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1話 人的補償

頑張ります!

“将来的に守備固め、代走要員となってくれれば御の字だろう”


 五十嵐いがらし陽翔はるとが育成ドラフト3位で東京ウォーリアーズに入団した際、訳知り顔の評論家はそう言った。

 実際のところ、その評論家が陽翔のことをドラフト前から把握していたかどうかは疑わしい。


 陽翔は高校時代、無名そのものだった。

 野球部が有名というわけでない島根県の県立高校で、一番ショートとして二年時からレギュラーを張り続けた。

 甲子園には一切縁が無かった。

 それどころか、強豪校が群雄割拠しているわけでない島根県大会において、最高成績は県ベスト4。

一度だけ出場した中国大会では、一回戦で0-16のコールド負け。

 華々しい世界とは無縁の三年間だった。


 バッティングに関していえば、あくまで地方・・では有力というレベルであり、全国の猛者と比較できるものではない。

 ショートの守備はそれなりに上手く、おそらく甲子園に出ている球児を相手にしても恥ずかしくない技術はあったが、やはり、プロに見出されるレベルではなかった。


 体格も特筆恵まれた要素を見いだせない。

 身長は170センチ半ばで、痩せ細ったヒョロヒョロであり、そこらの高校生の中に混じっても目立たないだろう。


 ではなぜ、そんな彼が育成とはいえドラフト指名されるに至ったか。

 それは彼の足の速さ、そして、ウォーリアーズの球団事情、日本プロ野球界におけるトレンドの三点が理由として挙げられる。


 一つ目の理由、彼の足の速さは高校野球界でもトップクラスであり、プロの一軍でも充分通用するレベルだった。

 ウォーリアーズが彼の能力について評価していたのは、彼の走力、その一点のみだったと言われている。


 二つ目の理由にも、彼の走力が関係している。

 当時の日本球界のトレンドとして、福岡シーホークスの東口ひがしぐち晃生こうせいに代表される、代走のスペシャリストという存在があった。

 試合の終盤に代走として出場し、盗塁を決め、足で相手にプレッシャーをかけ、緊迫した接戦の流れを変える、そんな存在が東口の登場によって大々的にクローズアップされた。

 東口も育成ドラフト出身であり、陽翔は、彼のような足のスペシャリストの候補として指名したとされる。

 しかしウォーリアーズは彼と似たような、足だけの選手を育成指名において三人ほど指名した。

 誰か一人でも成功してくれればいい御の字、そんな宝くじを引くような魂胆を球団は持っていたのだろう。


 最後の理由、これは陽翔の能力などにはまったく依らないものだ。

 当時ウォーリアーズは、従来の一軍、二軍だけはなく、新たに三軍の設立を予定していた。

 一球団の支配下に登録できる選手の数は、70人に決まっている。

 その人数では、一軍、二軍の試合にしか選手を回すことしかできず、三軍は人手不足で試合ができない。

 つまり三軍の運用には、支配下登録の対象でない選手を大量に抱える必要が球団にはある。


 陽翔と同様に育成ドラフトで指名を受けた選手は、初めは育成契約からスタートする、いわば練習生や研修生のような立場となる。

 育成契約の選手は、一軍の試合には出場できないかわりに、支配下登録の対象にはならない。 

 つまりウォーリアーズには、三軍を成立させるため育成ドラフトで大量に選手を指名する必要があった。

 言ってしまえば、三軍運用のための、数合わせとして陽翔たちは育成ドラフトで指名されたのである。


 決して期待されていない中でプロとしてのスタートを切った陽翔は、最初の一、二年は下積みの日々が続いた。

 しかし彼は意外なほどプロへの順応を見せることになる。


 高校時代、野球強豪校の特待生のように野球漬けの日々を送ったわけではない、高いレベルでの試合を経験してない、有能な指導者の元にいたわけでもない。

 そんな彼は、初めてプロの指導者の元、野球漬けの日々を送ることになったのである。

 小さな子供が周囲のあれこれをあっという間に吸収するがごとく、成長を続けた。


 転機が訪れたのは二年目のシーズンが終わり、三年目が始まるかというオフ、ウォーリアーズ稀代の名将、森田もりた潤二じゅんじに見出されたことで、陽翔の野球人生は大きく変わっていく。


 森田は代走、守備固め要員として陽翔を抜擢した。

 シーズンが始まる前には支配下登録され、オープン戦では一軍に帯同。

 ついには開幕一軍入りを果たす。


 開幕戦では代走として公式戦初出場を果たした。

 その後も主に試合途中からの守備固め、代走で出番を増やしていった。


 そして開幕してから二ヶ月ちょっと、交流戦における大阪カウボーイズ戦、後に陽翔が所属し、日本一に貢献することとなるチームとの試合で、ある事件が起きる。

 

 それが、全てのはじまりだった。


◇◇◇◇


 打ちてえなあ。


 陽翔は最近、よくそんなことを思う。

 悲願の支配下契約を勝ち取り、一軍帯同を果たしてからのここ最近、なにか物足りなさを感じるとすればバッティングに関して、である。


 日に日に自身への守備、走塁への信頼が高まっていくのを感じる。

 けど、バッティングの評価はまったく上がらない、というか期待されてない。


 なかなか一軍初ヒットが出なかった。 

 役割が役割であり、なかなか打席に立つことが無く、たまに機会があればバントを命じられることも多い。

 なんとかシーズンが開幕してから三週間がたった頃に一軍初ヒットを記録したけど、それ以降のヒットは三本の単打だけ。


 今の、途中出場しかない、サブ的な自分の立ち位置に不満があるわけでない。

 同じタイミングで入団した同期のメンバーのなかで一軍帯同を果たしているのは、ごく一部だ。

 育成ドラフト出身の同期の奴の中には、すでにクビになった者もいる。

 プロの厳しさというものを考えると、今の自分はとても恵まれているし、幸せ者といえる。 

 しかし、


 やっぱ最初から試合に出て、もっと打席に立ちてえよな。


 サブではなくメイン、途中出場ではなくスターティングメンバー、そんな想いを捨てることはできなかった。


 今日の試合はウォーリアーズのホーム、東京ドームで行われる。

 相手はパリーグの最下位、大阪カウボーイズ。

 関西圏という恵まれた地域にありながら不人気、さらに最後の日本シリーズ出場は26年前。

 12球団で日本シリーズ出場から最も遠ざかっているというチームだ。


 一方、東京ウォーリアーズはセリーグ首位、交流戦における順位は三位。

 交流戦順位が下から二番目のカウボーイズは、ウォーリアーズにとって絶対に落としたくない相手であったが、試合は接戦となった。


 両チームの先発ピッチャー、ウォーリアーズの上菅うえすが雅巳まさみとカウボーイズの宮本みやもと秀高ひでたかが好投。

 カウボーイズの三浦みうら豪成たけなり、ウォーリアーズの坂根さかね勇気ゆうき、両チームの主軸がともにホームランを放った。


 試合は2-2のまま、延長戦に入った。


 11回の裏、ウォーリアーズの攻撃。

 マウンドにはカウボーイズの抑えコディ・アレンビーが立つ。

 ウォーリアーズの先頭バッターは八番の小木おぎまことだった。


 初球、コディ・アレンビーの速球を小木は打ち損じる。

 勢いの死んだ打球はショートの前へ、守備に定評のあるカウボーイズ島岡しまおか

だったが、まさかの送球ミス。

 この間にランナーは二塁へと進む。

 エラーのランプが電光掲示板に灯る。


 ノーアウト二塁、サヨナラのチャンス、ここで打席に立ったのは、


「九番、セカンドベースマン……いがらしーはるとー!」


 東京ドームはここでの陽翔の登場に、特に盛り上がりを見せなかった。

 しかしサヨナラ(・・・・)を期待する球場は、今まで経験したことのないようなプレッシャーを感じた。

 九回に代走として出場し、そのまま九番に入っていた陽翔は、左打席に立った。


 おそらく観客も、球場にいる誰もが、陽翔へと出されるサインをわかっていただろう。

 もちろん陽翔もわかっている。

 森田監督含むウォーリアーズ首脳陣がここで出したサインは、


 バント……ですよねー。


 ノーアウト、二塁ランナーが還ればサヨナラ勝ち、打順は代走で途中出場の九番で、次は今日当たっている一番の坂根、この場面でのサインはバント以外ありえない。


 初球、アレンビーの高めへの速いストレート、160キロ近いその球に、陽翔はバントを試みた。

 だが、うまくバットに当てることができず、ファウル。


 二球目、サインは変わらずバント。

 相手バッテリーはナックルカーブを選択した。

 大きな曲がりを見せる球に、またしてもバントを失敗してしまう。

 ボールはバットを避けるように落ちていった、またしてもファウル。 


 し、しまった……。


 観客からの罵声が聞こえる。

 自分の役割は十二分に理解している。

 ここでバントを失敗してしまえば、自分の選手としての存在意義が無くなってしまうことに等しい。


 陽翔は左打席からサインを伺った。

 首脳陣は陽翔を見限ったのか、バントを求めなかった。

 とりあえずなんでもいいから一二塁間にゴロを転がして、ランナーを三塁に進めてくれ。

 “進塁打を狙え”ということだ。


 陽翔としては、挽回したい、その気持ちしかなかった。

 だが進塁打を打っただけで、果たして自分は許されるのか。

 こんなときにバントを失敗してしまうサブの選手に、未来はあるのか。


 もちろん進塁打を狙いにいくが、あわよくば試合を決める一打を放つ。

 そして首脳陣からバッティングに対する評価を得る。

 そんな気持ちが沸々と心に湧き上がる。


 三球目、アレンビーは大きな体をふんだんに使い、最大出力でストレートを放ってくる。

 陽翔がいままで経験したことがないほどのスピードボール――ただ、


 甘い! 


 打てる気しかしなかった。

 陽翔は進塁打を打つこと――ゴロを転がすことも忘れ、自身の最高のスイングで迎え打つ。

 ど真ん中から少し高く浮いた球を、バットは捉えた。


 打球は大きな放物線を描く。

 着弾よりも、歓声が舞い起こる方が早かった。

 ライトスタンドの、満員のウォーリアーズファンの中へとボールは消えていった。

 試合を終わらせるサヨナラホームラン、陽翔のプロ初のホームランは、劇的なものとなった。

 わけもわからないまま走り出した。

 心地の良い感触が、両手を包み続けた。


 一塁ベースまで差し掛かったころ、カウボーイズの一塁手ファースト、三浦に陽翔は声をかけられた。


「ナイスバッティング」


「……あ、あざっす」


 現役最高とも言われるバッターに褒められ、陽翔は照れくさそうに答えた。 


 体中に熱狂と歓声を浴びながら、ダイヤモンドを一周した。

 気分は最高で、空に浮かんでいるかのような心持だった。


「やってくれたなあ! おい!」


「まじかよ! お前がホームラン打つなんて、驚きで心臓止まるかと思ったぜ!」


 ホームを踏んだ瞬間、味方から手荒い祝福を受けた。

 体全体を揉まれた。

 

 その後、ヒーローインタビューを受けた。

 これも初めての経験で、インタビュアーの質問に、言葉が詰まりまくった。

 

 事件が起きたのはその後。

 興奮冷めやらぬ中、陽翔は、森田監督に呼ばれた。


 陽翔を呼んだ彼の表情は、決して愉快はものではなかった。

 サヨナラホームランを祝うような雰囲気ではない。

 

 陽翔は尋常ではない様子を感じ、息を呑んだ。

 監督は現役時代、ウォーリアーズの四番打者を20年間務めた。

 獲得した打撃タイトルは十個以上で、彼の現役時代、ウォーリアーズは五回の日本一を果たした。

 さらに監督として、ウォーリアーズを率いて日本一3回を達成した。

 50歳という若さで日本野球の全てを手に入れた男の鋭い眼光は、プレッシャーというか、足がすくむような圧を感じる。


「最後の打席、どういうつもりだ?」


 威圧するがごとく低い声。

 陽翔は質問の意味をすぐには理解できなかった。

 打てそうだから打っただけ、それだけだった。


「甘い球だったんで、思いっきり打ちました」


「そうか……」


 森田は顔を伏せ、それから陽翔に背中を見せる。

 不吉な予感がした。


「お前はあそこでホームランを狙いにいっていい選手ではない。思い上がるな。今回はうまくいったかもしれんが、次は絶対うまくいかない。あの場面で進塁打を打てなければ、お前に選手としての価値はまったく無い。身に余る行為は、自らを滅ぼすことになる」


 次に目の前の男が発する言葉を、陽翔はすぐに受け入れることができなかった。

 呆気に取られすぎて反論もできなかった。


「お前は明日から二軍だ。自分の選手としての役割、未来をしっかり自認することだ」


 森田はその場を後にした。

 そして翌日、陽翔の二軍落ちが公示された。


◇◇◇◇


 陽翔は干された。

 二軍ではそれなりに結果を出したが、再び一軍のグラウンドに足を踏み入れることは無かった。


 時間を経て改めて森田の言葉を考えてみると、おそらく、彼にとっては筋のある意見のつもりなのだろう。

 育成上がりの守備走塁しか取り柄がない選手が、監督の意見に刃向かい、さも試合を決めにいくかのような気持ちで打撃に望んだことは、確かによろしくないのかもしれない。

 

 しかしまだ高校卒業して三年目という自分を、サブとしての未来しかない、今後伸びることはないと断言されたのは、めちゃくちゃ腹立つ。

 なにより、結果的に試合を決める働きをしたのに糾弾される意味がわからなかった。

 

 シーズン終了後、陽翔は球団のGM(ゼネラルマネージャー)に呼ばれた。

 クビか、トレードか、いろいろ何を言われるか思案したが、どちらにせよいい気分はしない。


「カウボーイズからでうちに来る宮本の人的補償だが、君に決まったよ」


 GMは淡々と言った。


 FA――フリーエージェントとは、通算の一軍登録期間がある日数を超えた選手が得る、他球団への移籍への権利である。

 ウォーリアーズには東京という立地、球界の盟主という立場、金払いの良さがあり、伝統的に多くの選手をFAで獲得し、戦力の増強に努めてきた。


 そんなFAだが、選手を獲得する側にリスクが無いわけではない。

 所属チームにおいて年俸を高い順に並べたとき、その上位にくる選手、つまりチームでの年俸が高い選手がFAで移籍する場合、移籍先の球団は補償として選手、または金銭を移籍前の球団へ補償としてあげなげればならない。


 選手の補償を人的補償といい、戦力の均衡策として制度は存在する。

 移籍先の球団の選手のうち、一定数のプロテクトをされた選手――相手に取られたくない選手、ウォーリアーズでは上菅や坂田の有力選手や有望な若手など――以外のリストから、移籍される球団が欲しい選手を選ぶ。


 今回の例ではカウボーイズの宮本からFAでウォーリアーズに移籍が決まった。

 その人的補償としての陽翔――カウボーイズが欲しい選手として、陽翔が選ばれた。

 

 つまり陽翔の、大阪カウボーイズへの移籍が決まったと言うことである。


「いや、君が選ばれてよかった。横山とか山根とか、若手有望株がプロテクトできなくて、取られそうでビクビクしてたんだけど。というわけだから、頑張って」


 なんと適当で、わざわざ言わなくていいことをペラペラと喋るのだろう。

 まあ、この人たちにとっての自分の価値は、ほとんど無いに等しいのだろう。


「わかりました。失礼します」


 そう言って陽翔は部屋を出た。

 カウボーイズで成長し、いつかこの人たちを見返す決意をしながら。


◇◇◇◇


123.牛を飼う名無しさん


宮本の人的補償に決まった五十嵐陽翔って誰や?


124.牛を飼う名無しさん


>>123

サヨナラホームラン打った翌日から干された闇深い選手

守備うまい

足速い


125.牛を飼う名無しさん


>>124

なんで干されたんや?


126.牛を飼う名無しさん


>>125

さあ全然表に情報出てこないからわからん


127.牛を飼う名無しさん


>>125

裏アカで森田の悪口つぶやいてたのがばれたから


128.牛を飼う名無しさん


>>126

チームメイトの道具盗んでオークションにかけてたからちゃうんか?


129.牛を飼う名無しさん


>>128

いつからうちのチームは刑務所になったんだ


130.牛を飼う名無しさん


>>125

>>126

>>127

>>128

>>129

俺は森田の高校生の娘に手出したからってどっかで見たが


131.牛を飼う名無しさん


>>130

ソースは?


132.牛を飼う名無しさん


>>131

おたふく


133.牛を飼う名無しさん


五十嵐か……

山根がよかった


134.牛を飼う名無しさん


プロテクト外にもっといい奴いただろう

フロントはなに考えてんだ


135.牛を飼う名無しさん


めっちゃ良い選手になると思うけどなあ五十嵐

将来的にトリプルスリーも達成できそうな感じ

山根や横山より全然いいと思う

あとイケメンだし


136.牛を飼う名無しさん


>>135

ポジリ過ぎやろ…

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[良い点] なろうではあまり見ないスポーツ系、主人公が過度に自信があるわけでも無いわけでもない正統派な物語、元になった人が分かるとより楽しめました [気になる点] 0-2になって進塁打にサインが変わっ…
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