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墳墓の骨董品

-Elleawa-




 エリーナは困ってしまった。


 大聖女としてリーフ王国の中枢で権力を握ったまでは良かったが、多くの庶務が舞いこんできてしまい、その処理が追いつかず、こう噂され始めたのだ。


「アラギウス様はしっかりと対応くださったのだが……」

「聖女といってもまだ若い。経験が足りないんだろう」

「経験ならいずれはと思うが、素養がないかもしれない」

「聞いたか? 下のほうの聖女たちから疎まれていることを」

「現場の作業を全て丸投げして、うまくいかないと下の者を怒鳴り散らすらしいな」

「聖女とは名ばかりだな」


(ムカツク!)


「だいたい、雑務をこんなによこすから現場に行けないっての!」


 怒る彼女はつい怒鳴った。


 独り言にしては大きな声だが、執務室には誰もいない。彼女はいつも機嫌が悪いから、皆が近づかないのである。


「失礼します」


 秘書がドアを開き、書類をもって現れた。


 また仕事が増えたのかとうんざりした彼女は、報告を聞いて目を輝かせる。


「魔物が大移動をしているようで、皆、ローデシアを目指しています」

「大移動! それは、大陸中央から奴らがいなくなるってこと? 聖女の力よ!」


(これが聖女の力よ! 戦わずして勝つ!)


「商人連合から、魔物の群れの通過によって商人達の移動が脅かされるので対処を求めてきております。ハイランド、ローランドは軍勢を派遣し見守るとのこと……我がリーフ王国としても対応せねばなりますまい」

「会議を開いて決めるわ。集めて」

「外務大臣は外遊、国務大臣は領地に帰って休暇中、財務大臣は通産大臣と会議をおこなっておりま――」

「あー! もう! 使えない奴ら! 陛下に話します」


 彼女は苛立ちを歩みの速度にして、王の執務室へと急ぐ。だが、王は不在で、代理としてアリス姫が在室していた。


(最近は陛下の部屋を自分のもののように使って……さっさと嫁いでいなくなればいいのに)


 エリーナは姫を嫌っている。


 それは、王太子とエリーナの縁談を姫が反対したからだ。理由は、聖女は国を守る役目であり危険、多忙であるから、妃としての務めは果たせないというものだ。


 才色兼備の聖女として、その栄達の極みに達しようという願いは姫の反対で断たれた。


(どいつもこいつも、このあばずれに遠慮しすぎてるのよ)


 エリーナが一礼し、アリスに近づく。


 姫は執務机の書類を素早く処理しながら、聖女をチラリと見た。


「聖女どの、如何いたしました?」

「魔物の大移動が始まっている模様。商人連合から対応を求められており、軍勢を派遣し護衛をと思いまして」

「……領内の盗賊、山賊、国境警備などなどで軍は大忙しです。治安維持で動かせない人員もありますし、なかなか難しいのですが、どれほどの規模を動員するお考えなの?」

「それはこれから……」


(考えてなかった……)


「魔物の大移動と仰いますが、どの程度の?」

「どうぞ」


 エリーナは、アリスに報告書を差し出す。


 姫は数ページをめくると立ち上がり、鈴を鳴らした。側近達が慌てた様子で駆け付けてくる。


(な? なに?)


「千にも届く規模の魔物がローデシアを目指しています。何かが起きている証拠。まず、軍勢を派遣して魔物の群れが人々に危害をくわえないよう見張ります。同時に、調査隊をローデシアに……冒険者組合に依頼し、腕利きを派遣するようにと命じなさい。わたくしの依頼であるとすれば、数もすぐに集まるでしょう!」


 側近達が一斉に一礼し、室外へと慌ただしく出て行く。


 アリスは聖女を見た。


「調査隊に、聖女を派遣くださらない?」

「冒険者組合を使うのでしょ? どうして我々が?」

「我が軍には魔導士がおらず、教国に貸して頂いている状況です。調査隊には魔導士が必要です。だから冒険者組合に依頼します。同時に、聖女も必要です。ぜひ、お願いします」


 頭をさげた姫に、聖女は薄く笑った。


「わ……わかりました。優秀な者を向かわせます」


 聖女は優越感に満足し、姫の前を辞した。




-Arahghys Ghauht-




 ゴズ山脈の迷宮で、アラギウスが活躍した。これで彼のことをよく思っていなかった魔物達も態度を変えた。「人のくせに……」「人のせいで大変だったんだ」と反発心を抱えていても、魔王には逆らえず、アラギウスにも勝てないので従うしかなかった者達が、迷宮の中で彼が、ゴブリンとダークエルフの為に危険を顧みず戦ったと知り、だんだんと態度を軟化させ始めたのである。


 ファウスの町で、アラギウスはこれまで以上に魔物に信頼されるようになってきている。


 これで彼らは笑顔で暮らしたとなればいいのだが、また新たな問題が発生している。


 冬の最中、厳しい環境の中、貧しい土地に追いやられていた魔物たちが、ぼろぼろになりながらローデシアに入ってきた。アルビルが迷宮を管理してくれるというので、魔物は無事に地下都市の一層を通過できていた。


 ファウスの町はまだまだ彼らを迎え入れる規模にならず、森の中に多くの魔物が野宿をするが、野生動物達を無駄に狩らないようにと通達を出し、食料の配給を急ぐ。


「困った。全く喰い物が足りない」


 ミューレゲイトが嘆く。ここまで急激に人数が増えるとは彼女もアラギウスも考えていなかった。


「あなたたちの失態よ」


 オーギュスタの言葉は、アラギウスには耳が痛い。


「困窮する彼らを考えれば、ホビット達の様子をみて、後に続けというわけよ。さて、どうするの?」


 建築途中の魔王府にある一室で、魔王、アラギウス、オーギュスタ、ベラウ、グンナルが集まっていた。


「小競り合いが増えています」


 ベラウの報告に、ミューレゲイトが眉をしかめた。


「ベラウ、取り締まりを強化せよ」

「取り締まりを強化するのは簡単ですが、早く彼らを受け入れられる物資を確保しないと反発になりますぞ」

「そうだ」


 アラギウスがベラウに賛同し、続ける。


「期待が裏切られ、反発になればそれはとても大きなものになる。物資を購入する」

「どこから?」


 ミューレゲイトの問いに、アラギウスは東方大陸の地図を広げて、商人連合を指差した。


「彼らは金さえ支払えば物資を売る。ここから買う」

「予算はどうするの?」


 オーギュスタの指摘に、アラギウスは全員を眺めて案を説明する。


「墳墓には古代の貴重な物品、魔法具、武器、装飾品が眠っている。それを集めて売りさばく」

「誰が?」

「俺が」


 こうして、大魔導士は盗賊の真似事をすることになった。




-Arahghys Ghauht-




 アラギウスは墳墓にもぐり、貴重だと思う貴金属や魔法具などに次々と印をつけていき、ゴブリンとコボルトが運び出す。


 彼はその作業をしながら、反省する。


(一国だけで完結する運営は無理だ。こういうことが起きたら詰む)


 結局、隣国との関係が大事かと気付かされたアラギウスは、商人連合が山脈を越えた先にあることを感謝する。彼らであれば金さえ払えば、利益になると思えば、協力してくれると期待した。


 彼は秘書のラビスに言う。


「貨幣経済への切り替えを急ぐ」

「造幣をどうするのです?」

「そこだよな……」


 アラギウスは溜息をついた。


 ラビスは、あの迷宮の事件の後、魔法を学びたいとアラギウスを訪ねてきて、忙しい彼の仕事を手伝うという条件で弟子入りを認められている。しかしこれをミューレゲイトは気にいらないらしく、大樹の家にラビスは入ることは許可されていなかった。


(仲良くしてほしいんだがな)


 アラギウスが彼女を見ると、可愛らしい笑みを返されて照れた。


「先生、この壺は?」

「ああ、それは古代ラーグ文明時代の壺だな。貴重だ。それも売り物になるだろう。保存状態がいいので、魔力を帯びているかもな」

「……魔力を物質に込める? ですか?」

「古代ラーグ人は、このように物質に魔力を込めることで、付加効果をつけていたんだ。たとえば、剣に折れない効果をつけたり、盾に魔法も弾き返す効果をつけたり……この壺はなんだろう……ちょっとそこに置いて」


 ラビスが壺を地面に置き、アラギウスが壺に手で触れる。


「……なるほど。これは酒をつくる壺だ」

「ということは?」

「いろいろと試してみないとわからないが、おそらく、林檎や葡萄などを水と一緒に壺に入れると、材料をもとに酒ができあがるんだろう。これはミューレゲイトにあげよう」

「魔王様に?」

「そうだ。あいつ、酒をつくって飲むのが趣味なんだ」

「……あの、先生……アラギウス様?」

「なんだ?」

「お二人は、恋仲なのでしょうか?」

「……俺と魔王が?」

「はい」


(そう思われていたのか?)


 アラギウスは苦笑し、説明をする。


「協力者だ。仲間だ」

「でも、一緒のお住まいです」

「……俺が居候だ……なにせ、人間界を追放されて行く宛がなかったんだから」

「そのお話は、本当だったんですね?」

「こんな情けない嘘をついてどうする?」

「てっきり、魔王様と大魔導士様は、そういう関係だと……」

「それ、魔王に知られたら怒られるから駄目だぞ?」

「はい! よかったです!」


(?)


 彼はその日、どうしてか上機嫌の弟子を連れて盗賊まがいの仕事に没頭した。


 その日の夜。


 アラギウスはミューレゲイトに別居を告げる。


「……というわけで、別々に暮らしたほうがいいと思ったので、どこか適当に家を用意させてもらってもいいかな?」

「認めぬ」

「みとめ……ぬ?」

「わらわと一緒は嫌か?」

「いや、誤解されて困るのはお前だろ?」

「誤解などいくらでもさせておけ。わらわはお前とこうして林檎酒を飲みながら、ああだこうだと語り合うのが好きだ」

「……ミューレゲイト、よせよ。さすがに照れる」

「わらわは共に進んでくれる仲間を初めて得られた。前世は、わらわが力で支配し、命令を出すだけで……対等な仲間などいなかった。だから今、とても嬉しい。皆が国をよくしようと、町をよくしようと一緒に頑張ってくれているからとても幸せだ。その幸せのなかに、お前との時間もあるぞ」

「……本気で誤解するからもう言うな。俺こそ感謝している。ありがとう」

「うん。お互い様だ。じゃ、お前が見つけてくれた壺を試してみるか!」

「そうだ! 試そう!」

「水をいれたら薄まるからな! 葡萄だけぶちこむ!」

「賛成だ!」


 二人はその後、壺でつくった葡萄酒を美味しく飲むことができた。


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