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離れた二人

-Princess-




 アラギウスが追放されて半年が経つ頃、リーフ王国では魔法学院閉鎖に伴う影響が出始めていた。


 まず優秀な魔導士が国外へと流出し、国内には魔法すら使えない魔導士見習いもどきしか残っておらず、盗賊や山賊の取り締まりにあたる兵士達は、魔法援護を得られないなかで戦わなくてはならず被害が増えている。聖女を各隊に組み入れた聖女隊は迎撃にこそ効果を発揮したが、追撃や打撃という意味では火力不足だったのだ。


 対魔物というだけであれば、襲われる前に追いやることができる聖女の力は効果的だったが、魔物の脅威が減り、魔導士がいなくなると、その隙をついた人間の悪党が躍動しはじめたのである。


 そして、その悪党には魔導士がいて、一方的に攻撃魔法で攻撃されるという状況になってしまう。


 兵士達の士気も下がり始めた。


 大臣たちもさすがに危機を察知し始め、魔法学院閉鎖まではやりすぎだったのではないかとコソコソと話し合った。


「聖女を育てる予算を増税でまかなおうとすると民が大反対で暴動寸前となってしまったゆえ、魔法学院を取り潰して予算を回したのだが、何も廃止まで……縮小でよかったのではないか」

「縮小にアラギウスが反対したであろう? 他の予算を削れば良いと申して」

「貴族院や王家の予算を削ろうとは不遜な奴だ。追放されて当然だな」

「奴はいいにしても、問題は魔導士が不足していることだ。いや、まったくいないことだ」

「姫様、いかがいたしましょう?」


 王女アリスは溜息をつく。


「わたくしに難題をもちこまれても困ります……とりあえず、隣国のアロセル教国に頼んで、魔導士を回してもらいましょう。ですが無料というわけにはいかないでしょう……その予算はどこから回すの?」

「……来年工事予定の、灌漑用地の予算を回せます」

「その金額がいくらか、資料をもってきてくださる?」


 アリスは部屋から大臣や官僚を追いだすと、溜息をつく。


 アラギウスが税制改革と社会構造改革を訴えた時、彼女は絶対に必要だと同意した。しかし反する者達は多く、アラギウスの追放などもあってふたつの改革は頓挫しているうえに、魔導士不足の難題追加である。


 彼女は今でも信じていない。


 アラギウスが、国家転覆を企み魔法学院を私物化しようとしていたなどと。


 だが、聖女による調査の結果、証拠がいくつも見つかり、アリスの父親、つまり国王は憤慨したのである。もともとアラギウスを疎んでいた王は、これで口実ができたと喜んだものとアリスはみていた。


 魔王を倒した英雄の正論は、愚鈍な王には耳が痛かったのだと彼女は知っている。


「アラギウス……貴方がいてくれれば」


 彼女はないものねだりをしている自覚があった。


 室の扉がたたかれて、母親である妃のアンネローゼが現れると、その背後にはアロセル教団の大司教コクランが続いている。


「どうなさったのですか?」


 アリスの問いに、母が微笑む。


「そなたも、政治の真似事をもうやめて、幸せを掴む機会を得たのよ。コクラン卿がとてもいい縁談をもってきてくださったの」


(縁談!?)


 アリスの表情は拒否一杯となったが、コクランは無視して口を開く。


「さよう。姫様、よき縁談でございますぞ? 我が教団の法王猊下のご嫡男エリオット殿下が姫様を是非にと……夏の舞踏会でお会いになっておりますな?」


 アリスは思い出した。


 アラギウスが追放される前、この王宮でおこなわれた大舞踏会には周辺国から多くの貴人麗人が参加していた。そのなかにエリオットがいて、彼女は彼と踊っている。しかしそれは社交辞令だろうという抗議を胸に、彼女は言う。


「国が大変な時に、わたくしは縁談など受けたくありません」

「ですが、法王猊下も賛成なさっております。主神アロセルの加護が得られるすばらしい縁談であると……」


 コクランの物言いは、断れば法王に恥をかかすうえに神が敵になるという意味にも取れた。


「熟考してお答え申し上げます。政治の真似事がたまっており忙しいので、またにして頂けますか?」


 姫は二人を無視することで追いだす。


 彼女はまた溜息をつく。


(アラギウス様……)


 彼女は窓の外を眺め、今、もっとも会いたい人物の顔を脳裏に描いた。




-Arahghys ghauht-




 新たな魔王と民をまとめる組織案を出してくれとミューレゲイトから頼まれ、アラギウスはいくつかの案を作ったが、彼女はどれも気に入らないと却下した。


「何が気にいらない?」

「わらわに権力が集まりすぎるのはよくない。前世の時、それで失敗したゆえな」

「お前……すっごく変わったな。尊敬する」

「そうであろう? もっと褒めろ! うふふふふ」


 喜び微笑む彼女は美しい。


「アラギウス、お前が考えてくれた法案だが、もっと単純に、わかりやすくしないと知能が低い種族は理解できんぞ」

「第二条三項なになにという書き方がわからんか?」

「それもあるが、全体的に言葉が堅い。そうだな……これはしては駄目だぞ、という体で整えてほしい」

「わかった」

「あと、お前はわらわの仲間、同格だ。組織案にお前のこともちゃんと書け。それとも、いつでも離れられるようにしているのではなかろうな?」

「いや、追放されるまでいたいと思う」

「追放などするか! わらわをお前の前の仲間達と一緒にするでないぞ」

「すまない」

「アラギウス」


 魔王が歩を止めた。


 二人は町の中を散策しながら会話し、書類を読み合っている。


「何だ?」

「わらわは感謝している。前世でわらわを倒してくれたのが、お前でよかった」


 美しい魔王が、宝石のように輝く瞳で彼を見た。


「照れるからよせよ。俺も男だ」

「ハッハッハ! どうだ? そこのパンを食べてみないか?」


 コボルトが焼くパンを売る店ができている。物々交換の町なので、魔王は自分の指輪をひとつ、店のコボルトに出した。


「パン、ふたつとこれで頼めるか?」

「魔王様! ……失礼ながら……」

「足りぬか?」

「いえ、指輪のほうが圧倒的に価値が高いですので……ごめんなさい。ここにあるパン、全てお譲りしても足りません」


 アラギウスが笑い、魔王の指輪をつまみとった。


「お前、これは古代ルーム王朝時代の魔法具だ。宝石だけの価値でいうならそのコボルトの言う通りだし、俺が見ればさらに価値があがる逸品だ」

「わらわはパンが欲しい。他に何かないか?」

「あの、よろしければ……」


 コボルトがおずおずと言う。


「……この指輪をお預かりするかわりに、毎朝、魔王様のおうちへパンをふたつ、届けます。それで如何でしょうか?」

「毎日!? 食べられるのか!?」

「はい」

「よし、それで頼む!」


 ミューレゲイトはパンを受け取り、ひとつをアラギウスに渡した。


「おごってやる」

「頂きます……うまい! これ、すごくうまい」


 二人でパンを片手に見回りを続ける。


「湖の水位がこの前の大雨であがっているが、町の道路が一部水没したというのがどこだ?」


 ミューレゲイトの問いに、アラギウスが左手前方を指差して答える。


「あっちだ。行こう。だがすでに工事をして壁をつくった。それと、湖から南方向に調整池を作る予定だ。水位が増したら湖からそちらへ水を放ち、湖の水位を保つ」

「その池が一杯になればどうする?」

「その池はさらに海へと放水用の排水路を伸ばす予定だ。今後、この町で浸水はさせない」


 現場に到着したミューレゲイトは、雨に濡れた跡を地面に見つけた。


「ぬかるみがでてきるな」

「砂を上からかけたが足りない。砂も貴重だ」

「今年は雪はまだだが、雪かきした時の雪を捨てる場所も必要だぞ?」

「……そうだな。失念していた。排水溝は大きく造らねば駄目だな……溝は蓋で塞ぎ、必要な時は蓋を外して雪を捨てるようにするか」

「職人がもっといるか?」

「石工がいる。コボルトやゴブリンでこの技術をもっている者はいるが、数は少ない。ドワーフを誘えないか?」

「……ホビットは妖精と魔族の中間だからいいが、ドワーフは完全な妖精だ。ダークエルフみたいに袂をわかちこちらについた者がいれば妖精も魔族に加わることもあるが、ドワーフは皆、戦神ヴェルムを崇めている。ヴェルム、アロセルは魔族を敵視しているからな。難しい」

「石工を育てるしかないか……技術職を育成する学校を作ってもいいか?」

「皆の為になることなら全て許可するぞ。存分にやろう」


 ミューレゲイトはそう言うと、新しく作っている水路を見ようと進んだ。


 二人はそれから、用悪水路をどこに通すかなどを検討しあいながら帰宅する。


 また酒を飲み、魔道書を読み、明日のことを話し合う夜がくる。


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