しあわせの味
「ピーナッツバターとジェリーのサンドイッチ……」
「急にどうした高橋」
「あぁ、さっきの現国で先生が言ってたな、アメリカとかでよく食べられてるおやつだろ?」
「薄らハゲの癖に僕の食欲を刺激してくるなんて悪いやつだ……四時間目じゃなかったら僕は怒髪天を突くところだったよ……」
「ハゲだけにか?」
「うわつまんねぇ高橋」
中庭の端、日が差さないからか余り人気のないそこには、一つの小綺麗なベンチがあり、教室から中庭がすぐということもあって、俺たちのグループは基本的にこのベンチの周辺でいつも昼食を取っている。
食べることが何よりも好きな高橋、人の話を上手いこと繋げる聞き上手な遠藤、それで高橋に辛辣な一撃を加える俺、鈴原。高校に入学してからつるみだして、三年になった今でもなんやかんやで一緒にいるグループだ。
「ひどいな鈴原、底に穴開けて君のカップラーメンのお湯を抜いてやろうか、カッピカピの麺を啜るがいいよ」
「あぁん?やってみろやお前のそのタコさんウィンナーの足ちょん切ってただのウィンナーにしてやる」
ベンチに並んで座り、他愛もない争いを繰り広げる俺たち二人を肴にして、持参した小さなレジャーシートをベンチの前に引いて座る遠藤は好物のコロッケパンに齧りついている。
「やめなよふたりともー」
「せめて止める素振りを見せろよお前は」
「遠藤は安全圏から僕達を見ているフシがあるからね」
「ははは」
「乾いた笑いやめろ」
くだらない事を言い合っていると、2分を報せるスマホのアラームがなった。よし、とカップラーメンの蓋を開ける。
「鈴原って絶対2分で食べ始めるよね、なんであと1分待てないの?犬以下なの?」
「このかやくに少しクリスピーな食感が残ってんのが美味いんだよ、あと犬以下なのでお前のハンバーグパクるな?」
「あぁ僕の幸せが!!」
シュバッと箸で高橋の弁当箱からミニハンバーグを摘んだ俺は、カップラーメンの蓋の上で2つに切り分け、遠藤の2個目のコロッケパンの上に乗っける。
「ほらおすそわけ」
「わぁ人から盗んだモノを人に授けるとか最高かよ、いただきまーす」
「世が世なら打首獄門だよ!!」
丸い頬をより丸く膨らませた高橋を尻目に、俺と遠藤の共犯者コンビは戦利品である高橋印のハンバーグを食べる。
口に広がるケチャップ味、固くもなく柔らかすぎずでもない、理想的な弁当ナイズされたハンバーグだ、やはり高橋母のハンバーグは美味しい。
「やっぱり美味しいな高橋のハンバーグ」
「だろう?僕の“しあわせの味”だからね!!」
「“しあわせの味”??」
「食べると幸せな気持ちになれる、自分にとって一番大切な味のことだよ。小さな頃に母さんが言ってたんだ」
しあわせの味、子供騙しな歯の浮くようなフレーズだ。でもハンバーグを食べる高橋の顔は、他の物を食べている時よりも幸せそうではあった。ちゃっかりと高橋印のハンバーグを乗せたコロッケパンを頬張る遠藤もまた、合点がいったように頷いている。
「だからいつもお前の弁当にハンバーグ入ってるんだな」
「へへん、自慢じゃないがハンバーグがないと僕の午後のコンディションは死ぬよ」
「本当に自慢じゃないな」
「でもまぁ、わかる気がする、しあわせの味。オレはやっぱりコロッケパンかな」
「いつも食べてるもんね、知ってる?君が入学してから購買のコロッケパンのエンカウント率が極低になったらしいよ」
「ははは、オレはコロッケパンを独占する、コロッケパンはオレの胃を埋め尽くすんだ、これって究極の愛だろ?」
ハイライトの消えた目で3つ目のコロッケパンを開封する遠藤、それ幸せの味というより中毒じゃないか?
と口に出かかった言葉をもう一度呑み込む、触らぬ神に祟りなし。
「ねぇ、鈴原はなんかないの?しあわせの味」
「あぁ?んー、そうだなぁ……」
ふと、脳裏に浮かんだのは、とても青臭い、口にできないような言葉だった。
だから俺は戯けたようにこの話題を締めることにする。
「やっぱカップラーメンだな」
◇
「……ん、寝てた……?」
デスクに突っ伏した状態で寝ていたためか、身体の節々がギシギシと音を立てた。
窓の外を見るととっぷりと夜は更けていて、時計を見るとデジタルの無骨な字体で今が1時過ぎであることを告げられる。もちろんオフィスには自分以外に残っていなかった。
「あぁ……そうだった、泊まり込んで作業して……それで一息つこうって目を閉じて……そこから……」
腹が泣いた。取り敢えず何か入れないと。給湯室から湯を拝借し、非常食入れからカップラーメンを取り出し湯を注ぐ。
とても懐かしい夢を見た、高校生の時分の楽しかった昼下がりの夢。
あれから10年が経ち、高橋とも遠藤とも、疎遠になった。
なんら珍しいことではない、お互いの生活、仕事、人生、優先すべきモノをとった結果なのだから、仕方ないことだ。
でもまぁ、あんな夢を見てしまったのだから、ふと一抹の寂しさを覚えた。そうして、物思いに耽っていると、2分経過したことをスマホが告げる。
……あの日、二人に言えなかった俺の本当の“しあわせの味”
思い出の中に確かに存在する二度と返ってこないあの時間、青臭くて恥ずかしい青春の日々に置き去りにした言葉は、二人に告げられることはないのだろう。
カップラーメンの蓋を開け、代わり映えのしないソレを口に運ぶ。
あの日となんら変わらない、いつもの味。
「……はは、味気ないな」
この三人で食べる飯が、俺にとっての“しあわせの味”。
なんて、あの日のオレは言えるはずがなかったのだった。
皆さんにとってのしあわせの味はなんでしょう。
目の前にある好物でしょうか、いつか行こうとしているお店の料理でしょうか、それとも昔あの場所で食べたご飯でしょうか。
ふと思い返してみるのも楽しいかもしれませんね。