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12話 8点差逆転勝利

「ああ。季節の春に、陽翔はるとの陽で、春陽はるひや」


 陽翔の質問に、島岡はそう答えた。

 ちなみに質問は、「赤ちゃんの名前はもう決めたんですか?」だった。


「ええ……俺の名前?」


「ええ名前やん陽翔。それに陽翔の活躍ぶり見とると縁起良さそうやし」


 島岡は昨年結婚した。

 そして、第一子がもうすぐ生まれるらしい。


「縁起いいとか責任おもいな」


「俺はな。お前に運命感じてんねん。陽翔。」


 そう言って島岡は語り始めた。


「お前が森田に干される原因になった試合覚えてるか? あの試合、俺がエラーしたからお前が代走で出れた。そしてその試合が原因で干されてうちに来ることになった。ほら、俺との運命感じるやろ?」


「……縁を感じなくはないですけど、運命はちょっときしょいっす」


「は! わからんやっちゃな。ま、お前にもいつかわかるわ。結局世の中運命でつながってるかどうかってな」


 ◇◇◇◇


 シーホークス開幕シリーズ、初戦を辛くも勝利したカウボーイズだったが、その後の二試合はホームの勢いに圧倒され、二連敗を喫した。


 しかしホームの大阪ドームで行われた埼玉ブロンコスとの三連戦は見事三連勝――3タテを果たす。

 さらには翌週、ビジターで行われた仙台ネッツとの三試合を二勝一敗と勝ち越し、最初の九試合で六勝三敗――三つの貯金を作った。

 現在は、同じく開幕九試合で三つの貯金を作った福岡シーホークスと同率一位となっている。


 迎えた四カード目は、ホーム大阪ドームに北海道ペンギンズを迎える。

 今日の試合、カウボーイズのスタメンには不動の遊撃手、島岡壮太がいなかった。

 奥さんの出産が今日になりそうだということで、メンバーを外れたのだ。

 ただしベンチ入りメンバーには入っているようである。


 島岡のめでたい日ということで、カウボーイズの面々は気合が入っていた。

 彼へのお祝いとしてペンギンズに大勝しよう、そんな会話をチームメイトと交わした。


 ところが実際の試合は、ペンギンズに大勝どころか真逆の展開となってしまう。

 カウボーイズ先発の結木が三回途中までに五失点、さらに代わったリリーフも打ち込まれる。

 カウボーイズ打線は、ペンギンズの先発加西の前に沈黙。

 試合は六回表終わって0対8と、ペンギンズの大幅リードとなっていた。


 カウボーイズに残された攻撃は四回しかなく、八点を追いかけるのには絶望的だ。

 ただのシーズンにおける一試合ならば諦めてもいいはず。

 しかし、誰一人試合を捨てていなかった。


 六回裏の攻撃が始まる前、カウボーイズはダグアウト前で円陣を組んだ。

 加西への対策をチームメイト間で一本化するため、そしてチームとしてこの試合、まだまだ諦めないことを確認するまでだ。


「こんなんじゃ壮太さんが浮かばれねえ。気合入れていくぞ。まずは一点からだ」


 円陣の音頭をとったのは前川航平だった。

 カウボーイズ一筋十年の彼は、同じくカウボーイズ生え抜きの島岡とは年の近い先輩後輩の関係であり、仲が良い。

 今日の試合に期する思いがあるのだろう。


 六回裏は一番の田中栞緑からの攻撃から。

 いつもは下位打線を打つ田中が、今日は島岡に代わってリードオフマンを任されている。


「ボールフォア!」


 田中は、十球粘った末に四球選んだ。

 パリーグで最も四球を出さないコントロールの良い加西が相手ということを考えると、投手のリズムを崩す上で価値のあるフォアボールだ。


 しかし、二番のパーキンスは加西の緩急の効いた投球の前に、ショートゴロに倒れる。

 一塁ランナーの田中は二塁でアウト、パーキンスが一塁セーフでゲッツーは逃れる。

 一死一塁とアウトカウントだけが増えた形になる。


 開幕試合のシーホークス戦こそ活躍したパーキンスだったが、それ以降快音がほとんど無い。

 バットにボールが当たるのだが、芯で捉えることができず、力無いゴロを量産してしまっている。

 技術的な部分に問題があるか、精神的な部分か、原因はわからないがとにかく心配な状態だ。


 この状態が続くと、そろそろ首脳陣は彼に対して何かしらの選択をしなければならないだろう。

 打順を下げられる、スタメンから外される、あるいは二軍に落とされる、パーキンスにとってはそろそろ結果を出さないといけない正念場だ。


『三番、センターフィールダー、いがらしーはるとー!』


 スタジアムDJの声がドームに轟く。

 日に日に歓声が大きくなっているのを感じる。

 まずは一点、そんな思いで陽翔は左打席に立つ。


 初球、加西のカーブがストライクゾーンに落ちながら入ってくる。

 左投手サウスポーの加西の球は、陽翔にとっては背中からやってくるような感覚。

 最後まで体を開かず、来た! というタイミングで力を開放し、バットをしならされる。


 快音が鳴って、打球がライトとセンターの間――右中間を割る。

 一塁ランナーのパーキンスがホームに還る。

 陽翔は快足を飛ばして、三塁に到達した。


 ようやく一点を返す。

 これが反撃の始まりだった。


 ◇◇◇◇


 オギャー、オギャーと女の子の赤ちゃん――春陽はるひが鳴く。

 島岡は泣きながらその様子を見ていた。


「よう頑張ってくれたわ…ホンマありがとう」


「ううん、そうちゃんが一緒にいてくれたから……こっちこそありがとう」


 春陽がこの世に生を受けてしばらくたった。

 赤ちゃんも元気で、妻――結衣ゆいの容態も安定している。

 何時間も緊張しっぱなしで、ずっと心臓の音が鳴りやまなかったが、今はようやく一息つけた。


「いいや。俺は見ているだけしかできんかったし。でも、これから頑張るわ。絶対この子を幸せにする」


 立ち合い出産を希望した。

 間近で見る人の出産シーンというのは、見ていて様々な想いがこみあげてきた。

 ただ一番心に浮かんだのは、結衣への感謝と、これからへの決意だった。


「この子はどっちに似るんやろ?」


 結衣が言った。


「君に似てたら、優しくて頭のいい子やろうな」


「壮ちゃんに似てたら……優しくてスポーツ万能の子かな」


「どっちにしろ優しい子なんやな」


「私たちの子だもの」


 結衣と出会ったのは高校生のときだった。

 同じクラスで仲が良かった。

 ただなんとなくすれ違ったりして、付き合うまでは至らなかった。


 しかし、運命の再開を果たす。

 あれから何年も経った3年前、大阪の梅田駅で偶然再会した。

 二人同時に、お互いのことを気づいた。

 大人になった彼女は、高校時代の面影を残しながらも大人の女性になっていた。

 運命を感じ、そのままあれよあれよの間に付き合い、結婚した。


「試合はどうなったの?」


「序盤でボコられとったわ。あいつら俺のために絶対勝つとかいっとたのに……」


 出産のことで頭がいっぱいで、カウボーイズの試合のことは頭から消えていた。

 最後に確認したのは三回途中で結木が五点を取られ、降板しているところだった。


「ちょっと見てくる」


 ちょっと部屋を出てスマホで試合の速報を見る。

 画面を見た島岡は、一度自分の目を疑った。


「5対8……」


 試合は八回表に進んでいた。

 カウボーイズ打線は六回に三点、七回に二点を返し、三点差まで追い上げていた。


「今いけば間に合うんやないの?」


 戻ってきた島岡に、結衣は言う。


「間に合うかもしれんけど、今はな」


「私たちのことなら、大丈夫だから。お母さんもお父さんもいるし」


 島岡は一応、今日の試合ベンチ入りメンバーに入っていた。

 プロ野球には、メジャーリーグにある配偶者の出産時に試合を休める産休制度がない。

 その制度がない以上、島岡の一軍登録を抹消しなければいけない代わりにベンチ入りメンバーを入れられない。


 元々もう少し早めに出産の予定で、上手くいけば試合前にドームに合流できるかもという話もあったが、試合はもう八回だ。


「むしろ、行って。私たちのために頑張るんやろ? 私も春陽も頑張ったんやから、次はあなたの番やって」


「……わかった。行くわ。けどどうなっても知らんで。行ったら試合終わっとるかもしれんし、大黒の爺が使わんかもしれん」


 島岡は互いの両親に挨拶をし、身支度を整え、タクシーを手配した。


「大阪ドームまで」


「あ、あなたはカウボーイズの――」


「島岡や」


「私、カウボーイズファンなんです!」


「おおきに! でも早く出発してくれや。なるべく早めで頼む」


 運転手がタクシーを

 座席にどっかり座りながらスマホを出し、ラジオを流す。


『八回表ペンギンズの攻撃はツーアウト。バッターは――』


 ラジオ実況をそわそわしながら聞く。

 病院から大阪ドームは、渋滞などを考慮すると同じ大阪市内とはいえ結構かかる。

 試合がサクサク続いたら、ドームに着いたころには終わっているってことになりかねない。


『外角のストレートが外に外れフォアボール。宇山、ストライクが入らない。二者連続のフォアボールでツーアウト一二塁』


「ええぞ宇山! でも点は取られるなよ」


 宇山のテンポが悪く、ストライクの入らない投球で多少時間が稼げた。

 ただしこれ以上点は取られると展開的にきついので、この辺で終わらせてほしい。

 運転手の「どないなんですか」という突っ込みが聞こえた。


『清山、スプリットを空振り三振! 宇山、ピンチを凌ぎました!』


「しゃあ!」


 宇山が時間を使ったうえでゼロに抑える。

 最高の展開だった。


『八回裏、カウボーイズの攻撃は八番の大島から。初球を打ちました! センター前に抜けていくゴロ!』


 島岡の代わりにショートに入っている大島がヒットを放つ。

 九番の坂本は三振で倒れ、ワンアウトになるが、一番の田中が二打席連続ヒットで一死一二塁。

 しかし、


『パーキンス、今度は空振り三振。これでツーアウト』


 パーキンスは空振り三振に終わり、ツーアウトになった。


「パーキンス、だめですねえ」


 運転手がぼやく。

 あと少しでドームに付きそうだ。


『ツーアウト一二塁。一発出れば同点のチャンス。バッターは三番の五十嵐。六回七回に打点を上げ、今日は二打点を記録しています』


 カウボーイズの打線で一番期待できるバッターが打席に立った。

 五十嵐陽翔は、三浦を超えるバッターだと島岡が思った。


「頼むで陽翔」


 実は娘の名前を考えたのは結衣だった。

 島岡はその“春陽”という名を見て絶対それにしようと思った。

 春の陽にように皆を暖かく照らせる子になって欲しい、という妻の願いが込められていて良い名だと思った。


 あと、陽翔の“陽”の字が入っているのも縁起が良いと思った。

 彼は今年、歴史的な活躍を見せ、チームを優勝に導く予感があったからだ。


『五十嵐打った。打球はライトの頭上を越えて――入ったー! ライトスタンドに突き刺さるホームラン! 8対8。カウボーイズ、八点差を追いつきました。五十嵐はなんと今日五打点!』


「よっしゃあ! 流石陽翔!」


「やったやった、五十嵐すげえ!」


 運転手と喜ぶ。

 そしてタクシーはドームに着いた。


「おおきに! 釣りはチップや」


 島岡は運転手に一万円札を渡し、急いで外に出た。

 走る。

 息を切らしながらロッカーで着替え、カウボーイズダグアウトに出る。


「島岡、間に合ったか!」


「みんな遅れてすまんな」


 チームメイトたちの注目が集まる。

 試合は八回裏が終わったところで、点差は8対8の同点のままだった。


「壮太さん!」


 一番最初に駆け寄ってきたのは、一番付き合いの長い後輩、前川航平だった。


「どうだったんですか出産は?」


「万事問題なしや」


「そりゃよかった」


 それだけ言って前川はサード守備に着きにいく。

 島岡の元に大黒監督がゆっくりと歩み寄り、


「九回裏、代打いけますか?」


「もちろんや」


 カウボーイズは九回表をゼロに抑える。

 そしてその裏、下位打線でチャンスを作り、満を持て登場した代打島岡のヒットでサヨナラを果たした。


◇◇◇◇


761.牛を飼う名無しさん

「結衣ちゃん、春陽、パパやったで!」島岡お立ち台で絶叫。

 https://news.ya○○〇.co.jp/articles/○○○○○○


764.牛を飼う名無しさん


>>761

島岡かっこよすぎるだろ


767.牛を飼う名無しさん


>>761

>>今日5打点の五十嵐もヒーローインタビューに呼ばれていたが、「今日は壮太さんの日なんで」と断った。


五十嵐も粋すぎる


768.牛を飼う名無しさん


8点差逆転だけでもやばいのに感動エピソードでもう号泣しちゃってる


786.牛を飼う名無しさん


五十嵐陽翔

打率 .382

本塁打 4

打点 14

盗塁 4

出塁率 .463

長打率 .720

OPS 1.183


790.牛を飼う名無しさん


>>786

三冠王トリプルスリー同時達成あるで


794.牛を飼う名無しさん


>>790

トリプルスリーはともかく三冠王は味方に最大のライバルいるからな


831.牛を飼う名無しさん


打線全体的に調子いいんだけど

ウィル・パーキンス

打率 .157

OPS .502

こいつどうするんや


834.牛を飼う名無しさん


>>812

さっさと外してほしい


841.牛を飼う名無しさん


パーキンスに関しては取った方が悪いとしか

マイナー実績ほとんど無しで北米独立リーグで打ってただけだし

オープン戦で研究されたらあんなもんよ


850.牛を飼う名無しさん


パーキンスは良いボールの見方してるしバットに当ててるから

あと少し微調整すれば結構打つと思うけどな

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― 新着の感想 ―
[良い点] プロ野球を題材とした本格的な小説がなろうにはなかったから助かる! [一言] 面白いので、連載続けてください!! 楽しみにしてます!
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