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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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44話 優勝争いと三冠王争い

「お兄ちゃんと、野球を見に行く日が来るとは思わなかったな」


 楓が呟くように言うと、兄は小さく頷いた。


 幼い頃の記憶をたどっても、楓が小学校低学年のころまで遡らないと兄と野球観戦をした記憶はない。

 ましてや、兄妹二人で見に行ったのなんて、人生初だ。


「お前が行きたいって言ったんじゃないか」


 兄は、野球が嫌いだと楓は思っていた。

 元プロ野球のスーパースターだった父の影響もあり野球を始めた兄は、はっきり言って、プロになれるほど野球の才能はなかった。

 二世としてのプレッシャーと、それでも自らの息子をプロ野球選手にしようとする父の期待、その重圧に挟まれ、やがて兄は野球を辞めた。


 そんな兄の自宅を訪問した時、陽翔のユニフォームが飾ってあるのを見つけ、とても驚いた。

 野球を見ていることだけでも驚きなのに、その視線が陽翔を向いているのはさらに驚きだ。

 きっと、ウォーリアーズ監督である父と陽翔の関係性に、何かしらのシンパシーを感じているのだと思うが、兄のホントの気持ちは、直接聞けていない。


「なんでカウボーイズのファンになったの?」


「別にファンじゃない。ただ生活のためにカウボーイズの試合を見ている」


「生活のため?」


 楓が兄と見に行ったのはもちろんカウボーイズの試合。

 ビジターの埼玉ドームでの試合と言うのに、多くのカウボーイズファンが試合に詰めかけていた。


 カウボーイズ20年ぶりの優勝が近づいている。

 十月に入り、プロ野球もあと数えるほどの試合しか残っていない。

 ペナントレースは各チーム143試合で、現在首位カウボーイズは140試合目だ。


 通常、シーズン終盤に入ると、リーグ1位のチームにはマジックナンバーが点灯する。

 マジックナンバーというのは、他チームの試合結果に限らず、あと何勝すれば優勝が決定するかという数字で、該当チームが勝てばもちろん一つ減るし、2位チーム(残り試合数によっては2位以外)が敗れても一つ減る。

 マジックが1になれば、他チームに1位の可能性が消え、優勝確定となる。


 例えば1位と2位の残り試合数が残り5試合だとして、ゲーム差が3である場合。

 2位チームが残り全勝した場合、1位は少なくとも2試合勝たないと、順位を逆転されてしまう。

 逆にいえば、1位は残り5試合のうち、2試合勝てば他チームの結果に依らず優勝を確定できる。

 その時、1位チームのマジックナンバーは2プラス1で3になる。

 厳密にいえば、1位よりも2位チームの残り試合数が多い場合、2位にマジックが付くパターンもある。


 今年のパリーグはマジックがほとんどつかない、異様なシーズンになった。

 というのも、カウボーイズとシーホークスのゲーム差が最後までほとんど離れることがなかったからである。


 マジックが点灯しているとき、それ以外のチームには自力優勝の可能性はない。

 逆に言えばマジックが点灯していない限り、そのリーグには自力優勝の可能性があるチームが2チーム以上存在していることになる。


 カウボーイズとシーホークスは今季、40以上の勝ち越しを作りながら、常に激しい競り合いを続けてきた。

 特に終盤は両方のゲーム差が3以上離れることがほとんどなかった。


 カウボーイズとシーホークスの今季の最後は、両チームの試合で終わる。

 カウボーイズ主催の地方球場開催の試合が雨天中止になり、シーズンの最後に大阪ドームでの代替試合が組まれた。


 すなわち直接対決を残しているため、現状1位カウボーイズと2位シーホークスのゲーム0.5では、マジックがつかない。

 最後の試合でシーホークスが勝ってしまえば、順位はひっくり返ってしまうからだ。


 2つのチームが40以上の貯金を作りながら、最後まで優勝争いするなど、プロ野球史上ほとんど例がない事例だ。

 その反動というか、パリーグは3位チームまでもが借金を抱え、5位、6位がともに30以上の借金を抱えてしまうなど、格差のはっきりとしたシーズンとなった。


 史上まれに見るハイレベルな激戦に、マスコミの注目も現代プロ野球においてはありえないほど高まっている。

 昔の娯楽の少なかった時代ならまだしも、ネットが発達し、個々人の関心が細分かされたの今の時代において、プロ野球の優勝争いが世間の大きな関心を集めることはなくなった。


 でも、今年は違う。

 パリーグの優勝争いが歴史上最も面白いというのもあるが、その中心に立つ選手にもスポットライトが当たっている。


『三番センター、五十嵐陽翔』


 埼玉ドームにアナウンスが響いた瞬間、カウボーイズファンの大歓声が輪になって楓を包んだ。

 高揚感が溢れんばかりに楓を満たした。 


 陽翔の成績についてはいわずもがな歴史的な成績で、育成出身で、前所属監督に干され、人的補償で捨てられた、という経歴の部分にも注目が集まっている。

 そして一番の注目点は、チームメイトにカウボーイズの四番、日本最強バッター三浦豪成との三冠王争いだ。


 現在、陽翔の打率が.340、本塁打が42本、打点121。

 三浦の打率が342で陽翔をちょっとリード、本塁打は43本で一本だけリード、打点は124。

 ほんのちょっとだけ三浦が三冠王に有利だが、まだまだ陽翔にも可能性がある。


「お前はどっちが勝つと思う?」


 兄が聞いてくる。


「五十嵐陽翔――かな」


「どうして?」


「私の勘!」


 楓としては陽翔の三冠王を期待してしまう。

 初めて選手として陽翔のプレーしている姿を見たとき、直観として凄い選手になる気がした。

 でも、陽翔の活躍は楓の予想以上で、なんだか怖い気がした。


 どうしてもあの人に会いたくて、強引に出会って、強引に仲良くなって。

 今ではそれなりにあの人も自分のことを悪くは思っていないのだろうけど。

 もちろん活躍は嬉しいのだけど。

 なんか、簡単に手の届かない場所に行ってしまいそうで、怖い。


 ◇◇◇◇


 試合はカウボーイズの優勢で進み、ほぼ勝ちは確実になりそうだ。

 同時に行われている他球場も、試合の大勢は決していた。


「勝ってるね、シーホークス」


 0.5ゲーム差で2位のシーホークスが今日も勝ちそうで、カウボーイズのマジック点灯は今日もお預けになりそうだ。


「このままだと、最後の試合が優勝決定戦になりそうだね」


 両チームのゲーム差がこのまま推移すれば、最終戦、カウボーイズとシーホークスの試合は、勝った方が優勝という大一番になる。

 さらには、陽翔と三浦のタイトル争いという意味でも、最後の試合は重要な意味を持つ。


「私はもう最終戦のチケット取ってるもんね」


「はぁーいいなー。二人分ないのかよ」


「残念。一人分」


「てか、お前いつも一人で野球見に行って。一緒に行く人いないのか?」


「いないよ。大学行って、芝居の仕事して、それ以外野球って感じ」


 実際、その三つで楓のスケジュールは詰まっている。

 もう少しでも、お芝居の方が忙しくなってきたら、大学の方を休学するか、やめたりすることも視野に入れているけど、決して父が許さないだろう。


「彼氏いないのかよ」


「いないって」


「作れよ」


「うるさい。余計なお世話」


「作る気ないのか?」


 楓は黙った。

 楓が答える気がないと悟った兄は、話題を変えた。


「いいな。そんなしょっちゅう遠征いけて」


 ありがたいことに、芝居の仕事やそれのお手伝いなどで、日々生きて行く費用と自己投資費と野球遠征費は稼げるようになってきた。


「お兄ちゃんこそ、どっから、遠征するお金が」


 兄はいわゆるニートで、母からもらっている最低限の生活費だけで一人暮らしをしている。

 でも、最近よくカウボーイズを遠征して見に行ったりしているから、もしかしたら働き始めたのかもしれないと思った。


「……最近は、少し金を稼げてる」


「就職したの!?」


「い、いや、えっと……フリーランス……」


 なんだか目がきょどっていて、すぐに嘘をついているとわかった。


「なんの仕事」


「スポーツの記事書いてる」


「スポーツライター的な?」


「そんな感じ」


「どこで書いてるの?」


「あ、えっと、それは守秘義務があるから言えない」


 兄は不自然なほど楓のことを真っすぐ見ていた。

 こうこう時の兄は、本当のことを隠している。


「……嘘でしょ」


「え?」


「スポーツライターなんて、嘘。ホントのこと教えてよ」


「……ネットで小金稼ぎ」


「どんなことしてるの?」


「言えない」


「守秘義務?」


「いや、人に言えるようなものではないから」


 兄は、諦めがついたように目を逸らしていった。

 こういう仕草の時の兄は、ホントのことを言っている。


「でも、スポーツライターに興味がある。なんか、最近やってみたくなった」


「いいじゃん。やってみなよ」


「でもなあ……」


「“でも”じゃない! 人生一度きりだよ! 興味あることがあったらやってみなよ!」


「う、うーん。わかった。カウボーイズが日本一になったら、な」


「言ったね。約束だよ」


「わかったわかった」


 楓から目を逸らした兄の視線は、グラウンドの先にあった。


 ◇◇◇◇


 九回表、もう回ってこないと思ったけど、カウボーイズ打線がつながり、陽翔に今日六回目の打席がやってきた。


 試合は11-2でカウボーイズの大量リードだ。

 勝敗は決しているのに、観客の多くは帰っていない。

 勝っているカウボーイズファンは気分いいから当然だろうけど、埼玉ブロンコスのファンも多く残っている。

 おそらく、陽翔と三浦の打席を見たいのだろうと思った。


『三番センター、五十嵐陽翔』


 アナウンスが響いたのち、カウボーイズ応援団より、陽翔の応援歌が流れる。

 トランペットの音、観客の歌。

 混ざりあって、重なり合って、陽翔の打席を演出する。


 “ここでけろ の溢れる世界へ

 快足飛ばして駆け抜けろ 燃えろ陽翔”


 いつもだったら一人でも大声で歌うのだけど、今日は兄が隣にいるし、口だけ動かして声は出さない。


 昨年ほとんど一軍にいなかった陽翔はシーズンの最初、応援歌がなかった。

 四月ごろ、急遽応援団が作ったのが、今の応援歌である。

 “翔けろ”とか“陽”とかは名前からとっている。

 “陽の溢れる世界”は、陽翔が華々しい世界から無縁の、日陰・・な経歴を持っていることから、このプロ野球一軍という陽の当たる世界での活躍願った、ということらしい。


 その辺りは急遽作った割にいい感じな気がするが、“快足飛ばして駆け抜けろ”はどうなんだろうと楓は思う。

 たいていの応援歌には、その選手のストロングポイントを踏まえた歌詞が入っている。

 陽翔の場合は“俊足”が強調されているが、今や三冠王を狙おうかという選手に、足だけが長所の選手のような歌詞は、不適切な気がしてならない。


 もちろん応援歌が作られた四月時点ではこんなに陽翔が打つと作詞者も思っていなかっただろうから、しょうがいないのだろうけど、なんだかもやもやする。

 別に当の陽翔本人は気にしていないだろう。

 でも今年のオフ、陽翔の新たな応援歌が作られないのなら、文句を言いに行こうかと考えている楓だった。


 そんなことを楓が考えている中、陽翔は打った。

 ライトへの、高い放物線を描くスリーランホームランだった。


 これでシーズン43本目だ。

 三浦に並び、リーグトップに立った。

 打点は123となり、三浦に1差の2位だ。


 周りのカウボーイズファンが狂喜乱舞で喜ぶ中、兄があまりリアクションを取らなかったので、楓も同じように座ったままでいた。

 ホントは立ち上がり、感情に身を任せ喜びたい。


「なんで親父は五十嵐を干したんだろうな」


 大歓声がドームを包む中、兄は小声で言った。


「自分の思い通りに動かなかっただからじゃないの」


「それだけかな」


 陽翔のダメ押しスリーランもあり、カウボーイズは14-2で大勝した。

 シーホークスも同じく勝利し、両者のゲーム差は変わらなかった。


 ◇◇◇◇


 141試合目、カウボーイズは痛恨の敗北を喫した。

 仙台ネッツのエース則広に完璧に抑えられ、1-3の敗北となった。


 シーホークスは順当に勝利した。

 結果、1位と2位の順位が入れ替わり、カウボーイズは0.5ゲーム差の2位に落ちた。


 翌日の142試合目、シーホークスは昼間の試合――デーゲームで、カウボーイズは夜の試合――ナイターだった。

 先に試合を行ったシーホークスは勝利した。

 この時点での両チームのゲーム差は1となり、もし夜の試合でカウボーイズが敗れれば、優勝が決まるという状況になった。


 この大事な局面でネッツ戦。

 マウンドに上がったのは山上だった。

 山上は魂の投球でネッツ打線を寄せ付けず、完封勝利を果たした。

 3-0で、ゲーム差を0.5に戻した。


 この結果をもって、パリーグの優勝争いは最終戦ですべてを決することとなった。

 10月4日、大阪ドーム18:00プレイボール。

 勝った方が優勝。

 引き分け以上なら1位のシーホークスの優勝。

 さらには陽翔と三浦のタイトル争いも、最終戦にもつれる。


 10月3日、運命の試合の前日、予告先発が発表された。

 カウボーイズが森本玲央、シーホークスが林崎真。

 シーズンのフィナーレを飾るのにふさわしい対決だと、陽翔は思った。


 夜、陽翔のスマホに楓からのメッセージが届いた。


 “ここでけろ の溢れる世界へ

 快足飛ばして駆け抜けろ 燃えろ陽翔”


 明日は現地で熱唱するね!


 陽翔はそれに返信した。

 寝支度を整え、ベットにつく。

 明日の試合への興奮と緊張で、すぐには眠れなかった。


 ◇◇◇◇


 598.牛を飼う名無し


 142試合もやって0.5ゲーム差はありえんやろ

 なんかやってるわ


 611.牛を飼う名無し


 シーズン最後までイチャイチャしてて草


 613.牛を飼う名無し


 こんなプロ野球史上一番面白い首位争いの中心にカウボーイズがいるなんて


 620.牛を飼う名無し


 地上波緊急生中継決定だって


 630.牛を飼う名無し


 >>620

 カウボーイズのナイター戦を地上波とかいつぶりなんやろうか?


 641.牛を飼う名無し


 >>630

 知らんけど20年前の日本シリーズちゃう?


 651.牛を飼う名無し


 五十嵐 打率.339 本塁打43本 打点123 盗塁39

 三浦  打率.342 本塁打43本 打点125


 これどうすんねん……


 659.牛を飼う名無し


 >>651

 終わってみれば三浦が明日1本追加して三冠王やろうなあ


 661.牛を飼う名無し


 >>651

 開幕前に五十嵐と三浦が三冠王争いするとか言ったら病院に連れていかれそう


 664.牛を飼う名無し


 >>651

 五十嵐の40-40がまったく話題になってなくて草

 プロ野球史上初めての快挙なのに


 672.牛を飼う名無し


 >>664

 他の話題が濃すぎるからね

 しょうがないね


 667.牛を飼う名無し


 >>651

 最終戦が優勝決定戦

 チームメイト同士が三冠王争い


 頭おかしくなりそう


 691.牛を飼う名無し


 10/4と10/5有給申請したわ

 4日は優勝の余韻に浸りながら一晩中酒飲む予定だから翌日も仕事無理や


 702.牛を飼う名無し


 当日仕事でリアタイできないワイ、低みの見物


 705.牛を飼う名無し


 カウボーイズの日本一を見るために仕事辞めたワイ、高みの見物

 この時のために生きてきたんや


 710.牛を飼う名無し


 >>705

 就活は順調ですか(小声)?


 714.牛を飼う名無し


 >>710

 今シーズンのカウボーイズの戦いが終わるまでは就活延期や



 管理人コメント


 まさか最終戦までもつれるとは思わなかったですね!

 こうなったら最後まで全力で応援します!

 最終戦現地に見に行けないので、チケット取れた方が羨ましいです。


 個人的な意見ですが、私は五十嵐選手の本塁打王に期待したいです。

 先日大阪ドームに試合を見に行った際、

 五十嵐選手のホームランを見ることができたのですが、

 とても美しいフォームでした。

 全身の力を余すことなくボールに伝えるスイングに、

 惚れ惚れするようなフォロースロー。

 私も野球をやっていたのですが、ああいう選手になりたかったです…

 あれを現地で見せられると、もっと応援したくなってしまいます。


 もちろん三浦選手も大好きなので、

 どういう結末を迎えようと、二人を祝福したいです。

 

 ではカウボーイの皆さん。

 野球の歴史の1ページに刻まれるようなメモリアルな一戦を、

 楽しみましょう!

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