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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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49/52

49話 10.4⑤

 陽翔のスーパープレーでカウボーイズベンチが盛り上がる中、三浦は静かに戦況を見つめ直す。

 延長11回裏、点差は2-4。

 カウボーイズはアウト三回取られるまでに二点を取らなければ、優勝を逃す。

 よしんば二点を取って延長12回に突入したとしても、それは一時的な延命に過ぎない。

 延長は12回まで、引き分けではシーホークスの優勝。

 勝ち切らないと、カウボーイズ20年ぶりの優勝は幻へと消える。


 三浦にとってもう一つ気がかりなのは、打撃三部門のタイトルの行方だ。

 試合前の時点で三浦と五十嵐の差は、打率は4厘しかなく、本塁打数は同じ、打点は三浦の方が2だけ上。

 今日の試合は五十嵐が4打数2安打1本塁打1打点。

 三浦が4打数1安打1本塁打1打点。


 現在のところ、本塁打は同点で、打点は三浦が勝っている。

 打率も差を縮められたが、まだ三浦が勝っている。

 つまり、三浦は今、暫定ではあるが三冠王だ。


 微妙な状況だな、と三浦は少し笑った。

 この回の打順は九番からで、前の打者が一人も塁に出なければ陽翔と三浦に打順は回ることなく、三浦の三冠王は確定する。

 それと同時に、カウボーイズの優勝という夢は消え去る。

 なんとも皮肉なその結果を、自身がまったく望んでいないことははっきり理解している。


『九番、坂本に代わりまして、代打、アルフレッド・ロペス!』


 カウボーイズはチームで最も経験値の多き、ベテランを打席に送る。

 日本に来て十一二年、日本国籍を取得したドミニカ出身のロペスの、おそらくシーズンでは現役最後となる打席に望む。


 マウンドには前の回から変わらず、シーホークスの最後の砦、エリック・サファット。

 動体視力の衰え切ったベテランバッターに、160キロのストレートはきついのではないか、三浦はそう思ったが、それは杞憂だった。


 ロペスは二球目の外角ストレートを、狙ってたかのようなスイングで、ライト前へと運んだ。

 まるで外角低めに来るのがわかっていたかのような、最初からそこだけ(・・・・)を待っていたスイングだった。


 全盛期を過ぎても、老獪な打撃術でチームに希望をもたらす。

 代走を出され、観客の万雷の拍手と声援、チームメイトたちの惜しむことないハイタッチで、ロペスのシーズン最後の打席は終わった。


 このヒットはでかい。

 これで少なくとも、併殺がなければ陽翔には回る。


『一番ショート、しまおかー、そうたー』


 島岡が左打席に入る。

 初球、島岡はバントの構えをした。

 サファットの速球が、島岡の胸元を襲った。


 島岡はバントを引いたが、投球はもろに左腕に当たった。

 ドームに悲鳴が上がり、島岡の元に田中栞緑や陽翔が駆け寄る。

 やがて、サファットへのブーイングがドームに沸き起こった。


 島岡は苦悶な表情を浮かべていたが、やがて立ち上がった。

 しかしプレー続行は不可とされ、代走が出される。


 なにやら島岡は、次バッターの栞緑、さらにその次の陽翔の背中を叩き、ダグアウトに下がっていく。

 その光景を見て、ドームは暖かい拍手に包まれた。

 三浦とすれ違った際、島岡は言った。


「おい三浦。死ぬほど痛いんやが、どないしてくれるんや」


「……早く病院に行ったらどうですか?」


「アホ、こんな状況で他所よそにいけるかい」


「……じゃあ、そこで黙って見ててください」


 島岡にデッドボールを与えたことにより、シーホークスは動いた。

 サファットを諦め、右のエース千堂孝宏という切り札を切る。

 どこかでこのカードを出してくるかと思われていたが、この場面とは。

 ロペスに打たれ多少の動揺が見られたサファットの方が、カウボーイズとして与しやすかっただろう。


 右打席に二番の栞緑が入り、試合は仕切り直し。

 ノーアウトでランナーは一塁二塁、さらに次のバッターは今日ホームランの三番、四番という状況で、カウボーイズは送りバントを選択する。


「ファウル!」


 千堂の投球は中3日ということを感じさせない。

 唸りを上げるストレートに、栞緑のバントはボールを受け止めきれない。


 二球目もバントは失敗し、追い込まれた。

 三球目はバントを諦め、ヒッティングの構えだった。

 千堂の投じた球は、ストライクゾーンへのフォークだったが、栞緑は見逃した。


「ストライクっバッターアウト!」


 ワンアウト一二塁に局面は変わる。

 ここで五十嵐陽翔の登場を告げるアナウンスが流れ、今日一番、いや、今シーズン一番の歓声が大阪ドームを満たす。

 ネクストバッターズサークルから左打席に向かう前、陽翔は三浦へ向かって言った。


「三浦さん!」


 その後の言葉は、大歓声に遮られることなく、しっかりと三浦の耳に届いた。


「俺が、決めてきます!」


 ◇◇◇◇


「打ちに行けよ」


 トボトボとダグアウトに帰ってきた田中を見かね、三浦は言った。

 さっきの打席、明らかに田中は打つ気が無いように見えた。


「でも……下手に打ってゲッツーになったらやばいと思って。100%打てる確信がない限り見逃そうと思いました」


「あそこで打ちに行かないと、五十嵐みたいになれないぞ」


 まあ、ああいう場面で打ちにいった結果、ウォーリアーズ時代のあいつは干されることになったのだが、そんなことはこのチームでは起こらないだろう。


 栞緑は核心を突かれたように目を見開き、「アドバイス、ありがとうございます!」と頭を下げてダグアウトに下がっていった。


「さて……」


 三浦はネクストバッターズサークルで陽翔の打席を見守る。

 “俺が決める”と陽翔は言うが、プロである以上、次の打席に備えなければならない。

 まあ、ゲッツーだけは試合終了になってしまうのでよしてくれとは思うが、そんなことを恐れて打席に立っていないとも思う。


 初球、シーホークスバッテリーはカットボールを選択する。


「ボール」


 外へ外れたボールを陽翔は見逃す。

 バッテリーからしてみれば、慎重に入りたいのだろうと三浦は思った。


 中3日での登板とはいえ、この場面において千堂と対峙するのは非常に難儀だ。

 とはいえ、それは向こうにとっても同じだろう。

 二点勝っているとはいえ、リーグの右と左の最高バッターに、ランナーを二人置いた状況で対峙しなければならない。


 二球目は高めへのストレートだった。

 陽翔はフルスイングで迎え撃ったが、打球は前に飛ばず、ファウルとなった。


 三球目、意表を突く大きく落ちるカーブで、千堂はツーストライク目を奪取した。

 これは、相手バッテリーにとってはしてやったりなはず。

 ツーストライクまで追い込んでしまえば、千堂の一番の得意球である魔球フォークで三振を奪う、仕事は終わる。

 空振り率がパリーグで最も高い球である千堂のフォークは、追い込まれてしまえばノーチャンスと言われる。


 あいつはどう出る? 

 千堂ピッチャー嘉山キャッチャーも、まさかあいつ相手に追い込めばフォークで終わり、なんて甘い考えは持っていないだろうし、この先は読めない。


 四球目、千堂が投じたのはカーブだった。

 それは大きく失速し、空間を斜めに切るような軌道を描きながらも、ストライクゾーンを確実に捉えていた。


 陽翔は完全に予想していなかったようだが、ストライクであれば手を出さざるを得ない。

 なんとかバットに当て、ファウルとなった。


 五球目、バッテリーは陽翔を仕留めにかかった。

 低めのストライクゾーンからボールへと落ちるフォーク。


 陽翔はそれを見逃した。

 ボールが宣告され、ドーム中の人間が息を吐いた。

 一球ごとに息が詰まり、喜怒哀楽がドームに現る。


 今の球、日本プロ野球のバッターであれを見逃せるのは、片手で数える程度しかいない。

 それぐらい途中まではストライクと見まがい、消えるように落ちていくのが千堂のフォークだ。


 なぜ五十嵐陽翔がそれを見逃せるかというと、スイングスピードが抜群に速いからだ。

 他の人より遅いポイントでスイングをしてもボールを飛ばすことができるため、ストライクとボールを見極めるポイントも他の人より後ろにある。

 千堂のフォークであっても消えるように落ちるところは、まだ陽翔にとっては見極めポイントだからこそ、見逃すことができる。

 ちなみにあれを見逃せる片手で数えるほどの選手に、三浦ももちろん入っている。


 六球目に勝負は決した。

 低めへの160キロのストレートを、陽翔は運んだ。


 美しい、と三浦は思った。

 右足を高く上げ、力をため込む。

 溜めたエネルギーは回転運動で開放され、バットの芯へと収斂する。

 コントロールされたスイングは、正確に白球を捕まえる。

 バットに乗ったボールは、やがてバットを離れ、理想の角度を空間に描く。


 天性のホームランアーチストだと三浦は思った。

 体は小さいながらも、ホームランを打つ才能は誰よりもある――少なくとも、今日本プロ野球にいる誰よりも。


 陽翔の描いた美しい放物線は、センターバックスクリーンにて終わりを迎えた。

 打った瞬間は一瞬だけ静寂が降りたが、勝利を理解した観客たちは我を忘れた。

 選手たちもダグアウトを飛び出した。


 サヨナラスリーランで、5-4。

 カウボーイズ20年ぶりの優勝が決まった瞬間だった。


 選手たちはホームへと集まり、陽翔の還りを今か今かと待つ。

 その様子は理性が消え去ってしまったような、狂喜乱舞ぶりだった。

 逆に勝利の立役者である陽翔は、なぜか、冷静に表情を変えぬままダイヤモンドを一周していた。


 三浦はホームの少し離れたところで、英雄の帰還を待った。

 そこへやってきたのは、森本だった。


「お前のために計算してやったよ。最終的な五十嵐の打率は3割4分1厘1もう。お前の打率は3割4分1厘5毛。4毛差で、お前が首位打者だ。おめでとう」


 実際のところ、五十嵐が本塁打を打とうと打率は逆転せず、三浦が首位打者が確定することはわかっていたが、そんなことはもはやどうでも良かった。


「おめでとうじゃねえよ。いつ計算したんだよ、そんなの」


「昨日のうちに全パターン計算しといたんだ。陽翔とお前の打席がどうなれば打率は逆転するかって」


「優勝をかけた登板前日に? 馬鹿じゃないのか」


「よかったじゃねえか。打率で勝ち、負けたのが()()系の本塁打と打点だけで。怪我で離脱したせいで三冠王取れませんでしたって、胸張って言えるぜ」


「言わねえ。今年・・は、俺の負けだ」」


 怪我で一か月離脱しようと、少なくとも復帰時点で三浦と陽翔は同列だった。

 その後の一か月の争いで負けたのだから、言い訳をするつもりはない。


「だったら、来年も日本でやれよ。三冠王取るんだろ」


 それは確かに三浦自身、引っかかるとところだ。

 周囲に、天国の父親に三冠王を宣言した。

 志を果たせず、海を渡って良いのか、だが、


「俺はメジャーに行く。なぜなら、お前をぼこぼこにしたいからだ」


「はっ、やってみろくそ野郎」


「なにしてんねん。お前ら」


 いつの間にか、島岡が二人の元にいた。

 左手には、応急処置のようなテーピングと包帯がぐるぐる巻きにされていた。


「今日の主役が還ってきたのに、なに喧嘩してんねん、あほか」


 いつの間にか陽翔はホームまで還ってきていた。

 他のチームメイトたちにもみくちゃにされ、優勝に浸っていった。

 三浦と森本は一瞬、顔を見合わせた後、その輪に加わり初めての優勝の歓喜を味わった。


 ◇◇◇◇


「今日は、お前の勝ちだ」


 サヨナラホームランを放った陽翔はもちろん、この試合のヒーローに選ばれた。

 インタビューもあり、監督の胴上げもあり、ファンと喜びを共有する時間もあり、優勝に浸る時間はしばらく続いた。

 ようやくロッカールームに帰ってきて、ふとスマホを見ると、おびただしいほどの通知が来ていた。

 親、親戚、友人、たくさんの人からメッセージを貰った。

 その中にはもちろん、楓からのもあった。


 これは全部見るのに時間かかるなあとか思っていると、球団スタッフが「林崎が呼んでいる」と言った。

 指定された場所に行ってみると、真がいて、開口一番そういうのだった。


「いやまあ、そうかもしれないけど……」


 陽翔と真の今日の対決は、3打数2安打1本塁。

 三振を一つ奪われたとはいえ、この対戦成績でバッターの負けだと言う人はいないだろう。


「俺は……」


 少し言葉を選ぶように、真は話し始める。


「お前が、プロに入った時も、一昨年一軍に出だしたときも、去年の最終戦の時も、今年一軍で出だしたときも、俺は“やはり”と思った」


「やはり?」


「やはり、お前なら、そうなるかと」


「意味わからん」


 真は視線を逸らしながら、


「……お前なら、日の当たる場所へ出てくるだろうと思っていた」


 意外な言葉を言われ、陽翔は言葉を返せなくて、真のターンが続く。


「だからこそ、お前のあの時の選択・・が惜しい」


「……中学卒業後の進路」


「ああ。お前が違う進路を選んでいたら、そんな回り道せず、もっと早くその境地に至れただろうに」


「別に、どんな進路を選んでも、上手くいかない未来だってあるわけだし」


「だとしても、お前が選んだ道よりはずっと近道だ――世界一の選手への道には」


 “世界一の選手”

 昔、まだ二人が十歳にも満たない頃だったと思う。

 世界一のピッチャーとバッターになるって、二人で誓い合った気がする。

 陽翔は当に忘れていたが、真はずっと覚えていたのか。


 陽翔は少しだけ考えて、今なら率直に思えることを話した。


「真は世界一のピッチャーになるために、いつでも最も近道を選んでいるし、その近道を誰よりも早く走ろうとしている。そんな真からしたら、俺のこと見ていらいらするのはわかるけど、でも、俺は後悔ないって、今なら言えるよ。

 回り道する中でいろんな経験できたから今の自分がいると思うし。回り道する中で出会った人たちも、大好きだし」


「……やっぱり、俺らは分かり合えないな」


「ああ、そうだ。今日、裕太たち見に来てくれてたよ」


「裕太か」


 真がピッチャーで、裕太がキャッチャー。

 かつて自分がバッテリーを組んでいた者の名を聞き、真は懐かしそうに目を細めた。


「久しぶりに、みんなに会ってやれよ。今日も、みんな来てくれてたし。裕太は、お前のこと心配してた」


「そうか……。そろそろ行かなくていいのか。お前は今日の主役だろう」


「あ、うん。そろそろ行く。なあやっぱり思ったけど、お前との勝負が一番楽しい。これからもよろしくな」


「……今日俺から打った奴が言うと、嫌味にしか聞こえねえんだが……、そうだな。俺も……次はCSだ」


 真は「じゃあな」と言って、背を向けていった。

 少しだけその背中を見ていた陽翔だったが、やがて踵を返して、皆の待つ場所へ向かった。


 ビールかけの会場へ行くと、騒々しく、浮かれた雰囲気が既に出来上がっていた。


「何してるんですか先輩! もう始まっちゃいますよ!」


 と、栞緑。


「主役がいなくちゃ始められんやないか」


 と島岡。


 チームメイトみんなが揃っていた。

 陽翔は優勝記念のTシャツに着替え、ゴーグルをつけた。

 陽翔が加わり、ビールかけが始まる。

 その日は夜通し、優勝の美酒を味わった。


 ◇◇◇◇


 42.牛を飼う名無し


 優勝の瞬間生で見れて良かった


 43.牛を飼う名無し


 カウボーイズファンでよかった


 44.牛を飼う名無し


 生まれてきてよかった


 50.牛を飼う名無し


 >>42

 >>43

 >>44

 なんやこの三段活用


 54.牛を飼う名無し


 >>42

 >>43

 >>44

 3人はどういう


 61.牛を飼う名無し


 ファン歴62年のワイ

 本日が球団史上最高の日だと確信


 77.牛を飼う名無し


 >>61

 じじいやんけ…


 87.牛を飼う名無し


 やばいまだ鳥肌


 99.牛を飼う名無し


 呑みすぎて気持ち悪い

 明日仕事休むわ


 101.牛を飼う名無し


 今日の試合の貢献度ランキング


 1位 五十嵐

 2位 森本

 3位 三浦


 108.牛を飼う名無し


 >>101

 異論なし


 151.牛を飼う名無し


 五十嵐陽翔(レギュラー1年目)

 打率.341 本塁打45本 打点127 40盗塁

 本塁打王、打点王を獲得しました

 40-40を達成しました

 新人王、MVP確実です


【急募】こいつが今後日本プロ野球ですること


 156.牛を飼う名無し


 >>151

 そら三冠王よ


 161.牛を飼う名無し


 >>151

 50-50定期


 178.牛を飼う名無し


 >>151

 ベストジーニスト賞は無理やろ(適当)


 191.牛を飼う名無し


 >>151

 こいつを干す球団wwwwwwwwww

 日本野球の損害やろ


 233.牛を飼う名無し


 >>206

 むしろ育成で取っただけウォーリアーズは褒められるべきでは?


 241.牛を飼う名無し


 >>233

 こんな選手になると思って育成してないやろ


 271.牛を飼う名無し


 三浦も1か月離脱して44本125打点は立派すぎる

 化け物に三冠王は阻止されたけど日本最終年としては文句なしの成績だと思う


 280.牛を飼う名無し


 三浦は離脱してなきゃな

 60本も見えてたのに


 312.牛を飼う名無し


 シーズンで全力を使い切ったカウボーイズはCSで嘘のような敗退を喫した


 318.牛を飼う名無し


 >>312

 ありそうだからやめろ


 331.牛を飼う名無し


 島岡が心配すぎる


 339.牛を飼う名無し


 >>331

 ビールかけに参加してたし大丈夫やないか?


 371.草野球打率8割ニキ


 最後の五十嵐のホームランはバッティングの完成形やな


 399.牛を飼う名無し


 カウボーイズの日本一を見るために会社辞めたワイ

 日本シリーズまでの就活延期を決意




 管理人コメント


 感動しました……!

 それしか言えないです…。

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