ向けての調整、あるいはチームの練度を高めていく。
陽翔は一軍スタートだった。
カウボーイズ一軍のキャンプは宮崎で開催される。
プロ野球の春季キャンプというのは地元にとっては一種のイベントなのか、多くのファンが会場に詰めかける。
昨シーズン最終戦しか一軍に出ていない陽翔であったが、カウボーイズファンに少なからぬ声援を貰えた。
今年は期待しているぞ、と熟年のファンらしい人に声をかけてもらえたのが一番印象に残った。
キャンプでは初日から大いに手ごたえがあった。
このオフの間からバットを振り込んだ成果、さらに昨シーズンに取り組んだ肉体改造が実を結んだか、自分でも信じられないぐらいスイングに鋭さが増した。
実践形式の練習においては、今までスイングスピードが足りずに差し込まれてしまっていたような球でも、しっかりと芯で捉え、遠くまで飛ばせるようになった。
守備ではセンターを主に練習した。
広い外野の中心となるセンターというポジションは、広い守備範囲が必要となり、早い打球判断と俊足が必要となる。
プロ入りまで内野しか守ったことがなかった陽翔であったが、センターという位置は天職だと思った。
ショートやセカンドも守っていて楽しさがあったが、どちらかといえば細かい動きが多く、窮屈さを感じることもあった。
センターなら思いっきり自らの俊足を披露できる。
首脳陣には、今シーズンはセンターのレギュラーとして考えていると言われた。
その言葉の通り、オープン戦開幕戦では3番センターで起用された。
昨シーズンの最終戦と同じ打順だ。
オープン戦はいわゆるプレシーズン――シーズンに向けての最後の実戦で、二月終わりから三月の終わりにかけて行われる。
開幕戦に向けての調整やアピールができる実戦の場だ。
陽翔はそのオープン戦の開幕試合、三打数三安打一本塁打と活躍した。
その勢いは続き、申し分ない活躍で、オープン戦序盤を駆け抜けた。
オフシーズンの成果が、結果に十二分に現れた。
「おっ五十嵐。お前今オープン戦三冠王やないか」
そう言ったのはカウボーイズ不動のショート、こてこての関西弁が特徴の島岡壮太だった。
三月の中旬、オープン戦は日程の半分を消化し、後半戦に入っていた。
今日も試合がある。
球場入りした陽翔は、試合前練習の前、選手ロッカールームでスマホをかまっていた。
島岡が自身のスマホを陽翔へ見せる。
画面に映るスポーツサイトには、オープン戦の打率、本塁打数、打点の一位から三位の選手とその数字が載っていた。
確かに三項目すべての欄で一位には五十嵐陽翔の名前がある。
「あーほんとですね」
「リアクションうっすいな! もっと喜べや」
「そんなこと言われても……所詮オープン戦ですし」
打率.400、本塁打4、打点14、数字としては立派だ。
しかしあくまでこれはオープン戦の成績で、参考記録でしかない。
全選手の中で一位ということについても、いわくつきだ。
オープン戦は主力ほど序盤の出場が少なく、首脳陣が評価を定めたいような、レギュラーを狙う若手たちほど最初にたくさんの打席に立つ。
各球団の主力がきちんと出ている中でトップを張っているのであれば少しは自身を褒めてもいいかもしれないが、比較対象はこの時期にたくさん打席に立っている若手たちだ。
もちろん数字が良いのに越したことはないが、決して手放しに喜んではいけない。
先を見据える。
陽翔は、このオープン戦の成績で自身が開幕戦のスタメンを飾ることは間違いないと確信している。
だからこそ、オープン戦の結果で一喜一憂せず、本番であるシーズン開幕に向けて内容を意識するようにしている。
「そうはいっても三冠王は三冠王やで。もっと喜びや。ほら、三冠王が欲しくて欲しくてたまらんけど、何年かかってもとれへん奴もおるんやで。な、三浦」
島岡は三浦に視線を向けた。
グラブを磨いていた三浦は、ちらりとこららに視線を向けたが、何も言わず視線をバットへ視線を戻した。
陽翔はひやりとした。
一応、年でいえば島岡の方が上であるが、かなり失礼なこと言っているように思えた。
三浦は昨年末の会見で三冠王を取ると宣言した。
彼自身、三冠王にかなりこだわりがあるはずで、そんな人に対しての物言いにしては冗談が過ぎるのではと陽翔は思った。
「そうなんいうたらな、本番でもお前が三冠王取ってしまえばええんや。陽翔」
「いやいや、流石に三冠王は……」
「そんな意識ではあかんで。タイトルを狙うことはエゴ丸出しで悪いことで、チームの勝利が第一やと思うとるやろ? 別に個人成績を狙うこととチームの勝利を狙うことは矛盾しない。個人成績が伸びることが一番のチームの貢献やねん。自己犠牲の精神だけがフォアザチームだけやない。自分がホームラン打つことが一番のチームのためのこと。プロはそんな精神でおらなあかん」
「……なるほど」
「チーム内で三冠王狙うやつが二人居ってもええ。首位打者、本塁打王、打点王、三つのタイトルを争うようなめちゃくちゃな打者。実際にそんな奴が二人いることを想像してみ。めっちゃ打線強いやろ? だから五十嵐、お前も三冠王狙うんや。ワイは三冠王どころか、タイトル全部狙ったるで」
「それは心強いですね」
さっきは島岡を無視した三浦だったが、今度は話に割り込んできた。続けて、
「チーム内で三冠王争い、大いに結構。まあ二人が3割9分打てば俺は4割打つし、50本打てば60本打つだけですけどね」
そう言って三浦はロッカールームを出て行った。
普通の人が言えば飛んだほら吹きだな、と思う発言でも、三浦の自信満々の表情、声色を聞いていると、本当に実現しそうだ。
「あいかわらずな奴やな、三浦は。あんなんでも、一二年目の時はまだ可愛げがあったんやで」
島岡は言った。
さっきの話は一理ある気がすると陽翔は思った。
会話が終わり、陽翔は三浦のウィキペディアのページを開いた。
先ほどの会話で、三浦のこれまでの経歴について気になったのだ。
三浦豪成、富山県出身。
富山の県立高校出身で、ドラフト6位。
決して期待されてプロ入りしたわけではない。
この辺りの経歴は自分に近いと陽翔は思った。
しかしここからが全然違う。
一年目から二軍のレギュラーとして活躍し、一気に有望株として注目された。
その期待に応え、二年目にはカウボーイズのファーストレギュラーを一年間勤め上げる。
本塁打は25本、二年目にして早くもブレイクした。
三年目には打率3割、本塁打33本、打点108と、一気に日本プロ野球トップクラスの選手となった。
四年目には初のタイトルとして首位打者と本塁打王の二冠を獲得。
五年目には本塁打王と打点王の二冠。
六年目こそノータイトルだったものの、七年目となった昨年は首位打者と本塁打王の二冠を再び獲得した。
実働六年で二冠王を三回。
正直言葉が出ない、凄すぎる。
三浦が三冠王を取れないのは、ひとえに運が悪かったとして言いようがないだろう。
昨年なんて打率.340、本塁打45本と破格の数字を記録した。
打点も128と例年なら打点王間違いなしの成績であったが、福岡シーホークスのデルパイネが132打点を記録し、三浦は二位に甘んじた。
昨年の打撃成績自体は、デルパイネより三浦の方が断然良かった。
それでも打点数でデルパイネが勝ったのは、前を打つ選手たちの差だ。
打点数はランナーを返した数を表す。
前のバッターたちが塁に出てくれなければ当然、数字は伸びない。
昨季パリーグ王者のシーホークスの方が優秀な選手が多く、デルパイネの前に多くランナーを置けていたことは否めない。
打点王は自分一人の力では取れないのだ。
正直三冠王をとれなくても三浦はもう十分、日本人最強の打者として評価されている。
なぜ、そんなに三冠王にこだわるのだろうと思った。
ページには、三浦が来季メジャー挑戦をすること、その置き土産としてカウボーイズを日本一に導くこと、三冠王を獲得すると宣言したことは記載してあった。
その“三冠王”をタッチし、リンクに飛んだ。
ウィキの三冠王のページを見る。
首位打者、本塁打王、打点王のタイトルを一シーズンに一人が同時に獲得すること、という定義から、日本プロ野球において三冠王を獲得した選手一覧まで載っている。
八十年にも及ぶプロ野球の歴史において、三冠王を獲得した選手は歴代で7人しかおらず、平成生まれの陽翔でも全員知っているレジェンドの名前しかない。
三冠王という偉業の難易度がわかる。
その中の一人に、現カウボーイズ監督、大黒喜教の名前がある。
普段は温厚で柔和で、ただの太った白髭のおじいさんにしか見えないが、実は歴代最多の三度の三冠王を獲得しているレジェンド中のレジェンドなのだ。
三冠王達成者の一覧を眺めながら陽翔は思った。
現ウォーリアーズ監督、森田潤二の名前がない。
陽翔にとってはウォーリアーズ所属時の監督であり、現役時代をしっかりと見ていたわけではないが、なんとなく、三冠王を達成しているイメージがあった。
自身を干した人間であるためあまり褒めたくはないが、森田も歴代の日本プロ野球を代表する大打者のはずだ。
歴代の三冠王を獲得者七人の中にその名前を加えても、決して違和感はない。
気になって、森田のページを開いてみた。
通算打率.302、本塁打数487本、打点1282……どの数字をとっても立派だ。
森田は首位打者、本塁打王、打点王ともに複数回獲得しているが、一回も同時には取れなかったという。
二冠で終わったシーズンは何度もあり、その点は三浦に似ている。
森田の略歴なんて興味が湧かなかったが、一つだけ目に留まった記述があった。
“妻は元女優の宮井明美”。
へー、と陽翔はつぶやくと、その女優のページを見た。
国民的女優だったが、森田との結婚を機に芸能界引退。
写真を見ると、確かにこれぞ女優という美人だった。
「あの顔でねえ」
こんな綺麗な人と結婚できるなんて、プロ野球のスターは夢あるな、と思った。
そろそろ練習が始まる。
ロッカールームを出て、グラウンドに向かう。
どうして森田のことが思い浮かんでしまったかというと、それには明確な理由がある。
今日はオープン戦、東京ドームで行われる東京ウォーリアーズと大阪カウボーイズの一戦。
陽翔にとっては、二年前の両チームの対戦、当時ウォーリアーズ所属だった時にサヨナラホームランを放って以来の東京ドーム。
あの時以来初めて、森田を始めウォーリアーズの一軍の面々とグラウンドで顔を合わせることになる。
◇◇◇◇
227.牛を飼う名無しさん
オ ー プ ン 戦 三 冠 王 五 十 嵐
228.牛を飼う名無しさん
オープン戦とはいえ期待しちゃうなあ
229.牛を飼う名無しさん
こんだけやってくれるとは思わんかったわ
正直信じてなくてすまんな
レギュラー確約や!
230.牛を飼う名無しさん
ワイはまだ認めてへんよ
所詮まだオープン戦やぞ
231.牛を飼う名無しさん
>>230
速く手のひら返しした方が楽やで
232.牛を飼う名無しさん
そういえば今日五十嵐にとっては久しぶりの東京ドームか
233.牛を飼う名無しさん
ウォーリアーズ先発
ヴィンセント・ケント
メジャー通算102勝
年俸4億
234.牛を飼う名無しさん
噂のケント日本初登板か
メジャーの凄さを教えられそう
235.牛を飼う名無しさん
>>233
こういうピッチャー相手に五十嵐がどれぐらいやれるか見ものだな