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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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52/53

52話 長い夜

 日本シリーズの前日、カウボーイズナインに激震が走った。

 第一戦の開催地である東京ドームでの前日練習前のこと、選手、コーチたちの前に立った大黒監督は、こう告げた。


「私は、この日本シリーズを野球人として最後の仕事とします」


 数時間後、大黒監督の今シーズンかぎりの退任――そして、監督業からの引退が、報道陣からリリースされた。


 この時期のプロ野球において、日本シリーズと並び注目を集めるのが、ドラフト会議である。

 例年ドラフト会議は、日本シリーズ初戦の二日前に行われる。

 まさに前日がドラフト会議の開催日で、ずっとカウボーイズのウォーリアーズの頂上決戦で盛り上がっていたプロ野球界は、その日だけ話題が移り、日本シリーズの話題は少なかった。


 チームの編成を担うGMゼネラルマネージャーらと共に、監督はドラフト会議に出席するのが通例だ。

 ところがその日、カウボーイズの席に、大黒監督の姿はなかった。


 表向きには日本シリーズへ集中するという理由での欠席だったが、大黒監督退任の話を聞いていた者たちは、ああそういうことかと納得したことだろう。

 今年で監督を辞めるのならば、来年以降の編成に関わる必要はない。


 陽翔を含め、一部の選手は知っていたみたいだが、聞かされていなかった選手たちは、大黒監督に己の感情をぶつけた。


「お疲れ様でした!」


「絶対日本シリーズ、勝ちましょう!」


「なんでやねん。まだいけるやろ!」


 最後の島岡の言葉に、大黒監督は、


「私はもうおじいさんですし、もう、思い残すことはないです。最後がこのチームで良かった。私が率いたチームの中でも一番のチームです」


 選手たちは一様に神妙な顔になり、何も言わなくなった。

 少しだけしんみりとした雰囲気が流れたが、最後に大黒監督を胴上げしようということで、チームのボルテージは上がった。


 練習中、陽翔は自身の調子を悪くないと感じた。

 あの劇的な結末となったシーズンの最終盤から、シーホークスとの戦いとなったクライマックスシリーズファイナルまで、調子を維持し続けてきた。

 そこから少しだけ間が空いたが、変わらないスイングができている。


 守備練習ではショートのポジションをこなした。

 シーズンではずっとセンターだったが、シーズン最終戦で島岡が負傷したことで、クライマックスシリーズからショートを守っている。

 陽翔にとっては野球を始めたころから、ウォーリアーズ時代まで主戦場としてきたポジションだから、慣れ親しんだ場所ではある。


 調整程度に軽く練習した後、報道陣の囲み取材に応じた。

 数え切れないぐらい多くの取材陣が、陽翔を取り囲む。


 ――いよいよ日本シリーズですが、今のお気持ちの方はどうでしょう?


「そうですね。なんというか、とても楽しみです」


 ――古巣との対決となるが、その辺はいかかでしょう?


「お世話になった方もいますし、仲良くさせた頂いた方もいるので、この日本シリーズと言う場で対決出来て嬉しいです」


 ――ウォーリアーズの森田監督との確執も噂されるが、それについては?


「それは……特に。僕から話せることはなにもないです」


 ――本日、大黒監督の退任が発表された。


「最後の僕らを選んでくれたことを、光栄に思います。監督に有終の美を飾ってもらえるように頑張ります」


 ――最後に、ファンの方へメッセージをお願いします。


「カウボーイズの四半世紀ぶりの日本一を目指して、精一杯頑張ります。応援、よろしくお願いします」


 無難な回答の連発で、さぞつまらない記事になるだろうな、と思った。

 とはいえ、余計な一言を付け加えるつもりはない。


 特に最近、森田監督のことに関して、何か記事になる一言を引き出そうと、たくさんの質問を受ける。

 しかし、陽翔自身は大衆が望むような言葉を話すつもりはなかった


 ◇◇◇◇


 練習後に明日の試合に備えてのミーティングがあった。

 明日のウォーリアーズ先発はまだ確定していなかったが、誰が来ても大丈夫なよう綿密な研究と擦り合わせを行った。


 その後、各々、体のケアを行い、明日の試合に向けてチームは解散となった。

 チーム全体の決起集会は先日、大阪であったが、一部の選手たちは今日もどこかで決起集会をするみたいだった。

 陽翔は用事があるのでその集会には参加しなかった。

 約束の人物を見つけ、陽翔は声を掛けた。


「お待たせ、待った?」


「ううん、今着たとこ」


 約束の時間の5分前に着いたのに、楓は既にそこへ居た。


「さ、行こ」


 人ごみにまみれ、二人は歩き出した。

 秋だというのに日中は暖かく、どうにも夏が終わった感じがしない。

 でも、さすがに夜になると、肌に染みるような寒さを感じるようになってきた。


 楓の服装は淡い茶色のニットに、紺のデニムと少し落ち着いた色でまとまっていて、夏の健康的なスタイルよりは、少し大人な雰囲気を感じた。

 でも、それよりも髪色の変化の方が陽翔には気になった。


「髪、黒にしたの?」


「うん。役作り」


「役?」


「高校生役!」


 楓の足取りは軽く、向かう先は決まっているみたいだった。

 本当には陽翔にも行きたいところがあったのだけど、会う条件・・で向こうが場所を指定したいという。


「それで、どこに行くの?」


「ここ!」


 楓が立ち止まり、指を指した先には、『とんかつ』という文字があった。


「と、とんかつ……」


「勝負事の前って言ったら、“かつ”でしょ」


 ◇◇◇◇


 そこは陽翔の行きたかったお店とはかけ離れていて、なんだか拍子抜けした。

 ただ陽翔のこのお店のことを以前、聞いたことがあった。


 この辺は東京ドームに近く、陽翔がウォーリアーズにいたことは何度も足を運んだことがある。

 このとんかつのお店も絶品だと、ウォーリアーズの先輩に聞いたことがあった。

 いつかは行ってみたいと思っていた。


「このお店、パパのデーゲームの終わりとかよく家族で行ってたの。あと、パパの大事な試合の前とか、ゲン担ぎで行ったりね」


「えっ、じゃあ、今日もいるんじゃないの?」


「大丈夫だよ。今日行かないのは知ってるから」


 そうはいっても、あまり居心地は良くはなかった。


「私にとっても、今は、大事な勝負前だから、景気づけにこのお店で食べたくなって」


「勝負って?」


「来週、朝ドラのオーデションがあるんだ」


「朝ドラって、あの?」


 見たことはないけど、公営放送で平日毎朝放送されているドラマの存在はもちろん知っている。


「へーすごいじゃん。頑張ってね」


「うん! ありがとう。でも、さっきに陽翔の方が頑張らないと」


 適当にメニューを開いて、楓がおすすめする定食のセットを選んだ。

 楓も、陽翔と同じものを選んだ。


「実際、ウォーリアーズと日本シリーズするってなって、どう思うの?」


「え? うーん」


 随分と回答に困る質問で、陽翔は迷いながら、


「楽しみたい……と思う」


「おー、ウォーリアーズを絶対やっつけたい気持ちとかはないの?」


「交流戦の時はそう思ったことはあったけど、なんか、今はあんまり意識してないな。別にチームの皆さんはお世話になった人ばっかだし。日本シリーズで対戦できてうれしいというか、特に、勇気さんは昔から憧れの人であったわけだし、」


 ウォーリアーズの中心選手、坂根勇気といえば、陽翔が野球を始めたころに頭角を現した選手だ。

 打って良し、守って良し、走って良しの三拍子そろったショートで、ルックス、スタイルも良い。

 陽翔の年代で野球をやっていた者で、坂根に憧れた者は多いはず。

 陽翔自身、ショートを子供の頃から守っていたのは、坂根の影響が大きい。


「なんか陽翔、変わったね。半年前の、出会ったころから。余裕があるって感じ。あんな成績を残せば、当然なんだろうけど」


「……まあ結果も伴っているのもあるんだけど……なんか、楓のおかげかも。いつも、凄い自信満々だし、夢に向かって一直線って感じが良くて。それでいて、心に凄い的確に言葉をくれるというか……」


 陽翔は恥ずかしくなって頭を少し搔きながらも続けた。


「初めて会ったときに、凄い選手になれるって言ってくれて、その時は、何言ってんだこいつと思ったけど……。今は結構、お前は凄い選手になると思った、とかよく言われるけど、本当にそんなこと思ったのかなあと思っちゃう。結果が出ている状態ならなんとでも言えるし。だからこそ、あの時にああ言ってくれたのが、今になって凄い嬉しくなってる……ごめん口下手だから上手く言えない」


 楓は、大きな瞳を見開いていた。

 柄にもないこと言って、陽翔は顔を伏せた。


「ありがとう。でも、私の方が陽翔に勇気もらっているんだよ」


 間の悪いことに、お待たせしましたー、という店員の声が響いた。

 二人は、やってきたメニューを見て「おいしそう」と言い合い、そして食べ始めた。

 その後、なぜだか二人とも話の話題を元に戻そうとせず、楓のお芝居の話を中心にずっと話した。

 その間、陽翔はずっとそわそわしていた。

 食事を終え、店を出ると、陽翔は言った。


「おいしかったー。ありがとう、連れてってくれて」


「ねえ」


 夜はすっかり更けていた。

 都会の明るく輝く建物群の中、ひと際と目立つ建造物を指し、楓は言った。  


「あれ、乗ろ!」


 ◇◇◇◇


 楓が乗ろうと指をさしたのが、東京ドームの隣に併設された遊園地の大観覧車だった。

 もうアトラクションの営業時間はあと少ししかなかったが、一回は乗れるぐらいの時間はありそうだった。


 料金を払って、係の女の人に招かれ、赤色のゴンドラの中に二人で入る。


 ゆっくりと登っていくゴンドラの中から、外を眺める。

 高度が高くなっていくにつれ、東京ドームを上から眺める形になっていく。

 徐々に明確になっていくその姿を見て、陽翔は思った。


「なんか、明日からここで試合すると思うと、変な感じ。大きいなー」


「大きいなって、元々陽翔の本拠地じゃん」


「いや、うん、そうなんだけど……」


 子供のころ、家族でウォーリアーズの試合を見に、東京ドームへ行ったことがある。

 その時も試合前に、この遊園地で遊んだ。

 ウォーリアーズの試合よりも、この観覧車の中から見る東京ドームの大きさが印象に残った気がする。

 あれから十年以上も経って、そこでプロとして試合をすることになるなんて、思いもしなかった。


 明日はきっと、ウォーリアーズファンが大半を占める中で試合をすることになる。

 彼らは、自分のことをどう迎えるのか。

 交流戦の時は、暖かく歓迎してくれた気がするが、もう日本シリーズだから、ブーイングされるのか。


「明日、楽しみ?」


 楓が言うと、陽翔は「うん」と答えた。


「私も楽しみだなあ」


 楓はそう言うと、ストレッチするかのように両手、両足を伸ばすと、


「さっきの話。ちょっと長くなるけど、いい?」


 陽翔がうなずくと、楓は風景を眺めながら、


「世の中は努力したって報われないこともあるでしょ。才能があっても、見抜いてくれる人がいなければ埋もれちゃう」


 陽翔が頷いたり、うん、と言ったり、特に反応することもないまま、楓は続けた。


「特に、これから私が生きて行こうとしている世界では、世に出れるかどうかに、も大きく絡む。こんなに才能あって努力しているのに、世間では知られていない人もいるし、逆に、運が良かっただけで売れちゃう人もいる。

 そんな世界で夢を追うことに、自信はあるんだけど、不安もあるし。いつも大口をたたいてるのは……ちょっとだけ強がっているとこもある」


 ちょうどその時、観覧車の中心を通るジョットコースターが通過し、一瞬、人々の叫び声が周りの音を占めた。

 楓は一回息を吐いた。


「その時、あなたの存在が私に勇気をくれる。華やかな高校時代を過ごしてなくて、あんまり期待されてなかった育成選手でのスタートでも、見る目がない監督に干されても、自分の努力と才能を認められたあなたに。

 私だけじゃなく、日本中の人たちが、あなたの活躍にそう思っているはず」


 楓は「私の兄もね」と付け加えるように言った。

 陽翔は「大げさでしょ」とか言おうと一瞬思ったが、黙って次の言葉を待った。


「父に干されたことで、あなたに興味を持って、ウォーリアーズ二軍の試合を見に行った。その時からあなたに夢中になった。どうしても会いたくて今年のオープン戦で強引に会って、引かれないかな、やばい人だと思われないかなと思ったけど、それから普通に会ってくれて嬉しかった。どんどん活躍していく姿も素敵で、でも日常の等身大の姿は素朴なところもあって、そのギャップも……好き」


 ずっと楓の瞳は陽翔を捉えたままで、身じろぎすることも、陽翔はできない。


「あなたが好きです。私と付き合ってください」


 観覧車の一番高い場所に来た頃だった。

 陽翔の頭の中には、嬉しいと戸惑いと焦燥が三等分され存在した。

 やがて、言葉を振り出した。


「そういうの、こっちから言うつもりだったのに……」


 陽翔が言うと、


「じゃあ……!」


 楓は、陽翔がなんか言おうとしたのを待たぬまま、抱き着いてきた。


「良かった……! 人生で一番幸せかも」


 陽翔が「俺も」と言った後、二人はちょっと離れて、今度は唇を重ねながら、また

 どれぐらいそうしていたかはわからないけど、しばらくして、抱擁をほどいた。


 ゴンドラが地上に戻り、降りたときにはなんだかふわふわした。

 地に足が付いていない感じがした。


「本当は、どこに行くつもりだったの?」


 楓に問いに、陽翔は少しだけ笑いながら、


「とんかつ屋じゃなくて、ちょっとおしゃれなレストラン、かな。そこで、その……そういうのを言おうと思ってた」


「やっぱり、そんな気がした。わざわざ日本シリーズの前日に呼びだすなんて、普通じゃないもんね」


「わかってたなら、なんで……?」


「自分から言いたかったから。それに、ロマンチックな雰囲気を作ってくれるのは嬉しいけど、大事な勝負の前には、力がつくもの食べないと!」


 楓の言葉で、陽翔は自分の選択は間違っていないと強く感じた。


 あっちから言ってくれて良かった。

 自分だったらあんなに上手く話せない。

 たぶん、これからずっと、口で勝てることはないんだろうなとも思った。


「試合に集中しろって言ったくせに……今日、眠れないかも」


「ごめんなさい」


 でも、これで野球・・のことだけを考えられる気がした。

 その日の夜――日本シリーズ前日の夜は、とても長く感じた。


 ◇◇◇◇


 415.牛を飼う名無し


 予告先発来たーーーー!

 東京ウォーリアーズ 横峯健太

 大阪カウボーイズ 森本玲央


 416.牛を飼う名無し


 >>415

 ファッ!?


 419.牛を飼う名無し


 >>415

 上菅でもケントでもない


 捨て試合か


 423.牛を飼う名無し


 森田はそれが一番森本に勝つ確率があると言っている


 425.牛を飼う名無し


 2、3試合目に上菅とケントが来るなら初戦は落とせないな


 427.牛を飼う名無し


 >>425

 ってなるから嫌なんだよなあ

 普通に横峯もうちの山上並みの怪物で

 調子良い時は手がつけられんし


 430.牛を飼う名無し


 さっそく森田が仕掛けてきたな


 435.牛を飼う名無し


 もう緊張してる



 440.牛を飼う名無し


 20年ぶりだもんな


 448.牛を飼う名無し


 明日残業確定のワイ、仮病で休もうか検討中


 452.牛を飼う名無し


 >>448

 日本シリーズは7試合あるんやぞ

 その手は最後までとっとけよ


 457.牛を飼う名無し


 >>448

 カウボーイズの日本一を見るために仕事辞めたワイ、高みの見物


 460.牛を飼う名無し


 >>457

 低みの見物定期


 460.牛を飼う名無し


 >>457

 就活どうなったんや


 464.牛を飼う名無し


 やばい

 明日が楽しみで眠れへん

感想くれた方々、ありがとうございます!

返信していないけど、ちゃんと見てます。

とても励みになっています。

ようやく日本シリーズ……やっとあらすじに追いきました。

これからもよろしくお願いします!

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