42話 暗黒の記憶
陽翔が小学生だったころ、大阪カウボーイズの試合を見に行ったことがある。
小学校が夏休みである八月、少年野球の試合で大阪に行く機会があり、チームのみんなでカウボーイズのホームである、大阪ドームで試合を観戦することになった。
試合を生観戦する前の、陽翔のカウボーイズのイメージといえば、“弱い”しかなかった。
試合を見た後、そこに“不人気”というイメージも加わることになった。
陽翔たち少年野球メンバーの良い夏休みの思い出とするには、余りにドームがガラガラだった。
子供ながらに、こんなのでカウボーイズは大丈夫なのだろうかと思った。
ドームは空席だらけで、応援団の熱量も相手のシーホークスの方があるように見えた。
後になってわかるが、当時のカウボーイズは最下位の常連。
その年も当然のように八月時点での最下位がほぼ確定しており、Aクラス争いも無し。
今でいう森本や三浦のようなスター選手もいない。
夏休みの真っ只中といえども、平日の試合ではガラガラでも仕方がない状況だった。
「なんか、つまんないね」
試合を見ているとき、チームメイトの誰かが言った。
展開は当時も強かったシーホークスが淡々と得点を重ねていくだけで、お世辞にも面白いとは言えなかった。
「黙って見とけよ」
食い気味に反論したのは林崎だった。
当時から向上心の強かった彼は、こんな試合でも何かを得ようとグラウンドから目を離さなかった。
飽き気味に関係ない話をしだすチームメイトをよそに、プロのプレーを目に焼き付けていた。
陽翔は試合に飽きたチームメイトと、熱心に見ている林崎と、そのどちらでもない感情をその時抱えていた。
プロの技は凄いし、カウボーイズの選手たちも最下位に沈もうと、大差でも負けようと、一生懸命プレーしている。
だからこそ、このガラガラで、時には味方であるはずのファンから怒号も飛ぶ環境でプレーしている彼らが可哀そうに思えた。
陽翔が初めて見たプロ野球の試合――家族と見にいった東京ドームでのウォーリアーズの試合は観客もいっぱいで、選手を応援する声が響く。
見ていて熱くなったし、感動すら覚えた。
その時の試合と、今観ている試合は同じプロ野球なのだろうかと思った。
あんなにも野球の上手い彼らが、こんな中で試合をさせられるなんて、プロの世界はなんて残酷なのだろう。
カウボーイズのことなど全然知識のない小学生の陽翔はもちろん知らなかったが、既にシーズンを捨てていたカウボーイズはその試合、未来を見据えて若い選手を多く出場させていた。
ショートに島岡、サードに前川、キャッチャーに坂本、というプロの世界に飛び込んでちょっとしか経っていない若手たちが試合に出ていた。
もちろん十二歳の陽翔は、将来、彼らと一緒にプレーするようになることなど、露ほども思わなかった。
◇◇◇◇
「懐かしいなあ。この感じは」
島岡の目の前の席の、前川航平は言う。
個室居酒屋に集った面子は、島岡、前川、坂本、結木というカウボーイズの30歳を超える主力四人だった。
島岡はそんな前川と、残り二人を見て、確かに昔はよく見た光景だと思う。
とはいえ、そんな過去を懐かしむような行為は、自分たちの重ねた年を感じてしまい、あまり好きではなかった。
「じじいくさいこと言うな。俺らが年経ったみたいやないか」
「いや、実際年取っただろう」
「俺らみんな30超えたもんな」
島岡に、坂本が突っ込み、結木がつぶやく。
入団順で言えば、島岡と前川、その一年後に結木と坂本である。
ただし、坂本は大卒ドラフト入団、結木は高卒社会人(高校卒業後、三年間社会人としてプレー後のプロ入り)で島岡、前川は高卒ドラフト組だから、年齢で言えば、坂本が一番上で、その一個下が結木、さらにその二つ下が島岡と前川となる。
昔はよくこの四人で飲んでいた。
年が近い、入団年も近いということもあり、その日に試合があろうと、翌日のデーゲームが控えていようと、四人でひたすら語り合った。
皆がプロの年数を重ね、主力になっていくにつれ、飲みの席は減っていった。
そして近年は、全員が所帯を持ったこともあり、この四人だけで行くことはなくなった。
もうこんな場は何年ぶりだろう。
今日のこの席の目的としては、優勝へ向けての決起集会、というわけではないが、それに近いものがある。
四人はプロの世界に入って十年以上も経つというのに、優勝という二文字を全く知らない。
なんとなく、あの頃のように四人で集まり話したくなった島岡が三人を誘った。
「あの頃は、なにをあんなに話すことがあったんだろうな」
坂本が言うと、結木が「そんなの、決めってるじゃないですか」と前置きをしながら、
「当時なんて、カウボーイズは最悪のチームでしたから。ひたすらチームの悪口を言ってたでしょ。特に、坂本さんが一番言ってた」
「そうだっけ?」
そうだ。
自分たち四人は、カウボーイズというチームへの悪口、文句、不満を持って結束したのだ。
「あの頃はきつかったすね」
「びっくりしたわ。初めて一軍のキャンプに呼ばれたかと思ったら、いきなり先輩たちがサッカーしだしてな」
「ああ、それをFAで来た今田さんがマスコミに言ったら、大変なことになったな」
“大変なこと”にはずいぶんと含意がある。
まずキャンプでサッカーをしていたのは事実で、それを告発したのがFA移籍でカウボーイズに入団した今田さんだ。
今田さんは当時のチームのボス、亀山とその子分たちに呼び出され、説教をされたという。
正しいことをしたという自覚のある今田は一方も引かず、亀山に反論した。
結末は、今田の負けという結果で終わった。
オープン戦で調子の上がらなかった今田は、当時の監督に二軍行きを命じられた。
オープン戦で調子が上がらなかったぐらいで、FAしてまでチームに来てくれたベテランを二軍に落とすわけがない。
亀山に逆らえなかった監督が、忖度で今田を二軍に落としたのだろうと思う。
プロの一軍の世界はプロフェッショナルが揃っていて、学校や部活でありそうな、つまらぬ問題など、あるわけがない。
そう思っていた島岡にとって、かなり衝撃だった。
たちの悪いことに、他球団に比べ選手層があからさまに薄いカウボーイズにおいて、唯一の一軍レベルの選手が亀山であった。
毎年のようにオールスターに選ばれるほどの彼がいなくなれば、プロ野球史上最弱で、最も見どころのないチームになりかねない。
だから、チーム関係者は亀山の横暴を見て見ぬふりをした。
ちょうどその頃、期待の若手として一軍に抜擢されたのが、この場の四人だった。
亀山の支配する腐ったチーム、万年最下位の不人気チーム、チームの編成を担うフロントもいかに経費を削減するかだけを考えている。
そんなチームにおいて、未来を担う若手としてプレーすることはしんどかった。
だからこそこの四人は結束し、耐え抜いた。
やがて、四人はチームの主力として成長した。
「ホント、腐ってたな」
「大黒監督が来てくれてよかった」
風向きが変わったのは、カウボーイズの親会社変更があってからだった。
関西メディア系の親会社が、球団赤字が続いていたこと、同じ関西を本拠地に持つ兵庫ブルーサンダースに比べ宣伝効果がないこと、チームに上昇する気配がまったくないことを問題し、球団を手放すことに決めた。
新しくチームを買ったのは、当時勢いのあったIT系の企業だった。
新進気鋭の社長が球団経営に乗り出した。
社長はチームの改革について、まず行ったのが名将、大黒監督の招集だった。
球団買収の時点で、大黒喜教監督の誕生を公約としていた。
「亀山も、大黒監督も逆らえなかったもんな」
大黒監督の就任によって、亀山のお山の大将体制は終わりを告げた。
そんな中、一軍にて台頭してきたのが、後に日本を代表する選手となる三浦と森本だった。
大黒監督に目をつけられている亀山は、表立った動きこそしないがやはりまだチームメイトに対しては粗暴な振る舞いをしていた。
そして、できれば大黒監督を追い出し、再びチームを支配することを目論んでいたのだろう。
亀山は、三浦を自分の側に引き込もうとした。
チームの期待の若手をこちらの味方にすれば、再びの亀山帝国が近づいてくる、そのように考えていたのだろう。
いつもの軽い感じで、三浦の肩に自身の腕を絡ませて話しかけると、三浦は、
「触るな。腐った肉の匂いが俺の体につく」
と言った。
これには亀山も、何もいえず、ただ顔を真っ赤にしてその場を去った。
その一部始終を見ていた島岡は、笑いが止まらなかった。
高卒二年目のガキが亀山に歯向かった、しかも腐った肉と。
一生、三浦に付いていこうかとも思った。
ただ三浦の生意気な口調は他の先輩にも出てくるので、ただの嫌な後輩ぐらいの認識に落ち着いた。
悪い奴ではないし、最低限の礼儀はある。
その時のシーズン途中、亀山はトレードで他球団に移籍し、シーズンオフに退団を発表した。
島岡は、それ以降の亀山の消息は知らない。
「正直言って、三浦より五十嵐の方がやばいよな」
島岡が、暗黒時代の追憶をしていると、会話の話題は他に移っていた。
坂本が言うと、結木もうなずいた。
「パワー以外、五十嵐の方が上じゃないですかね」
前川も言った。
「どっちが勝つんだろうなあ」
結木が腕を組んで唸る。
目下三冠王争い中の三浦と五十嵐、どちらが“上”でシーズンを終えるか。
今年のペナントレースも一か月を切った中で、最大の話題となっている。
島岡は、
「俺は、三浦に100万掛けるわ」
「意外だな。お前は、三浦とそりが合わず、五十嵐ばっか可愛がってるじゃないか」
前川が問うてきたので、島岡は、
「いや。ただ、俺は三浦に勝ってほしいだけや」
「まあ、どっちでも良いが。なんにせよ、優勝したときにあいつらだけの力と言われるのは心外だな」
坂本の言葉に、皆が頷いた。
「暗黒時代を知るものがいてこそ、20年ぶりのリーグ優勝、26年ぶりの日本一に味が出るんや。あいつらだけじゃあ、ただの強いチームができて勝っただけになるな。俺らがいてこそストーリーになる」
四人は、昔のように朝まで飲むことなく、ほどほどの時間まで、優勝への想いを話した。
◇◇◇◇
「三浦。勝てよ」
「誰に?」
翌日の試合前、島岡は三浦に言った。
「そりゃ、陽翔やろ」
「……前も言ったでしょ。勝つって」
「でも、負けそうやないか」
前の試合で、陽翔は二本のホームランを放ち、今シーズンの本塁打数を39に乗せた。
現在三浦は38本。
打率は五十嵐が.342、三浦が.340。
打点はまだ三浦が上だが、現状では五十嵐がパリーグの二冠王だ。
「もしかして島岡さん、俺に同情してます?」
「……ほんのちょっとだけや」
三冠王が、三浦にとってどれだけ待ち望んだ名誉であるかを島岡は知っている。
長年の悲願を、日本最終年である今年、ついに達成できそうだった。
しかし、ケガによる離脱があった。
さらには、あんな化け物が現れるなんて。
「俺は、今の状況が嬉しいですよ」
三浦はニヤッと笑った。
島岡は、その笑顔を怖いと思った。
「もう日本に相手はいないと思ってましたから。こんなひりひりする勝負が最後にできるなんて。ましてや、あいつとなんてね」
試合は先発の結木が七回二失点と好投。
同点の九回裏、六番の前川がヒットで出塁。
八番の坂本がヒットでつなぎ、最後は一番島岡のサヨナラヒットが飛び出した。
その日、三浦は二本のホームランを放ち、本塁打数を40の大台に乗せた。
五十嵐陽翔39本、三浦豪成40本、残り15試合。
◇◇◇◇
121.牛を飼う名無し
【朗報】カウボーイズの大将亀山さん発見される
Youtuberをやっている模様
125.牛を飼う名無し
>>121
登録者数 47人で草
129.牛を飼う名無し
>>121
内容はカウボーイズ暗黒時代のエピソードばかりやな
135.牛を飼う名無し
>>129
暗黒最大の要因がよくもまあ何言ってんねんって話やな
141.牛を飼う名無し
>>121
Youtuberやるまでは何してたんや
151.牛を飼う名無し
>>141
飲食やってたけど潰れたみたい
161.牛を飼う名無し
ホンマあいつが支配してた時代は最悪だったわ
169.牛を飼う名無し
あのころではないけど三浦と森本消えたらまた暗黒時代来そう
174.牛を飼う名無し
>>169
大丈夫だと思うけどなあ
あのころとはチームの何もかもが違うよ




