16話 甲子園のスター
四月、陽翔は打率.352に本塁打7本で月間MVPを獲得した。
正直、出来すぎだと思った。
実際、五月に入ってからはそれほど《・・・・・・》打てなかった。
相手だってプロだ。
そう何度も同じ相手に打たれないよう、研究を重ね、対策を講じてくる。
プロの世界ではまだまだひよっこである陽翔に、好き勝手させてくるはずがない。
明らかに成績は落ちた。
それでも、陽翔は自信をむしろ深めた。
対策を講じられ、マークが激しくなった。
それでも成績を落としはしたものの、まだまだチームのクリーンアップとしては十分な打撃成績を残していられたからである。
出塁率を高くキープできていることが一番良い。
四月は打率が三割五分を超えていたこともあって、四割を超える出塁率を残した。
五月は打率が二割後半でありながら、出塁率は三割後半と、高水準で推移している。
調子が良くないときであっても、ボール球を見極め、四球を選ぶことによりチームに貢献できている。
ましてや陽翔の次を打つのは、四番の三浦だ。
四月こそホームラン、打点を多く稼いだ陽翔だったが、本来の役割は三浦の前にランナーとして出ること。
調子が今一つ、マークも激しいという状態であっても、自分の役割を全うできている。
陽翔は、四月の絶好調な状態とはまた違った形で自らの成長を実感できていた。
プロ野球のレギュラーになって初めてのシーズンは、あっという間に過ぎていく。
いつのまにか五月も下旬だ。
昨日は気温が三十度近くなるような、夏の足音がする日だった。
今日は、敵地での北海道ペンギンズとの試合である。
相手先発はペンギンズの若手右腕、下川悟――今年プロ五年目で、陽翔とは同い年の選手だ。
今日がプロになって初の対決となる下川のことを、陽翔は高校時代から知っていた。
高校野球の名門校で甲子園のスターでもあった下川は、同い年の陽翔にとっては憧れであり、嫉妬の対象でもある。
甘いマスクに、150キロを超えるストレートを持った彼を、マスコミが放っておくはずがなく、多くの媒体で彼の特集が組まれた。
爽やかな甘いマスク、インタビューなどの受け答えも優等生、そして超高校級の実力、まさに下川悟は高校野球のスターだった。
下川は高校三年生の時の夏の甲子園、準決勝で好投の末にサヨナラ負けを喫し、ベスト4に終わっている。
既に野球部を引退し、テレビでその試合を見ていた陽翔は、サヨナラ負け直後の彼の姿が強烈に印象に残っている。
マウンドで涙を流し、立ち上がれずチームメイトに肩を担がれる姿は、日本中に感動を呼んだ。
陽翔は“主人公”は負けても様になるなと思った。
試合前、陽翔は下川に声を掛けられた。
「やあ、僕たち、同級生なんだってね」
爽やかな挨拶で、下川は握手を求めてきた。
「凄い活躍だね。トリプルスリーも狙えるんじゃない?」
「そりゃあどうも」
馴れ馴れしく、どこか上から目線の下川の話し方は、褒められているのにあまりいい気がしなかった。
「しかし、君みたいなのがどこにいたのさ。高校時代聞いたこともなかった」
「スターとは違う、下の世界で野球やってたんでね」
「下の世界?」
下川は小首を傾げたが、興味がないのか、すぐに話題を変えた。
「まあ、お互い頑張ろう。今日はお手柔らかに頼むね」
そう言った下川の瞳には、しっかりと野心が見えた。
お前なんかには負けない、自分はスターだ、本心ではそう思っているはず。
陽翔も、こいつには負けたくないと思った。
ドラフト一位で入団し、すぐにプロで活躍し始めた下川と、育成ドラフトでプロに入り、紆余曲折を経てようやくレギュラー定着した陽翔。
年俸は十倍ほどの差がある。
しかし、今は同じ舞台に立っている。
同学年のスター、絶対に喰ってやろう。
◇◇◇◇
一回の表のカウボーイズの攻撃、一番の島岡は、下川の二球目を叩いた。
打球は力の無いショートゴロで、まずワンアウトを取られる。
二番のパーキンスは三振に取られ、テンポよくアウトが二つ重なる。
ペンギンズの若手右腕の調子は悪くはないみたいだ。
『三番センター、五十嵐陽翔』
二か月弱レギュラーとして試合に出続け“三番センター”という位置にも慣れてきた。
足元をしっかりならし、呼吸を整え、下川に対する。
下川は両腕を後頭部まで回す。
振り被り、両足を上げ、右腕を振るう。
ワインドアップから糸を引くようなストレートが外角低めに突き刺さる。
スコアボードに“150km/h”と記録された。
高校時代の彼の人気を支えた要因の一つが、投球フォームの華麗さ、美しさだった。
一言でいうと“かっこいい”フォームは、全国の野球少年が真似しただろう。
下川のフォームは高校時代から変わっていないようにみえる。
そして投げている球も、ほぼ同じに思える。
高校時代と同じレベルのまま、プロの一軍で活躍してしまっているのだ。
それは高校時代の彼がいかにプロレベルで、周りより超越していたということを示しているが、逆にいえば、プロに入ってからの成長があまり見られないともいえる。
対照的に、陽翔はプロに入ってからかなり成長した自負がある。
だからこそ、今のこの場所に立っていられている。
現在福岡シーホークスに所属している林崎らとともに高校BIG3と呼ばれた下川の球は、高校生の陽翔なら手も足も出なかっただろう。
しかし、今の自分なら打てる。
あんなに遠くを走っていたスターと、同等以上に渡り合える。
二球目、下川の得意球スライダーが、内角低めへ切り込んでくる。
体をくるっと回し、拾う。
ライナー性の打球が、ライト線へと落ちた。
ライトが捕球し、二塁へ送球する間に、陽翔は二塁へ達する。
陽翔を二塁におき、カウボーイズは四番の三浦を迎えた。
大半のバッテリーなら、ここは迷わずフォアボールで逃げるだろう。
今の三浦と勝負するメリットは、皆無だ。
三浦の月間打率は四割を超え、ホームランは既に9本を放っている。
今シーズン通算では15本。
四月終わった時点では、三浦の本塁打は6本で、7本の陽翔の方が多かった。
しかし今や、五月に2本しか打っていない陽翔と三浦の本塁打の差は、6本に広がっている。
三浦の状態がいいからこそ、陽翔は自らの第一の役割である出塁に注力できた。
陽翔が出塁すれば、あとは三浦に任せておけばいい。
そんな意識で、陽翔は打席に立っている。
“手が付けられない”絶好調である三浦と、わざわざ勝負する必要はない。
プライドが高そうな下川ではあるが、ここは三浦との勝負を避けた。
四球で歩かせ、五番との勝負を選ぶ。
今日のカウボーイズの五番は助っ人外国人、マイク・ハーパーだ。
四月半ばに獲得が発表され、五月初め一軍に合流したメジャー実績十分のアメリカ人である。
シーズン序盤、まったく調子が上がってこなかったアルバラード・ロペスに代わり、三浦の後の五番に座っている。
ここまでの成績は打率三割、ホームラン5本、打点19と勝負強い打撃を見せている。
彼の活躍も、カウボーイズがパリーグの首位をキープできている一つの要因である。
左バッターのハーパーは下川のスライダーを見事に捉える。
高々と舞い上がった打球は、長い滞空時間を経て、ライトスタンドへと舞い落ちる。
スリーランホームランで、カウボーイズは三点を先制した。
マウンド上の下川は、ガックリと肩を落とした。
◇◇◇◇
三回表、無死一二塁の場面で陽翔の二打席目はやってくる。
マウンドの下川は、二回こそ三人で抑えたものの、三回にまたピンチを迎えていた。
一回のハーパーのスリーラン以降、下川はストライクを取るのに四苦八苦していた。
どんどんストライクを取っていく、いつもの下川の姿からはほど遠い。
陽翔相手にも、ボールは先行した。
ボールが三つ続き、スリーボールノーストライクとなる。
ここで陽翔を四球で出してしまえば、ノーアウト、しかも塁が三つとも埋まった状態で三浦を迎えることになる。
相手バッテリーとしてはそれだけは絶対避けたいはずだが、果たしてどうなる。
四球目、吸い寄せられるようストレートが真ん中へ入ってくる。
一瞬手が出かけたが、見逃した。
「ストライーク!」
ストライクのコールを、少しだけ後悔しながら見つめる。
打てば確実にヒットだったと思うが、四球狙いの意識がそうさせなかった。
結局、五球目が外角へのボールとなり、陽翔はフォアボールを選んだ。
無死満塁で、三浦を迎える。
三浦にとっては、弱った下川は一振りで充分だった。
二球目を豪快に打ち上げ、一閃。
今月まだ数試合残して到達する十本目のホームランは、すべてのランナーを返すグランドスラムとなった。
加えて、三浦の今月の打点は30に達した。
下川は今日二発目のホームランを浴びたことで七失点。
三回途中にして降板となった。
試合はそれから一方的な展開となり、カウボーイズは12-1で勝利した。
◇◇◇◇
翌日の試合前、ウォーミングアップを行っていた陽翔の元に、下川が現れた。
「俺はお前が嫌いだ」
唐突で面を食らったが、一人称が“僕”から“俺”に変わっていることで、下川の余裕の無さがうかがえた。
「お、おう……」
「林崎といいお前といい、俺の邪魔ばかりする。俺より目立つな」
それだけ言って下川は背を向けた。
陽翔はその背中に、言う。
「俺、お前のこと高校のとき嫌いだったけど、今は別に嫌いじゃない」
「は?」
「今度対戦するときもお手柔らかに頼むな」
「死ね」
下川は親指を下に向けた。
◇◇◇◇
五月も今日で終わりとなった。
カウボーイズは現在も首位をキープ。
開幕から二か月間、ずっと一位を維持に成功した。
しかし、相変わらず二位の福岡シーホークスを突き放すことができず、どうにも不気味である。
ペナントレースは明日から、セリーグとパリーグの交流戦が始まる。
普段のリーグ戦で対戦しているチームたちとは別のリーグと対戦カードが組まれ、毎年この時期になると開催される。
全十二球団で勝率一位になると、優勝チームとして賞されるし、良い成績を残した選手はMVPという称号を得られる。
交流戦の成績も、リーグ戦の勝ち負けとして勘定される。
仮にシーホークスが大きく交流戦で勝ち越したならば、カウボーイズもそれに近いレベルで勝たないと一位を奪われることになる。
交流戦の開幕カード、明日の試合は兵庫ブルーロックス。
会場は敵地、高校野球の聖地でもある甲子園である。
熱狂的なファンがいることでも知られるブルーロックスだ。
明日は相手からの野次が飛び交う、完全アウェーな試合となるだろう。
明日の準備を終え、遠征先のホテルで寝支度を整えていると、スマホに着信が入った。
森田楓だった。
「もしもし」
「あっ、陽翔。今大丈夫?」
「うん。いいけど」
こんな感じで、たまに楓からは電話がかかってきたり、メッセージが送られてきたりする。
「最近忙しい?」
「舞台の稽古あるし、大学の中間テストもあったし。ちょっとバタバタしてた」
大学と俳優の仕事、二足のわらじでとても忙しそうであるが、なんとカウボーイズの試合は全部見ているらしい。
彼女はちゃんと陽翔の試合を見ているので、いろいろと野球の試合をしたりする。
野球をやっていたらしいし、プロ野球の監督を父に持つだけあって、そこらへんで野球を語っている男より断然詳しい。
たまに、陽翔のプレーや成績に注文つけてくることもある。
「今、ホームラン十本でしょ。正直、もっと打てると思ってたけどなあ」
「去年までプロ通算一本だった奴が二ヶ月で十本も打てば十分だろ」
「それは並みの選手の話でしょ。これからスターになろうと人がそんな志じゃだめだよ」
「俺、ホームランバッターじゃないしなあ」
「この前のペンギンズ戦、対下川悟の二打席目。あの打席、ノーストライクスリーボールでど真ん中に絶好球が来たでしょ。で、陽翔はそれを見逃した。あの球、振りにいけば絶対ホームランに出来たのに」
よく見ているなと思う。
「ああいうとこで俺が決める! ってならないと、最強のバッターになれないよ。後ろに三浦さんがいるから後ろにつなぐ意識があるのはわかるけど」
「はいはい」
楓との通話はいつもこんな感じだ。
「そうそう。今度東京ドームでカウボーイズとウォーリアーズの試合見に行くからね」
交流戦、パリーグの大阪カウボーイズとセリーグ東京ウォーリアーズの試合はもちろんある。
陽翔は、公式戦としては初めて古巣との試合となる。
「試合は交流戦の最終ゲームだから、二チームの優勝決定戦になるかも」
「どっち応援するんだ?」
「もちろん、カウボーイズ! そろそろ寝る! じゃあね。交流戦頑張って! おやすみ!」
「そっちも頑張れよ。おやすみ」
現在、ウォーリアーズはセリーグを独走している。
厳しい戦いになるのは間違いない。
古巣とかはもう気にしない。
今は優勝だけを目指して交流戦、一勝でも多く積み重ねるだけだ。
◇◇◇◇
45.牛を飼う名無しさん
カウボーイズが2ヶ月首位をキープするとか……
夢見てるんかと思う
56.牛を飼う名無しさん
今月のMVPは誰や?
58.牛を飼う名無しさん
>>56
そら三浦よ
61.牛を飼う名無しさん
>>56
三浦もやけど森本も
2ヶ月連続月間MVPは確実や
64.牛を飼う名無しさん
>>56
4月ほどの活躍ではないけど五十嵐が良いつなぎしてるんよなあ
65.牛を飼う名無しさん
>>56
全員に決まっとるやろ
70.牛を飼う名無しさん
交流戦やっぱ一番怖いのはウォーリアーズか
74.牛を飼う名無しさん
両リーグの首位
日本シリーズの前哨戦になりそうやな
80.牛を飼う名無しさん
>>74
気が早すぎて草
まああっちは優勝90%ぐらいの確率でいくやろうけど
こっちは交流戦中首位を守りきれるのも怪しいな




