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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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19/43

19話 裏切り者への拍手喝采

 交流戦の最終カード、大阪カウボーイズと東京ウォーリアーズの試合は、東京ドームで行われる。

 ドームは元ウォーリアーズの陽翔にとっては元職場である。

 慣れ親しんだ感覚があり、プレーとしてはやり易さを感じる。


 試合開始まで数時間、陽翔たちカウボーイズの面々はグラウンドで調整を行っていた。

 陽翔は、バッティング練習で今日の調子を確かめる。

 スムーズに体が動き、スイングは滑らか。

 大一番を前に、調子はすこぶる良かった。


 バッティング練習を終え、ロッカールームに引き上げようとする。

 すると、陽翔に声を掛けてくる白地のカッターシャツ姿の男がいた。


「五十嵐くん!」


「……大井さん! お久しぶりです」


 陽翔に駆け寄り握手を求めてきたのは、東京ウォーリアーズスカウト、大井おおい雅治まさはるだった。

 彼と陽翔は、浅からぬ縁がある。

 無名高校球児であった陽翔に目をつけ、育成ドラフトでの指名をチームに推薦してくれた人物こそ、この大井だった。


「いや、凄い活躍じゃないか。君の獲得を決めた人物としては誇らしいよ」


「いえいえどうも。全部大井さんがスカウトしてくれたおかげです」


「いやいや。君だったらあそこで指名されなくても、大学でドラフト候補になってたよ。むしろ、その方が()しなくて済んだんじゃないかな」


「どうですかね……」


 自分のウォーリアーズ時代が無駄だったのではないか、という指摘はたまにされる。

 さらにいえば、高校時代を名門校で過ごしていたならば、もっと早く頭角を表すことができたのではないかという声も聞く。

 その考え方も一理あると思う。


 今は最高に野球が楽しい。

 すべてが上手くいく感覚で、自分の思い通りに体が動く感じ。

 この感覚をもっと早くに覚えていれば、また違った野球人生を歩めただろうにと思う。


「ウォーリアーズ関係者という立場上、表立っては言えないけど、頑張って。森田監督を見返してやるぐらいね」


「はい! ありがとうございます」


 ◇◇◇◇


 今日の試合、ウォーリアーズの先発は宮本秀高。

 二年前FAでカウボーイズからウォーリアーズに移籍した選手で、その際の人的補償でカウボーイズに移ったのが陽翔である。


 宮本と入れ替わりでチームを移った陽翔は、当然彼との面識はなく、対戦したこともない。

 そこで、宮本に関する情報を、元チームメイトたちに聞いてみることにした。


「宮本の印象? 一言でいえば、金の亡者。プライドがめっぽう高い。そんなとこやな」


 棘のある言い方で宮本を評したのは島岡だった。


「投球の印象を聞いてるんですけど……」


「ああすまんすまん。宮本の投球は全てまあまあや。全部の球がまあまあで、コントロールもまあまあ。スタミナもまあまあ。顔もまあまあや」


「あんまり参考にならないすね」


 すべてがまあまあ、陽翔の宮本のイメージもその通りだ。

 何か突出した武器となる要素はなく、全てが高いレベルで纏まっている。

 プロフェッショナルが揃うプロ野球という世界で、全ての要素をまあまあのレベルに押し上げることは並大抵のことでない。


 突出したところがないというのは、逆にいえばつかみどころがない、狙い球が絞れないと言える。

 仮にストレートが武器のピッチャーがいたとすれば、バッテリーの配球はストレート中心のものになり、癖や傾向が出てくる。


 宮本の場合はそうではない。

 得意球がないため、その配球は癖がなく、どの球がやってくるか読みづらい。 

 言ってしまえば、武器がないことが武器なのだ。


「ていうか、金の亡者ってどういうことですか?」


「あいつホンマせこいねん。他人に金を一切使わない。逆に先輩にはたかりまくる。球団としてどっかの団体とかに寄付しようってときにも、あいつだけ一銭もせんねん」


「そんな人だったんですね……」


「あいつの移籍の経緯は知っとるやろ? FA行使しながら、カウボーイズ残留をちらつかせ、シーホークスとウォーリアーズという球界の金払いの良さナンバーワンツーの球団にラブコール。

 結果、年俸四億円越えや。通算五十勝そこそこ、防御率三点台後半にしちゃあ貰いすぎや。マネーゲームの勝者やな」


 FA移籍を行った選手が、元いた球団のファンに叩かれるというのは多々ある。

 移籍した選手に、金のために球団を捨てたという印象を抱くファンもいる。


 宮本の場合は、カウボーイズが強くなってきたタイミングでの移籍で、移籍先が球界で最もアンチの多いウォーリアーズ、そして実績にそぐわないレベルの年俸を得たことで、かなりネットで叩かれていた。

 裏切り者、金の亡者、ビッチ、そんな言葉たちが宮本のニュース記事のコメント欄に並んでいた。


 擁護すると、FAという制度は選手による正当な権利であり、少しでも良い条件を提示してくれた球団に移籍するのは、社会人として当然ではある。


「逆にウォーリアーズはそこそこのローテピッチャーに四億払わないといけなくなった上に、五十嵐陽翔という逸材を失ってしまったと」


「あのままウォーリアーズにいたら今の俺はいないから、それはたらればです」


「せやな。あと宮本はな。結構プライド高いねん。今の、陽翔の大活躍によって、自分が馬鹿にされてしまっているような状況は、きっと我慢できへんと思うで。試合で陽翔が速攻宮本をガツンと打ってしまえば、勝手にメンタル崩してまうと思うで」


「なるほど」


 陽翔は対宮本の策を決めていた。

 否、それは策といっていいのかわからないほど、シンプルだ。


 狙い球を決めるのが難しいなら、無理に絞らなくていい。

 ただ来た球を打つだけ。

 宮本ぐらいの球で、かつ今の自分ならそれは可能だと思う。

 陽翔は腹の中を据え、浅からぬ因縁を持つ相手との勝負に向かう。


 ◇◇◇◇


 宮本秀高は、古巣との対決を実にめんどくさいと思っていた。

 こっちが何とも思っていなかったとしても、勝手に周りが騒ぎ出す。

 移籍の経緯もそうだし、自分と入れ替わりでカウボーイズに移籍し、絶賛大活躍中の五十嵐陽翔の存在もある。

 とにかくわずらわしい。


 移籍の経緯については、かなり嫉妬染みた批判を受けた。

 古巣への愛を口で語りながら、裏では年俸をちょっとでも釣り上げるため、たくさんの人を巻き込み、最終的には金で選手を集める邪悪な金満球団に移籍した男。

 金の亡者、裏切り者という言葉たちが宮本のSNSへ届いた。


 今日の試合はウォーリアーズホームの東京ドームで行われる。

 仮に試合がカウボーイズホームの大阪ドームで行われるのならば、宮本はブーイングを四方八方から受けただろう。


 しかし、東京ドームにやってくるカウボーイズファンなどたかが知れている。

 ブーイングはされるだろうが、気にならない程度の大きさのものだろう。

 だいたい自分を裏切り者だと野次っている人たちも、自分が就業先のライバル企業に、四倍以上の年収でヘッドハンティングされた絶対転職するだろうに。

 宮本はカウボーイズファンからのブーイングは、ある程度許容できると考えていた。


 宮本にはもう一つ懸念点があった。

 自分の人的補償として、入れ替わりでカウボーイズに移籍した五十嵐陽翔については、嫌悪感しかない。


 五十嵐が活躍をしはじめて以降、宮本への野次に新たなバリエーションが加わった。

 彼が流失したことを、自分のせいだと責める声がある。

 自分がFAを行使さえしなければ、五十嵐は今頃ウォーリアーズで活躍していたのに、と。


 そこを責めるのはお門違いだ。

 五十嵐をいらない扱いしたのは、ウォーリアーズフロントであるし、仮にずっとこのチームに所属していたら、今の活躍ぶりはなかっただろう。

 あれは、カウボーイズにいたからこその覚醒だと考えるのが自然だ。


 野次を飛ばすものに、そんな正論は通用しないのはわかっている。

 彼らは鬱憤を晴らしたいだけだ。


 プロとしてお金をもらっている以上、野次を受けるのはある程度、覚悟しなければならないことだ。

 自分の成績が、四億という年俸に釣り合っていないことはわかっている。

 五十嵐に負けないぐらいの成績を残していれば、こんなにもブーイングを食らうこともないだろう。


 とにかく今日はカウボーイズ打線を抑え、自分の役割を全うする。

 そして五十嵐陽翔だけは完璧に抑え、うるさい連中を黙らせる。

 決死の覚悟を元に、宮本はマウンドに上がった。


 ◇◇◇◇


 試合前、宮本は思った。

 カウボーイズファン多くね?


 ウォーリアーズは球界一の人気球団。

 それに対して、カウボーイズは12球団で一二を争う不人気球団だ。

 本来であれば、東京ドームはぎっしりとウォーリアーズファンによって埋まっていて、カウボーイズファンはレフトスタンドの片隅に申し訳程度に固まっているだけなはず。


 それがどうだろう。

 今のドームは、レフトスタンドはもちろん、三塁側内野スタンドにも多くのカウボーイズファンが陣取っている。

 それどころか、本来ウォーリアーズファンしかいないはずの一塁側内野スタンドにも、カウボーイズの紺色のユニフォームを着たファンがちらほら見える。


 チームが強くなったことと、新たなスタ―の登場によってファンが急増していることは知っていたが、これほどまでとは知らなかった。

 自分がいたとき、彼らはカウボーイズに見向きもしなかった。

 いつも空席の目立った大阪ドームで試合をさせられたというのに、ミーハーなやつらめ、と宮本は心の中で悪態をついた。


 宮本の目につくのが、背番号63、五十嵐陽翔のユニフォームを身に着けた女性ファンの姿の多さである。

 絶賛ファン急増中のカウボーイズであるが、女性ファンの数が中でも多く増えていて、大半が五十嵐を“推し”としている人たちであるという。

 最近メディアでは、カウボーイズの女性ファンを“カウガール”などと呼んでいる。

 宮本は、そんな報道を見るたびに虫酸が走った。


 そろそろ試合が始まる。

 後攻のウォーリアーズは先に守りに着く。


 先発ピッチャーである宮本はマウンドに上がる。

 投球練習を行いながら、宮本はこれからの展開を予想した。


 これから、スタジアムDJが守りに着くウォーリアーズのスタメンを一人ずつ発表していく。

 当然宮本の名前も呼ばれるが、その時、カウボーイズのファンのやつらは盛大にブーイングを浴びせてくるだろう。

 そんなことされても自分は動じない。

 そうされることはわかっているのだから。


『先発ピッチャー、みやもとー、ひでたかー! 背番号11』


 その名がコールされた瞬間、宮本は面食らって投球練習を止めてしまった。

 ブーイングをすると思っていたカウボーイズファンたちは、なんと宮本へ盛大な拍手を行った。

 それは、ウォーリアーズファンのものよりずっと大きく、ほんの一部だが「いいぞ! いいぞ! 宮本!」というコールも起きている。


 宮本は理解した。

 彼らにとって自分はFAで金満球団に移籍した裏切り者ではなく、五十嵐のカウボーイズ移籍のきっかけ(・・・・)を作った人。

 恨みより、感謝の気持ちの方が強いのだ。


 ――舐めやがって。

 宮本は気合を入れ直し、投球練習を再開した。


『一番ショート、島岡壮太』


 まず対峙するのは一番の島岡。

 宮本は、同い年である島岡のことが嫌いだった。


 宮本は、島岡の馴れ馴れしい性格が嫌いだった。

 それ以上に気に入らない部分なのが、人情とやらを大事にするのはいいが、島岡は、他人にもそれを要求してくることだ。


 宮本は、必要最低限以上のコミュニケーションをチームメイトと取りたくなかった。

 プロなのだから、お金をもらうために個人でのプレーに徹する。

 そういった姿勢を島岡は気に入らなかったのか、たびたび言い争いになった。

 宮本にとって、五十嵐の次に打たれたくない感情を持っているのが島岡だった。


「ストライク! バッターアウト!」


 積年の恨みを晴らせると思うと、力が入った。

 狙い通りの配球で、島岡を三振に切って取る。


 二番のパーキンスも簡単に打ち取った。

 余計なランナーがいない状態で五十嵐を迎える。


『三番センター、五十嵐陽翔』


 五十嵐の名前がコールされると、大歓声が起きた。

 いくらカウボーイズファンが多いといっても、明らかに声量と拍手が大きすぎる。

 どう考えても、ウォーリアーズファンも混じって声援を送っている。


 ウォーリアーズ時代の五十嵐はただの代走、守備要因であったが、それなりに人気があった。

 五十嵐が森田監督に干されていた事実や、移籍の経緯を考えると、ウォーリアーズファンにとっても今の彼の活躍は喜ばしい事実で、応援したくなる存在ということなのだろう。

 逆に、ウォーリアーズフォンにとって宮本は、金のために移籍してきた“傭兵”であり、大した愛着もないのだろう。


 球場全体が五十嵐を応援している。

 宮本はいらいらを抑えきれなかった。


 まずは一球、内角の体に近いところにストレートを投げ、五十嵐をビビらせよう。

 足の速い五十嵐をランナーとして置いた場面で三浦を迎えたくないから、絶対デッドボールにしてはだめだ。


 あくまでビビらせて、五十嵐を次の投球以降、踏み込ませないようにする。

 そしてバットが届きにくくなる外の球で調理する。

 ついでに、五十嵐をビビらせることで自分の留飲を下げる。


 宮本は力と悪意を込め、右腕を振るった。


 は?


 宮本の理解が及ぶより前、白球はライトスタンドに突き刺さった。

 五十嵐がダイヤモンドを一周する。

 ホームランでカウボーイズが一点を先制した。


 確かに宮本の投じたストレートは、狙っていたよりも中に入った。

 体に当たるぐらいのところを狙って投じたが、少し内側に流れていってしまった。


 それでも投球は、ボール二個分ぐらいストライクゾーンを内側に外れていたはず。

 普通に打てばバットの根元に当たって凡打になるか、芯に当たったとしたら、ファウルになるのが当然の球。

 それを、どうして、なぜ、五十嵐はホームランにできた?

 宮本は呆然としながら、白球の消えていったライトスタンドを見つめていた。

 東京ドームには、鳴りやまない五十嵐コールが響いた。


◇◇◇◇


12.牛を飼う名無しさん


宮本拍手されてて草


18.牛を飼う名無しさん


大歓声やん

人気選手やな


28.牛を飼う名無しさん


宮本のおかげで五十嵐獲得できたししゃーない


111.牛を飼う名無しさん


キターーーーーー


132.牛を飼う名無しさん


一発!


135.牛を飼う名無しさん


14号


161.牛を飼う名無しさん


あの球フェアゾーンに持っていってなおかつホームランにするのやばくね

ボール球やん


201.牛を飼う名無しさん


>>161

マジレスすると五十嵐は右ひじの抜き方が抜群に上手いんや

体に近いところに対して右ひじを畳むことによってフェアゾーンに打つことができる

かつスイングスピードが抜群に速いから多少窮屈でもホームランにすることができるんや


208.牛を飼う名無しさん


>>201

解説サンキュー

詳しいな


212.牛を飼う名無しさん


>>208

ありがとな

ちなワイ草野球通算1000打席で打率8割で三振1個や


215.牛を飼う名無しさん


宮本さん、すべてを失う


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[一言] 大嘘つきいて草
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